|
シモ・ヘイヘ(1905年12月17日〜2002年4月1日)ソ連軍赤軍兵士から「白い死神」と恐れられたフィンランド軍狙撃手。ソ連製ボルトアクションライフル M28「モシンナガン」を使用し、フィンランドとソ連との間に勃発した冬戦争(1939年〜1940年)中の100日間で確認戦果:505人射殺(未確認を含むと542)。また、シモはスオミKP/31サブマシンガンの名手でもあり、このサブマシンガンでの確認戦果:200人以上射殺を加えるとその合計確認戦果は705人以上となる。 1939年11月30日、第二次世界大戦勃発から3ヶ月目にあたるこの日、ソ連軍はスターリンの指示のもとフィンランドへの侵略を開始する。ソ連軍の23個師団45万人の赤軍将兵がフィンランド - ソ連国境全域に渡って侵略を開始する中、フィンランド軍での15ヵ月の兵役を終え(最終階級:伍長)、ソ連国境付近に位置する故郷のラウトゥヤルヴィで狩猟や農業を営んでいたシモが再び徴兵される。 故郷ラウトゥヤルヴィに近いコッラー河付近での防衛任務についたシモは、厳しいが慣れ親しんでいる雪と気温(-20度〜 -40度)のもと、猟師としての経験を存分に発揮する。スコープの光反射で自分の位置を敵に覚られてしまうことを嫌ったシモは、モシンナガンの銃身についた鉄製の照門と照星のみで巧みに狙撃を行った。照門・照星による狙撃は狙撃姿勢を低くする、スコープの曇りの影響を受けないなどの利点もあったという。また、身長が152cmと小柄なシモは、狙撃の際に周囲の雪を押し固めて雪煙りが出ないようにしたり、常に口中に雪を入れ自分の吐く息で位置が露呈しないよう細心の注意を払い、120cmの長さがあるモシンナガンを自在に操ったという。 「白い死神」を排除するためソ連赤軍は、カウンタースナイパー(狙撃手シモを排除するための赤軍精鋭狙撃手の起用)、推定潜伏位置に対する砲撃などの手段で対抗し、1940年3月6日、ついに赤軍兵士の銃弾がシモのアゴをとらえた。約20mの距離から放たれた銃弾で上アゴの左側を撃たれ、「頭の半分が吹き飛んでいた」(その場でシモを抱き起した仲間の兵士の言葉)シモは、愛用のモシンナガンでその赤軍兵士を返り討ちにするも意識不明の重体に陥る。冬戦争が終結した3月12日の翌日、シモは意識を回復する。 冬戦争中の功績により伍長から少尉までの5階級特進をはたしたシモは、戦後、ヘラジカ猟師、猟犬の繁殖家として成功をおさめ、2002年ロシア国境近くの小さな村「ルオコラハティ」でその生涯を終える。96歳であった。 冒頭の言葉は、1998年に狙撃の秘訣を問われた際のシモの返答である。 |
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
当初、この問題が報道された際の論点がいくつかある。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
|
その時間帯で他局がニュース関連番組を放映していないので、しょうがなくテレビ朝日の「報道ステーション」を暇な時に見ている。昨日も見ていたのだが、性懲りもなくカルデロン問題を放映していた。正直うんざりしている。不法入国者のカルデロンと、執拗にこの問題を放映するマスゴミの報道姿勢に。 カルデロン問題を放映する場合、マスゴミの番組編成上のキーワードは定番の「お涙頂戴」である。国民の感情に訴えるという手法だ。「女学生の涙」「カルデロン両親の苦渋の表情」そして「涙の別れ」。 「うんうん、カルデロンかわいそう。特別に滞在許可あげようよ。やっぱり親子は離れ離れになっちゃだめだよ・・・。」この番組を見て、国民の大多数がこのような感情を抱くであろうとの思惑から、報道ステーションの製作者(プロデューサー)が番組構成をしているのなら、その人間に一言いいたい。 「あんまり一般大衆をナメルなよ。」 約11万人はいるであろう不法滞在者の存在、不法滞在者による犯罪、この様な事例の前例を作ってはいけないという点、そしてなによりカルデロン両親が不法入国という重罪を犯している点を全く抜きにしてのカルデロン問題報道は、そもそもありえないだろう。中立を標榜するジャーナリズムならね。「報道ステーション」は今日から「なんちゃってニュースステーション」に改名してほしい。報道なんて看板を掲げるのは1000年、早いと思う。
|
|
最近、忙しくてなかなか更新出来ません。時間を見つけてなるべく週一はアップしたいと思います。 |
|
西松建設の疑惑事件に絡んで、最近、田中角栄関連の書籍を読んでいる。小沢一郎が田中的金権政治家の生き残りの一人であるとの視点から、田中角栄まで遡って考察してみようという試みだ。 田中角栄という政治家については、田中の死後にその功罪 = 3:7、などどマスコミで書かれた。この功罪3:7説を肯定する側として、立花隆の著書(以下、参照)を 「田中角栄研究」 「巨悪vs言論」 功の方が罪よりも大きいとする側として、田中の側近の早坂茂三、佐藤昭子の著書(以下、参照)を 【早坂著】 「オヤジの知恵」 「捨てる神に拾う神」 「駕籠に乗る人担ぐ人」 「怨念の系譜」 【佐藤著】 「田中角栄」 「私の田中角栄日記」 それぞれ読んでいる。 まだ、上記の関連書籍を読んでいる最中でだが、今の段階では、私は政治家としての田中の功の方が罪よりも上回ると考えている。田中の強力に人を引き付ける人柄を全く抜きにしても、今のところそう思っている。 立花隆の著書を読んでいて思うのは、俺(立花)= 絶対的な正義、田中 = 絶対的悪というスタンスだ。例えば「巨悪vs言論」という著書にこういう下りがある(文庫版P11-12)(太字、奈良原)、 「田中の民主主義は、数の論理一本なのである。数さえ握れば、いかなる道理も引っ込めさせて、どんな無理でも押し通せるというのが、田中の民主主義論だった。(中略)この理論をもとに、田中は意識的に派閥拡大をはじめ、本当に自民党の四分の一以上を握る巨大派閥を作り上げてしまうのである。それだけの数を握っていたからこそ、彼は陰のキングメーカーでありつづけることができたのである。その力背景に、彼が狙っていたのは、ロッキード裁判で無罪を獲得することだった。」 田中が、金 = 数 = 力、を重視していたのは確かだ。だが、その力の使い道として、いきなり太字箇所のロッキード裁判の無罪獲得をあげている点に、私は立花の薄っぺらな正義感にもとづいた過剰なまでの田中悪玉論を感じ少々辟易するのである。田中が在職中に作成した議員立法、日本列島改造論などの功の部分については、立花の著書ではほとんど触れられていない。 まぁ田中角栄という政治家、人間を浮き彫りにする目的で読んでいる、反証的位置づけの資料であるから、田中の罪の部分にミクロ的に集中し分析する立花の著書もそれなりに有効だと思っている。
|




