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先日、友人の娘さんが千駄木の画廊で共同展を開くというので早速行ってみました。学生時代を過ごした谷中にはたまに出かけるのですが、お花見以来行ってなかったので久しぶりです。時間を夕方にあわせて、帰りに銭湯によって、夕方ビールと洒落こもうと思ったのです。
天気の良い日曜日は観光客も多く、商店街は賑わってました。
夕焼けダンダンなど谷中の商店街は、私がいた頃と違って生活臭よりも観光のイメージが強くなっています。
団子坂を下り、夜店通りから岡倉天心の公園に抜ける道に入っていくとお目当ての銭湯に。
しかし、見知った材木置場の角を見て、その先にあるはずの銭湯がない!
代わりに小奇麗な住宅が立ち並んでいるではありませんか。
大好きとは言え、都内の銭湯はタイミングがあわないとなかなか行けないもので、行ったのは3年も前になるであろうか。
そのときは銭湯組合の記念タオルを貰ったんだが、それが形見になるとは。
谷中3丁目にあった初音湯は、東京ではめずらしい真ん中に浴槽がある風呂屋で、お湯も硫黄の香りが強い白濁湯なのです。
この近辺で残っているは朝日湯くらいなのだろうか。
昔はこの辺りだけで5件の風呂屋があり、チョット足をのばせば10件は湯を楽しめた。
まだ不忍通りに都電が走り、日暮里駅に東北線が停車していた頃は、銭湯は町の社交場のような存在だったのではなかったか。
交通の変化により日暮里が単なるターミナル駅に変わっていくとともに、谷中の商店街も代替わりの時期と重なりオモテを閉める店が増え、小さなマンションに変っていってしまった。
町の動きが単なる人の流れだけになってしまった。
私が学生だった頃は、まだ木賃アパートが主流で風呂なんてなく、たくさんの人で賑わっていたものです。
それでも小さい頃の風呂屋に比べれば常に満杯というわけでなく、込み合う時間帯というのは非常に短い。
「時間ですよ」の頃はカゴを整理するおばさんとかがいて、そこはひとつの事業所といえるものだった。
今じゃドコも経営が苦しいトコばかりと聞くが、温泉ブームと下町散策ブームはまったく一緒に考えることはできなかったのだろうか。
都内ではまだ銭湯は残っているが、少し郊外に行くと銭湯はほとんどなく、代わりにスーパー銭湯なるものが各所に出来ている。
都内の銭湯は、施設的にはそれらと比較するほど豊かではないが、そこに存在する町を考えるとひとつの日帰り観光にも似た趣があるのではないだろうか。
当然、町によってそのポテンシャルとなるものは違ってくるけれど、組合、自治体が一体で考えればもう少し生き残る道が開けただろうし、銭湯の存在意義というものも違ってきたのではないだろうか。
風呂をテーマにした映画が興行収入50億円越えになったというが、人が風呂に求めるもの多様さがそこまでの数字になったのだと思います。
風呂はカラダを清潔に保つというだけではなく、精神的にも健康的にも良い効果を与えるものであり、その位置付けは人により様々なものであると思います。
私自身は風呂といえば銭湯で、人生の半分近くは銭湯通い。
マンガが文化ならば、銭湯も文化なのです。
初音湯がなくなったのは非常にショックではあったのですが、逆に残った銭湯に行きたいという気持ちがより強くなってきました。
いつか世界遺産になったりするのかな。銭湯は。
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肉のをざわさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
私の住んでいる川口はもう銭湯がなくなってしまいました。
その代わり七福の湯というスーパー銭湯が出来て賑わってます。
「家族で」という事がイベントになるのでしょうね。
食事もできるから一日中遊べます。(ふやけるけど)
カタチ的には、小さな個人店が大手チェーン店に取って代わったといった感じでしょうか。
谷中はスッカリ変わりました。
賑やかになったけれどドコか違います。
生活力あふれるという感じではなく、観光の時間が終わるとスーっと静かな時間がくるような賑わいです。
それでも若い人が東京の東側の地帯に目を向け、住み始めているから、あと何年かしたら生活の中の町が見えてくるかもしれません。
実のところ、若い友人が2組ほど住んでます。
子供は私の幼稚園の後輩になるかもしれません。
2012/6/26(火) 午後 6:59 [ デコ ]
ユッキーさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
表示名を変えられたのですね。
お風呂ってホントに多種多様です。
仕事柄思わず設計する目で見てしまうことがあります。
個人的にはどんなに素晴らしいお風呂といわれようが、高級とか言われても、風情、趣のないお風呂には関心度が低いです。
ウワベだけではウチからくるモノがお風呂の効能を倍加してくれるのです。
テルマエもそんなところを感じさせてくれてます。
北陸の温泉はいいですよね。
金沢の銭湯にも行きました。
2012/6/27(水) 午前 10:01 [ デコ ]
きらりさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
私が昔通っていた銭湯は今ではアートギャラリーになっています。
名のある銭湯という物ではないですが、今ではその面影もなくなった代官山ヒルズの前にあった代官山アパートの銭湯もコミュニティーの名残として残してもらいたかったです。
「時間ですよ」の「美代ちゃん」。看板娘がもてはやされていた頃の民間の活力ってホントに個々のチカラの集合体だったのだと思います。
2012/6/28(木) 午前 9:48 [ デコ ]
mikimoiさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
残ってもらいたいけれど、経営を助けることが出来ないのが現実で、なんともチカラのなさを感じてしまいます。
最近はご無沙汰なのですが、御徒町にある燕湯は朝風呂をやっていて、朝から混んでいます。飲食店の人とかが多いです。
やり方というのもあるのですかね。
2012/6/29(金) 午前 9:55 [ デコ ]
青空まったりおじさんさん、こんばんわ。
コメントありがとうございます。
小学生の時、友人と一番風呂に入るの日課としていた時があって、ジジイと争ってました。
もちろん争う理由は「熱い」ですね。
昔は湯船のヨコに板があってそれで湯もみをするのですが、怒られるのです。爺さんに。
だから爺さんの前に入って我等の「適温」にするために競っていたのです。
風呂上りは、お決まりのセブンアップとクジ屋さんで駄菓子を買って夕涼みをしながら家路につくのですが、根津や池之端の風呂屋まで出張ってたので、帰るとバタンキュウでした。
2012/7/9(月) 午後 10:51 [ デコ ]
みんぽぽさん、こんばんわ。
コメントありがとうございます。
ウチの田舎の近江八幡も町会のお風呂でした。
小学生の頃は第一、第二とあって日ごとに違ってました。
小学4年生のころ初めて内風呂になったのですが、木の楕円形の桶風呂でガス釜が横っちょについているヤツでした。洗い場もスノコで、内湯と言いながら家のウラに回らないと入れないんです。
風呂自体は好きだったけど、ジメジメした場所が好きじゃなかったです。
その印象が未だに残っていて、大きなお風呂でないと気持ち的にはゆったり出来ないです。40年も昔の話なのに。
2012/7/12(木) 午後 8:12 [ デコ ]
アロエさん、こんばんわ。
コメントありがとうございます。
深いところまで見ていただいて光栄でございます。
私が学生の頃住んでた谷中は、体が冷えない範囲に7軒くらいの銭湯があったのですが、今ではその付近には1軒です。
下町「谷根千」とか話題になっているけど、文化という点では単に都心の町でしかないんです。
銭湯の文化を知っている人だと、町の時間の流れとかが気になると思うので、少しだけ違和感を感じるかもしれません。
銭湯のある街が少なくなってきているのは寂しいことだけど、時代の流れなんでしょうか。
2014/12/2(火) 午後 10:11 [ デコ ]