デコのブログ

このまま梅雨明けかしらん?

風の設計室

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ぐるっとパス。

10月12日、日曜日。
三井記念美術館に行きました。イメージ 1
ぐるっとパスを使っての美術館めぐりになります。
そもそもこの「ぐるっとパス」なるもの、東京都にある美術館、博物館の共通入場券で、78箇所にわたり入場券もしくは入場割引券が使えるというものです。
しかも2000円で。しかし使い始めた日から2ヶ月という制約がつきます。
今回私が廻ったところは、上野動物園、朝倉彫塑館、江戸東京博物館、松岡美術館、都立写真美術館、多摩動物園、国立科学博物館、紙の博物館、葛西臨海水族園、三井記念美術館、パナソニック汐留ミュージアムの11箇所です。
2ヶ月間で土曜日も合わせて休日は20日ほどあったのですが、諸々の都合などがあってやっとこれだけ廻れました。予定ではもう6箇所くらいは廻るつもりだったのですが。
それでも、これだけ廻れば元は十分とれたいえます。ただ、なんとなくもったいなく感じてしまうのは残った67箇所分のチケットです。
今回のパスで初めて訪れた場所は7箇所。パスがあったから廻ったけどなかったら行かなかったかもという場所もあったりします。
もともとこのパスの趣旨は、東京都における芸術文化の振興とそれらの継承と発展を目的とし、利用者に対して気軽に楽しんでもらえるように便利でお得なカタチで提供されたチケットとなるわけです。
たしかに私にとって動物園や科学博物館はよく行くけど、そのほかのトコロは目立ったイベントがなければなかなか行かないかもしれません。
このパスのうたい文句に「新しい発見と楽しみに出会える1冊」とあるのですが、このパスによってそれを感じたのは間違いありません。
東京という街によくもまあこれだけの美術館や博物館があるものだと感心してしまうと共に、これだけの芸術文化に囲まれていることを改めて実感しました。
それと共にこれらの施設を有効に利用していないという事実も意識に持ちました。
不景気になると必ず政治批判、行政批判というものが現れ、その中で取り上げられるのが税金の無駄遣い。特に「ハコモノ行政」は現物がハッキリと目の前にあるので叩き易いのでしょうかイの一番に取沙汰されます。
個人的には建築に携わっている身分なので、この「ハコモノ行政」を悪く取り上げる意識はなく、むしろ「ハコモノ」がなくなった事に対して疑問を感じてしまいます。
もとを正せば「ハコモノ」は必要悪的なもので、ハコモノ=行政というカタチが本来の悪なんだと思っています。
ハコモノは必要が生んだ産物ではあるが、2次的に生まれる維持管理というモノが不必要にされてしまう。
もしくは必要とされていないハコモノに群がる営利主義を行政がカタチ作ってしまう。
本当に不必要であるならば議題にも上らないし、上る限りは十分に検討されるモノであるはずなのです。
どうもそのあたりがいい加減で、予算取りのための行政が続いているのも無駄を倍加させているように思えます。
博物館や美術館を維持管理するというのは莫大な費用がかかり、自治体であれ財団法人であれ継続していることに対する尽力は計り知れないものと思います。
これは図書館、ホールやスポーツ施設、病院など厚生施設も同じでしょう。
必要が生んだハコモノは維持管理する側と利用者の意識が同調していかないと不必要に変容してしまうと思います。あえて無駄を作り上げるシステムを「ハコモノ行政」というのであれば致し方ないかな。
でも「ハコモノ」には罪はないです。(無駄な計画、設計は除きますけど)
ぐるっとパスによって利用者の意識が新しいものへも同調して、更なる発展が生まれる方向に行ってもらいたいです。
追伸。維持管理が大変というのは解るんだけど、平日の閉館を8時くらいにしてもらえないかな。と思ったりします。

芸術は爆発だ!

9月20日土曜日。
知人が通っている料理学校の実演販売会が開かれるということで、中目黒の学校まで行きました。
なかなか人気の学校で料理とかはスグにオーダー切れになってしまうという事です。
この日はお昼前に合わせて出かけていったのですが、知人の専門はスイーツ。
すでに数組が並んでいたので、挨拶はそこそこに並んでスイーツをゲット。
上の階ではカフェの実演販売があるので、ソチラで試食。
小さなスイーツも数を食べれば腹も膨らむもので、料理のほうは、並んでいる人も多かったので表でとる事にしました。
この後、目黒の庭園美術館に行こうとしたのですが、11月22日までリニューアル工事中。
結局ご町内の松岡美術館へ。
松岡地所の創業者、松岡清次郎さん(故人)の私立美術館です。
ブールデル、ヘンリー・ムアの現代彫刻やガンダーラ、ヒンドゥーの古代彫刻、陶器や日本画など多岐にわたるコレクションです。個人でよくもまあこんなに集めたものだと感心してしまいます。
もちろん大会社の社長さんだったのだから、お金の出所は何とやらといったところがあるでしょうけど。
でもコレクションを単にコレクションに終わらせないところが偉いもので、コレクションの維持ということを考えれば美術館を持つということはものすごく大変なことだと思うし、投資とかの対象でしか美術品を見ない成り上がりとは違う、商人の豪胆さを見たように思います。
芸術というもの、実に奥深く、孤独の世界かと思えば、華やかであったりイヤラシくもあったり、繊細であったり豪放であったりと人の介在の仕方によって色々な姿を見ることがあります。
単なる屑が、見立てによって価値が180度裏返ることなどあたりまえで、時代による価値基準の変化で作品の良し悪しが決まるという実に不思議な感覚がするものでもあります。
芸術家の裏にパトロンありといいますが、実にこのパトロンという存在は芸術家以上に芸術を芸術として確立させてきた人たちだと思います。
そこに芸術家は名声と理念のジレンマを感じるみたいですが、パトロンたちはそんなことは鼻にもかけない。
その意味ではパトロンのほうが感性だけで趣味を芸術品に育て上げるチカラを持っているのかもしれません。
芸術作品を作り上げるには芸術家がいなくては出来ないけれど、それを継続させ拡散させるにはパトロンなくして成り立たないことなのかもしれません。
この私立美術館は単なるコレクション館かもしれないけど、このコレクションから新たな芸術の発想を持つものが現れれば、それは芸術の拡散といえるものでしょうから、松岡さんも芸術のパトロンなんでしょうね。
日本の今の建築は、そのパトロンというものがほとんど存在しない。
建築にお金を懸けるというより、事業という見方しかしないから、芸術性なんて二の次。建築に対する理念すらネジまげてしまっている建物がほとんどです。
そもそも、建築自体が他人の金を使って建築物を構築していくわけだから、施主がパトロンである事実は代わらないのですが。建築家の多くが自分の設計を「作品」と呼ぶトコロもそのまま。
最近では施主と建築家の間にプロデューサーなる者の存在が出現してきていますが、それは建築家が職業建築家に成り下がるようなもので、世間から理念を置き忘れた建築に「NO」という現実を突きつけられた瞬間でもあると思います。
職業建築家が悪いというわけではないけど、生業が基本にあるがために、夢や理念を忘れてしまった設計者に、その夢や理念を語られても、現実に出来上がるものが薄っぺらなモノに見えてきてしまうのでしょう。
自分自身、建築を芸術だという見方はあまり好きではありません。
あくまで、建築物に芸術性を見るというスタンスで接したいと思っています。
松岡美術館のような私立美術館があるうちは、芸術が芸術として存在できるでしょう。
建築界もそのようなカタチになればいいんですけど。元の金額が大きいだけに大変なのかもしれません。
松岡美術館を後にして歩いて恵比寿のガーデンプレイスの都立写真美術館へ。
報道カメラマンの岡村昭彦さんの写真展、新人写真家たちの写真新世紀東京展などを見ました。
建築の世界と違い、芸術の拡散をものすごく感じる写真展でした。
報道写真に芸術性などないのかもしれないけど、意志や存在を感じた写真のチカラにそのような感覚を持ちました。
料理、彫刻、絵画、陶器、写真と芸術となるモノに接した1日でしたが、建築にはなかなか感じるものがなかったのは残念でした。どこかがズレているのか。自分の感性の乏しさか。
でも美術館をでたトコロで綺麗なものを見れました。街と自然とのコラボでした。建築が無意識です。
イメージ 1
建物のシルエットが重なっている向こうの空があまりにも綺麗でした。
建物のフォルムが見えないから空が引き立つのかもしれません。
イメージ 2
感性を磨くために五臓六腑に研磨剤と潤滑油を充填させます。
 

コミュニティー。

7月22日火曜日。
仕事帰りに買い物のをした近所のスーパーを出ると、ドンドコと太鼓の音が。
「どこかでお祭り?」と思ってみたけど、この時期にお祭りなどないので公民館で太鼓の練習でもしてるのかと考えていたら、なんと盆踊りでした。
近所の小学校の校庭でやっているので、ウチに着くなり急いで会場に向かいました。
夕飯代わりにヤキソバにビールでもと思ったら、露店はなく、町会の振る舞い酒のようなスタイルで、身内が集まって飲んでいるような感じでした。
川口の古い町も鋳物工場がマンションに変わり、商店街も大型店にとって代わられるような状態です。
20年位前はイロイロと町会の行事に参加したりしてたけど、そのころの顔見知りの人たちも代替わりで居なくなってしまい、盆踊りの会場では浦島太郎状態になってしまいました。
ウチの町会は毎年盆踊りを開くわけではなく、秋祭りが線路を挟んだ地区と一年おきに行われるのですが、そのお祭りのない年に開かれます。
町会の盆踊りなのでこじんまりと行われるのですが、なんとなく年々小さくなっているように感じます。
昔は露天が何件か出ていて、盆踊り=お祭りという、普通に誰でも立ち寄れる感覚だったと思います。
町自体は大きさが変わるわけでないし、むしろ人の数は増えている状態だけど、町会としての規模は縮小傾向なのかもしれません。
イメージ 1
大きなマンションだとそこだけでひとつのコミュニティーが出来上がるので、同じご町内であるのに「連合」といった感じのつながり方になってしまうんです。
昔だと商店街、銭湯、飲食店が町会の媒体となっていたのだけれど、今は幼稚園、小学校のPTAが基本媒体です。
人のつながりというのは、かなり方向性が限られてしまっているのかも。
若い人、独身、単身者のつながりはほぼ皆無。年寄りも町会に参加していない状態だとつながる接点がないです。
震災以後「絆」という言葉がずいぶんと多用されてきたけど、最近ではソレに対して嫌悪感を抱く人も居るとか。
自分はなんとなくわかる気持ちがします。
「つながる」「結ぶ」。意図的に動かなければそこから外れてしまいます。
動かなければ外れるのはあたりまえだけど、本位は動けない人にも「つながる」「結ばれる」こともあるのでは?
「待ってるだけじゃダメ」といわれるかもしれないが、ジッと待っている人もいるのが事実。
待っている人に近づく、待っている人を動かす、呼び込む。その点が見えないままのイイトコ取りの「絆」というのが胡散臭いじゃないのかな。
阿波踊りの「踊る阿呆に、見る阿呆。同じアホなら踊らにゃソンソン」という謡い文句。
コミュニティーが魅力を感じるようになるヒントがそこにあるように感じます。

町をつくる。

新宿の富久町で再開発が始まります。
イメージ 1
バブル期に虫食い状態になった町の再生計画です。
約2.5haの土地に1230世帯の超高層マンションと中低層マンション及びペントハウス群。
 
住民主導型の再開発ということです。
 
小泉総理時代の「都市再生特別措置法」から平成14年に「都市再生緊急整備地域」に指定され、平成9年に結成された「まちづくり組合」に追い風が吹き、地元住民の勉強会の始まりから20年を経てようやく着工というカタチになったとか。
 
富久町といっても、名のある町というわけではないので、ドコとなくピンときません。
場所としては新宿御苑のナナメ上。
北北東という感じ。
新宿三丁目から10分もいかないトコロです。
町並みとしてはごく普通の住宅地です。
でも、立地条件からバブル期はグーンと地価が上がり、地上げ屋による買収、そしてバブル崩壊で建つモノ建たずで町は町の態をなしていないような感じ。
 
なんだかんだいっても緊急整備地域に指定されてから9年は経っているんですね。
設計なんてものは1年もあればできるけど、基本となる計画ができるまでの調整がかなり長い時間をかけます。
イメージ 2
で、出来たのがコチラ。
55階の超高層。賃貸住宅の中低層マンション。そしてココが売りのペントハウス街。
戸建て住宅なのですが、ビルの上にあるのでペントハウス。
下には商業施設が入るそうです。
高層マンションは70㎡が主体で、売値が7000万円とか。
坪単価320万円ほど。通常のファミリーマンションで売値が坪200万を超えれば上々ですから、このお値段は立地条件を考えればリーズナブルでもあり、庶民から見れば「お高い」。
地元住民が、やはりココで暮らして生きたいという思いで計画されたものなので、主役はペントハウス街という町なんです。
この計画、自分の意識としてはあまり良いという感覚はありません。
そもそもが、町の再生が主だったはずが、地元住民の町は地べたから上に追いやられた感じがあるから。
自分の持つ「まちづくり」の基本は「人」にあり「人が道を作り」「道が町を起こしていく」そして「町が人を作っていく」という連鎖があって、町の時間軸ができると思っています。
プランだけ見る限りは、複合施設でしかないというのが自分の見方です。
再開発で、六本木ヒルズと東京ミッドタウンというのがあるけど、今回のモノは後者の再開発になってしまうような気がします。
昨年オープンしたスカイツリー。周りの町は町の再生に期待が大きかったようだけど、結局はスカイツリータウンという新しい下町の出現だけに終わってしまいそう。
近年の駅前シャッター通り。
人は多く通るけど、通過するだけで滞留がない。留めるモノがない。
そこに現れるランドマークは人の希望となるのだけど、一点に集中するだけでは町の広がりはなく、結局は単なる集約に過ぎない。
道によって人がつながらないことには町というのは広がらないし、ソコに文化というものが残らないと思います。
今回の計画。とりあえずは立派な器ができるのは確か。
その器をどのように盛り立て、より多くのハシの行き来ができるかは、それこそ「まちつくり組合」の大仕事なんだと思います。始まりから20年。この後の町を作るのにも20年の歳月はかかるのかもしれません。
 
 
 

上野駅停電なう。

と言っても昨日のことなんですけど。
上野駅が原因不明の停電となりました。
それでも部分的に照明はついていて、混乱というほどのことは無かったのが不思議。イメージ 1
地下鉄の駅から階段を上がっていくと、どうも様子が変。
ドコとなく暗いなと感じたのだが、やはり停電。
時間的にもお店が閉まる時ではないはずなのに真っ暗。
それでも人は何事も無いように改札を抜けてゆく。
駅の時刻表示や券売機に使用できないトコロがあったようだけど、改札は動いているし、そもそも電車も遅れることなく平常運転。
でも、この駅の暗さは大地震の時を思い出させてくれました。
懐かしいと言う言葉はおかしいけれど、そのような錯覚があるほど今は安心していられる生活がある。
東北の被災地ではまだ復興と言う言葉をつかうのもおこがましいトコロもあるけれど、首都圏ではもう過去のことになってしまったのかもしれない。
未だに小さな地震でも恐怖を感じたりすることはあるけれど、どこか他所の事になっています。
原発に関していえば原因が未だに不明。
事実と責任・認識を一抱えにしてしまっているから、いつまでたっても真実が見えてこない。
いや、見ようとしていないというのが現実のように感じます。
電気が普通に使える幸せというのは、地震の後の計画停電で実感しました。
原発の停止による電力不足という話は今や昔。
けれども化石燃料の終焉というのは、いつかは起こる事であり、エネルギー資源だけではなく原材料としても無くなると大変なことになってしまう。
それゆえに再生可能エネルギーというのは重要な意味合いがあるのだけれど、どうもなかなか進みません。
そもそもの話、復興とか言っている割には、その地での産業を商業ベースでしか見ていない。
再開発の図案があっても、それは都心部の生活を絵にしているだけの、地元の産業が見えないものばかり。
なぜ原発が地方にあって生産工場が中央都心なの?
地方分権を口にする政治家は多いけど、それは権利だけの執着であって、生活に対する執着じゃない。
原発がその地の産業として大きな位置を占めるのは判るけど、本来はそのエネルギーを有効に使うべく別の産業があって地元の活性にならなければいけないのに、送電の際の電気垂れ流し状態で中央に電気を売ることだけで満足してしまった事が、その地がもつ今の不幸になってしまったんだと思います。
再生可能エネルギーのなかの太陽光発電。売電が目的ではないけれど、それを売りにしないと設置需要が伸びないというのはなんとも情けないです。
太陽が出ているのは長くても12時間。昼間時間での生活滞在の長い場所がそれを利用するのが本来の姿なんだと思うのですが、それらは未だに推進されていません。
公的な施設。学校、役所、公園、駅、運動施設、図書館や劇場などの文化施設など。
各家庭に推進して、補助金や固定売電料金を定めるよりも、それらの電力を自前でこさえることが出来るようにするのが先決だと思うんですけど。
みんながバラバラ売電しても、計画的な消費が無ければ、無駄な費用だけが一人歩きしてしまうんです。
 

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