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よく言われることですが どんな健康な人間でも、40歳を超えると死を考え始め
50歳を超えると死を意識するようになるそうです。
確かに若い頃は死というものが自分に訪れるということは全く考えないで過ごしていました。
高校時代の仲の良い私の友人は生まれつき心臓の大きな病気を持っていたため20歳までの命と言われていたので彼は常に死を考えていました。私も少しは意識することがありましたがそれでもその程度でした。
医学の進歩で彼は家族を持ち幸せな家庭を築いています。そんな彼も、私も後何年かすると50歳です。
閑話休題
話は変わって両親が亡くなって意識することがあります。
両親から受け継いだものは何か?両親は浪費家であったため資産は残っていません。
不良債権のような管理費と税金のついた団地の一室だけが私に受け継がれました。
売れれば多少は資産といえるのでしょうが売れなければただの不良債権です。今のところとても売れるとは考えられない感じです。ちょっと愚痴が入ってしまいました。
さて、確かに物質的にはそんなものだけなのですが目に見えないもの、というかもっと大切なものを受け継いでいることに気づかされます。
一つはDNA、癌になりやすいだとか、病気になりやすいだとかそんなことを言えばキリは無いが確かにオリジナルの2人のかけがえの無いDNAを受け継いでいます。これも極論すれば物質的なものかもしれません。
更には 家族の思い出あるいは歴史、父のDV、母の病、悲しい思い出を全て含めてもそれは確かに今の私を形成しているやはりかけがえの無い記憶。良い思い出は本当に少ないがそれでも酒にまみれ、世に背を向けつつ生きた父の生き様、そして母の真っ直ぐでありたいと願いつつ、父に流されて堕落していったその日々を受け止め、更にはこの記憶を受け継いで良い物へと変えてゆくことが出来るのであればそれもまた受け継ぐものといえるのかも知れません。
そしてことあるごとに思い出される言葉の記憶。母の言葉は特に大切なものです。「頭は生きているうち使え」っていうのは母自身の生き様であり、本当に今の私を導く言葉として生きて働いています。窮地に立ったとき、絶体絶命な時、自暴自棄にならずに頭を働かせる、考える。母の言葉に促がされ、支えられ「考えろ!考えろ!」と自身を鼓舞している自分に気づく時、母は私の中に生きて働いていることを知らされます。
父の言葉は残念ながら思い出されることはありません。けれども晩年、入院してから最期を迎える時まで、自分の過去に犯した過ちを全て受け入れるかのようにして無言を貫いて死んでいった父の死に様はやはり私の記憶に強烈に留まっています。
さて、私は娘達に何を残せるか?財産なんて残さない方が良いって言いますから、もしあってもすべて寄付してでは何を残せるか?今できることは私の得たもの全てを一度は実演して見せておくことでしょうか?私の作ったもの、論文、著書、などは何れ見せるにしても、それは置いておいても一番にやっとくこと。
今は遊びの技術をせっせと伝授してます。ザリガニつり、魚釣り、ヨーヨーなどなど。それとちょっとした護身術とか古式泳法とか、それとやはり30年以上かけて培ってきた料理の技術、などなど。そしてその一つ一つが祖母や母から受け継いだもの。遊びの中でそれらのことを自然に伝えてゆくことが私のできる事なのかなって思います。
今の時代、勉強ばかりを優先して最も大切なものを忘れつつあるような気がします。人生の土台になるようなそういうものを今、子供たちには伝えてゆきたいしそれが両親、そして祖父母といった先祖達への供養にもなるのではないかなんてことを殊勝にも思ってしまいます。
そろそろそんなことを考える年齢、そしてタイミングなのでしょうか。
受け継いだものをしっかり渡してゆく。そのための自身の生き様そして死に様をリアルに意識せざるを得ない時にあるように感じています。
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