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♪ 沢瀉(おもだか) と 汗
厳しい残暑が衣服から出ている手を、顔を、容赦なく突き刺して痛い。しかし、張り付くような
粘っこい暑さの中に、時々さらりと身体を通り抜けて行く風がほんの少し秋の近づいていることを
教えてくれる。稲も黄金色の穂を重たく垂れ始めた。8月24日、湖国の早稲(わせ)品種「花越前」
が新米第一号として出荷された。稔りの秋が来たのだ。
あの時、小さな緑の苗を守るように満々と水が張られ、苗の影と雲と足型がうらうらと 水面(みず
も)に揺れていた。漣(さざなみ)が風と踊っていた。苗の両脇に大きな足型があった。機械ではなく、腰
を踏ん張って手で一本一本と植えられたときに着いたものだろう。
それは、あたかも若苗を守る「母さんの足跡」のように私には思えた。あれ以来、あの長靴? 地下足
袋?の(足型)がどうなったのか、ずっと気になっていたのだ。
私は、暑さで陽炎が立ち昇っているその田んぼの畦に降りてみた。草いきれがむんと全身を包み
込む。所々、地割れのしている稲と稲の間にはもうあの足跡はなく、大きく育った稲が地面を覆い
被さっていた。ふと稲穂の露がこぼれ落ちたような白い小さい花が目にとまった。初めて見る花で
ある。穂をつけ堂々としている田んぼの周りを優しく揺れている。それは、あの足型の上で風に踊
ってそよそよと動いていた小さな漣を思い起こさせた。
そのとき、遠くの方に人影を見つけた。
「この白い花を貰っても良いですか」と、私は大声をかけた。
私よりはるかに年若く陽に焼けた女性が、スコップを片手に青々としたうねりの中を泳ぐように
寄って来られた。
「花が欲しいの?」
「とても可愛い花なので・・・」と言うと、
「これは田んぼの雑草だから幾らでも持って帰えったらエエよ。根っこから持って帰り」と、スコ
ップで一堀りして下さった。女性の額には小さい汗の粒があった。
炎天下の中で草取りをしておられたのだ。私は仕事の邪魔をしたようで恐縮してしまった。彼女は、
肥料が入っていたのか丈夫そうなビニール袋を探して来て、その白い花を入れて下さった。
田んぼの土も一緒なので袋は重たい。流れる汗を拭うたびにまとわりつく熱い風が、土のヘドロの
匂いを運ぶ。土は、水分や養分やそしてあの足跡の心も含んでいるのだろう。
「雑草だから」と言われたが、花瓶に活けると早苗時の小さい漣が揺れているようで私の顔は自然
にほころんだ。
図鑑で調べると、その花は「沢瀉(おもだか)」だった。別名、花慈姑(はなくわい)とも言うらしい。
花慈姑の字には、なんだか稲を守る優しさを感じる。小さな花の蕾は、まるであの若い女性の額に乗
っていた汗の粒のように丸く透けてきらきら輝いていた。
それから数日後の処暑が過ぎたというのにまだまだ暑さの残る日、グループホーム(認知症対応型
共同生活介護)の施設長をしている知人から、納涼祭に招待された。(改正なった介護保険では、社外
からのアドバイザーが必要になり私もメンバーになっていたのだ)。
そのグループホームは田んぼの真ん中にあり、それに魅力を感じて入居される方も多いと聞く。
施設前の広場で行なわれる午後5時からの納涼祭は、まだ陽は高くて日陰がまるでない。私は、
「暑いね。暑いね」をしきりに口にした。
突然、隣に座っておられた少し言葉の不自由な方が、空を指差された。見上げると雲一つない水
色の透明な空が広がっている。スカイブルーとはこんな色を言うのだろうか。水色の高い空は、色
を載せ始めた薄黄緑の田んぼのうねりに、とてもよく似合っていた。暑さばかりを口にする私に、
その人は無言で空の美しさを教えて下さったのだ。
誰かが、「ここは<里の秋>や。私らの<里の秋>や」と言われた。私はオカリナを吹いてみたく
なった。遠慮気味に吹き始めたオカリナに合わせて、皆さんが「故郷」と「里の秋」を合唱して下
さった。私は嬉しくなりいっそう心がこもる。オカリナを吹くことをやめないで続けていて良かった
と思う一瞬である。
やがて少し陽が翳り始めた。隣の人がまた空を指差されるので見上げると、所々に一刷毛したような
薄紫色の雲がたなびき、陽を反射して飛行機雲が赤く筋を引いていた。今までに、これほど綺麗な空
を私は見たことがない。空は高く秋の近いことを教えてくれている。皆んなの顔も、少し残る陽に照
らされて「秋の夕日の照る山紅葉・・・」を思わせた。誰もがにこにこ顔である。
それは茜色に輝く遠くの残照と重なって眩しかった。
テーブルには、職員手作りのお寿司、冷やしソーメン、オードブル、それに枝豆、ビール、フルーツ
といっぱいに並んでいる。万国旗の代わりに入居者の手形を押したものが、四方に吊られ風に揺れて
いる。大きなシオカラトンボまでが飛んできた。納涼祭は盛り上がっていた。
手を叩き身体を揺すったり打ったり、食べ物をポケットにいれたり、それを注意する人やら、その間
を忙しく動き回るオレンジ色のTシャツの職員。食べ物の好い匂い、彩やかな色、華やぐ声が入り混じ
って大賑わいだった。そこへ、一台の軽トラックが農道の脇へ来て止まった。
賑わいをよそ目に、私は「何かしら?」と凝視した。トラックから降りて来た人が、マスクをして
防護服に着替え背中にタンクを背負い、長いノズルで噴霧をし始めた。「農薬?」。「安全性に厳
しい時世に、農薬など撒くかしら?」私は不審に思った。皆は賑わいに気を取れら誰も気がつかない。
風が少しあるのだろう。噴霧されたものが広く向こうへ流れて行く。もし風向きが変わればこちらに
流れてくる。そうなればパニックが起こる。
オレンジ色のTシャツの人数、円卓を囲んでいる人数、付き添いで参加している家族の人数、車椅
子の数・・・それらを確認しながら「移動した方が良いのでは」と知人に目を向けると、彼女は
目配せをして何事も無いように、にこにこ笑っている。しかし、笑ってはいても、あの沢瀉の蕾の
ような小さい透明の汗が彼女の額と首に噴き出ていた。私は浮かしかけた腰を降ろし、風向きの変わ
らないことを「ただ、ただ祈った」。
黄緑色に広がる田んぼの上を、広がりながら流れて行く白い霧。農薬か どうかは分からない。ただ、
昼間の陽射しを避けて涼しくなった時間に噴霧をしているのか、 人それぞれのやり方があるのだろう。
取り越し苦労に終わって、私は心から安堵していた。
納涼祭は無事に終った。皆さんが「またお越しやす」と言ってくださる。知人には、目配せだけを
して別れた。私はまだまだ彼女の足元には及ばない。帰り際に施設の前に広がる、噴霧されていた
田んぼの畦に降りてみた。鮮やかに幾何学模様を緑のグランデーションで描く田んぼは静かだった。
しかし、その畦に沢瀉の花は見かけなかった。
♪ 月と公園 木村徳太郎 「夕暮れ」ノートより
影が揺れてる。
誰(だれ)だか知らない
大人が一人。
睡蓮咲く池、
月をこっそり
掬っていたよ。
毀れて(こわれて)月片(かけら)は
指のあひから
こぼれてゐたよ。
蟲を聴ききき
僕は見てゐた
ベンチで一人。
♪ 「東大寺―八角銅燈籠―」
今朝は 秋虹
透けて、扉
泣いて 見えます
菩薩さま。
―衣に 爽風
柔(やわ)い、頬つぺ
微笑(わら)つて 笛を
吹きなさる。
參道 砂利道
八角銅燈籠
彫つてあります
菩薩さま。
―母さんみたい
優しい、お目目
微笑つて さゝやき
してなさる。
2006.09.01
♪「弘ちやんは生きている」1〜8はブックマーク(ご挨拶)にまとめて入れました。
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オモダカ ネットを始めて知った名前です。困る雑草ですが雑草には何故に美しい花が咲くのでしょうね。
2006/9/1(金) 午後 9:35 [ kazuki ]
オモダカ、私も農村の出身ですがまったく意識したことがありませんでした。 雑草にもちゃんと名前があり、よくみればけっこう美しいですね。 きょうたまたまフジカンゾウをアップしました。 これも雑草ですが、意外に美しかったです。
2006/9/1(金) 午後 9:51 [ rocky ]
kazukiさん。花はみな美しいですが、雑草とか野に咲く花に「ハッ」とする美しさと力強さ、健気さとかを貰いますね。kazukiさんのところの花もみな素敵ですね。
2006/9/1(金) 午後 10:43 [ 花ひとひら ]
rockyさん。フジカンゾウは萩に似ているのでしょうか。私も実物見たいような素敵な色の花ですね。今、見せていただきました。ミズヒキも雑草ですが品がありますし・・・。
2006/9/1(金) 午後 10:47 [ 花ひとひら ]
昨夜の「上弦の月」は蓮池を幻想のなかに・・。花ひとひらさん、沢潟の白いこんなにも可愛い花にはまったく覚えがありませんが、葉の形を見て思い出しました。(我が記憶にあるのは)「くわい」の一種では無いでしょうか?(お正月のおせち料理に使う)。里では水田の横に湧き水の湿地が有り、其処を「くわい田」と呼んでいました。その特徴のある葉っぱが群生している風景が甦りました。花も、根っこの「くわい」もまったく思い出せないにのですが・・。このお能では如何でしょうか。1
2006/9/2(土) 午前 4:44 [ ささ舟 ]
長月に入りし朝、黄色い傘が行く。少しけだるい顔した子、重そうな袋からは沢山の夏休みの思い出がはみ出ている・・。やはり学童の通る町の朝は微笑ましい。こんな日常が堪らなく好きです。 「月と公園」の詩。昨夜の我が家のうら?? 夏バテは無しネ。お元気で安心しました。今月は少しボランティアが入りました。和気あいあいと。
2006/9/2(土) 午前 5:30 [ ささ舟 ]
ささ舟さま。オモダカの葉がクワイと似ているので花クワイと言うらしいです。クワイが慈姑と書くのを知りました。なにか「フンフン」と頷けます。クワイにも花は咲くのでしょうね。気になります。こんどお里に帰られたら、見ておいていただけませんか。今までなんとも思わなかったのですが、あの苦いクワイ、慈姑と書く・・・気になります。水田の広がり、は原風景ですね。
2006/9/2(土) 午後 3:27 [ 花ひとひら ]
なんと羨ましい。お堀に上弦の月と睡蓮(蓮)ですか。私もそれをすくってみたいです。こちらはこの夏は、草取りを怠りましたらお陰で?虫のお宿がりっぱで、夜は喧しいほどの大合唱です。ささ舟さまはお元気ですね。ボランティアもなさっているのですか。私は夏の終りにくる夏バテです。でもかわいい栗の実坊やを見ると少し元気がでます。「食い気」の私はそれをいただくころは、元気回復しますが・・・。
2006/9/2(土) 午後 3:42 [ 花ひとひら ]
おむすびです。素敵な絵とお話ですね。こどもたちは田んぼが大好き。でも、難しいことも多いのです。このおもだかなどがあるたんぼは薬があまり使われていない証拠、と目印にしています。春にはおたまじゃくしがいるか、などと調べてから出かけます。悲しいのが自動操縦のヘリコプターでの空中散布。その朝には「洗濯干すな」「外に出るな」といわれ、ラジオ体操も中止です。なんでこんなことするのか、といぶかってみても、農業で生計を立てている人の身になれば・・難しい世の中です。
2006/9/2(土) 午後 4:53 [ ma_*ha*040* ]
おむすびさん。私も現住所に引っ越してきた時ヘリコプターでの農薬散布には驚きました。子供なんか知らないから、空から降ってくるものにはなんでも興味を持って見たがって困りました。犬も急いで家の中に入れて・・・。畑の野菜は動かせないので困りました。それぞれの立場があるから、自分で防御するしかないのでしょうね。おもだか、おたまじゃくしのいる田はやっぱり手植えの、微農薬だったのですね。ありがとう。
2006/9/2(土) 午後 6:24 [ 花ひとひら ]
オモダカという花 私もネットを始めてから知りました。雑草というくくりの中に収められた草花は今 それぞれの個性を見直され脇役に徹することへの助演賞に輝くものが多くなっていますね。オモダカに目が留まった花ひとひらさんのお陰で「雑」という文字を見直しました まじえる まじわる。。ネットの世界そのもの。。誰かさんがみつけた〜ちいさな秋♪いいですね
2006/9/4(月) 午前 7:53 [ 翁草 ]
お陰様 もうひとつ・・・オモダカは万葉集にも歌われるほど古くから日本に育っている由緒ある花だったのですね 【沢瀉】で検索中沢山の家紋にも使われていることを知りました 詳しく調べることはありませんが家紋を見ること好きなので時々ふらりしています 春先の足あと 続編に感謝です
2006/9/4(月) 午前 8:03 [ 翁草 ]
翁草さま。「道端の名も無い草」なんていう表現がありますが、「かわいそう」または、「愛らしい」名前であれ、どんな雑草にも名前はあり、個性豊かに命を保っています。そんな姿が弱い私には重なって見えます。絢爛と咲き誇る花も素晴らしいですが雑草も素晴らしいですね。オモダカは、万葉の時代から愛でられいたのだと思うと嬉しいです。言われてみて、私も家紋を検索しました。花の家紋が多いですね。花が(雑草も)生活に溶け込んでいたのでしょうね。
2006/9/4(月) 午後 2:16 [ 花ひとひら ]
オモダカの出てくる可愛い素敵な詩をみつけました。蕗谷虹児「かっぱの子」河骨の/銀の花咲く/夏がきて/しづかに眠る 古池の/水の底から/ 濁るのは/河童のおうちの/けむりだよ/おまんまたく けむりだよ/鷺菅や/蒲の穂がでる/夏がきて/しずかに眠る 古池の/水の面に あぶくが/浮かぶのは/かっぱの子供の/あそびだよ/しゃぼん玉を ふくのだよ/沢瀉の/銀の花咲く/夏がきて/しづかに眠る/古池の/くるくる渦は/独楽まわし/水 がにはかに/ゆらぐのは/かっぱがお角力/とるのだよ (2)
2006/9/4(月) 午後 2:29 [ 花ひとひら ]