来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

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(画像)絵本 「星たちは花になりました」 ヨリ


木を植えるということ

      この地球の上に

     天の川のような

       美しい花の星座をつくりたい

     花をみるこころが一つになって

       人々がなかよく

         くらせるように

             佐藤良二



 中学生の時、教科書で御母衣ダムから移植された荘川桜が、蘇えったことに感動した「佐藤良二さんという国鉄バスの車掌さんが、太平洋と日本海を結ぶ受け持ちのバス路線を、荘川桜の街道にしようと、自分の蓄えと少ない休暇を使い、一人で黙々と桜の苗を植え続けた」と言う話を学びました。
私はそれが、いつまでも心に残り頭から離れませんでした。自然豊かな所で、そしてまだ中学生だったためか、わざわざ桜を愛でるということを知りませんでしたが、「自分の好きな煙草代もせっせと貯め、苗木を買い、休みの日に一本一本街道に植えて行く」その行動にとても感動したのです。そしてそのバスの運転手さんが、とても素敵な人に思え、「尊敬をする人」を記入する時はいつも、「桜の運転手さん」と書いていました。ところがこの「桜の運転手さん」を知らない人が多く、不審に思われ、聞かれる度にいつも気色ばんで説明をしたものでした。
そして『木を植える男』ポール・コールマン著、を読んだときも佐藤運転手さんを思い出して涙しました。しかし涙はそれだけでは終わりませんでした。
その後、次のような記事を見たのです。
私の尊敬する「佐藤運転手さんは、2000本あまりを植えたところで、病魔に侵され志なかばでこの世を去られた。そして、そのあとをお姉さまが、弟の意志を継いで桜を植えておられるが、街道は車が多く廃棄ガスで木が弱って来ていること。お姉さまもご高齢になり老体に鞭打ち、朽ちていく自分の体と戦いながら桜を植えておられる」そのような記事でした。そして、野良着の凛とした顔のお婆さんの写真が載っていました。
私は、またまた感動して涙が出ました。教科書の話は事実で、そしてその意志を継いでおられるお婆さん(記事掲載当時、佐藤さんのお姉さまは六十代でした)がおられる。私は感動で身震いをしました。
しかし、その身震いは、その時に同じ場所に掲載されている別の記事で複雑な思いにもなりました。別の記事にお姉さまと同じ六十代の方々が、「六十代のファションショウー。高齢になってもおしゃれ忘れず」と華やかに着飾って写されているのでした。とても複雑な気持でした。(野良着の化粧気もないお婆さん(お姉さま)がひたすら桜を植えておられる。一方でお婆さんと同じ年齢の方々が派手に化粧をし、華やかにショーをやっておられる。)
その記事を読んだ時の私は、六十代には、まだまだほど遠い、先のことでした。
しかし、その記事を見てからずぅ〜と、この二つの記事に考えさせられ、私の心にいつも何かが澱(おり)のように重くありました。
そしていつしか私も六十代になりました。
「六十代なんて若い若い。もっとおしゃれを。もっと前向きに」と、毎日のようにファションショーなんて行なわれ、今や記事にもなりません。でも私はそれに煽られる?より、野良着姿で桜を黙々と植えておられた、あのお婆さんと同じ年齢になった事に、心が震えるのです。中学生時代の感動、その後の記事を読んだ時の感動、それとは別に感じた複雑さ、そして私は「桜を植える」と言う形でなくとも、あのお婆さんのように何かは分からないけど、凛とした生きかたをして来たのだろうかと、考えるのです。
同じ六十代になり、「私は凛として生きて来ただろうか」「凛としているだろうか」
と、とても思い悩み、そして反省するのです。
いま、私(たち)は
「前向きに、おしゃれに、生涯現役、生涯学習、病気をしないための健康とおしゃれ」
と、毎日のように追い立てられているように感じます。そして、
若さがもてはやされ、皺の数、白髪の数で優劣をつけかねられません。
桜を植える数(意思、心)では優劣をつけません。

私は十年前に、どうしても佐藤さんとそのお姉さんの気概、心、を感じたく、そのバスに乗りました。荘川町と白川村を結ぶ国道156号線沿いに、桜は植樹されており、佐藤さんが夢見た「さくら道」は桜街道と名づけられ、綺麗な花を咲かせていました。しかし、どれが佐藤さんの植えたものかは分かりませんでした。
荘川桜はとても有名で、観光客がたくさん押し寄せると聞きます。しかし、同じ荘川桜の佐藤運転手さんは、あまり知られていないようです。今は教科書にも乗らないようです。
しかし、私は佐藤さんが願っていた「花をみるこころが一つになって・ 人々がなかよく・くらせるように」それを思うのです。
家の近くの土手の桜並木は、土手の側(かたわら)で開業されている製材所のお爺さんが昔、植えました。近くにある名所の海津大崎の桜は、トンネル工事の作業員だった宗戸さんが、仕事の合間に植えられました。近くの有名な棚田の一本桜は、田んぼの持ち主のご先祖さまが植えられました。そして、私の自治会は丘の上にあり、丘の坂道に沿って六年前に住民で桜を植えました。今年は、その満開の桜の下で、住民一同お花見をやりました。桜や木は、元を手繰れば、誰かが植えたのでしょう。昔の人が、一生懸命植え、後世の私たちに心の宝石を下さっているのです。そして、(心が一つになって仲良く暮らせるのです)。この心を受け継いでいく。私は(この心を感じる)ことを、凛と受け止め、感じていく生き方をしたいと思います。今年も沢山の桜を見させていただきました。沢山のことを教えていただきました。昔から受け継がれた桜(心)を見ること。そして、「満開の桜時が良い。お天気が良かったら、等と欲張ってはいけません。その観桜の出来たその時が一番最高の花見時であるのです」とも教えていただきました。そこには、あの昔、複雑な思いを持ったことへの答えが示されていました。追い立てることも欲張る事もないのです。あるがまま。そして森羅万象に心を感じ、あの桜の運転手さんのように、そのお姉さんのように、私は凛と生きていたいと思います。



(星たちは花になりました   新風舎発行  上杉和子作)

地球が汚れると、星たちは地上に降りて
こられなくなります。
 いつまでも美しい地球であり、夜空でも
地上でも、耀き続けられるようにしていか
なければなりません。
 星たちが花となり花が星となって、人々
に話しかけ、人々もいつまでも優しい心を
持ち続けられることを祈ります。
 





 タシザンノウタ 木村徳太郎 (童芸S17.06月号) 
   

            栗の梢ニ 栗鼠二匹

            尻尾フリフリ 栗の実タベル

            栗ノ実コロント 落チマシタ

            下ノコ栗鼠ガ 上手ニウケル

            明ルイオ山ノ 栗ノ木ニ

            コ栗鼠ガ三匹 仲ヨクアソブ。


            豚ノ子ドモガ 五匹デス

            小サイ尻尾ニ 桃色ノ耳

            オ鼻ニワラヲ クッツケテ

            ブウブウナイテル 親豚二匹

            アワセテ七匹 豚ノ目ハ

            光ガマブイカ ショボショボシテル。


            白ト茶色ト 黒イ色

            カワイイオメメノ 猫三匹ニ

            手毬トアソブ 一匹ト

            オヒゲノナガイ 一匹ヲ

            アワセテイクツニ ナリマセウ

            オ手手ノ指ヲ カゾエテゴラン。


2007.04.30

閉じる コメント(19)

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新芽が、黄金の耀きで眩く光っています。皆さまは連休を如何過ごされますか。連休明けの私のブログの画像は、ありません。私の文に(拙文)ぴったりの絵と偶然出会う事が出来ました。薫風と光に満ちた絵です。転載を許可して頂いていますのでそれをお借りします。楽しみにお待ちください。この絵に出あったとき、あまりにもピッタりの絵で心が震えました。(次回、是非私の文とあわせて御覧下さいね。)みなさまが楽しい休日を過ごされる事を祈っております。

2007/4/30(月) 午後 4:55 [ 花ひとひら ]

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こんにちは、佐藤さんとそのお姉さんがそして、桜を愛でる人達が植えた桜街道を育てた心に、素晴らしいと思いましたね。私の知り合いのブロガーの方から、先日コメントがありました。桜の木の下の吹く風は冷たいとそしてこの世とあの世の境なのだそうです。つまり結界だと言うんですね。今まで私は桜の木の下で宴会をする事が無意味だと思っておりました。人間の春のハシャギだと思っていました。でも現世と前世の行き交う

2007/4/30(月) 午後 5:46 [ アンクルなが ]

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続)桜の木の下で、酒盛りをし、歌を謳い、そして踊る事がこんなにも有意義なものであると、重要であると、恥ずかしながらこの年になって初めて教えられました。昔の人の素晴らしい感性と神様と自然と人間が過去、現在、未来においていつまでも平和で幸せであるように願う儀式が桜の下の宴会だったのですね。古の方々に尊敬の心を献上いたします。アンクルなが

2007/4/30(月) 午後 5:53 [ アンクルなが ]

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明るく、光に満ちた連休ですね。明日からは雨かも。 今日は1日仕事で疲れましたが、花ひとひらさんの絵で癒されてます。 そんな貴女の好きな絵、楽しみ。 「足し算の歌」をよんでもそう思いましたが、お父様、子どもが心底お好きだったのですね。いつの日か、こうした詩や童話が一冊の本になれば・・・とおもってしまいます。プレッシャーですね。すみません。

2007/4/30(月) 午後 9:48 [ ma_*ha*040* ]

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数々ある花や木の中で、日本人の心にここまで沁み込む桜。その威力に不思議なものを感じています。子供の頃よりのいろんな節目が、桜の開花と共にあったからでしょうか?桜の花の時期のあまりの短さからでしょうか?桜には、何かしら霊的な魅力さえ感じます。

2007/4/30(月) 午後 9:51 [ ぱやこ ]

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アンクルながさま。こんばんは。私も無礼講に騒ぐお花見が好きになれなかった時も有りました。でも今は好きですよ。無意味なことなどは人生に何もないように思えたりします。とくに桜にはそんなことを教えられるような気がします。「桜が咲いている」そこにもいろんなプロセスがあるのですね。教えられます。私も古人、神様、自然に尊敬の心を献上。弥栄です。そして桜が妖しいのは「結界」、そうかもしれませんね。(ちよっと恐いけれど)

2007/4/30(月) 午後 10:03 [ 花ひとひら ]

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まーめさま。そうですね。プレッシャー、でも楽しみな夢ですね。まーめさんもあまり、無理をしないように。私は連休ドロンパ?です。連休明けの絵を楽しみにしていてくださいね。いつもありがとう。

2007/4/30(月) 午後 10:09 [ 花ひとひら ]

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ぱやこさま。いつのまにか季節は急ぎ足で。新緑が眩いですね。眩さに人はもう桜のことを忘れているのでしょうか。そんなことはないよね。桜は人の心に入っている。だから、また咲くのを今か今かと待っていたり。アンクルながさまが、教えてくださったように桜は「結界」かもしれませんね。でも、無粋だけれど私、花より団子も好きです。生きるということは、なににでも旺盛でないとね。他の花と異なり日本縦断をするのも桜、日本の花です。

2007/4/30(月) 午後 10:23 [ 花ひとひら ]

宮沢賢治の詩に、農民が嘆く服装に、「着飾った背広なんかより、土や汗で汚れたボロボロのその仕事着の方が美しい。」と言ってる内容のものがあったのを思い出しました。

2007/4/30(月) 午後 10:25 [ - ]

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おじいちゃん。有難う御座います。おじいちゃんさまは可笑しいような気がして、ついおじいちゃんと呼ばせて頂いておりますが、おじいちゃんのパワーと、こうして素敵な事をすぐに思い出してくださる柔軟さに尊敬します。着飾った背広も大事な時があるだろうけど、仕事着は美しいです。

2007/4/30(月) 午後 10:35 [ 花ひとひら ]

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御母衣ダム建設に際し荘川桜2本の移植、それに感動した車掌さんのことは何で知ったのか覚えていませんが、知っていました。(教科書?、花ひとひらさんと同年代だから教科書でかな?花ひとひらさんのもの覚えのよさにはいつも感心ばかりです)「桜の花の下には死体が隠されていてそれを栄養にした桜の花は妖しく妖艶に咲く」と言われ笑い飛ばしていましたが、結界と言われれば…なるほどです。桜は美しいを超越し妖しいです。

2007/5/1(火) 午前 9:29 [ おいちにのさん ]

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私の住む近くの土手の桜は明治43年に小学校の卒業記念に植えられたものです。この天井川に代わって方水路が作られ新川に桜を植樹しています。新川の桜も孫やひ孫世代が楽しんでくれるでしょう。所属する山の会では昨年、ハナミズキ(赤、白、各1本)を記念植樹しました。誰かがどこかに植えることで後世の人たちが楽しんでくれればいいですね。ところで花ひとひらさんは今でもしっかり凛とされていますよ。いつも花ひとひらさんをお手本に、私も凛と生きて生きたいと思っています。これからもよろしくね。

2007/5/1(火) 午前 9:42 [ おいちにのさん ]

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まあ!10年前花ひとひらさんも佐藤さんの桜を見に行かれたのですか。私は何も知らずに白川郷へ行く途中でガイドさんから佐藤さんの植樹の話聞きました。山ぼうしが満開のの頃だったから今頃でしたでしょうか。せっせと植えられている確かな姿を想像したものです。裏の土手に息子の誕生記念に植えた桜も36年経ち、毎年俳句の会の方が詠んで下さるほどに綺麗な花を咲かせます。やはり嬉しいものですね。タシザンノウタ。うふふ^^指を折ってしまいますね^^

2007/5/1(火) 午後 4:45 [ ささ舟 ]

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おいちのさんさま。こんばんは。コメントを有りがとうございました。ご返事が遅くなり申し訳有りません。孫と遊ぶのに忙しくPCは寝ておりました。記念樹ってどれも良いですね。木は大きくなって行く。記念も植えた人間も、大きく育つていくような気がして。おいちにのさんさ、此処においでくださる方々、皆さんが私のお手本です。ありがたい事と思っています。凛としてそして「お天とさまが見てる」そう思って生きて行きたいです。

2007/5/2(水) 午後 9:30 [ 花ひとひら ]

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誰かが見てるからでなく、お天とさまは真直ぐな心と正しい判断が出来る何かだと思うからです。私からもよろしくお願い致します。こうしてブログでお会いできた事、とても嬉しいです。私も「結界」と言う事を改めて意識して思ってみました。最初なにか恐い気持ちがしましたが、「結界」を感じることは、現世の感謝や自分以外の他者を思いやることに通じるのではないかと思い始めました

2007/5/2(水) 午後 9:37 [ 花ひとひら ]

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「結界」を感じることは純粋さに繋がるような気がします。おどろおどろしたものや妖艶ではなく、清んだ物ではないかと思い始めました。いつかこんなこと話し合ってみたいですね。

2007/5/2(水) 午後 9:38 [ 花ひとひら ]

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ささ舟さま。こんばんは。お薦めの桜餅。葉っぱの塩味と道明寺のバランスが絶妙で、もう桜の世界に(味覚で)舞い込みました。お薄となんと合うことか。「日本人で良かった」なんて、花にも団子にも思う幸せでした。ささ舟さまも「桜街道」をご覧になられたのですか。私は地元のバスに乗り(だから説明はありませんでしたが)佐藤さんが黙々と植えておられる姿を想像しました。(1)

2007/5/2(水) 午後 9:56 [ 花ひとひら ]

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私は、ささ舟さんのようにあまり旅はしておりませんが、あの時の旅は桜と共に、太平洋と日本海を見て、そして氷見線で素朴な女学生に会い忘れられない旅でした。桜は大きくなるのが早いから、36年と言えばもう大木ですね。いいなぁ〜。俳句を作ってもらえるなんて。息子さんが褒められているような気がするでしょう。素敵ですね。最高の桜ですね。

2007/5/2(水) 午後 9:57 [ 花ひとひら ]

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yasu200472さま。
訪問有り難うございます。当ブログは、駄文で自分史を綴っているようなものです。自分史は、綴っているその時代をもう一度生きられる。残すものは何もありませんがもし子供たちが目にしてくれたら、親の姿を垣間見てもらえる。そんな気持ちです。そんな自分善がりなものを、こうして皆さんが読んで下さり、色々教えてくださるのは重ねての幸せと思えます。不思議ですね。ネットは。姿が見えなくっても、みなさん同じ部屋で息遣いをしているような感覚です。
私は、あまり旅をしませんが、あの日本海の海、砺波のチューリップ、そして桜のバス。昨日のことのように(文章を書いていると)感じます。それが生きていることかとも思います。有り難うございました。>抱えれますね>日本語を忘れないで下さい

2007/8/3(金) 午前 1:20 [ 花ひとひら ]


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