来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

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黴の餅

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美味しい記憶        黴の餅 
 
   子供時代に過ごした田舎の神社の大晦日は忙しい。門松を作り、取り水をしている竹の筧を取り替え、その残りが燃やされ、竹が大きく爆ぜ空高く燃え上がっていく。拝殿の煤払いも始まる。私は手伝っているのか邪魔をしているのか分からないが、宮司の父の後ろをついて回る。普段は訪れる人の少ない小さい神社だ。この日はあちこちに人が動き、私は嬉しいのだ。小雪がチラチラ舞ってくると、お正月の来る嬉しさが余計増していた。
 拝殿に鏡餅が並べられていく。下に敷くウラジロの葉は前日に父と山に入って採ってきてある。山は身を切るような冷たい風だった。時々それを切り裂くように鋭く鳥が鳴く。しみでる足元の山水が、早くも新年の光を映し木漏れ日に光っていた。ウラジロに混じって、ヤブコウジ、マンリョウの赤い実が根雪の中に温かい灯りのように点っていた。拝殿に長い新竹が何本も渡され、鏡餅を置く台が作られウラジロが敷かれていく。
  村の各家で搗かれた鏡餅がずらりと並べられ、大きな鏡餅から手の平に乗るような小さいものと色々だ。同級生が鏡餅を神社に届けに来ることもあった。私と同級生は恥ずかしそうに、それを受け渡しする。
村の人たちが神さまに供えた鏡餅は、正月が終ると、おさがりとして私たち家族の貴重な主食となる。正月の鏡餅、夏には麦、秋には米、季節毎の野菜、神様に供えられたお下がりが父の給金の一部だった。現金はほとんどなかった。
 拝殿から鏡餅を下げるころには、寒い風に吹きさらされ、餅にヒビが入り堅くなっていた。その硬い餅を小さく切っていく。一度には切れない。硬い餅を金槌で割ることもある。そのうち餅に黴が生え、割った餅の奥深くに紅色、青色、黄色の黴が染まっていた。フワフワとした綿毛のような黴もあった。私は、この黴の生えた餅が大嫌いだった。黴臭くて湿気ていて悲しい味がした。父が「ペニシリンは、黴から作るんや。毒と違う」と笑って、黙々と手を動かし、餅を小さく切っていく。私は悴んだ手で切られた餅を新聞紙に拡げていく。ときどき冷たい手を火鉢で温める。切るときに砕けてできた餅屑のような雪が、部屋の隙間から入って火鉢に融けていく。雪と父の顔を、私は黙って見くらべる。
 私には、その黴よりもっと厭なことがあったのだ。同級生が、「オマエの所は乞食みたいや。なんでもタダでもろうって」と言うのだった。「タダと違う。父ちやんが、神職として働いた給金の一部として、現物で支給されているだけや! 乞食と違う」私は心の中で、いつも言い返していた。投げられる言葉に私はどれだけ口惜しかったか。しかし、現金のない父が惨めにも見えた。父の横顔を白黴のような気持で私はみていた。
金槌で割られた、小さい石ころのような小さい餅は、火鉢にかけられた網の上で、気長に何度も裏表を返して焼く。急ぐと外側ばかりが炭のように焦げ、中まで柔らかくならない。じっくりと焼いてそれを醤油に浸す。ひび割れの間から醤油が沁み込む。また乗せる。醤油の焦げる匂いがあたりに広がる。醤油が「ジュー」と炭火に落ちて広がる香ばしい匂いは、黴の匂いを少しは消してしまい私を喜ばせた。しかし、毎日続く黴だらけの餅には、嫌気がしていた。搗きたての柔らかい餅を食べてみたかった。
「こんな黴だらけの餅は厭や」「乞食なんて言われるのは厭や」「余所者と苛められるのは厭や」「こんな所は厭や」と、吹き荒れる吹雪のように、私は胸のうちでいつも叫んでいた。
 父が神社を退職した。そして村を去った。私は振り返りたくもない村と思っていた。だのに、年月を経るとあの場所が私の原点であるように思えてくるのだ。
半世紀ぶりに同窓会に出席した。「木村さん(旧姓)のお父さんに食べさせて貰ろうたお餅、黴の味がしたけど涙が出るほど美味しかったわ」と、みなが口々に言う。
神社に遊びに来た同級生に、父は「ちよっと待っときや」と、あの堅い石ころのような餅を、何度も何度も醤油に漬けて焼き、みんなに出してくれていたのだ。あのころは、みんな貧しかった。きっと「神社には、沢山の珍しいものが集まってくる。それもただで・・・」と子供たちには羨ましく映っていたのだろう。そして、それを「乞食!」と揶揄していたのだろう。
 食物が豊富にあったわけではない。同級生たちは、あの餅が涙が出るほど美味しく嬉しかったと言う
私には好きになれなかった黴の餅だったが、あれは「最高の味」であり、「最高の父の味」だったのだと思う。醤油の香ばしい匂いと、黴の匂いが懐かしく記憶に蘇る。そして「お父ちゃんは最高のお給金をもらっていたのだ」と思った。
2008.01.18

木村徳太郎の作品(童話、論評、随想)を別頁「木村徳太郎=現在『伝書バト物語』」に掲載していきます。ご愛読下さい。 
            
           ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

          自然     木村徳太郎        夕暮れノートより 
       
             雪晴れて

             街は月光(ひかり)に燻ぶされる。


            ビルがならんで ここだけは

            月の光が うっすらで

            巨大(おおきな)氷河を 思はせる。


            ビルの堆石(モーレン) 亀裂割れ(ひびわれ)は

            月の光が うっすらで

            氷の條痕 思はせる。


            いまも生きてる ここだけは

            月の光が うっすらで

            太古の氷河を 思はせる。


            雪晴れて

            街は自然に つゝまれる。

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私の実家辺りではどこの家も鏡開きは4日でした。あまりかびないうちに、という意味では合理的だったかな?。ネットで調べてみると4日のところも結構あります。冷蔵庫のない時代、お餅はすぐにかびましたね。賞味期限がうるさい現在では考えられないことですが、かびたお餅を食べても不思議にお腹は大丈夫でしたね。
うちでは一度に憑くとかびるので、お正月用がなくなれば寒餅、それからアラレやオカキ用と冬の間、何度も餅つきしました。飽きずによく食べました。
賞味期限にこだわりすぎず、ラベルに印字してある期間は参考にして、自分の目、鼻、舌をフル回転させて自分で賞味期限を決めればいいと思います。
子供のころ、お餅用にお味噌を甘く美味しくしてそれをいっぱい塗って食べてました。砂糖醤油だと子供はこぼすことが多いからかな?
今、私は砂糖醤油で食べますが(お味噌を作るのが手間だし、昔ほど食べないので)やっぱりお味噌が美味しいと思います。ちょっとよだれが出てきたりして…。

2008/1/18(金) 午後 4:18 [ おいちにのさん ]

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くろひつじさま。昔は黴が生えていてもご馳走でしたね。今はどんなものも黴が生えません。いまから思えばあの黴は生きている証拠だったのでしょう。揚げ餅、美味しいですね。お餅に海苔やチーズや、またピザのようにしても今は食べられるのに、あまお餅を食べませんね。食べ物がありすぎるのでしょうか。
こちらはまだ雪があるのですよ。ところが車の屋根に雪を乗せて走っている車は(昔は多かったのですが)珍しいかして、駐車場で、数人に「雪ちょうだ〜い」てとりかこまれました。ちよっと複雑?です
>街は月光(ひかり)に燻ぶされる。寒いほど空気が澄んで星も月もきれいです。寒いからこそ、雪晴れの美しさ、自然がいただけるのですね。

2008/1/18(金) 午後 5:59 花ひとひら

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道草さま。餅搗きも「苦を付く(29日)」或いは「福をつく(29日)」と色々のようですね。人間って勝手といえば勝手ですが、こうしていろいろゲン?を担いだり、語呂合わせをしたりと、日本人って豊かですね。子供たちが(我が家の子供)小さいときは、とにかくお餅がたくさんある事がお正月であり、臼と杵で我が家も餅搗きをしましたよ。お餅があると、朝食の用意が楽なこともありました。まだ電子レンジのないころで網で餅を焼くのが楽しみでした。目から、鼻(匂い)から楽しみでした。搗きたてを納豆や大根おろしで食べました。私はそのころのお餅が一番美味しいです

2008/1/18(金) 午後 6:12 花ひとひら

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tetsuoさま。ポチッ有難うございます。私の知人で「苦労は買ってデモせよ」を「買わずにすめばそれが幸せ」と言う意見と「やはり、買ってでもすべきだ」という意見に分かれた事があります。>貧乏な生活をしろとでも言ってあげようかな。美しさがわかるからと・・・。同じ貧乏でもそこから美しさを見出せる人と、そうでない人もあります。ムツカシイですね。

2008/1/18(金) 午後 6:23 花ひとひら

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吉野の宮司様。有難うございます。神様のお下がりを食べられるなんて、今思えば誰にでも出来ることでないし、有り難いことですね。あのお餅切るの本当に手が痛いです。(現在は少し電子レンジで柔かくしてから切れば良いそうです)宮司様のご苦労がわかります。でも苦労したものはみな優しいですね。

2008/1/18(金) 午後 6:29 花ひとひら

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おいちにのさんさま。私はいまでもお餅が大好きですが、数は食べれなくなりました。私はいつも十四日に(今は小さい小さい印だけのお鏡で、その上に自分で作った干し柿と小さいミカンを乗せます)お鏡を下ろして善哉にします。一人分だけの善哉です。
>自分の目、鼻、舌をフル回転させて自分で賞味期限を決めればいいと思います。この感覚は生きていく上で大事なことですね。料理学校でも教えて欲しいです。が、これだけは経験が物を言いますね。これは腐っている、これは腐っていない、そんなことも仕事で指導しています。そのてんお婆さんはみな逞しく意思が通じますが、男性は難しいです。これからは男性もこう言う生活能力も必要ではないでしょうか。
味噌は私も柚子味噌をたくさん作って乗せて食べてますよ。(自家製柚子に味噌です)結構主婦してます(笑)

2008/1/18(金) 午後 6:44 花ひとひら

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花ひとひらさん こんばんは♪ 我が古里ではお正月のお餅搗きの一番取りは氏神さま用で祖母以外は誰の手も触れることは禁じら臼から上げたら手早く三重の鏡餅を作りお宮にお供えしました。子供たちはそんないやみを言ったのですか?きっと花ひとひらさんが羨ましかったのですよ。醤油味のお餅の焼き方のコツ(大層に^^)はここ!遠火でひっくり返しながら気長に焼きお醤油をつけていったん冷まし、水にサッとくぐらせてから弱火で少々あぶります。水にくぐらす事でふっくらと艶が出て一段と美味しいです^^子供の時からのこだわりです。一度お試しくださいネ。冷蔵庫のない時代は籾殻に入れておくとわりに長く黴ませんでした。

2008/1/18(金) 午後 9:15 [ ささ舟 ]

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餅たべたい〜

2008/1/19(土) 午前 11:29 [ yas*200**2 ]

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ささ舟さま。鎮守の森へは、ささ舟さまのお祖母さまのような方もいらっしゃれば、「どうして神社に餅を持って行かねばならないのか」と言う人等と、いろんな人がいました。意外と子供はそんな大人を見ているのですね。大人が言うから子供も言うようなところが・・・。戦後は伝統や、日本の心を潰す事が、革新的で良しとされた風潮もありました。
お餅の焼き方。美味しそうですね。これをするには火鉢が入りそうですね。幸い火鉢がありますので、雪降りの日にでも一度じっくりやってみたいです。有難うございます。私の祖母は差別語になるかもしれませんが、「餅は乞食に、魚は殿様に焼かせる」なんて言っていました。また「遠火の近火」とか、いろいろ教えられました。なんだかささ舟さんのお祖母さまに、私も祖母を思い出してしまいました。お餅は水につけて、毎日変えたりもしましたが、それでも黴ました。冷蔵庫のない時代ですね。父は沢山の餅を孤児院とかへも持って行っていました。そこで私は金髪の可愛い子とお友達になったりもしましたよ。なんだか、遠い遠い昔をいろいろ思い出しました。

2008/1/19(土) 午後 5:11 花ひとひら

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yasu200472さま。珍しいですね。平成20年の日本にお餅を食べたい〜と言う人がいるなんて・・・・今はお餅は老人施設でも正月の雑煮に出しません(喉つまりを恐れるからです)お餅を食べたいだろうにと私などは思うほうなのですが・・・。そうやって色んな事が遠ざかっていきます。
私の家でも、昔、子供たちが小さいとき餅搗きをしました。臼は、今は庭石に(枯葉で埋っています)手作りの柿の木でつくった杵は納戸に入ったまま。5年程前までは、餅搗きをやってみたくなり、子供たちに声賭けをしましたが、誰も乗って来ませんでした。今は私もやりたいと思いません。時間が流れて行くのですね。でも他所の家族も誘ってやつた餅搗きは楽しかったです。納豆、大根おろし、アンコ、海苔、チーズ、黄粉といろいろ準備して大忙しでした。そして搗きたて餅に納豆を絡めて食べようとすると、納豆好きの子が準備した丼一杯の納豆を、全部先に平らげていました。あれもこれも楽しい思い出です。お正月はお餅があればご機嫌だった子もいました。そうですか。お餅を食べたいですか。食べさせてあげたいですね。

2008/1/19(土) 午後 5:33 花ひとひら

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美味しそうなお餅の話で盛り上がっていますね 花ひとひらさんのお供え餅 だいぶ食べ応えがありそうですね 子供の頃の記憶ではお供えに黴は見なかったような気がします 寒かったせいでしょうか? 祝い事や行事がある時は杵と臼で餅搗きでした ふかふかに蒸されたもち米を臼に入れたとき 最初の一握りを食べる楽しみ・・・思い出しますね。すり鉢で擂った黒光りのごまだれのなかにちぎった餅を母が入れ餅をくるりとかえしてごまを絡ませるのが私の仕事でした コシ小豆あんのたれと二種類 お汁粉もぜんざいも知らないままで育ちましたが母の味は永遠です のしもちを食べごろサイズに切って外に吊るして干し餅にしたものを油で揚げひび割れたところにお醤油を1滴。。いい香りと味でした 今思えば贅沢な時間でした。子供にも大人にも待つ心を教えてくれた冬の過ごし方でしたね

2008/1/19(土) 午後 9:47 [ 翁草 ]

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翁草さま。有難うございます。黴はあまり寒いと出ないのですか。適温が有るのですね。最近はパックのお鏡や小餅がありますが、なんだかちよっと味気ないです。ふかふかに蒸された餅米!有りました有りました。私も得意になって(プロの餅搗きになったような気がして)つまんでいました。お餅は通販で購入することも有るのですが、昔の味とは違います。同じなのに気持が違うだけかもしれませんが。お醤油も米も日本の味です。いつまでも大事に、次世代もそれを故郷の味として覚えていて欲しいものです。かきもちは干されているのを内緒で一枚抜くと後がバラバラ落ちてきて困った事が有ります。砂糖のかきもちは焼くと大きく膨らみ不思議でした。田舎に引越す前は(幼稚園のころ)順番に餅をつく人が廻ってきていました。なんだか最近随分遠い昔が鮮明に思い出されたりします(高齢になったせい?)待つ心も楽しみでしたね。火鉢で焼けるのを、お話とかを聞きながら焼ける匂いに包まれて、今と違う楽しみがありました。時代によって思い出は異なるでしょうが、いつの時代もたくさん思い出のあるほうが良いですね。

2008/1/20(日) 午後 7:17 花ひとひら

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こんばんは。
一度、読ませていただいて、コメントは後でと思っていたら、随分時間が経ってしまいました。
私の祖母(すでに他界)も、御餅が大好きでした。年に数回しか食べられないご馳走だったからだそうです。今、老人ホームでは、お雑煮のお餅すら出ないのですか?義父の入所しているホームでは、お年寄りが喉に詰めないように、「こわ餅(飯餅)」を搗き、薄くキリ、先に焼いてから、お雑煮に入れてお正月に出してくださっています。そんなお餅でも、お年よりはとても喜ばれると、施設の方は、言ってらっしゃいました。年を取ってらっしゃる方ほど、食への思いが募るような気がしますが・・・。

2008/1/20(日) 午後 9:32 [ ぱやこ ]

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あ〜、絵の書こうと思って、他の話で終わってしまいました。
私は、お鏡さんより、下に敷かれている、新聞を必死で読ませていただきました。花ひとひらさんの絵はすごいです。一枚の絵の隅から隅まで、すべてが、その時代へ文章と共にタイムスリップさせてくれるのですから・・・。こちらこそ、ありがとうございました。

2008/1/20(日) 午後 9:37 [ ぱやこ ]

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ぱやこさま。有り難う御座います。わざわざ絵を見てくださって有り難う御座います。ぱやこさんの画像をわざと天地逆さにして描きました。
昔はハレの日もケの日もお餅がありました。瑞穂の国のご馳走でした。そういう食べ物で育ったお年寄り、きっといつまでもお餅を食べたいと思います。食べさせてあげられることは、両方にとっても幸せだと思うのですが時代が変化してきているのも事実です。食への思いは生きている証です。「食い物の恨みは恐ろしい」といいますよね。今の時代はきっとどこかで恨みを返されますよ。しっ餅(ぺ)返しが有りますよ。そんなことを思ったりします。義父さまは幸せですね。読んでいて、こちらまで安らかなものを感じます。有り難う。
新聞は気が付いてくださったのですね。とっても嬉しいです。赤茶けた新聞、想像を敷いてみました。有り難う。

2008/1/21(月) 午後 5:52 花ひとひら

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今回もいい話を読ませて頂き有難うございました。黴臭いお餅はお宮さんだけではなく、一般の農家でも食べていました。黴が生えるのは
お餅に混ぜものが無い証拠だと父は教えてくれました。若松とウラジロを探して父と山歩きをした思い出がよみがえって来ました。

2008/1/21(月) 午後 5:57 tueda67

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tueda67さま。有難うございます。昔は、黴はお餅だけでなく醤油や味噌などにも生えたように思います。防腐剤が使われていなかった(そんなもの知りませんでした)ころでしょうか。今は黴は天然記念物?でしょうか。>混ぜものが無い証拠だと>今は「混ぜものがないよ〜」って偽物が言っているのかも知れません。
お正月の空気を感じながら、松や裏白を探しに行くのは楽しかったです。これも最近は一般家庭ではあまり使われなくなりましたね。若松にも裏白にも御節にもお餅にも、それぞれ謂れがあり(言霊の国ですから)感心した物ですが、そう言うことは口の端にも乗らなくなりました。
同じ様な、共有できる思い出を語り合えるのもとても嬉しく思います。有難うございます。

2008/1/21(月) 午後 11:46 花ひとひら

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花ひとひらさんの鏡餅のお話と絵、心うちます。また多くの方の思いも拝見しました。いつもいつも心温まるブログですね。
我が家は四日が鏡開きです。かちかちに堅くならないうちに切れます。包丁を大根の切口でふきながら切るとよく切れます。まだ黴もはえていません。ラップで包んで冷凍庫へ。子どものころ、お正月前にいくつもの大きなお鏡さんと小もちがつかれました。冬の間に二,三回お餅つきがあったように覚えています。かき餅にして縄で吊してあったり、中にはまめの入ったものもありましたっけ。あられにしてほしてもあったり。カビ防止に桶に水を張ってつけてありました。黴がはえたらこそげて、なんの心配もなく食べてましたね。冬中お餅を食べていたみたいですね。消費期限?!かなりこだわりもしましたが、やっぱり自分の目、鼻、舌で「賞味期限」を判断できるといいかな。それにしてもそう豊かでなかった時代の思い出、同じ鏡餅にもそれぞれのドラマがありますね。花ひとひらさんの筆でよりいっそうドラマチックになりますね。

2008/1/22(火) 午後 1:03 [ あしび ]

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あしびさま。昔なら今頃は「寒餅」が搗かれたころでしょうね。冷たい水にお餅が沈んでいて大袈裟でなく「白いダイヤ」でしたね。先日はスーパーで正月の餅が安売りされていました(期間商品で、期間が過ぎれば商品価値が下がるということでしょうか)お餅もなんだか可愛そうに見え買ってきました。安かったので。(ささ舟さんに教えていただいた醤油餅の焼き方をしてみます)食べにこられますか。今は冷凍室に入れておけば黴も生えませんし、焼かなくってもレンジですぐに柔かくなるし、なんだか「のっぺらぼう」餅です。私は高齢?になると汁気を欲するのか、焼くより、雑煮とか善哉が美味しく感じるようになりました。ストーブに乗せておくと一人で小豆が煮えてくれるので善哉日和が続いています。

2008/1/22(火) 午後 9:56 花ひとひら

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包丁を大根の切り口で拭くのは、餅の粘りをふき取るのでしょうか。別談ですが、昔は野菜屑でグラスを磨いたり、灰で鍋を磨いたり自然のリサイクルでしたね。こんな話ばかりしていたら私たち浦島婆ちゃんみたいですが・・・。アラレやカキモチお八つにお茶飲むと外は雪がちらちらでしょうか。民話の世界みたい(笑)
昔話(豆餅以外に、干し海老や、青海苔、ゴマ、雪の下の蓬もありましたね)

2008/1/22(火) 午後 9:57 花ひとひら


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花ひとひら
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