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http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/41789874.html
あのときの葉っぱがこんなに赤く染まり始めました。ほんのり染まる紅の葉は湯上り美人のよう。
★ 湯けむり 織る錦 ★
大岡昇平の随筆に、福田恆存 宅へ電話を掛けた時のエピソードが書かれている。
電話をするとお手伝いさんが出てきて
「只今先生はお風呂中でございます」という。それでは奥さまをといえば、
「奥さまも只今お風呂中です」と答えた。
私の知人にも、いつも夫婦一緒に風呂に入ると言う人がいる。私はまだ入ったことがない。
滋賀県の湖西は、比良・比叡山に抱かれ、秋が深まり始めると、霧が広がり静かな霧雨の世界になる。色づいた木々の葉を霧が濡らしていく。乳白色の霧の中にぼんやりと紅の葉が滲む。湯けむりのなか、湯に染まった童女のような錯覚を起す。
しっとりとつややかに濡れ、滲む霧は近景遠景をグランデーションにぼかしていき、そんなぼかしに私の湯けむり物語も融けていく。
魚屋と八百屋を営む叔父家族と同居の大家族であった。店の客足が少なくなった夕方をみはからって、叔母が従兄弟と私を連れて風呂屋へ行く。祖母が、姉と私を連れて早い時間に行くこともあった。父と一緒のときは男湯へ行く。近所のおばさんが誘ってくれることもあった。しかし、誰もが私を連れて行くのをいやがった。私は頭を洗われるのが大嫌いで、逃げ回り抱きかかえて洗おうとする人を引掻き、傷をつける。大声で泣き叫ぶ。あまりの抵抗に「湯舟に放り込んだろかと思うわ」と叔母がよく言っていた。頭の上から湯を掛けられるのが怖かったのだ。
しかし、風呂は嫌いではなかった。「ゆ」とかかれた長い暖簾をぐるぐるとよじり、ぶら下がる。奥から湯気がこぼれてきそうだった。竹敷きの広い脱衣場(昼は浪曲師が此処で興行をする)の足裏に伝わってくるひんやりした感触も好きだったし、湯けむりでかすむタイル絵の富士山も雄大だった。知らないおじさんがタオルを膨らませ湯につけ泡を連射させて遊んでくれる。小さい手で背中を流してあげると、喜んで歌をうなり真赤に湯立っていく。叔母や祖母、従兄弟姉の大集団で行った帰りは、氷屋に入る。赤色や黄色のシロップのところを一口づつ交換して食べる。湯立った顔から石鹸の匂いだけを残して汗が引いていった。店を出ると町は灯の中に影絵を映していた。風呂屋の煙突から出る太い煙が星空に勇ましく昇っていく。金木犀が匂ってくる。それは父の友人で、一人住いの絵描さんの家だ。私たち姉妹はよくそこへ遊びに行った。部屋に入ると絵の具の匂いが身体を包む。小父さんが絵筆を止めて、私たちにお菓子を出して下さる。サーカスを観に連れて行ってもらい、くまのバッチを買ってもらったこともある。石鹸の匂いと金木犀に、昼の絵の具の匂いを探して明かりのついている部屋を私は見上げる。「小父さんは結核になったから行かないように」と言われていた。子供心にも切ない思いが流れていた。(あの小父さんは有名な絵描きさんになっているかもしれない。私の絵も描いてくれたものと思うが、記憶はそこで途切れている)
そんな町の風呂屋通いから、引っ越した田舎の風呂は、100mばかり離れた井戸から両手にバケツを満水にして運こび、薪で沸かす五右衛門風呂だった。
土間の片隅にあり、電燈がなく燭台を持って行く。脱いだ服を棚に置くと小さな私の影が、蝋燭に映し出され長く伸びて揺れていた。蝋燭の燃える匂いが不安をかきたてる。風呂は、ゲス板という板を底に沈めて入るのだが、私は上手にバランスがとれず板ごとひっくりかえるのだ。ひっくりかえると鉄釜である。皮膚をさす。水運びも、風呂釜も、隙間から入ってくる北風もあまり好きにはなれなかった。(でもあのときの、北風の音。追い炊きに火吹き竹を頬いっぱいにふくらませ、パチパチと燃え上がる闇に浮んだ火のこ。火の粉の前でページを繰った本。どれもみな懐かしい)
二十代の始め、慶応義塾大学の通信教育のスクーリングに東京で過ごした。風呂屋通いである。授業が終わり宿舎に帰るとまず葉書を書く。それをポケットに忍ばせ、友と誘い合わせて風呂屋に行く。女湯に男の人が入ってきた。サンスケさんである。こんな人がいるのだと驚いた。驚いていると、隣りにいるオバサンが「テメエ、湯を人に掛けんじゃねぇ。気をつけな」とドスのきいた声で言う。私は湯立っているどころではなかった。早々に引き上げ葉書をポストに落とす。ポストの前へ「あなたたち、地方の人?」と知らない男性が寄って来る。友と私は顔を見合わせ、風呂屋から続くダラダラ坂を一目散に駆け降りる。洗面器のなかの石鹸箱がカタカタ鳴った。平地までくると「私らのこと地方の人やて。大阪は地方になるんやねん」と、少しだけ石ケンの匂いをさせて笑い転げる。異文化に目をむき、驚き、箸が転げても可笑しいと笑う年頃の風呂だった。
結婚後の住いは、大きなお屋敷の離れを借りた。離れに風呂はない。母屋へ貰い湯に行く。苦痛であった。大家さんは厳しい人で長湯禁止。上がる時は風呂場の水気を拭いておくなどを躾けられた。そしてそこで長女が生まれた。私はどうしても風呂が欲しく、組み立て式簡易風呂を20数万円で購入した。離れの庭の角にそれを建てさせてもらった。風呂桶は桧にした。これで自由に好きな時間に好きなように風呂に入れる。新生児を抱いて桧の香りを楽しめる。そんなはずだったがそれどころではなかった。高度成長期の真っ只中、夫は毎夜深夜の帰宅である。育児を手伝ってもらうことなどは夢だった。風呂の広さは畳一枚分位だったろうか。沐浴が終わると、風呂蓋を閉め、その上に新生児を乗せ私はバスタオルを巻く。そして赤子を抱き、庭を駆け抜け部屋に入る。雪がちらつく日は、赤ん坊の頭にも私の頭にも雪がのっていた。木々に囲まれた大きなお屋敷だったので誰にも見られていなかったと思うが、バスタオルがずり落ちる時もあった。(部屋に入るなり裸でストーブをつけ赤子に乳をやる。寝かせる。風呂にゆっくり入ったわけではないのに、私の体からは湯気が立ち上っていた)
引っ越すことにした。ラジオ番組に「譲りますコーナ」があり、屋敷の庭隅に建てた風呂をそれに出してみた。私の声が電波にのった。運良く買い手がつき、手土産にケーキを携え、購入金額も此方の言い値で中年のご夫婦が買って下さった。人の情が嬉しかった。
引越し先の建売住宅の風呂場は小さかったが、初めての内風呂が嬉しかった。子供たちは私の血を受け継いだのか、頭を洗うのを嫌がった。シャンプーハットと言う頭の周りを包み目や耳に湯が入らないものを被せた。湯はいくらでも自由に使える。なんども湯を掛けた。湯のぼせをするほどに、子供たちと数を数え歌を歌った。
滋賀県に家を建て風呂場を大きく取った。周りに家のない高台だったので、湯に浸かりながら花火大会が楽しめた。(今は、二階から首を捻り捻りしながら屋根屋根の隙間から、僅かに火の粉が見えるぐらいになってしまった。)そしていつのまにか子供たちが巣立っていった。子供たちはどんな入浴をしているのだろうと思うこともある。孫の家を訪問したとき、六歳の兄と二歳の妹で風呂に入っていた。妹の方が耳を抑え、目を瞑り兄に頭から湯を掛けてもらっている。驚いた。私は洗髪が大嫌いだった。子供たちは、シャンプーハットが必要だった。凄い進化だと感心してしまった。
私には、のんびりと入浴することがあまりなかったように思う。まして、夫婦で風呂へ入るなど考えもしなかった。今はゆっくりと入浴できる。知人のように一度一緒に入浴してみるのも良いかとも思う。が、それはやめた。そのうち、いやでも介護で一緒に入らなければならないときもくるだろう。
入浴は一人でゆっくり湯けむりを楽しむのが良い。
霧雨が私の肌をしっとりと濡らしていく。乳白色の霧のなかに霧の匂いが、湯の匂いがしてくる。まるで小倉遊亀画伯の、「童女入浴図」の童女のような紅の葉が湯けむりに滲んでいる。
秋の長風呂(長い風呂物語)になり失礼を致しました。
霧動き紅の葉動き霧匂ふ
2008.10.11
それぞれの人生がある。入浴にもそれぞれの歴史がある。
湯けむりに色んな彩が浮びあがる。
知人の便りに胸を打たれた。リュウマチを患い不自由を感じるようになって辛いが、ご主人が入浴時に頭を洗ってくれたという。
彼女は「恥じも外見もなく、『これも老いる一段階』と・・・。
便りを読みながら、涙が滲んできた。紅の葉が滲んだ。
秋 木村徳太郎
秋はなんでも
ブラシでそめる。
ビルの白かべ
ぶどうのいろに。
日かげの土を
つめたいいろに。
並木の葉っぱ
うす黄のいろに。
秋はなんでも
やさしくそめる。
昭和32年2月5日発行。金の星社
「小川未明記念出版。日本名作童話4年生」より
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「百姓家」 新美南吉の詩は、現在ではとても贅沢な生活の空間です。ほんとに「明るい幸せ」が灯っていますね。
余談ですが、ハーモニカをお風呂で吹くのは良いかもしれません。オカリナという土笛は湿り気があるほうが良い音が出ます。(演奏前に水を張ったバケツにつける人があるぐらいです)きっとお風呂で吹くと良いのではと思いました。一度試してみたいです。(笑)
それとお風呂で歌を歌うとエコーがかかって上手に聞こえますね。道草さまのお風呂で流れる「越後獅子の唄」は素晴らしかったと思いますよ。
楽しい楽しい詩とバスタイムを有難う御座いました。
2008/10/11(土) 午後 6:58
こんばんは♪秋の長風呂物語でほっこりと温もらしていただきましたわ^^子育て時代のお風呂はまさに大戦争でした。わが家も主人に手伝ってもらった覚えはありません。が子ども達が夫々で入れるようになってからは、おや!恥ずかしい^^ずっと夫婦で入っていましたけど・・。そのきっかけは、姑が「順番が廻らへんさかいあんたらはいっぺんにお入り」と。何せ七人家族でしょ!そこへ思春期の娘3人は各々が長風呂するから待ちきれないのです。姑が言うたのですから「はいはい」とあり難くお受けして、ほほほでありました。すみません!ちょっとお惚気が過ぎました。
2008/10/11(土) 午後 8:45 [ ささ舟 ]
ささ舟さま。有り難う御座います(と言うか、この場合は「ごちそうさま」と言うのでしょうか)素敵なご夫婦はみなさんご一緒にお入りになるのですね。
我が家は近くに出来たスーパー銭湯に一緒に行きます。
お風呂上りの風が心地よいですね。月や星空がよけい綺麗にみえます。どこからか匂って来る金木犀の匂い。
お風呂はどんなスタイルでも良いですね。
2008/10/12(日) 午前 0:33
昨夜の十三夜も見事でしたね!今年は前の月も後の月も観ることが出来とても幸せな感じがします。先のコメントはすでに20年以上前の情景であって今では霧に包まれて懐かしむだけとなりました。夏ごろから毎日、宵の口に孫とふらふら散歩に出ます。まず夜空を眺め今晩のおかずの話、私の判らないミュージシャンの話、今流行のフアッションの話など等。子供でもなく大人でもないこよない孫娘。すーと木犀の匂いが・・・。再度ごめんなさいね。
2008/10/12(日) 午後 2:41 [ ささ舟 ]
ささ舟さま有難う御座います。ほんとうに今年は、あいにくの曇り空の十五夜を覗けば、どれもこれも素晴らしい月を鑑賞できましたね。今日は帰宅が遅くなり、自転車に月を友としました。昨日より少し歪みがあるように思いましたが、煌々と自転車と並んでついてくるのには感激でした。でもちょっと不思議にも思いましたよ。子供の頃の月夜はもっと明るかったように思います。煌々とした月では有りますが、町全体が明るく、明るさと言う点では見劣りするように思いました。(贅沢なことですが)
お孫さんと宵口のお散歩は素敵ですね。若い人の話、楽しいですが同じ様に合わせようとするとしんどいですね。私も今日は若い人たちと一緒でした。お弁当食べながらアニメの話になったのですが、さっぱり通じず、肩がこりました(笑)諦めて、聞きはしても合わせないようにしました。金木犀の香りも「トイレの芳香剤」と言われますしね。
2008/10/12(日) 午後 11:18
たかが入浴。いやいや日本人はお風呂好きです。だからこそ、それぞれの歴史があるのでしょう。
知人から便りがありました。素敵な便りで本文に書き足させていただきました。ありがとう。リュウマチから負けないで。私も杖になりましょう。
2008/10/14(火) 午後 2:08
風呂のお話を読ませて頂きました。年代的にあまり差が無ければ、ほぼ同じような記憶があるようですね。それにしても、風呂のお話が斯くも詳細にしかも詩情豊かに描き出せることに感心しました。自分は男4人兄弟ですから2人入りの風呂に組み合わせがいつももめていたのを思い出します。そして湯に潜って悪戯をしたものです。大きくなって田舎から町に出て、下宿生活をしましたが、銭湯に行く度に番台の人が羨ましく思いました(?)。
風呂では裸の付き合い・・小さい社交場です。近所のおじさん達とすぐ知り合いになれました。浮世絵にも江戸下町の銭湯が描かれていますね。
2008/10/14(火) 午後 3:11
tuedaさま。有難う御座います。
>銭湯に行く度に番台の人が羨ましく思いました?
エ!それはそれは。でも私の記憶では番台にはだいたいお婆さんが座っていたような気がします。
昔「時間ですよ〜」というお風呂屋さんを舞台にしたドラマがありました。久世光彦さんの監督でした。緒方拳さんも久世光彦さんも早く亡くなられ残念です。(緒方拳さんも久世光彦さんも向田邦子さんも大ファンだったのに)みなさん湯けむりの雰囲気でしたね。
すいません。話が飛びました。
湯に潜って悪戯?
木村徳太郎の詩を思い出しました。
「悪戯」
湯ぶねに 鯉を入れようか
すると大人は 驚くだろう。
「あぁいい湯だね この湯は」
のんびりつかってゐたならば
鯉がぴくりと つつくから
大人は喫驚 湯ぶねを上がる
すると子供は 落付いて
知らぬ顔して 這入るのだ
混んでいるとき 入れやうね
子供はいつでも 這入れるから。
2008/10/14(火) 午後 9:43
花ひとひらさんのお風呂の話を読んでいて、ふと・・遠い昔を思い出してしまいました。新婚当時借家住まいでお風呂が無く、街の銭湯に行っていました。帰る時間を決めてそれぞれ男湯と女湯に別れ
て風呂が終わると入り口で洗面器を持ち待つのですが、風呂が大好きな新妻は、洗うところが多いのか、いつも長い時間待たされました。身体はすっかり冷たくなりました。でも出てきた湯上りの新妻の姿を見ると嬉しくなったものです、新妻は聞いた「待った?」・・・・私は照れながら「今、出たばかり・・」と言った。あああれから40年、今ではあの神田川のような日々が懐かしいです。
2008/10/15(水) 午前 0:13
そういえば、最近、風呂にゆっくりつかってないなあ…ふと、そんあことを思いました。先日、温泉にいったのですが、家では湯船につかるよりもシャワーが多くなりました。からだも固まってしまうわけですね。
銭湯は母方の祖母が借家住まいをしていた時期に遊びに行くと銭湯通いでした。あとは内風呂が工事したときくらいでしょうか。
工事前の内風呂はよく祖父にお風呂に入れてもらった思い出があります。深くて大きな湯船でしたが、工事後は西洋式の大人が一人で横になれるタイプになりました。前の方がよかったなあ、と、今、ふと思います。年齢的なものもあってか、家族との思い出はみんな、昔のお風呂です。
2008/10/15(水) 午前 10:08
吉野の宮司さま。有難う御座います。>私は照れながら「今、出たばかり・・」と言った。>かっこ良いですね。冷えた体の宮司さまと温まって湯立った奥様が寄り添い、温度差はなくなるのですね。素敵ですね。
「神田川」は女性が待たされるのですが、「待つ」幸せもあるのでしょう。
あぁあれから40年、君麿さんにお風呂バージョンもやって欲しいです。あぁあれから40年、お風呂屋さんも日本の素敵な風物として残して欲しいです。
吉野山は紅葉が始まり、湯上り美人でいっぱいでしょう。宮司さまの幸せそうな顔が浮びます。「ずうと待ってたんだよ」て。
2008/10/15(水) 午後 3:53
くろひつじさま。有難う御座います。そうでしょう。私も振り返ると、お風呂はゆっくり入ったことが無いような気がします。ゆっくり入れるのはきっと温泉巡りの出来る年齢かな。でも湯浴びは心をほぐしますね。子育ても一緒に入浴が良いと思います。最近は朝シャン(もう古い?)とかで若い人はシャワーが多くなりましたが、のんびり浸かるのも良いでしょうにね。うちもお風呂を工事の時に銭湯に久しぶりに行きました。大きな湯船は気持が良いです。そして子供たちには公共マナーも教えられるし、裸の付き合いは日本文化だと思います。お風呂に冬になると蜜柑の皮を入れたりしましたが、今は全国の温泉巡りの湯が作れるようです。でも温泉の偽装もありましたね。お風呂の心を大事にして(日本の心)身を清めて欲しいです。
2008/10/15(水) 午後 4:03
ひとひらさま、こんばんは。ご無沙汰してしまいました。
秋口、風邪を引いたり、義父母も陽気の変わり目で不調で、
拝読しながら、コメントが遅くなって失礼しました。。
ひとひらさまの、湯けむりの、又、なんと味わい深いこと…
秋の深夜にもう一度、湯けむりのかげろうに、
すっぽりと包まれてしまい、とても幸せな気持になりました。
湯けむりの中に、そのまま、ひとひらさまの年輪が。
どの場面も、そうそう、そうだったとうなづいて、
心地良い湯温にたっぷり浸からせていただきました。
お父様の詩の「悪戯」、
大人の湯と子どもの湯、別世界でしたものね。
入浴は一人でゆっくり湯けむりを楽しむのが良い。
私もそうして参りました。極楽、極楽でございます。。
私の消えた湯けむりも、又、白くゆらゆらと。。
私は銭湯から出るときに、良くシャワーの下に立ち、
頭のてっぺんに浴びせました。
その日の浮き世のもろもろが、流れおちて行くようでしたた。
女の長風呂は、尽きませんね。
それでは、おやすみなさいませ。。(^_^)
2008/10/17(金) 午後 11:23
リヤドロさま。有難う御座います。お風邪の方は治りましたか。もう回復されていることと願っております。また義父母さまも優しいリヤドロさまを頼りになさっていることでしょう。皆さまが健やかにお過ごしなされることを願っています。ブログの時間と現実の時間は違いますね。現実ではこうしていろいろと日常に追われることも、でもブログタイムが息き抜きになることも、そしてたくさんの方の素晴らしい世界に触れられたり、教えられたりです。ただ日常の忙しさに追われると(コメントが遅くなったったり、拝読をまとめてみたりと)少し疲れもしますがそこはお互い、のんびりといきましょう。
「葦牙」さんのほうも、いまだ私もばたばたとして寄せていただけず(決して忘れていません)日を送っています。そんなときリヤドロさんの「湯けむり」あやかりたいと思います。私もゆっくり湯けむりに浸ってみたいと思いました。お互いこういう時が持てるのも嬉しいですよね。これからもよろしくお願い致します。
2008/10/18(土) 午前 7:27
ネットの世界も「湯けむり」かもしれませんね。
徳太郎の詩もなかなか面白いでしょう。(細かく見て頂いて有難う御座います)
シャワーも確かに勢い良く頭から浴びるのは諸々が瞬時に流れていくようで良いものですね。ゆっくり湯けむりでもろもろを解き流して行くのも。
ようするに女は長風呂が好きと言うことでしょうか(笑)
2008/10/18(土) 午前 7:31
ひとひらさま、こんにちは。
ご丁重なコメント、いつもありがとうございます。
只今、pcにご連絡メールを差し上げました。。(^_^)
2008/10/18(土) 午後 1:36
リヤドロさま。はい受け取りました。有難う御座います。
このブログにもお出で下さり、いつも温かく見守ってくださる吉野の宮司さまのブログで
「古代のインドには、人生を四つに分ける思想があり、「学生期(がくしょうき)」世間に生きるすべを学ぶ時期。「家住期(かじゅうき)」大人になり結婚し子育てをし、仕事に燃える。「林住期(りんじゅうき)」子育ても終わりリタイアして、人生を振向く。
「遊行期(ゆぎょうき)」人生最後の締めくくりの大事な時期。青春を過ぎ、朱夏を過ぎ、白秋を過ぎ、玄冬に到る「玄冬」こそ遊行期である。と教えていただきました。日常のいろんな煩わしさも笑ってのんびり慌てずマイペース、それが出来るようになったのが林住期でしょうか。ここまでお互いたどりつけたのですから、雑用も気楽に楽しみながらゆっくりと行きましょう。(そうありたいと思っています)
2008/10/18(土) 午後 3:07
バタバタしないでのんびりと道草でもしながら。そうすれば見えないものも見えてくるかもと。(これもいつもおいでくださる道草さんのブログです)自然流で行きましょう。可愛いお人形もそう言っています。「ゆっくり私を観てね」て。有難う御座いました。メールのご返事をここにも書いてしまいました。(^_^)
2008/10/18(土) 午後 3:08
ひとひらさま、遅くに又失礼します。
遊行期、そう伺うと、また穏やかに淡々と
歩んでいけそうでございます。50代が一番学んでいるような
気がしてまいります。
ひとひらさまの春の葉っぱが、
秋にはとても綺麗に染まりました。。
心たおやかに、雑事と読書を楽しみたいと存じます。
しばらく、更新が遅れますので又楽しみに、
次ぎの頁をめくらさせていただかせてくださいませ。
おやすみなさいませ。。
2008/10/19(日) 午後 11:05 [ リヤドロ ]
リヤドロさま。ご丁寧なコメントを有難う御座います。
生きている限りいろいろと煩わしい事も忙しいこともありますが、それをぬっていろいろ学んだり楽しむ術を持てるのは、やはり年を重ねての賜物かもしれませんね。ありがたい事です。それに感謝しつつです。>心たおやかに、雑事と読書を楽しみたいと存じます。>そうですね。この心たおやかに持つことの出来ることに感謝ですね。私も自分のペースで心豊かに日々を過ごせたらと思います。
更新がなくとも、疲れたらリヤドロ人形さんとお話に行き休憩させていただきますので、私も自分に言い聞かせていることですが、マイペースで行きましょうね。投稿したものは記録ですし大事にしたいですし、リヤドロさまのように丁寧に、積み重ねを自分にも残せることですので、心たおやかにマイペースでね。有難う御座いました。おやすみなさい。
2008/10/20(月) 午後 11:07