来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

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二月の歌(柊)

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鬼やらい の 献立 
 
 献立が決まっているといるというのは有り難い。正月のおせち料理、節分の鰯、雛祭りの蛤とちらし寿司というふうに・・・
 剪定のしていない柊の枝が二,三本程よく伸びている。雨の中を剪ってきた。雨の雫が豆粒を落すようにこぼれていく。大豆を中華なべに転がしフライパンを蓋にして炒り始める。大豆は豆まき用と豆ご飯用だ。神棚に豆と豆ご飯を供え、アツアツに焼けた塩鰯をほぐし柊に刺す。あとは大根なます。質素簡単な夕餉である。献立を考えなくとも良い日は、頭の中が安息日で、鬼などいようはずもないと言う気分になる。

 
  雨音に 小さな春の足音を聞く/思い出を転がすように豆を炒る/ポツポツ コロコロ/豆を炒る/善しも悪しも年の数だけの思い出と/生きた証の数だけの/豆を炒る/

 
  物心ついたときから節分の夕食は、鰯の丸焼きと炒り大豆ごはんと大根なますと決まっていた。祖母が上手に頭と骨だけになった鰯の目を柊で射抜く。柊が鰯の目を突き刺さす時、「イタッ!」と体が硬ばり目をつむる。祖母が「恐がらんでもエエ」。これは目を刺し抜かれ柊の刺に刺され、鰯の匂いに驚いて鬼が逃げて行くお呪いやと言う。あまりの苛め方になんだか鬼が可愛そうだとも思った。

 あれから六十年はたつ。鬼にも色んな鬼がいる。鬼(厄)は追い払うだけのものでなく、人生に役(厄)立てる糧にもなる。そして新しい春を迎えるために節分と立春があるのだとも聞く。

 結婚してすぐのごろだろうか、節分に恵方の方を向き巻き寿司を丸かぶりするのが流行りだした。私は大阪人のDNAが濃厚だ。いちびり、はしゃぎが大好きだ。丸かぶりを直ぐに真似たかった。しかし子供がまだ小さい。巻き寿司の丸かぶりは無理だった。
 二月に入ると雪がよく降った。雪の中へ豆をまく。豆と雪が一緒になった。「鬼は外〜〜〜」言うなり戸を急いで締める。寒さに鬼がすばやく忍び込んできそうな気がした。翌日は雪の中に豆粒の穴が開いている。冬鳥がそれを啄ばみに来ていた。家に散らばっている大豆を集めて祖母が炊いてくれたのと同じ大豆ごはんにした。

 米を5合炊き、牛蒡、人参、三つ葉、椎茸、高野ドーフ、干瓢、卵焼きにカマボコといろいろ入れて太巻きを作る。一人二本ずつの割りで十本を巻く。子供たちはその太い巻き寿司をなんなくかぶりほおばって食べた。行儀良く一列に恵方の方へむき「今年も良い年でありますように、よろしくお願い致します」と頭をさげていっせいに巻き寿司をほおばった。
 笑い転げたが、夫が問題だった。「巻き寿司を被るような文化を私は持ち合わせていない」と楽しんでいる私たちを横目に軽蔑したようにいう。夫はマイペースである。自分の庭仕事のきりがつかないとテーブルにはつかない。子供たちに「あと少しで終りそうだから、もうちょと待ってようね」とお腹の鳴るのを我慢させ、各々が本を読んだりTVを見始め、ふっと気が付くと、いつの間にか夫が一人でご飯を食べているのだ。巻き寿司も「恵方をむいてかぶってみ。面白いから」とみんなで薦めても、頑として切り分けないと食べなかった。
 我が家の豆まきは、誰も鬼にはならない。先ず「鬼は外〜」と外に向って豆をまき、それから家の中に向って「福は内〜」とみんなで元気良くまく。そして一番上手に頭と骨の残った鰯を柊に刺し、高いガラス窓のサッシに突き刺す。立春の朝には、高い所の鰯を取ろうと猫が自転車の上でジャンプをしたのだろうか、足跡を残して自転車が将棋倒しになっていたこともあった。

 夫婦二人になってもこの行事と献立は続く。豆まきの声が小さいボソボソ声になり、「鬼は外〜」の鬼は、昨年貯めた私の心の中の鬼かもしれないし、「福は内〜」と言うとき、自分の欲望ばかりを心に浮かべているのに気がついたりもする。鬼をまいているのか福をまいていのか分からなくなる。まく豆の数を惜しんでいる自分に気付くこともある。

「巻き寿司をかぶる文化は持ち合わせていない」と言う夫を、私は私で白い目で見ていたが、私もその文化についていけなくなった。一本の巻き寿司を、かぶり終えられない。かぶり残しの巻き寿司が皿に乗っているのは見苦しい。巻き寿司をかぶっている自分を想像するとさらに厭である。これは絶対日本文化ではないような気がしてくる身勝手さだ。豆の数が増えると馬鹿が膨らみ、角(ツノ)がとれていくのかもしれない。

 私は果たして、年の数(豆の数)だけ多くの事を学び賢くなったのだろうか。数に反比例しているかもしれない、そんなことを思う節分だ。

 雨音が激しくなってきた。炒り終えた豆を水に放つ。「ジュー」とこきみよい音と香ばしさが部屋に満ちていく。良質の塩を使い巻き寿司に変わって美味しい炒り大豆ご飯を炊きあげた。
 六十年前と同じ献立である。
家族の同居数も変動した。歴史が流れていった。が、献立は六十年前と同じ。
それが嬉しい。歴史の味が乗っかっている。


(炒り大豆ごはん)
節分の夜は鰯を焼き、豆を炒る。
炒った豆を 水に放つ。
「ジュー」と香ばしい匂いは小さい春の匂いと音。

(材料)
米カップ3・大豆(乾燥)カップ1/2・酒大匙1・塩小匙1/2
(作り方)
1)米は炊く30分位前に洗ってざるに上げておく。
2)大豆を洗って水気を切って、厚手の鍋(焙烙など)で、弱火でほんのり焦げるまで煎る
3)それを水に放つ(ジューッの音が爽やか)
4)水カップ3(先の大豆を放った水も使う)強、塩、酒を合わせ、そこへ、米と煎った大豆を入れ、出汁昆布を乗せて炊飯器で普通に炊く。
(これにニンジン、アブラゲ、ヒジキ、シイイタケなどを入れてもよい。)
5)炊きあがったら軽く混ぜて出来上がり。
6)お茶碗に盛り付け、ゴマをふる
炊飯の水加減は、お好みでお試しください。



     礫はね豆炒る音に春も来て





        節分     木村徳太郎    
       
           寒いくさめを

           ひとつして

           あの子は 柊

           門に挿す。

           きつと鬼も 来ないでせう

           寒くて鬼も 来ないでせう。


           こうとつめたく

           ひとつなく

           冴えてる鷺の

           しらじらさ。


           まだまだ春は 来ないでせう

           ほんとの春は まだでせう。


           ひそかな寒の

           月の街

           皸(あかぎれ)ぬくめて

           いそいでる。


           帰れば火種も あるでせう

           家には火種も あるでせう。
   

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こんばんは♪今日は穏やかな立春でしたね。
炒り大豆ごはん懐かしいです。里では節分の献立でしたが、こちらのお姑さんは炒り大豆ご飯はもちろん納豆も食べない人でした。郷に入っては郷に従えで過ごしてきました。(納豆餅は復活しました)鬼に笑われてもいいですから、来年は炊きますね!巻き寿司の丸かぶりの習慣などない昔ですが、家では子供の誕生日は巻き寿司で祝いました。たまたま節分が誕生日なものですからおやつ代わりに近所の友達を呼んで巻き寿司(丸かぶりでないです)を食べて日暮れまで遊びました。晩御飯の鰯や大豆ご飯もたべんならんし、その日ばかりは大変でした。今年は鰯を生姜煮にしました。巻き寿司は細まきを作り丸かぶりします。お互いに顔見る人もいないものはどうすればいいの?ちょっとすねてみました^^

2009/2/4(水) 午後 10:22 [ ささ舟 ]

花ひとひらお母さま、おはやうございます。傑作クリックしました。
ありがたうございます。

2009/2/5(木) 午前 8:43 [ ++アイサイ ]

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くろひつじさま。有難う御座います。大豆をぶっつけられるて幸せなことかもしれませんよ。>礫はね豆炒る音に春も来て>礫は冷たいですが、豆は温かいです。好意の豆だと思います。
私ね、くろひつじさまが百二十二歳?まじでほんとは幾つ(だってね私の仕事場で人間は百二十歳までは生きられるって習ったので)だろうと真剣に考えました。いま分かりました、そうか豆をくっておられたのですね。この豆は才能ですね。いっぱいいっぱい食べられて今が有るのですね。豆は食べ過ぎても害はないと思います。本来人間は一日に玄米四合とと味噌(豆)と少しの野菜があれば生きていけるのですものね。何を投げられても雨にも負けず風にも負けないことが大事なのですね。豆を投げられるのは幸せですよ。(笑)
木村徳太郎の詩のごろはまだ節分は一番寒いごろだったのでしょう。きっと寒さがキツかったでしょう。でもどこかに火種の優しさが有る時代だったのかもしれません。読んでくださり有難う御座います。弥榮です。

2009/2/5(木) 午後 2:44 花ひとひら

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あしびさま。ありがとうございます。今日は春麗と言うような暖かさです。でも風は冷たいですね「早春賦」そのままです。小川の水がとても綺麗に清んでいて(雪解け水みたい)気持ちのよい音が流れていました。魚が泳いでいないかと覗き込むほどでした。でもまだきっと寒いと思うから(比良山は白いもの)お互い用心しましょうね。鰯の柊刺しは、まだ猫に取られずに無事です。最近はこう言うのあまりみないので、玄関飾りにしておきます。孫に教えなければいけませんし(昨年もそう思ったのにいつのまにか柊だけになっていた。猫は痛くないのでしょうか)あしびさんところと花家は良く似ていますね。豆まきで家中に落ちている大豆を集めてまた豆ご飯にします。

2009/2/5(木) 午後 3:06 花ひとひら

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それぞれの家庭で形は違っても、春を待つ心や幸せを願う心が寒い時だけにピッタリで節季は日本の美しさですね。節分は海苔巻(鬼の金棒みたい)で、立春は菜花入りのちらし寿司とかも良いかもしれませんね。(毎日献立が決まっていたら楽ですし)でも女性が長生きをするのは家事家計管理をするからという意見も有ります。わずらわしいと思うときも有るけれど、幸せなことをしているのですね。
あしびさんとこ、今日の献立はなに?

2009/2/5(木) 午後 3:07 花ひとひら

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ささ舟さま。有難う御座います。節分がお誕生日だったのですか。そりやご馳走ずくめで(豆や鰯も食べないといけないし)大変だったでしょう。私たちの時代にはバースデイケーキに蝋燭を立ててなどはあったのでしょうか(私はありませんでした。お赤飯を炊いてもらいました。)我が家の子供たちの時代にはお誕生会というのがあり、よばれたりよんだりと賑やかでした。お誕生日はこの世に生れでた喜ばしくて産んで呉れた人に感謝の日ですから、節分の日は皆にお祝いをしてもらっているようですね。(子供のごろは自分がいつ生まれと、例えば正月とか、お盆とか、他愛無いことで自慢しあったものです。節分でしたら、絶対忘れられず自慢できますね。豆の数で年も確認できますし。お母さん有難うですね)

2009/2/5(木) 午後 3:25 花ひとひら

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>お互いに顔見る人もいないものはどうすればいいの>前に顔見て座っていなくとも、節分は沢山の人が見ていますよ。みんな共通の思いの夜を過ごしている日は幸せな日です。やっぱりお母さん有難うですね。
すねることなど無いと思いますよ。細まきを食べれて季節を感じて、お母さんや無くなった人を偲んで、そんな日が持てるのが幸せなことですから。少なくとも私は来年からは節分=ささ舟さんと思い出して豆ご飯を食べます。(一人ではないですね)

2009/2/5(木) 午後 3:25 花ひとひら

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アイサイさま。傑作ポチありがとう。くろひつじさまとで二つになりました。人にはポチあまりしないのに、ポチしてもらえると喜ぶ我儘ですね。ありがとう。>花ひとひらお母さま>なんだかとても優雅な感じですね。娘に「おかん」ていわれたことがあり、それだけはやめさせました。知人には「お母さま」と呼ばせる人が有り、それに憧れていたので、ネットであれなんだか嬉しいような恥かしいような気分です。私は今は母と言うより、いつのまにか子に背負われる老婆に成ってしまいました。いつのまにかみなに追い越され今は子供たちに意見をされたり、教えられたりです。がそれがまた嬉しいと思う子供(母)です。

2009/2/5(木) 午後 3:38 花ひとひら

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子供の頃の節分を思い出しました。
母親が家庭の経営者であること改めて感じました。伝統を引継ぎ、それを生かして活用し、また伝えていく。鬼やらいの献立の内容もそうですが、正月くらい主婦業を休むためのおせち料理などの合理性に支えられたハレなど、男には考えられません。
今は共働き世帯が多くなっていますが、家庭の経営者不在となると伝統は伝えにくくなり、スーパーの節分パックだけが一人歩きしそうなので、このシリーズはこれからも記録に残してください。楽しみにしています。

2009/2/6(金) 午前 1:27 tet*uo*s*iga

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tetuoさま。有難う御座います。調理人の方には男性が多いですが毎日のご飯作りは女性が受け持つことが多いですね。昔は井戸端会議で情報交換、今はサークルで、ネットでと女性の方がやはり家庭経営を上手にこなしているのでしょうか。男女区別すると揉める時代ですが、私は家庭を守る仕事の出来る女は嬉しい財産だと思います。こんな素晴らしい「経営」は無いと思うのですが。
歴史の中で続いてきた献立もおっしゃるようにきっと合理性に支えら女性に味方していたのかもしれませんね。
そうですね。正式な伝統を伝えられないかもしれませんが、その家その家の伝統は結局は愛情だと思いますので伝えて行き、また記録に残せればいいですね。
>楽しみにしています>プレッシャーを感じないようにして、やってみましょう。

2009/2/6(金) 午後 6:03 花ひとひら

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花ひとひらさん、鬼火の祭典が3日間行われ全国の多くの鬼がここ吉野山の蔵王堂に集まってきます。ここ吉野山では「鬼も内・福も内」と叫ぶのです。ですから鬼が来るわ来るわ・・・日本全国から鬼が来ます。それを改心させて人間に戻して帰らせると言う行事が、鬼火の祭典行事です。山伏の世界では蛙を人に変えたり、鬼を人間に変えたり簡単です。蔵王堂の管長が「エ〜ィ」と言えば、今までの悪事を反省してよい人間に変身するのです。

2009/2/7(土) 午前 9:50 吉野の宮司

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でも、行事が終わると、吉野山は春のさくらの時期を迎えます。年中行事として巻き寿司の太巻きと鰯と豆まきが今の節分の定番ですが、それも時代の流れと楽しんでいます・・でも、子供たちがいなくなり夫婦二人だけで・・「鬼は外・・福は内」と小さな声でやっていますが・・・どういうわけか・・・???「鬼は外」という時に相手に向って投げ合っています(笑)・・相手がお互いに鬼になったのか?・・・と不思議な思いで笑っています・・年齢が行くとお互いに離れている方が上手く行くと言った、白洲次郎・正子さんの言霊が聞こえてきます・・老いたら離れろ!近くに鬼がいる、遠くに福がいるのかと最近、思う今日この頃でございます

2009/2/7(土) 午前 10:02 吉野の宮司

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もろもろの年中行事も昔と様変わりしてきた部分もありますが、とりあえず難しく、硬く考えず柔軟に受け止めて楽しんでいます。え〜〜〜〜???ほう
どっちだったかな???「ええほうでええんじゃないの?」「なんじゃそれ?」(ほっほ)

2009/2/7(土) 午前 10:06 吉野の宮司

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吉野の宮司さま。有難う御座います。そうでしたね。各地の鬼が蔵王堂に集っておこしやせんべいをよばれて、宮司さまの優しさにふれて山を降りるのでしたね。人間も吉野の山の神々しさに触れると、改心して帰りますね。(心が穏やかになって帰るのだと思います)自分の心に巣くっていた鬼は「鬼は外〜」で追い払えば良いのですが、その心はいったいどこへいったのでしょう。何かに変身しているのかもしれませんね。綺麗な花になっているのかもしれません。花咲か爺さんの灰になって、綺麗な桜を満開に咲かせるのかもしれませんね。立春を迎え桜の膨らみが待ち遠しいです。

2009/2/7(土) 午後 11:01 花ひとひら

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>「鬼は外」という時に相手に向って投げ合っています>まぁまぁいたづらっ子二人みたいですね。楽しそうです。宮司さま、吉水神社では小さい声でやらないで大きな声でやってくださいませ。当地は住宅密集地ですので(どこからも豆まきの声が聞こえてこないので、つい小さくなるのです)>年齢が行くとお互いに離れている方が上手く行くと言った、白洲次郎・正子さんの言霊が聞こえてきます>でもあまり離れていると豆が届きませんから、ほどほどが良いかもしれません。白洲次郎・正子さんは素敵ですね。>近くに鬼がいる、遠くに福がいるのかと>なんだか鬼ごっこをしておられるようで微笑ましいです。まるで白州次郎さん、正子さんみたいです(笑)鬼は寄ってこないでしょう。
はい。そうでした。高齢になればなるほど何事も柔軟に受け止めて楽しまないといけませんでした。「ええほうでええんじゃないの?」その通りです。座布団三枚!いやいや五枚かな。落ちそうになったら福さんに支えてもらってください。

2009/2/7(土) 午後 11:21 花ひとひら

遅くなりましたが、又、ひとひらさまの節分を、たっぷりと楽しませて頂きました。鬼やらいということばから、恵方巻きまで、節分行事の面白さ、あらためて教えていただきました。とても楽しそうです。
旦那さまとのやりとりも、微笑ましくて。
ええほうに、ええほうに、で、参ります。(*^_^*)

2009/2/12(木) 午前 9:34 リヤドロジョゼ

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リヤドロさま。有難う御座います。「鬼やらい」「鬼払い」の間違いではと他から指摘されましたが、鬼やらいですよね。日本語は美しいです。>旦那さまとのやりとりも、微笑ましくて。うふふ有難う御座います。だんだん鍋にとじ蓋のようになっていきます。(昔は鍋の蓋が盾でもあったかな?)
ええほうに、ええほうに、そうですよね。これ中々良いですね。ええほうに恵方があるのですね。
「恵方は心の中に」というのも教えていただきました。やっぱり日本語は素晴らしいし、いろいろに思える日本人の感性は素晴らしいですね。節季とともに大事にしたいです。

2009/2/12(木) 午後 9:23 花ひとひら

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****さま。はい!豆の投げあいはしておりません。ご安心して下さい。でも上においで下さっている吉野の宮司さまのところのような豆まきもなかなか粋でございますね。きっと豆が「ええほうにええほうに」飛んで行くのでしょう。

2009/2/19(木) 午後 2:59 花ひとひら

柊にかぎらず尖った葉物が好きな私も、身の内に鬼が棲んでるだべね

でも、角があるのは、私には生きやすいこと、良い人でいる窮屈はかなわないわ

2009/11/24(火) 午後 1:26 [ LUNANA ]

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海月さま。有り難う御座います。え〜〜海月さまは角があるのですか。なんでもたくさん持つのはそれだけ武器が多くて有利かもしれませんよ。でも無いのも気楽で良いような気もします。誰の心にも邪鬼様も観音様も居ると聞きます。良いんじゃなかべ。なんでも沢山あるのは。そのうち疲れてきて、刺も角も落ちてくるわいさ〜
(これは私に言っております)
どういうわけか、今年はいま柊の花が満開です。刺があることなど忘れさせるような芳香と可憐さで咲いております。うふふ、人生ってこんなところもあるのかなと柊さんに教えてもらったり・・・・。
柊は古い大木になると、葉のあの刺はなくなるそうですよ。

2009/11/24(火) 午後 5:51 花ひとひら


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花ひとひら
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