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ひいな の 献立
雛祭りの日は、ちらし寿司と蛤のお吸い物、菜の花の胡麻和えと献立は決まっている。献立をあれこれ考える手間の省けた隙間に「あの時」と言う副食が添えられて行く。
身寄りのない一人暮らしの上西静さんは、七十代後半で、身の回りのことは自分で出来るが、入浴時に事故があるといけないと言うので、「入浴見守り」が私の仕事だった。
地代が、年五百円と言う南向きの急斜面に、道路に面して玄関・部屋があり、風呂場が斜面に張り付くようにして有った。屋内に風呂場へ繋がる階段もあったが、穴底に降ろされた梯子のような階段で、私はいったん外に出て横の坂道を風呂場へ走っていく。
屋外に出ると琵琶湖が眼下に広がり眩しく、日当たりの良い斜面にはイヌフグリが一面に咲き、湖の漣のようだった。タンポポが漣に刺さる光矢のように咲いていた。静さんの入浴中を外で待つ。細く可愛い鼻歌が流れていれば「異状なし」である。私も音痴の声を乗せ、吹き登ってくる湖風との三部合唱だ。入浴が終るとまた坂を駆け上り、冬ならストーブをつけ部屋を温めお茶の用意をしておく。それだけの仕事だった。
「石ころでお雛様を作ってみたい」と、静さんが言う。静さんは手芸が大好きで、部屋には手作り品がたくさん並んでいる。次の訪問日に、私はお雛様になりそうな石ころと、アクリル絵の具を持参した。静さんは石や木に描けるアクリル絵の具がとても気に入ったようだ。
三月三日の訪問日に、いつものお礼だと、ちらし寿司と蛤のお汁、菜の花の胡麻和えを用意して下さっていた。しかし、私たちはお茶一杯もよばれてはいけない。お断りすると「年寄りの作ったものは汚くって食べられないのですか」と言われる。そんなことは決してない。私は、一緒にお茶を飲むことも介護の一端だと思っているが、公務員の収賄罪が問題になると、汚職防止を厳しく言われ、また高齢者の中にはいつしか「お茶を要求された」に移行して行くことも知っていた。
「私とこの献立とまったく一緒やんか!」
「戦争で焼け出されてなぁ、お雛さんはなかったけど、緋毛氈だけが残こってて、それを毛布代わりに使こぅてた。実家からお雛さんを贈ってもらわんと、私らで買うたんよ。私が一番お雛さんを欲しかったんやね」「娘より息子の方がお雛さんの小道具飾るのが好きで、手伝っては雛壇を喜ぶんよ」私は他愛ないことを静さんに話す。静さんは「雛人形は憧れやったけど、一度も手に触れたことがない。でも石でも自分のお雛さんが持てて、雛祭りが出来て嬉しい」と声をはずませる。それぞれの身の上話に、笑ったりほろりとしながら静さんが作った、ちらし寿司を頬張った。雛祭りの歌を歌った。いくつになっても女は雛祭りが嬉しい。そんな女のウキウキする宴が流れた。ふと、柱に絵が描かれているのを見つけた。「わあ〜トーテムポールみたいや」と言いながらも、静さんに認知症が出たのかと心配になった。顔を覗き込んだとき、静さんがぼそっと言った。
「此処に、私が住んでいたと言う証に描いたんよ。<虹榛苑>へ行こうと思うねん」(虹榛苑は、市が運営している養護老人ホームである)「いざと言う時に入所出来るかどうか分からんから、空いている今に入っとこと思う」と言う。「阪神大震災のとき、斜面の揺れる家はとんでもなく恐かった。一人で過ごす豪雨は恐い。一人で過ごす強風は恐い。家も心も大きく揺れる」と言う。私はなんとも答えられなかった。
カメラを持って、石ころのお雛さま、柱のトーテムポール、手作り品の数々、部屋の中、階下の風呂場、窓に広がる琵琶湖、斜面のイヌフグリ、台所に立つ静さん、私とのツーショット、穴に掛る階段などを、次回訪問時に撮した。静さんは「また戻ってくるかもしれないから」と、風呂敷包み二つだけを胸に抱き(本当は、個人の持ち物をたくさん持っては行けなかったのだ)民生委員さんに付き添われ虹榛苑へ行ってしまった。
仕事で虹榛苑へ行く機会がある。静さんを覗いてみる。部屋に私の写した写真が貼られ、石のお雛さまが一つだけ飾られていた。
あれから十五年近くは過ぎているだろうか。入所に何年も待機待ちの現在だから、あのときの静さんの判断は正しかったとも言える。静さんの家の前を通る事がある。家はだんだんと朽ちてきている。昨年、静さんを訪ねたとき、静さんは私が誰だか分からなかった。部屋に写真が貼られ、石のお雛さんは色あせずにそのままにある。
ひいなの風が吹く。静さんの家の斜面は一面にイヌフグリが咲き、カーテンの隙間から、石のお雛さまやトーテムポールが見えた。イヌフグリを眺めながら、それらがお雛祭りをしているように見えた。琵琶湖からの風がお囃子を奏で、部屋に差し込む陽光が金屏風のように包みこんでいた。
雛日の献立は、散らし寿司とハマグリのお汁と菜の花の胡麻和えと決めている。献立は決まっている。
菜の花の胡麻和え
(材料)
菜の花 1束
胡麻 大さじ2 だし汁 大さじ2 砂糖 大さじ2/1
みりん 大さじ2/1 醤油 大さじ1
(注)分量にこだわらず、何時もの自分の味でやって下さい。
花が膨らみ始めているものを、一つ二つよけておく。
(作り方)
鍋にお湯を沸かして菜の花を塩ゆでする。
ゆで上がったら、水を切り2〜3cmの大きさに切る
胡麻を炒り、すり鉢でする。その中にだし汁、砂糖、みりん、醤油を入れてよく混 ぜ菜の花を合える。
盛り付けをし、先によけておいた菜の花を天に飾る。
雛飾り風に浮かれて時の過ぎ
2009.03.02
風ト人形 木村徳太郎
風ハ
ドコカラ
来タノデセウ。
_オ風サン
人形ノオ頭(ツム)ヲ
ナデテルネ。
風ハ
人形ガ
欲シイノデセウ。
_オ風サン
人形サハッチャ
イヤデスネ。
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心にしみるような味がしそうです。
行事と飯。いい組み合わせですね。それが思い出として伝わるのでしょうね。
明日は、格別の味がしそうです。
2009/3/2(月) 午後 7:22
毎回、本当に素敵な絵です。どれもみな大好きです。
2009/3/3(火) 午前 1:15 [ ++アイサイ ]
tetuoさま。有難う御座います。食べ物(食べると言うこと)は味覚だけでなく、思い出のスバイスもあるようです。それらがみな重なって五味だけでない味付けもあるのでしょうか。
今日はこれからちらし寿司つくります。お届けできればいいですのにね。(蕎麦とちらし寿司て良いかもしれませんよ)もう一つストーブに地元の酒かす(これとても美味しいのです)を溶かして甘酒作っています。麹でなく、簡単甘酒ですがこれも加えて雛祭りを楽しみます。
2009/3/3(火) 午後 0:53
アイサイさま。有難う御座います。アイサイさまにも
甘酒をどうぞ・・・・
絵を好きになってくださり有難う御座います。こちらには題材になる草花が一杯あります。鶯も鳴いています。鶯を描かないで、鶯の鳴き声が描けないかなどと考えるのって楽しいですよ。アイサイさんからも楽しい清んだ風が感じられ、みんな絵になりそうです。有難う
2009/3/3(火) 午後 0:58
寒いですね〜お昼ごろから雪が降っています。イヌフグリが咲きだしましたネ。先日の温かな日に小さな子ども達が土手のイヌフグリを摘んでいるのを窓から見ていました。ままごとに使うのかしら?それともお雛さまのお飾りかな?ささやかな石のお雛さまとお年寄りのお話身につまされます。私は大切にしている自分のお雛さまだけを抱きしめて老いて行くのかも、と思うときがあります。きょうの雛ご膳、そちらと全く同じです^^
2009/3/3(火) 午後 2:46 [ ささ舟 ]
昔の古里の田舎では、雛壇飾りのある家は限られていたのかも知れません。近所の女の子が、時折り柔らかな陽の射す縁側で紙の雛人形で遊んでいました。私はぐし玉鉄砲でその紙人形を撃って、走って逃げたのでした。ぐし玉は竜の髭の実のことだと知ったのは、ずっと大きくなってからのことです。その名を知った頃は、もうそんな子供っぽい悪戯はしなくなっていました。別の悪戯はしたかも知れませんが。
施設へ入られたお婆さんの心の中では、優しかった花ひとひらさんが石の雛人形だと思っておられるのでしょう。雪が積もれば雪の雛人形が作って、昔に泣かした女の子に謝まろうと思います。
「老婆と雛祭」 太田玉茗
たゞに一人の稚兒も
此世にあらずなりしより、
あれたる宿に哀れなる
老媼ぞひとり住まひける、
雛の祭のとしどしに
ひとり雛をばかざりつゝ。
あれたる宿は年々に
あれはまされど年々に
老媼の樣もかはれども、
ふり行く雛をとしどしに
飾らぬ年はなかりけり、
今は見る子もなけれども。
2009/3/3(火) 午後 3:52 [ 道草 ]
今日のお話は、温かさと寂しさとが混ざり合って、読ませて頂いた後複雑な思いを致しました。何故だろう?誰しも老後は寂しく、そして一人で旅立たなければなりませんが、身寄りのない独り暮らしの上西静さんも可哀相ですね。子供さんが居れば、老後の生き方も少しは違ったでしょうにね。私の近所に特別老人養護施設(特養)がありますが、入居には数年待機だそうです。有料施設では余りにも高額であり、平均的勤労退職者にはとても手が届きません。自分も今調査中です。
2009/3/3(火) 午後 5:21
ささ舟さま。有難う御座います。夏日があるかと思えば春爛漫を目の前にして雪が降ったり・・・ですね。でもお雛様に淡雪はとても合うような気がしました。春のなごり雪、淡雪これがないと春の芽吹きも精彩を欠きます。こちらではもう土筆がでていました。卵とじをするほどは出ていなかったので、お雛祭りは定番だけで献立を増やしませんでした。ママゴト遊びは現実の模倣と言うか(黄色の花は卵焼きや炒り玉子になって、アカマンマは赤飯になってと言う具合に)小さなブルーの花は何になるのでしょう(コンペイトウ菓子、それともたくさん手のひらに受けて「ぷうー」とふくのでしょうか。いずれにしましても子供の遊びに季節の贈り物が入るのは微笑ましく、嬉しいですね)
そうして野で遊んだ子供も年老いて行くのですね。
自然の如くですね。
2009/3/4(水) 午後 1:11
道草さま。有難う御座います。道草さまは悪戯好きの王様だったのですね。>もうそんな子供っぽい悪戯はしなくなっていました。別の悪戯はしたかも知れませんが。>気になるフレーズですね。ずうーと悪戯を続けておられるのですか。「老婆と雛祭」詩的で良いですね(あ!これは詩でした。スイマセン)年を重ねつつ毎年雛を飾る女性の心内に去来する物は何なのでしょうね。しかし、現在の女人の襞は浅くなって行くのでしょうか。「面倒だから飾らない」と言う人が多いですね。雛は暗い箱に入ったまま。きっと雛も老媼になっていることでしょう。
タイトルは「老婆」文中は「老媼」ですね。どちらも年取った女ですが、目にしたとき受ける感じがちよっと異なりました。字って面白いですね。(私だけが感じたことかもしれません)
2009/3/4(水) 午後 1:29
tueda67さま。有難う御座います。そうですね。私もいろんな気持でこれを書きました(問題提起も含めたつもりです)それを言っていただき嬉しいです。私はブログで議論をする気はありませんし、これは一方的な私感ですが(管理人と言うことでお許しください)
介護保険制度が出来ましたのは2000年です。それまでは措置と言う形で税金でまかなわれていました。そのごろは施設に入る方は、特別な目で見られていたような気もします。が、今は最終的にはみなさん施設に行かれます。その施設が満員で、入所には金額の高低が大きく関わってきます。私は縁有って1993年からこの仕事をしております。そして介護保険制度が出来たとき「こんな保険が出来ること事態が変だ。私たちの仕事が忙しくなるのはどこか変だ」と思っていました。1
2009/3/4(水) 午後 1:57
子が親を看取り、親が子を育てるのは当たり前のことでしたから。
それが社会で看ると言うことになりました。子の無い人も身寄りの無い人も人間としての(人権が喧しく言われます)終末をと言われたのです。が、今は子は親を看取らず、親は子を育てなくなったような風潮があります。これはどこかが、間違ってきたからだと私は思っています。「個」だ「人権」だと言うことに重きを置き、何かを忘れて来た結果だと言う気がしてならないのです。
>平均的勤労退職者にはとても手が届きません>そうですよ。いくら奇麗事を言ってもしょせん最後も「金」次第になってしまったのです。すべてがそんな世の中になってしまったのでしょうか。何かを間違って、この国は来たのではないかと、そんなことを思います。2
2009/3/4(水) 午後 1:59
花ひとひらさん、女性にとり何歳になろうともひな祭りは心に残る日ですね、それぞれの時代を生きた女性の祭礼は、散らし寿司とハマグリと菜の花のあえ物なのですね。花ひとひらさんが静さんを思いやる心があたたかくじ〜んと来ました。特に石で作ったお雛様いぬふぐり、なんだかにんげんはみんなやさしいな〜とホットしました。
2009/3/5(木) 午後 1:22
吉野の宮司さま。有難う御座います。はい!年を取ってもお雛祭りは嬉しいものです。私論ですが、バレンタインデーよりお雛祭りに「女性から告白」の日にすれば良いのにと思うぐらいです。宮司さまにはバレンタインに逆チョコを頂いておりましたので、甘酒を「どうぞ!」とおつぎしたり・・・(笑い)
イヌフグリは優しい春の使者ですね。こちらではもう土筆が出ています。霜焼けが出来るような厳しい寒さを通り過ごしての、春のほうが喜びは増すのかなと思ったりもしますが、イヌフグリや土筆を見つけたり、お雛祭りがあるのはとても幸せな気がします。大事にしたい歳時記です。宮司さまにホットしていただくと嬉しいです。ホットする心をいつまでも持ち続けたいですね。有難う御座います。
2009/3/5(木) 午後 6:27
ひとひらさま、こんばんは。日記を拝読していて、胸が熱くなりました。他界した母も、特に長くお世話いただいた、ヘルパーさんとは、
親子のようなひとときを持ち、規則違反と知りつつ、母のお茶に
付き合ってくださいました。規則と情けの狭間で、ずいぶん、ご迷惑もかけたこともございます。その方のお姿と、この、ひとひらさまの石の雛まつりへの思いが重なりました。。。
おばあちゃまも、どれだけ良い思い出のひとときと、
なられたことでしょう。。
オ風サン 人形ノオ頭(ツム)ヲ ナデテルネ
おばあちゃまも、石のお雛さんのおつむを、きっと。
そして、イヌフグリ、
昨年のイヌフグリのから、もうすぐ一年でございますね。
今年も、お散歩が楽しみです。ありがとうございました。
2009/3/8(日) 午後 6:54
リヤドロさま。こちらこそいつも有難う御座います。>規則と情けの狭間で>そうですね。いつもこれに悩みます。情けと言うか人としての関わりあい方にはマニアル通り行かない事が多いですね。でもそこに教えられることもたくさんあり、やっぱりこの仕事は好きです。リヤドロさんのように「ありがとう」と言って下さる言葉にまた「有難う」の気持が生まれます。それが係わり合いかたかなと思ったりします。
石ころのお雛さま。けっこう良いものですよ。人形は良いですね。リヤドロ人形も素敵です。「オ風サン 人形サハッチャ イヤデスネ」と言っても風さんがオツムをナデルノは当然かもしれません。そんなことを思ってこの詩を読むと子供の詩では有っても結構深く面白いものだと身贔屓しています(笑)読んで下さって嬉しいです。
2009/3/8(日) 午後 10:09
イヌフグリ一面に咲いています。昨年イヌフグリを瑠璃色の花で書いたように思います。http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/40456185.html素敵な野の花です。ほんと散歩が楽しくなる春の空と野ですね。イヌフグリを見てリヤドロさんもこの花で遊んで居られるかななどと思うと、また別の楽しみも増えました。有難う御座います
2009/3/8(日) 午後 10:12
昨年の、オオイヌノフグリの記事、
ぴったり、3月8日に書かれておいででございました。
ひとひらさまとの、やりとりを、懐かしく読みかえさせていただきました。植物への思いが、私の心にあらたに生まれた
素晴らしい記事でございました。
思えば、何もわからず、苦心して、こちらに、何とかブログを作りました時、ひとひらさまが、初めてリンクして下さった方でございます。素晴らしい方に、リンクしていただいて、とても感激したことまで、つい思い出してしまいました。
又、野草とおしゃべりできる幸せとともに、感謝いたします。。
2009/3/9(月) 午後 9:34
リヤドロさま。こんにちは。いつも有難う御座います。私もリヤドロさまのコメントで昨年に戻ると、丁度、三月八日に書いておりちよっと驚きました。
うふふ(内緒にならない内緒)3月はお雛祭り以外にも、結婚記念日の献立(8日)子供たち二人の誕生日の献立と決められている日が多いので、ゆっくり野原を歩けました。
>思えば、何もわからず、苦心して、こちらに、何とかブログを作りました時、ひとひらさまが、初めてリンクして下さった方でございます>うふふ。これも私とそっくりです。私もブログがどんなものか分からないままに、父の作品を出してみたいと思い、この5月で3年になります。その間、リヤドロさまとも知り合えて、ブログっていいなぁ〜と思っています。私のほうこそ感謝です。有難う御座います。共有出来る事のあるのは幸せですね。私も、可愛い物や野原との、お喋りを続けていけたら幸せです。うれしいです。有難う。
2009/3/10(火) 午後 0:48
泣けました。静さんのそばに変わらずある石のおひなさま…。いつまでも見守っていてあげてくださいと祈ります。私の従兄叔父の三人の娘が、今日遊びに来ました。まだ幼い三人ですが、仲むつまじく、仏壇の前で私の祖父に手をあわせてくれました。祖母がうれしそうにお話していました。何十歳と年の離れた、でも、女の子の世界がそこにありました。あのこもこのこも、どうか、健やかに…。
ご先祖様が風になって、あたまをなでていかれます。
2009/3/16(月) 午前 5:10
くろひつじさま。有難う御座います。豪華な雛飾りでなくとも、石であってもその人の心(故郷)のようなものなのでしょうか。大切な宝ですね。一緒につくれた私にも宝です。幼いときから、仏壇に手を合わせられるお譲ちゃんは幸になられることです。お祖母さまが嬉しそうにしておられるのって、ほっとする温かい情景が浮びます。お雛様も喜ばれる、それは女の子の幸せを運んで来てくれることですね。みんなの頭をなでてくれます。聞かせていただくだけで、こちらまで嬉しくなります。ありがとう。お雛さまを前にすると、高齢者も赤ちゃんも可愛い少女になるような気がします。先日江戸時代からの雛飾を見せていただいたのですが、団体のオバチャン達もお雛様を前にしてとても可愛く見えました。
2009/3/16(月) 午後 6:12