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再び「弘ちゃんは生きている」

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弘ちゃんは生きている  (25)   木村徳太郎 
 
時計は十二時を過ぎている。桐久保さんが見えたらしい。用務員さんに、湯茶の準備をたのんでいる声が聞える。
「わしも、ぼちぼち行きまっさ」
桐久保さんの声を聞いて父は重箱を片付け始めた。
「まだいいでしょう」
梶野先生がとめ、「今日の集りは桧牧区と自明区の揉め事対策ですか」と、尋ねてみた。
お父うは、重箱を風呂敷に包みながら、「そうだす。前川は受け取った金を出しよらしまへん。と言って垣内で弁償もあほらしくて出来まへん。それで自明区の峰垣さんの言い分をほっとくことになっとりまんねんやが、今日の集まりでどうなることやら」と、桧の伐採からおきた諍いの要点を話し、
「どっちもゆずりよらなんだら、区の諍いになりよりまっしゃろ」
そうなることが、当然のように言って行きかけた。その背に
「お気持は頂いときますが、どうかワイシャツはお持ち帰り下さい」と、
机の上の紙箱を取り上げて、梶野先生はお父に返そうとする。
「先生、きついこと仰らんと……」
差し出された箱をお父うは受け取らないで、
「えらい邪魔をしました」と、教員室を出て行った。
           ☆☆☆
梶野先生は児童たちに出した宿題の「団結の詩」の整理にとりかかった。

  「 団結 」 越出あや子
町村合併がもうすぐだ
村が町になる
村が町になっても
田舎は田舎
それどころか
村は町の発展のために
損ばかりするようになる
税金もいままでより増える
そんなことのないように
村の人は団結して
町の人に当らないといけない
村人よ団結しましょう。

 役場に勤めている父と村の人とが、町村合併についての不平を、茶飲み話にしていたのをあや子は耳にしたのだろう。
梶野先生には、町村が合併する悪循環があるとも思えるしそうでないとも思える。またあや子が訴えている気持が、郷土意識を高める美風となるのか、それとも山村の昔風で排他的な因循姑息な心持のあらわれなのか、梶野先生には分からない。しかし、こんな気持をなくしたほうが根本的には人間を素直にさせると思える。それに税金のことにあや子はふれているが、学童のあや子がこんなことに心を取られることがない。こんな詩を書いたところを見ると、疑義を持つ村人の話がよほど盛んにされているのであろう。
梶野先生は原稿用紙の端っこに、「一緒になるのに、町と村を別々に考えるのは、自分の範囲だけを見て、他を顧りみないと言ったふうに先生は思えるますがどうでしょうか? 」と、ペンを走らせた。そして、記入し終わってから、今朝、校長から話されたことを思い出して、書き入れた評の言葉がなんとなく気になった。
父兄は、あや子の詩を子供だからと気軽に読み捨てても、梶野先生の短い評の言葉は詮索して、先生が何を言っているかと勘ぐるだろう。意味の取り方によっては、村人の素朴な心を非難したようにも取れる。そう取られては、校長が言ったように、進歩的で不可解なこととして村人には映るに違いない。そうなって困る。
梶野先生は児童たちの詩に、短い評を書くのも大変な仕事だと溜息をついた。

「べんとう」  小山勉
朝の四じごろべんとうぶらさげて
うちのおやじの出ていく姿
服はぼろぼろ地下足袋はいて
帽子はそこぬけ、あたま百ワット。
ぼくは団結と言うことを
お父うさんに教えてあげて
働くものがみんな団結して
ストライキをやればよい
そしたら月給があがって
服はぴかぴか帽子はふかふか
ごっとも喰える
団結だ団結だ。

小山君の父親は、家から駅まで十キロを自転車で行き、電車に一時間と四〇分揺られて大阪の工場へ通っている。
あまり成績のよくない児童だ。大人に不明な叱られ方をすると、子供たちは、その大人を揶揄して流行り歌をよく歌っているのを耳にする。そこには深い意味もない。子供の反抗心が無邪気にこんな歌になって口から出たのだろう。小山君は、団結の詩を書くのによほど考えたらしい。が、書けないと言って書かぬわけにはいかない。そんな心持が詩にもならない歌を書き、宿題の団結に結び付けて一節は、二節三節を書くために利用されたようなもののように感じる。団結して賃あげ闘争をやれば、賃金はあがるのだろうか。これは疑問だ。が、貧乏人が団結することに気づいたことは、教育の一つの発展とも思えなぶり書きのような詩にせよ、すっぱだかのことを思い切って書くようになったと、梶野先生は嬉しく思う。確かに、山持ちや地位のある人と、稼ぎ人や長田狭田(おさださだ)にしがみついて飯米だけで、家庭を支えている人とは、あまりにも生活のけじめの差があるように思える。人間的な立場から、このような事をなくすることを梶野先生は望んでいた。
「その通りですね。日常の遊び歌をうまくとりいれて、団結の詩が上手にかけました」と、短い評を書き入れた。が、書き入れてから、やはりあや子の詩の時のように、共産主義を尊奉してはいないが、校長が言ったように共産主義と、非難されそうな評になったとまた思う。 
  
  「お父っあん」  木本弘
お父っあんの腹の中に
酒の虫が団結して住んでいる
虫が酒を欲しがるのだろう。木を一本一本切るように
一匹ずつ退治したなら
酒の虫の力が弱って
お父っあんも酒をやめるだろう
酒の虫を殺す
DDTがほしい。

先ほど教員室に来ていた弘のお父うは、やはり酒の匂いをさせていた。朝からコップ酒をひっかけてきたのだろう。やめられないのは世間で言うアルコール中毒なのかもしれない。が、それらしい症状のあらわれはないようにも思う。ただ、金があると気が大きくなって、持ち金を使い果たすまで飲み歩く。それ問題なのである。
弘の家の貧しさと不和は、確かに弘の父の酒に原因があるようだ。おまけに、母の気性の強さがそれを助長しているように梶野先生には思えた。お父うが、山を売った金で、ぐでんぐでんに酔っぱらった時の醜態。そのあげくの夫婦喧嘩。そして弘の家出……。弘はあの時の悲しみを深く胸に刻み付けられているだろう。その悲しみが、このような詩を書かせるのだろう。
深酒をしていない時の、お父うは素直に人の言分を聞き、悪い人でもない。心の中に巣くっている酒の虫が、酒を呑ませるのだろうと思える。
「お父うさんがお酒をやめたら弘君も嬉しいでしょう。これから、先生と団結して、酒をやめさせるように工夫をしましょう」梶野先生はそのように書き入れて、本気にそう思った。
「先生は詩とか言うもんを書かせて、家のことばかり調べよるように思っとりましたんやが、そやない。ほんまは心配してくれていやはるんやと思っとります」と、先ほど話した弘のお父う。弘の人生を励まし、物事を積極的にやらせる性分を作り上げるには、家庭の欠陥を少しでも埋めてやることだ。児童を良くするために、その父兄にまで教師の思いを述べて働きかけることは少し行き過ぎではないかとも思われるが、弘のお父うの場合は、自分からそのように話したことだから行き過ぎではないだろうと思う。温かい助言者があれば酒もやまるかも知れない。弘の詩を再び読み返して、梶野先生は嫌がられてもそれをやってみようと深く決心した。
他の父兄が評を読んだ場合、梶野先生のおせっかいを不愉快に思うかもしれない。が、弘の父が読んだ場合、なんらかの形で反応となってあらわれることを期待して、書き込んだ評をそのままにしておいた。

     「一人と大勢」炭谷剛
学校のかえり
意地悪なやつが来ると
一人だったらいじめられるが
僕たちが団結してかえると
じろりと横目でみるだけで
なんにもよう言わない
大勢が団結するのはよいことだ。


「三本の矢 」   桐久保隆
毛利元就と言う士が
一本の矢だと折れやすいが
三本かためると 折れにくいと
自分の子供に教えた
団結すると強いのだ

言っていることも分かるし児童の心もよく表れている。が、梶野先生は嫌な詩だと思った。子供らしい溌剌さがない。自分の身を守ることばかり考えている。消極的な大人のような詩だ。子供は、いたずら者にも積極的に付き合って行くと言う考えが欲しい。隆の詩はいつか山の中で、桐久保さんが隆と弘に団結の解釈に例え話しとして語ったものを、詩のように見せかけての綴りごとだろう。隆には子供らしい溌剌さが見受けられない。大人びて形にはまった物解かりのよい人間を育てるだけの器用さはあっても、大きく飛躍させる強靭な魂の持ち主に育て上げることは、これでは出来そうにもないように梶野先生は思う。子供の詩には、間違いがあってもよい。そこに真実の含まれていることのほうが、どんなにか大切だと思う。「常識で割り切ったことよりも、心から思ったことを大きく書きましょう」と手早く書いた。書いていて、梶野先生は何か書き足りないものを感じ、再び炭谷君の詩のほうに「相手を意地悪と決めて、対抗するよりも、お互いに仲良くして行くことの方を考えましょう」とつけ加えた。

「悪いやつら」奥田保
桧牧区のやつらは
悪いやつらだ
そのなかでも
前田は一番悪い
人の山の木をきりよって
金をもうけよった
どろぼうとあそんだら
みんなどろぼうになるぞ
団結してどろぼうを退治しよう

苛める側と苛められる側がある。炭谷君の詩が苛められる側としたら、この詩はあきらかに苛める側のほうの詩だ。どちらにしてもこのような詩は、心の中に敵をつくって協調していこうと言う美徳がない。
子供らしい正義感を、それを読む者に感じさせることができるだろうか。教育者として、奥田君の心情を正しいものと判断して同調はしても、それをむきだしに肯定した評を書くことは、失敗になるだろう。奥田君の心情に賛成の意を表しておいて、然る後その心情を否定する事が、奥田君が将来伸びて行くための心の糧にもなるように梶野先生は思った。「人の噂で一方的な考えを持つことは、良くありません。まして、どろぼうと言う乱暴な言葉は、つつしみましょう」
そして、このような評を書き入れた。書き入れながら梶野先生は自分自身にも、奥田君と同じように前田朝子を、灰色の目で見ていることに気づいて、これではいけないと思いかえしその評をいそいで鉛筆で黒々と塗りつぶした。消してから、今朝、校長から「桧牧区と自明区の区民の対抗意識のくすぶりを、気づかなかったか」と問われたことを改めて思いだした。桧牧区の前田さんが桧の木を伐って売り払った。それが自明区の峰垣さんの個人持ちの立木だと言う事から話がこじれ、諍いが起こりそうで、今も教室で桐久保さんたちがこの解決策を協議をしているらしい。子供たちもすでに村と村で諍いのくすぶりがあるのを知っている。わずかな戸数の山村のことだけに、大人の世界のいがみ合いがすぐに子供の世界にも跳ね返って来る。奥田君の詩にはそれが現れている。
この詩を桧牧区の父兄が読めば前田朝子だけの問題でなく、桧牧区の区民全部に言われた事として、いっそう対抗意識を広げることになるだろう。学校の中にまで感情のしこりを持ち込まれては困る。

 


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