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再び「弘ちゃんは生きている」

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弘ちゃんは生きている  (26)   木村徳太郎 
 
梶野先生は、六年に進級する記念に謄写版の詩集をつくって、配布する計画で今日の日直を楽しみに登校してきたのだが、奥田君の詩を読んでその気持が崩れてきた。素直な気持で評を書き込んでいたが、なにか引っ掛りができて後の詩を見る気がしなくなってきた。詩をつくらせて、どの児童の胸にも理想と誇りと協調の精神を植えつけるために企てたことが、なんだかあざけ笑わられているように思えてしかたがない。おまけに、区民が梶野先生を「赤」だと言うふうに言っていると言う校長の言葉が、梶野先生の気持をいっそう憂鬱にした。
明後日の終了式の準備も全て終っている。詩集を印刷する仕事だけが残こっていたのだが梶野先生は作りあげて、児童に配布する気持がだんだんなくなってきた。
鉛筆を机の上に転がすと、湯呑みに残っている番茶をあおるように飲み終え、立ち上がるなり卒業式場になる新校舎の方へ、もう一度式の準備の確認のために足を向けてた。
屋根をふくだけになっている新校舎の廊下を通って、旧校舎の一室で桧牧区の人たちが協議をしているのを、横目で見過ごして新校舎の方に曲がって行く。
新校舎は真ん中の仕切り板をはずすと、二教室が一教室になるように作られている。
卒業式と修了式が終わると、それぞれ二組の教室に使われる。木の香りが、ぷぅんと鼻に付く新しい教室に梶野先生は入っていった。
卒業式が終わると春休みの間に、新しい机が入るようになっているがまだ入っていない教室内は、なにもなくガランとして広々としている。陽の光筋が、のびのびと入り込んでいるだけであった。二教室を仕切る真ん中に立った梶野先生は、来賓席と職員席、父兄席と卒業生席の椅子を明日の授業が終わると、全校の生徒に運ばせれば足りるだろうとうなずく。飾りの活花は伊藤先生が活けることになっている。卒業生の賞状と賞品の手配は、担任の平田先生が完了している。
これで準備に手落ちはないかと、卒業式の順序を頭に描き念に念を入れた。準備は大丈夫と確信し終えて、何となく窓の外に目を向けた。
二人の男子児童が自転車を押して運動場に入ってくるのが見えた。だんだん近づいてくると、はっきり隆と弘が自転車を押して来るのだと分かった。
隆と弘は梶野先生には気が付かないようである。どちらも子供乗りの新しい自転車を押している。運動場の真ん中まで来ると二人は自転車にまたがって乗る練習を始めた。
梶野先生は暫くその様子をみていたが教室を出て運動場にむかい、二人に近づいて行った。
隆と弘は梶野先生に気づき練習をやめ、自転車をその場に停め立てて、「今日は」と大きな声で元気に素直な声で挨拶をする。
梶野先生は不審に思い、「二人とも、その自転車はどうしたんだい?買ってもらったのかい?」と、目で挨拶を受けて訊ねた。
「うん」と、隆も弘もにやりと微笑んで顔を見合わせ、後を答えない。
「弘君!自転車を買ってもらえないでがっかりしていたけれど、やっぱりお父さん自転車を買ってくれたんだね。良かったね。」
弘の家出事件で、弘の父親が自分の行いを反省して、金を工面して弘に自転車を買ってやったのだろうと梶野先生は思った。それにしては、隆まで新しい自転車に乗っている。これはいったいどうした事なのだろう。弘の父親が自転車を買えるなら、山持ちで金持ちの桐久保さんなら、子供自転車の一台ぐらいは勿論すぐに買えるだろうが、山間部の小さい村で、子供にわざわざ自転車を買って与えるようなことは、贅沢な事と考えられ今まで例のないことである。
弘が買ってもらったので、隆も無理を言って買ってもらったのだろうか。
「弘君が買ってもらったので、隆君もせがんで無理を言って買ってもらったの?」
梶野先生はそんなふうに思って、隆に笑顔を向けたずねてみた。
隆はにこにこしながら
「僕の知らない間に、自転車を買ってくれていたんです」と、隆も買ってもらった理由が自分でもハッキリしないと言うような答えかたをした。
梶野先生の表情に得心がいかないと言っているふうに見えたのか、横から弘が
「桐久保のおっちゃんが、僕に買ってくれくれたんや。僕だけでなく、隆君の分も買ってきたんや」と、弾んだ声で答えた。
先週、自転車を買ってもらえなかったことも含めて、家を飛び出した弘は山中で桐久保さんに見つかった。桐久保さんの炭焼き小屋で寝こんでいるのを桐久保さんが探し出したのだ。そして、その時に弘の悲しみを知った桐久保さんは、弘がお父うと自転車を買ってもらう約束をしていたのを知って、自分が代わって「自転車を買ってやろう」と約束をして、その時の約束通り弘に買って与えたのである。そして、桐久保さんは弘だけでなく隆にも同じ自転車を買って来たのだ。
「ほう? ほんとか!」梶野先生は驚きの声をあげた。
桐久保さんが、弘の父親に代わって弘に自転車を買って与えるという約束をした事を、梶野先生は知らなかった。梶野先生は桐久保さんが自分の子供の隆に自転車を買って来た事には頷けるが、どうして約束をして弘にまで買ってきたのか得心がいかない。が、現実にどちらも新しい自転車を持って運動場に来ている。頷けない気持の梶野先生だが、二人のために嬉しい気持になってきた。まして、いつもいじけた気の弱さを顔に表している弘が、今日はそんな様子もなく生き生きと顔を輝やかせている。これで母親とのしこりも幾分は紛れるだろう。誰に買ってもらったかと詳しく詮索する必要もない。弘の笑顔を見ているだけで梶野先生は自分まで救われた気持になった。
「うまく乗れるかい。うしろから持っててやろうか。」
梶野先生は立ててある自転車の荷物台を両手で支え持って、後ろから介添えをする姿勢で言ってみる。「先生。足がつくから自転車は倒れやせん」
と、荷物台を持った梶野先生に弘は
「おらはかまへん。持ってくれやはんのやったら隆君の自転車を持ったげて」
桐久保さんに自転車を買ってもらった感謝の気持を少しでも、隆に向けようとしているのだろうか。弘が言う。
その言葉を取るように「大丈夫です。僕も足がつきます」と隆が言う。
「そうかい。じゃあ乗ってみろ」
梶野先生のその言葉に、いつもはにかんでいる弘が隆より早くハンドルを持ち、サドルにまたがると勢いよくペダルを踏みはじめた。
ひょろひょろしているが倒れずに走っている。弘は倒れ掛かると、足を地面につき運動場を二周走った。隆も後ろから追うように運動場を回り始めた。
大人用の自転車でなく、足を伸ばせば地面につく子供用の自転車だからすぐに乗れるのだろう。しかし、大人用の自転車もどこの家にもあるというわけではなかった。子供達は、大人の大きな自転車を横からペダルに足をかけ、自転車に張り付くようにして乗る。自転車に乗っていることが誇らしく、歩く感覚と異なる風を感じるのが嬉しく、親の自転車をこっそり借りて乗っていた。それが子供用の自転車である。弘が自転車にどれだけの夢をもっていたか。そして焼け出されで、食べるだけで精一杯の弘のお父うにすれば、弘に自転車を買い与えるというのは、弘の大きな夢を叶えると共に、自分も夢をみれることでもあったのだ。が、それを酒に費やしてしまった後悔と失望は誰にも大きかったはずである。それを見かねて桐久保さんが買い与えたと言うのだろうか。
 梶野先生は銀輪に光る自転車のタイヤを分かるような分からないような気持で眺める。暫らく府に落ちない気持で二人の練習を暫くみていたが、協議していた桧牧区の人たちが帰り始めているのに気がついた。二、三人づつ寄り固まって校門の方へ行きかけている。追いかけて行って、村人に挨拶しようとも思ったが、梶野先生には関係のない集会なのでそのまま運動場に突っ立っていた。桐久保さんと弘の父親が、梶野先生の姿を見つけてこっちにやって来た。
隆と弘の自転車の練習でもみるために運動場に来るのだろうと思い、
「今日は」と、梶野先生は気軽に言葉をかけた。桐久保さんは隆と弘のの自転車の練習には興味を示さず
「先生。明日の嶽のぼり、学校は昼からどうなっとります?」と訊ねてきた。
校長も話していた通りに行事表は半日授業になっていたので、すぐに
「例年通りです。明日は午前の授業だけです」と、答えた。
答えながら、隆と弘の自転車の練習を楽しく見ていたのが、なんだか少し不愉快になってきた。村の風習の行事で、貴重な授業の時間をとられるのが梶野先生には納得が行かないからだ。


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