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♪ 轍(わだち)を行く
大雪になった。ここ数年暖冬で雪が降らない。雪が降っても風に舞う綿屑のような頼りない雪ばかりだった。ところが降ったのだ。五十センチばかりの積雪だ。梅の花びらが一片二片舞うころになってそれを包み込むように積って行った。
豪雪地方の人たちは難儀な生活を強いられておられる。申し訳ないと思うが久しぶりにみる積雪は光っていた。
朝一番、日課になっている「歩き」に出た。http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/38925677.html竹葉から落ちる雪が雪煙をあげている。まだ誰も歩いていない雪道は白布を広げたように輝いていた。その上をゆっくりポコポコ、楽しみながら歩く。
タッタタッタとこちらに向かってくる一団があった。揃いのウエァーを着て、二列縦隊になり雪煙をあげてくる。近くにある高等学校の生徒のようだ。足音がだんだん大きくなり静寂の世界に、なんとも大きな足音が響いてくる。私は怖かった。
菓子袋片手に道幅いっぱいに広がり、声高に通学するこの学校の生徒を見ている。信号を無視するのをみたこともある。そんな一団がこちらに向かってくるのだ。
道を開け避けようとするが、積雪で道の端が良く分からない。来た道を急いで引き返そうかと迷っていると、みるまにその二列隊がリボンのうねりのように一列隊になった。そして私の脇を大きな声で「おはようございます」と帽子をとり、すり抜けて行ったのだ。次の生徒もまたその次も…。
雪の花がホロホロ零れて行く。
一番最後の生徒が「おはようございます。お気をつけて」と、少し止まるように頭を下げて言う。それにつられ、私も条件反射のように「おはようございます。お気をつけて」と、頭を下げていた。可笑しかった。
雪の花が可笑しいと笑うようにホロホロ零れた。
一列隊がまた二列縦隊になって遠ざかって行く。白い雪道を帯びのように流れて行く。唖然として見とれている私を残して雪煙が上っていく。一瞬の出来事だった。
雪の花のように爽やかな清らかさを、私の心に咲かせて行った。 とても嬉しくなってきた。
若者に挨拶されたのが嬉しいだけではない。彼らが駈けて行ったあとには、彼らの足跡の轍が出来ていたのだ。その轍が光っていた。私がこらから進もうとする前に、鮮やかな轍が出来ていたのだ。
彼らの足跡が一本の道になっている。私の先入観は吹き飛んでいた。
そうだ、あの若者たちは真白い中に描かれた轍なのだ。道しるべを示す轍だ。そんな風に思えた。
「今時の若い者は……」そんな偏見はよそう。
私の前に轍が出来、私がポコポコと歩いて来た私のつけたたどたどしい足跡の道を、彼らは逞しく踏んでいった。
轍を胸を張って進むと、小学生たちが雪遊びに興じていた。雪を転がしながら大きくして行く雪だるまではなく、台形の容器やバケツやボールに雪を詰め、それを組立てている。出来上がりが最新型のロボットに似ていた。私の子どもの頃は頭にバケツを被せ、タドンと炭で目鼻を描く雪だるまだったが……。
子供たちは四角い雪だるまに、コーヒー瓶の蓋だろうか、大きな目玉をつけ、カラフルなスーパーボールをはめている。そして最後に手袋をかけていた。私の子どもの時も、雪だるまに寒かろうとマフラーを貸した。枝を突き刺し手袋も貸した。「な〜〜だ。変わってないんだ! 」
自然が変わったように見える。時代が変わったようにみえる。でも本当は何も変わっていないのではないだろうか。
轍が力強く光っている。私は明るい未来を見たような気がした。
彼らがつけた轍の上を安心して歩いて行こう。そう思う。
雪の花がホロホロ零れた。
「歩き」から戻り私も雪遊びをしてみた。水分を多く含む重たい雪である。見た目はフワフワだが固めると水分がまとめ役になり、堅いボールが出来る。投げると砕けることなく遠くまで飛んで行った。
よく雪の降ったころ、サラサラの粉雪が道路も屋根も凍らせ、その上にまた雪が降り根雪となり、冬の間中雪が有った。私はこのフワフワ雪をどれだけ心待ちしていたことか。フキノトウが顔を出し、春が隣に来ていることを教えてくれる雪だった。冬の終りを告げる<なごり雪>だった。
五十センチの積雪は、そんななごり雪だった。
もうすぐ春がくるのだ。そして力強い轍もみえてくる。
一本の轍は春へ向う道
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月光(ひかり)の銛 木村徳太郎
光の銛を
見ましたか。
夜の四つ角
寒の街
ぐさつと刺さつて
居りました。
光の銛を
見ましたか。
月が怒つて
投げた銛
何故だか恐くて
ありました。
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清浄な雪の世界──では、恐れや疑いは清められ、命を無心に受けとめられる
近ごろ流行りの通り魔とか無差別殺人を思い起こしちゃった
寒さだけの理由じゃなく、雪景色には起こりようもないことなのかもね
心って、しいんと冷えこむほどに命の焔が燃え立ってくる
その炎もまた汚れ、穢れをこの世から焼き尽くす力に燃えさかる
2010/2/9(火) 午前 6:19 [ LUNANA ]
ほんと、ひとの本質はなにも変つてゐないのかもしれませんね…。なんだか雪道ですれ違つたその光景が、本当に光輝いて想像されます。以前、こちらの有名な古刹で、すれ違つた幼稚園のこどもたちに元気な挨拶をもらつたのを思ひ出しました。斉藤茂太先生のご本に、挨拶とは相手の心に割つて入るといふ意味だとありました。まさに心を開き明るくしてくれるものですね。挨拶しても返事もしないひとも世の中にはゐるやうですが。
2010/2/9(火) 午前 7:51
屋根瓦や庭木や垣根の上が、ほんの白く染まりました。僅か1センチばかりの、それでもこの冬で初めての積雪でした。葉っぱに積もった雪を丸めて口へ入れました。。2個3個・・・冷たくて美味しい雪でした。
道路は濡れていて、雪は夜の内に融けてしまったのでしょう。轍も足跡も無い、つまらない道路。ずっと昔、父の足跡を踏みながら雪の道を歩いたことがありました。
今もし雪が積もって私が歩けば、誰が足跡を踏みながら着いて来てくれるのでしょう。遠い日の想い出だけが着いて来る、な〜んて。
一度くらい、足跡が残せるだけの雪が降ってほしいものです。
2010/2/9(火) 午前 9:18 [ 道草 ]
「浅き春に寄せて」 立原道造
今は 二月 たつたそれだけ
あたりには もう春がきこえてゐる
だけれども たつたそれだけ
昔むかしの 約束はもうのこらない
今は 二月 たつた一度だけ
夢のなかに ささやいて ひとはゐない
だけれども たつた一度だけ
そのひとは 私のために ほほゑんだ
さう!花は またひらくであらう
さうして鳥は かはらず啼いて
人びとは春のなかに笑みかはすであらう
今は 二月 雪の面(おも)につづいた
私の みだれた足跡……それだけ
たつたそれだけ――私には……
2010/2/9(火) 午前 9:19 [ 道草 ]
深い雪に。それぞれの足跡ができ、その轍を過去と未来と現在が交叉する時「おはようございます・・・お気をつけて」の声が響く・・素敵だと思う何も心配するほどの事はない、今時の若い者は・・・ではなくむしろ団塊の世代こそエリを正原点に帰える時期ではなかろうかと思う・・雪の景色の中でまばゆいばかりに、年輪を超越した輝いたわだちを発見したようで・・嬉しくなる文章でした
2010/2/9(火) 午後 0:22
予期もしなかった50cmの積雪、心が躍るでしょうね。
思わぬ雪には夏の花火や輝く夜景に似た感動を覚えます。
「ご破算で願いましては」、新たな夢や希望を描きたくなりますね。
2010/2/9(火) 午後 1:48
みみずさま。有り難う御座います。そうなんですよ。むくつけき若者集団に恐れをなしましたが、なんのなんの爽やかなことでした。雪景色の中で嬉しい一こまでした。
>その炎もまた汚れ、穢れをこの世から焼き尽くす力に燃えさかる >みみずさんは詩人ですね。すごいことを教えてくれました。清らかな白い雪は冷たいけれど、燃えるような熱さを持っているもなののですね。こちらの雪は、ほん少し日陰に残すだけになりましたが、嬉しい雪でした。こんな雪を体験出来たのは嬉しいです。
2010/2/9(火) 午後 5:45
くろひつじさま。有り難う御座います。先入観や見た目や思いよがりで決め付けていた私に、高校生達が教えてくれました。
挨拶は心を開いてくれますね。嬉しかったです。顔を見合わせても挨拶もしない場面に出くわす事も有りますが、やはりは挨拶は世の中を明るくします。斉藤茂太先生の言葉、教えていただいて有り難う。改めて挨拶の素晴らしさに感動しました。(当たり前の事なのですが)時代が代わり、当たり前の事が出来なくなったと嘆かないようにしたいです。ほんとはみんな素晴らしいんだからと思います。あの高校生たち、初雪のように輝いていました。
2010/2/9(火) 午後 6:05
道草さま。有り難う御座います。道草さまのほうはあまり雪が降らないのですか。子どもの時も待ち望む雪は嬉しいものでしたが、毎日毎日の積雪は少しうんざりします。でも不思議ですね。うんざりする雪の中にも毛嫌いもしないで(豪雪地方の人も)雪ともくもくと対峙する。雪にはそんなところがあります。
久しぶりの積雪は、嬉しかったですよ。そちらも雪が降れば良いですのにね。轍をみることが出来るかもしれないですね。
あの〜〜〜、こんなことを言うと叱られますが、雪にどうしても会いたければ、雪国の人の雪かきの手伝いに行くとかも良いかもしれませんよ。憧れの雪に出会う、一石二鳥かもしれません。(憎まれ口=へらず口をペコペコ)
2010/2/9(火) 午後 6:18
「浅き春に寄せて」の詩は>たったそれだけ>それがどんなに素敵かということを言っているのですね。私にも二月の雪はたったそれだけ、でもかけがえのないプレゼントを残して行ってくれました。たったそれだけ、それがいかに素晴らしいことか、そう思います。
余談ですが、春の雪ってシャーベット、苺シロップをかけたくなりました。ジュクジュクにシロップを含んだ雪、なかなか含蓄です。
2010/2/9(火) 午後 6:26
吉野の宮司さま。有り難う御座います。吉野も積雪が多いのでしょうね。雪かきなどが大変ですね。でも雪景色ってほんとに綺麗で、それに慰められ、癒されて、人は大変さにも辛抱するのかもしれません。自然にはいろんなことを教えられます。
いままでの雪降りは、一番に足跡をつけたりするのが嬉しかったのですが、高校生たちの足跡、轍に感動しました(挨拶してくれたこともあり)我先に足跡をつけるのでなく、人の轍を行くというもの良い物だなぁ〜と。きっと歳をとり、我先に出し抜いて足跡をつける面白さと違い、別の感慨を持つようになったのかもしれません。でも、これって歳をとったからかもしれませんが、でも素晴らしい轍の跡を行けるのも幸せです。
2010/2/9(火) 午後 6:58
>団塊の世代こそエリを正原点に帰える時期ではなかろうかと思う>ほんとですね。世代がどうと言う事ではなく、エリを正して欲しいと思うことは多々あります。その価値観、判断の違いと言わずに、変わらない、変わるはずがないと思う原点はあると思います。真っ白の雪も、融けかけて道路に寄せられた雪は車の排気ガスで真っ黒になっています。見苦しくなっています。降ったときはあんなに白く輝いていたのに汚くなる雪も有るのですね。余談ですが、今日は伊吹山の雪を車窓から眺めました。神々しいでした。雪って、いろんなことに想いを興させてくれますね。
余談ですが、最近「四季の歌」なかなか含蓄のある歌だと思います。自然、四季の有る日本、含蓄深いです。感謝して自然に学ぶことをしたいです。
2010/2/9(火) 午後 7:00
こうま地蔵さま。有り難う御座います。予期しなかった事って心躍ります。びっくりもするけれど。子どもの頃の嬉しさを味わえますね。夏の花火や輝く夜景に似た感動…ご破算で願いましては…。
いつまでも失う事無く持っていたいものですね。
特に「ご破算で願いましては」これ嬉しいです。なんだかほっとしました。私っていつも間違って、そろばんをご破算にすることばかりで、うしろめたさもあったのですが、なんだかご>破算で願いましては>とご破算にすることは素敵な事?のように思えてきました。
2010/2/9(火) 午後 7:10
50センチの積雪とは!
雪の森を散策するのに憧れて、富山の人に特製のカンジキを作ってもらってあります。友達に貸したら大層喜ばれましたが、自分で使う機会がありません。
2010/2/9(火) 午後 10:40 [ ほくと ]
ほくとさま。有り難う御座います。春の淡雪といっても50センチ近くの積雪はすぐには消えず、やっと今日の雨で無くなりました。
樹の陰の少し残る雪に、降る雨はことのほか春を感じます。カンジキは実物を見た事がありません。深い雪の中を歩きやすく、そして足裏にもっとも雪を感じる履物なんでしょうか。雪国といっても
北海道の雪、新潟の雪、そして富山の雪……少し違うかも知れません。お気に入りのカンジキで、お気に入りの雪国を歩けたら良いですね。
2010/2/10(水) 午後 1:21
***さま。有り難う御座います。楽しみにしています。ご負担をおかけして、申し訳ありません。
2010/2/10(水) 午後 1:25
***さまコメントありがとうございます。
ご心配い有り難う。大丈夫ですよ。最近の散歩時には、着飾った犬に良く出会いますよ。さま変わりしましたね。
2010/2/10(水) 午後 1:30