来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

二月の花

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 見ず見ず 
 セピア色をぼかし、枯れ葉が雪に埋る。そんな中、雪に埋る事もなく青々と緑を保ち、わずかの雪間の光を捕まえ、雄々しく咲いているものがある。彼岸花の冬の姿!
雪の中に緑の花(葉)を力いっぱい咲かせている。
葉は、真っ赤な花が終ると姿を現し、ほかの草々が枯れ色や霜で染まっても、濃い緑色を繁らせ、雪を振り払い陽(エネルギー)を蓄える。そして、花を爛漫に咲かせる時、その姿を見せない。
 「命と絆」が寄り添っているのだ。
 その緑の葉は、人びとが桜に浮かれ、ふと足元を見たときにはもうその姿はない。花が咲くとき葉はなく、葉が繁る時に花がないことから“葉見ず花見ず”とも言われ、お互いがお互いの姿を見合うことはない。が、姿は見えずともお互いを思いやり命を燃やしている。“相思草”と言われる由縁だろう。
これはなにも恋人同士だけのことではない。私には「姉と弟」のようにも見える。

 オカリナ演奏のボランテイァで、定期的に訪問をしているキリスト教会の施設がある。七年近くも通わせてもらっている。訪問するといつも食事がでる。デイサービス(通所介護)に来られている人に、出される食事だが、これがとても美味しいのだ。この食事に惹かれて私は通っているのではないかと思うほどだ。調理をしておられるのも、ボランティアの人たちだが、ときどきプロの板前さんがこられる。いつも美味しいが、その板前さんが担当されるときに出会えた日は、飛び上がるほど嬉しい。そしてドキドキする。ドキドキするほどその料理は美味しいのだ。
 調理場の隅で板前さんのきびきびした立ち振る舞いを見ながら頂く。こんな美味しい料理の生まれる秘密は何だろうと思う。それを聞いてみたいと思うのだが、無骨で無口な板前さんである。話かけようとすると大きな目で睨まれそうで躊躇していた。
「美味しいわ〜。涙が出るほど美味しいわ」思いきって声をかけてみた。「どうしてこんな美味しいものが作れるの」……。
「姉のおかげです」と彼は言った。そして私が、いつも美味しそうに食べる姿に、お姉さんの姿がだぶると言う。
彼は母親を早く亡くし、中学校を出て板前修業に入ったが辛抱が足らず、店をよく変わったそうだ。そして親代わりの姉さんとも疎遠になった。が、長続きする店がありそこで頑張って、やっと寿司を握らせてもらえたそうだ。そのとき、店主が「おまえの握った寿司、姉さんに食べてもらえや」と言ってくれたそうだ。彼は何年ぶりかの便りを出し、姉さんに寿司を食べてもらった。
姉さんは彼の握った寿司を「美味しい、美味しい」と何度も呟き、涙を流しながら食べてくれた。姉さんの頬を幾筋も涙が伝っていくのを見た時、そして、疎遠と思っていた姉さんが、ちゃんと彼の修行先をいつも把握していて、見守っていてくれたことも分かったとき、こんなに喜んでもらえることの出来る自分に、初めて誇りを持ったと言う。
 そして、みんなに喜んでもらえる板前になろうと決心したのだと言う。聞いていて、私は味噌汁に涙が零れそうになった。美味しそうに食べてくれる人にいつも姉さんが重なるのだと言う。優しさが染み出る味、美味しい味には、お姉さんの味もこもっていたのだ。
訥々と話す彼に、今度は私が無口になり頷きぱなしだった。
ますます彼の料理に出会うのが楽しみになった。施設へ訪問出来ることに感謝する。
私もオカリナを懸命に吹かなければいけないと思う。

 施設にもう一人気になる人がいる。行き倒れになっていたところを施設長さんに助けられ、家族が分からない人がいた。大酒を呑み行き倒れになっていた。施設に住みつき施設の雑用を手伝っていた。目があうと、ニコッリ笑ってくれる。とてもそれが可愛い。そして、「一升を一章にかえたんや」と言う。私はなんのことか解からなかったが、「お酒の一升を聖書の一章に変えた」と言うことらしかった。私はクリスチャンではないので一章がどんなものか分からないが、なかなかシャレの上手い人だと感心していた。
助けられる人、助ける人がいることに感動をする。そうしてこのような人たちに会えることが嬉しく、いつも清々しいものを貰っている。
その一章さん(私はそう呼んでいた)にある時、お姉さんが尋ねてこられたのだ。偶然、尋ねてこられた時に出くわした。
お姉さんは、もっと早く尋ねてきたかったが我慢をしておられたそうだ。そして、みんなに(デイサービスで通って来ている高齢者の人たちにも)一人一人手を握って涙を零しながら、お礼を言っておられた。
お姉さんはいつも一章さんの居場所を気にしておられ、ちゃんと一章さんを陰から見守っておられたのだ。一章さんは一人ぼっちではなかったのだ。
お姉さんは私の手も握り「弟を有り難う御座います」と深く頭を下げられた。なんだか私は泣けてきた。
 どのお姉さんも、ちゃんとどこかで、見えないようでも、見守っているのだ。

 私にも姉が一人いた。母親のいない私をいつも見守っていてくれた。姉も小さいのに、小さい私を守ってくれていた。
「あ〜〜。お姉ちゃんて良いなぁ」と思う。

決して咲き誇る花のように華やかではない。自分が咲くことはしないで、じいっと我慢して自分の出番を待っているのだ。咲いている花はそんなことを知らないようにも見える。いや知っているかもしれない。

 私の子供は姉と弟(一姫二太郎)だ。
大きくなったのは高度成長時代で、父親は馬車馬に働き、母親が育児に専念した。私は家庭内のことは私一人で仕切っていると思っていた。
次男が大学に残るよう打診された。私たち夫婦も面接?をされた。そのとき、「小さいときはどんなお子さんでしたか」と聞かれた。(彼は大学の表彰を総なめにし、その三冠受賞の記録は、まだ誰にも塗り替えられていないらしい)そんなこともあり、家庭内に興味を持ち質問をされたのだろう。
 私が鼻を高くして、「教育も躾けも私が全てを担っていた」と言いかけたとき、夫が「是に姉が居りまして、その姉が弟達をよく引張ってくれました。その御蔭です」と言ったのだ。私は頭を殴られる思いがした。夫は子供たちが寝ている間に出勤し、子供たちが寝てから帰宅する毎日だったのに、なんとよく観察をしていたのだろう。姉を感謝で労い、それぞれの子供たちを誇らしげに語る。そんな夫に驚きと共に、夫を見直してしまった。そうだその通りだ。私は自分の思い上がりが恥かしくなった。
家族とは誰が仕切っているのでもない。父親が良く出来ているとか、母親が良く出来ているからとかではない。親子姉弟(兄弟)それぞれが、自分の立場でお互いを見守り、助け合って、絆が生まれているのだ。

まるで彼岸花のようだなぁ。思い合いをして花が咲くのだ。
「おとうと」と言う映画が上映されている。しかし、これは特別な映画でもないだろう。
姉は、そして家族とは、彼岸花の花と葉ではないかと思う。見えなくとも花は葉を思い、葉は花を思う。そして根っこでしっかりと繋がっている。それが絆であり家族であり、「おとうと」と「あね」なのだ。

 私は「古事記」が好きだ。今また読み直している。そこには、
『姉君のアマテラス大御神がいる。弟のスサノヲノ命がいる。弟は乱暴者で狼藉ばかり働く困り者だが、姉君はそれを咎めずいつも弟をかばってやっている。しかし、あまりにも狼藉が大きく、諌めるために、天岩屋戸に籠もられる。そしてみんなの協力のもと岩屋から出てこられたとき、始めて弟の犯かした重い罪を清めるために、弟を追放したのである。しかし追放してもいつも弟の事を気にしておられたし、弟も、八俣の大蛇を退治したとき、草那芸の太刀を姉に献上している。そこにはいつも絆があった。姉と弟の絆があった。
「古事記」はいろんな原点を教えてくれていると私は思う。
そこに流れているのは、国が出来、家族が出来、神が生まれていくところにある絆である。

 二月の彼岸花は、雪を被り根で繋がり絆を咲かせているのだ。
彼岸花、相思草が咲く。姉と弟のように咲く。お互いが姿は見えずとも、陰からいつも支えてあっている。
絆のもとで、葉は花を思い、花は葉を思い、それぞれの出番を待っている。



    緑濃き雪振り落とし花を待つ

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
        
      日向の編物       木村徳太郎    
       
ある日の事で
  御座ゐます。

  光線(ひかり)の編棒に
  樹の毛絲
葉っぱの柄を
  編みまぜて
おやつの時間の
  事でした。

  春の日向が
 門のそば
  とてもでっかい
  シャツを編む。

僕は窓から
  見てました。             

閉じる コメント(22)

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彼岸花、相思草のお話の間に語られる花ひとひらさんの世界観に、知らぬ間に涙ぐんでいる自分に気付いてびっくりしました。
孤独を標榜している人にも、必ず誰かがどこからか見つめています。
私も、自分ひとりで頑張っているつもりでいましたが、花ひとひらさんのこの文章を読ませていただいて、うむ、うむ、と何度も頷いてしまいました。あ・り・が・と・う ☆★☆

2010/2/16(火) 午後 9:08 [ afuro_tomato ]

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道草さま。有り難う御座います。姉と弟でなくとも兄と妹と言うのも良いですね。姉と弟、兄と妹、みんな助けあい支えあっているのでしょう。私は他の草の姿が見えない雪原で、緑をいきいき繁らせている葉が不思議でした。そしていろんな姉弟に出会い「そうだ。こういうことだ」と思ったのです。どんなに寒く凍てても元気な彼岸花の葉を見ていると、元気がでます。
主人や息子のことを褒めていただき有り難う御座います。道草さんは>遅い>?いえいえなかなかご立派な方だと思いますよ。
「白い手」の詩は優しいお姉さんが浮びます。お姉さんには白が似合いますね。もうすぐ雛祭り、雛祭りにもお姉さんが出てきます。どれも姉と弟が似合うかな。みんなどこかで支えあっているのでしょう。そういう情感がいいですね。

2010/2/17(水) 午前 7:18 花ひとひら

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オカリナの歌さま。有り難う御座います。ポチありがとうございます。>どうして姉と弟に生まれて来たのかと>ほんと不思議でも有りますね。でも広い世のなか、やはり巡りなのでしょう。折角の巡りを大切に大事にしたいです。(私は兄弟姉妹がいないのでよけいそう思うのかもしれませんが)
宗次郎さんの「リュブリャーナの青い空」をこの施設で吹けるようになりたいと思っています。素敵な譜を有り難う御座いました。

2010/2/17(水) 午前 7:27 花ひとひら

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afuro_tomatoさま。おはよう御座います。tomatoさんはお姉さんでしたね。お姉さん(長女)て、親代わりにもなりしっかり者が多いです。ほんとは大変なことなのだろうと、いまごろして思います。私は自分の長女にも、親のようにいろんな愚痴を聞いてもらったりして、重荷を背負わせ、私が弟のようなところもあり反省していますが、こうして早くに亡くなったけれど姉がいたこと、そして子供たち、家族に支えられているんだなとつくづく思います。ジャスチャーに出なくとも、お互い支え助け合っているのだと思います。感謝です。

2010/2/17(水) 午前 7:36 花ひとひら

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涙なしには読めない、感動的な話でした。
わたしも二人の姉のもと、良い子に育ちました(おそらく、たぶん^^)。

2010/2/17(水) 午後 2:16 kou*a*p

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こうま地蔵さま。有り難う御座います。そうでしょうそうでしょう。こうま地蔵さま、良い子に育たれましたよ。お姉さんにお礼を。

2010/2/17(水) 午後 7:37 花ひとひら

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花見ず葉見ず、彼岸花の鳩派なの関係でいろいろ深く思いました・・・かげながらの思い・・「おかげさん」です。まさに互いに思いやりいたわりあう兄弟姉妹にもいえますね。荒ぶる神と治め慈しむ神とそれぞれがその役割を果たすのです。花が咲いたときに葉はすでになく・・・葉があるときに花は無いのです・・いろいろなことを考えて「ありがたいなあ」と思いました

2010/2/18(木) 午後 6:55 吉野の宮司

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ご主人がお子さんたちをそのように把握していらしたことは素晴らしいですね。親との関係より姉と弟の関係のほうが長く続くということを我が家の子どもたちにも理解させたいと思いました。

2010/2/18(木) 午後 9:13 [ isa*e*la_0*66 ]

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彼岸花が咲いた後、しばらくしてたくさんの葉が現れて冬を越します。こんな立派な葉を茂らせているのですから、見失うなんて考えられません。ところが、夏が過ぎるとどこにあったのかまったくわからなくなってしまう。そればかりか、なんだかちょっとばかり違ったところにも現れる。まるで忍者のような花なんですよね。

2010/2/18(木) 午後 10:00 [ ほくと ]

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吉野の宮司さま。有り難う御座います。お陰様。有り難う。いい言霊と思います。他にも花だけ先に咲き、あとに葉が出てくるものはありますが、ヒガンバナのあの雪を被っている濃い緑葉は不思議でなりません。下にコメントくださっている、ほくとさんが仰るように、忍びか魔法使いみたいです。でもこれお陰さま。陰ながらの想いです。想い遣るって良いですね。最近の世の中は兄弟喧嘩、親子のいがみあい、果ては世や友の裏切り、残忍、痴、欲……数え上げればきりがありません。人間の原点に戻り考えたいですね

2010/2/19(金) 午前 0:15 花ひとひら

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isa*e*la_0*66さま。有り難う御座います。うふ、見てないようでも見ている。把握している。これも想い遣りかもしれませんね(どうかな?)。
今映画で「おとうと」と言うのをやっていますが、世の中には(現実の)沢山の素晴らしい姉がいて弟がいるのです。そんなことを思います。
確かに子供たちは親より、姉弟関係の方が世代も近いですし、長く続きますね。またそれが親孝行にもなるのでしょうか。

2010/2/19(金) 午前 0:24 花ひとひら

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ほくとさま。有り難う御座います。そうですよね。球根でしか増えないはずなのに、思いがけない所に咲いていたりします。似た種類に「狐」とつくものもあります。馬鹿されているような気のする花?。いいえ。球根があり葉が有り花があり、きちんと絆を守っています。

2010/2/19(金) 午前 0:34 花ひとひら

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今日はまさしく短編集を読む思いでした。大まかに3篇のショートストーリーでした。上手に描かれた彼岸花の2枚の絵と文章を交互に見ながら感動させて頂きました。どんな巷にも、どんな逆境にも、美しい心が必ず存在することを確信させられました。
血縁の絆、親の愛、兄弟姉妹の愛も素晴らしいものですね。
別話ですが、国民学校のとき、軍からの指令で彼岸花(当時は、まんじゅうしゃげ)の球根を掘って供出したものです。医薬品用?。

2010/2/19(金) 午前 11:53 tueda67

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tueda67さま。有り難う御座います。素敵な人たちでしょう。こう言う場面に出会えて嬉しいです。>どんな逆境にも、美しい心が必ず存在することを確信させられました。>私もです。そして私も少しでもそうありたいと思いました。
昔はまんじゅしゃげと言いましたね。子供のとき意味が分からなくても「赤い花ならまんじゅしゃげ 阿蘭陀屋敷に雨が降る 濡れて泣いてるじゃがたらお春・・」なんて歌っていました。マンジュシャゲが彼岸花と知りないで。
彼岸花の根には毒があるので、畦に生えているのはモグラ防ぎのためとも聞き、その万葉からの自然の知恵に感心したことも有ります。医薬品と言うか食糧難の時、毒ですが曝して食料にしたのではないでしょうか。それとも毒を使ったのかな。昔は不吉な花とされていましたね。最近もてはやされてきました。不思議な花と思います。

2010/2/19(金) 午後 6:35 花ひとひら

文章をずっと噛み締めて読んでましたら
彼岸花の土の下の手と手がずっとつなぎ合い
皆は一人では無いし どこかで知らない間にお互いを思い
励まされ 助け合う人の心にも感じさせる 地下茎・・
彼岸花を始めて見た日 何となくけばけばしく
それでいて 引き寄せられる不思議さ・・衝撃を受けたのは
私が海育ちで 上京して初めて見た花でした。
根には毒が有り 雑草が生えにくくする花。
田んぼに多いと知り それからはお寺や家の庭先にも
赤や黄色・白ろ毎年 季節に成ると鮮やかに咲いてます。
モグラ退治の為でしたか・・
この花が一面に咲き始めると 見物の人出が多く成るのです。
読みかえしたい程 心に響きました。
ありがとう。

2010/2/23(火) 午後 5:30 [ - ]

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志乃さま。有り難う御座います。REが遅くなってごめんね。(ちよっと留守してました)アイコンウインクにしたよ。(笑)ありがとう。
彼岸花は昔は嫌われものだったみたいですが、今は人気者です。彼岸花を観光目玉にしているお寺もあるみたいです。子供のころ、あれをネックレスや聴診器にして遊びました。遊びの花が生け花になっているとちよっと不思議な気もします。花と葉が出会わないものってほかにあるかな?。不思議な花ですね。
私の一番好きな彼岸花スポツトは飛鳥地方です。海辺でも山でもなく平野の花かな。(何処で咲いていてもあの赤は不思議だけれど)
あれは繋がっている絆、命の血の色かもしれないよ

2010/2/25(木) 午前 0:01 花ひとひら

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彼岸花の花が咲くと亡き姉を思い出します。昔は彼岸花はあまり良い花と言われていませんでしたが・・・とても不思議な花です。花ひとひらさんが言われるように花みず葉みず・・・でどちらもなくてはならないもの同士。前の勤務先の門に咲いていた彼岸花を1球いただいてベランダに植えたところ今では沢山お花が咲くようになりました。
お彼岸が近くなると果たして咲くのだろうかと毎回心配しますが・・
いつも突然出てきてあっという間に咲いて・・・そして冬に青々した葉に私も驚きました。姉が亡くなる前にあまりのきれいさに一本持ち帰り描いた数日後に姉が倒れたと知り・・・だから彼岸花の花が咲くと姉を思い出してしまいます。優しかった姉が微笑んでるように・・
ベランダで咲いてくれます。とても素敵なお話ありがとうございました。

2010/2/26(金) 午前 0:06 [ 堅香子 ]

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堅香子さま。有り難うございます。こちらへも訪問して下さりありがとう。お姉さまとの思い出がおありなのですね。彼岸花て不思議ですよ、彼岸には暦をみているのかと思うほどきっちり(しょうしょう気候がずれても)咲きますね。(私にも彼岸花に切ない思い出があります)なんだか彼岸花って、偲ぶという宝物を残していってくれてるのかな。
ベランダで咲く彼岸花も良いですね。こちらこそ、良いお話をありがとうございました。

2010/2/26(金) 午前 8:27 花ひとひら

…そうかあ、やっぱりねえ、御連合いも花ひとひらさんにふさわしい方なのね

誰も独りきりじゃ自分を育てきれなくて、どうしても誰かの移り香がや
時代の匂いにまぎれた体臭を放つしかなくなる
それだからこそ──良い出会いでしたネ(うらやまし〜ゾ)御子達も含めて

互いの心を清くやすらかにしてくれる家族を持つ人たちいるって、
独り者んにとってもうれしいことだもんね

2010/2/27(土) 午前 6:52 [ LUNANA ]

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みみずさま・・・「そうかあ〜」て、そんなことないよ。みみずさんところはもっと素敵なボスさんが居られて・・・
連れ合いって、いろんなこともあって(感心したり、腹がたったり)そのうえで連れあっていけるのだと思う。良い出会いも大事だけれど、みんなで育って行く(行ける)のも良いのだと思う。そうよ、家族だけでなくとも、>互いの心を清くやすらかにしてくれる人>がいる、持てるというのが嬉しいことだね。それはブログの上でも同じだと思うよ。

2010/2/27(土) 午後 4:26 花ひとひら


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