|
脳いきいきふれあいアート <36>
ブロッコリーを描く
ブロッコリーのスケッチ・ 砂画材を使用したもの・ たくさんの塊が重なったブロッコリー
カリキュラムがある。しかし、現場を経験して思うことは、現場現場でカリキュラムに対する反応は違う。
一つのカリキュラムを、どの現場でも同じように使うことに疑問を感じる。
絵の下手、上手にとらわれず、作品の製作過程を大事にし脳活性化につなげること、ストレスを軽減することなどを目的にしているのだが、認知症の人、健常者、絵心のある人のそれぞれでは、カリキュラムの受け止め方が違う。
誰にでも楽しめ、自分を表現することで精神的にもリフレッシュでき、共有した時間が笑顔あふれる「ふれあい」の時である、そういうことをめざしたいと思う。
カリキュラムは協会から購入し正しく使わないといけない。が、私は「臨床美術」の冠を外し「脳いきいきふれあいアート」とし、現場で使いやすく(楽しんでもらえる)ようにアレンジしたりすることもある。これは規約から外れるかもしれないが、「ふれあい」(参加者同士のふれあい、画材とのふれあい、表現のふれあい)を大事にできれば良いと思っている。一緒の時を過ごすアートの時間が、少しでも楽しいかったと思って貰えたら冥利につきる。
そんなこともあり「ブロッコリー」のカリキュラを少し変えてみた。(本来は絵の具にサンド(砂)を混ぜてオイルパステルで描いていくものなのだが、砂のザラザラ感を怖がる認知症や高齢者の人もいる。またブロッコリーのブツブツ感を感じ取り、ブロッコリーに、自分が感じる彩を見つけてもらうのだが、なかなか実物の「緑」から離れられない人が多い。どうしたら、色を楽しんでもらえるだろうか・・・
いろいろ試作してみた。ブロッコリーを写生してみた。ブロッコリーはキャベツの変種で和名はミドリハナヤサイ(緑花椰菜)。数える単位は「株」。食用とするのは蕾の状態の花序と茎で、収穫せずに栽培を続けると巨大になった花序に多数の黄色やクリーム色の花をつける。
茹でたときの目が覚めるような「緑」、保存期間が長くなると茶色くなる。しかし、それは花の色で、花を咲かせようとしているのだ。そんなことを思い出しながらスケッチをする。
不思議な野菜だ。小さな小さな花の蕾と茎が寄り集まって一つの株を作り、それが幾重にも重なりあって、こんもりした独特の形が生まれている。畑で見れば、ちゃんとキャベツのような大きな葉がその塊を包んでいる。いったいいくつの花で球を作っているのだろうか。数えられない。
この重なり合ういくつもの球を組み立てればブロッコリーになる。そこで
1) 色画用紙を何色も小さくカットし、好きな色を選んで、そこにブロッコリーの塊を描いてもらうことにした。
(ブリッコリーの実物を見せ、塊ごとにカットしてそれらが茎にすべて繋がっていることを見せると、誰もが「初めてブロッコリーの仕組みが分かった」と目を輝かせてくださる。=これで製作は半分完成したようなものだ。)ブロッコリーに彩を見つけるのは難しくとも、好きな色の紙にブロッコリを描いてもらうことで、ブロッコリーとの会話が始まりだす。
2)サンドペーパーの小片にも、色画用紙の小片と同じくブロッコリーの塊を描いてもらう(蕾の粒粒感が良くでる)
3)それらを鋏で(手で千切っても良い)塊の形に切る。
4)下絵に軸を描いておき、そこへ切ったブロッコリーの塊を積んでいく。
5)軸に色を塗り完成させる。
(小片に描くとき、オイルパステルを重ねたり粒粒を描いたり、手でこすったり、いろいろやってみてオイルパステルの混ざりを楽しんでもらい、色遊びに興じていただく)
7)緑色のブロッコリーだけでなく、いろんな彩のブロッコリが出現した。
みんな大笑い。この大笑いが私の嬉しいとき。脳いきいきアートを実践して良かったと、私が幸せに感じる時だ。
|
ブロッコリーを見るたびに、大きな木を想います。
そして、気がついたら、その木に登る攻略法を考えている自分がいたりします。子ども時代から沁みついた、本能のような気持ちを呼び覚ます、不思議な野菜です。
2011/2/11(金) 午前 10:45 [ ほくと ]
(o´ノωノ`o)こんにち…ヽ(o´・∀・`o)ノわぁ♪
ブロッコリー今はお野菜高いですので冷凍に、、σ(^_^;)アセアセ
素敵なアートです。。。
今日は神奈川雪に、、、寒いですー(((=_=)))ブルブル
息子は休みなしで部活に行きました。
子供は風の子って言いましたが風邪引きさんが今は多いですね、、
今日はゆっくりされてますか〜〜〜
2011/2/11(金) 午前 10:59 [ - ]
わたしの高校の美術の教師は、とにかく隙間なく塗りつぶせば、良い点をくれました。鼻歌気分で楽しかったですよ^^、意外な傑作もうまれますし。
2011/2/11(金) 午後 6:46
ほくと様、有難うございます。そうなんですよ。ブロッコリの一番小さな株は小人のブロッコリ、そして大きなブロッコリに紛れ込んだ小さな虫にはジャングル、「私も入り込んだら迷うよね」と。そしてみなさん大きな木の攻略法を考えられるのですよ。その楽しいこと。みんな子供時代の「少年。少女」がうごめき出すようです。これも臨床美術の魔法?です。
子房にしたブロッコリーもサバンナや森を思い、食べると美味しいようです。不思議ですね。
2011/2/11(金) 午後 10:17
ひなちゃん、有難うございます。モデルに使い、残ったたくさんのブロッコリーを何日も食べています。そうですね、冷凍という方法もありますね。私はブロッコリーの茎が好きです。買うとき茎の太いのを選びます。捨てる人もいますが、茎の皮をむいて、薄切りにして食べると美味しいです。皮はキンピラになりますし。優れものの野菜ですね。
今日は雪がちらつき、ハラハラしながらの勤務でした。風邪以外に、花粉症もぼちぼち出現とか、若者も大変ですね。
ひなちゃんのところはおいしいお弁当があるから、息子さん大丈夫ですね。
2011/2/11(金) 午後 10:25
こうま地蔵さま、有難うございます。意外な傑作が良いですね。
隙間なく埋めるのも、隙間だらけの(余白、空間)も味のあるアートになったり楽しいですね。楽しいことをしていると、鼻歌も出てきます。どの科目も鼻歌でいけると良いのですが。
2011/2/11(金) 午後 10:30
脳いきいきふれあいアートにブロッコリー・・花と茎の密集ですが・・まるでおとぎの国の木のように面白い形です・・緑を中心にしていろいろな色が混ざり合い実に楽しい素材ですね・・茎の面白さもクレヨンと油絵の具ではじかせながら描いてみたいですね・・・ちぎり絵や切り画などでも本当に楽しいだろうと思います
2011/2/13(日) 午後 4:36
吉野の宮司様、有難うございます。ブロッコリー、寒い夜はクリームシチューに入れても美味しいです。描いて楽しい、食べて楽しい、見え麗しきブロッコリーです。いろんな素材を楽しんでいます。
クレヨンと油絵の具の組み合わせ、(はじかせる)のも面白そうですね。私も試して見ます。面白そうです。いろんなことをやってみるのは楽しいです。
2011/2/13(日) 午後 7:08
脳生き生きふれあいアートの臨床美術士としてブロッコリーをスケッチされました。その美術感をそのまま脳の活性化指導に充てられました。ご苦労も一入ながら、工夫の柔軟さに驚きました。臨床美術の指導は、美的感覚、受講者への愛情、授業熱意など普通人間には不足がちな才能を心を込めて発揮されるのですね。素晴らしいことです。
自分の過去を振り帰って、反省することしきりです。熱意と指導内容には頑張りましたが、今から思えば愛情と工夫が足りなかったですね。
さて、課題のブロッコリーを描く:ブロッコリーを理解する、形と色を心象の対象としてとらえる、美術として評価する、脳活性化の効果を狙う・・脳軟化を始めた自分にはやはり難題です。ご免
2011/2/14(月) 午後 6:59
tueda67さま、有り難うございます。tueda67さまが、系統だって言ってくださるので、私の中にもよりはっきり、方向性が見出され嬉しいです。私は未熟の塊みたいです。でもこのアートに接する機会が得られ、感謝しています。1にも2にも、私を育ててくれるように思います。実際これを教室でしたとき、私はたくさんの色とりどりのブロッコリーの赤ちゃん塊を上から構成して貼ることを伝えたのですが、「先生、下から貼ってはいけないのですか」と言われ、「あ!」と思いました。植物は下から上へ伸びて行くのでしたね。下から積み重ねるほうが、ブロッコリーの躍動感がより増しました。(こういう教えられてばかりの私です)人を教えるというより、たくさんの人と接する機会が与えられることはとても幸せなことだと思っています。
2011/2/15(火) 午前 10:23
長くなりますが、生徒さんにビック症の方もおられます。いつも普通?使わないような色を使かって下さいます。が、完成した作品は斬新で目を見張るアートになっています。そして私の言っていることは理解してくださっているようで、有るか無しかの笑みを(なかなか顔の表情はないのですが)浮かべてくださいます。そのときの嬉しいこと。有難いです。
2011/2/15(火) 午前 10:25
が、一転して、いつも教室が終わってからオカリナ伴奏で、季節の歌を歌たってもらったりしているのですが、その方は「みかんの花が咲いている」が大好きなので、それを吹こうとしたら「そんな歌やめとき」とか「一人の人にサービスするのはえこひいき」とか「あんな自分本位の人には腹が立つ」とかの意見も出ます。健常者には病気のことが理解できず、手のかかる自分本位の人と映るようです。臨床美術の現場を通して、認知症の人も、高齢者も、熟年も、みんな同じように楽しめ、お互いが理解し合えるようにと頑張ってみたいです。有るか無しかの笑顔に、人間の尊さを感じるのです。
脳軟化?いえいや、それはないと思います。ただ病気で誰が病気になるかわかりません。でもそんなとき、同じようにお互いを認めあっていけたら、それが脳いきいきアートと思っています。
2011/2/15(火) 午前 10:25
ブロッコリーの森って、脳そのものにも見えるよね
そんな私もボケ気味?
集団を束ね、指導してく困難にも、いつも純真に挑んでらっしゃり、ボケ頭が下がります
もちろん、
2011/2/15(火) 午後 3:53
海月さま、有難うございます。そういわれれば脳の模型にに似ていますね。ブロッコリーのヒトフサヒトフサも脳みたいにそれぞれ働いているのかな?
今日は部屋の窓を開けて初春の風を入れています。「北窓開けるころ」です。これから海月山も活気あふれますね。それらと一緒に生活できる海月さんにボケはないと思います。
木々や花や、風を束ねて悪戦苦闘?、人でも何でも、挑ませて貰えるものがあるのは、苦労もあるでしょうが幸せですね。
2011/2/16(水) 午後 0:34
内緒様、有り難うございます。丁寧に読んでくださったのですね。嬉しいです。少しだけ恩返しが出来たかな・・・
こちらこそ、これからもよろしくお願いいたします。
2011/2/18(金) 午前 11:01