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以前の投稿 http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/49891275.html
に使った挿絵です。あのときの椎茸の夢は今は宝物になりました。
自然の中の宝物と収穫
秋日和が続く。夏の俊敏さを無くしてはいるものの貪欲な蚊が襲ってくる。紫蘇の実採りの腕まくりした腕に容赦なく止まる。それが嫌で庭に降り立たないようにしているのだが、別の楽しみのために蚊に負けてはおられない。
私も貪欲である。捨て去られるものが大好きだ。実成りを終えた唐辛子の葉をむしり、甘辛く醤油で煮しめる。さつま芋のツルを集める。煮ても炒めても美味しい。土に落ち腐るヤマイモの実(ムカゴ)も落としてなるものかとエプロンを広げる。さつま芋や山芋はツルやムカゴを採るために植えているようなものだ。サトイモの芋茎も大好きだ。知人がこういうものを好んで食べる私を揶揄して「人の捨てるものばかり食べてお金が溜まるやろ」と言う。生憎お金は溜まらないが、好きなものを自分の手で収穫し料理できる幸せはお金に変えがたい。
例年に比べ暖かいせいか、蚊も多いが捨てるものも大収穫だ。天高く馬肥ゆる秋の実践だが、これらは本来捨て去るものかいくら食しても肥ゆることはなく、なおさらに良い。
芋のツルをたぐって茂みに入って行く。木の根元に椎茸の原木が無造作に置かれている。なにか大きな白いものが目に入った。昨年桜の木を伐採したときにモッタイナイと、シイタケを植える団栗の木と一緒に「ヒラタケやシメジ」の菌を夫が植えていた。しかし、キノコ類は植菌して一、二年は経ないと出ないし気温がぐんと下がらないと生えてこないはずだ。果たしてこれはなんだろう?。
鼻を近づけて嗅いでみると清らかなシメジの香りがした。店頭に並ぶキノコ類は僅かな香りしかないが、キノコ類は本来香りの強いものだ。マツタケがそうだ。シイタケも家で採れたものは匂いがキツイ。どれも人を惑わせそれでいて清らかな匂いがする。人を誘惑する匂いである。誘惑されて毒を食らうキノコもある。
戸惑ったが思い切ってその白いものを摘み採った。緊張して大きな息を吐き出す。そして、ふと横をみると大きなシイタケが出来ていた。キノコ類はもっと寒くならないと出ないとばかり思って油断をしていたら、びっくりするほど大きくなっていた。大きくなりすぎると味が落ちる。それに冷蔵庫には買い置きのシメジ、マイタケ、エリンギ、エノキ、シイタケ(キノコ類も大好きなのだ)が詰まっている。大きく朽ちかけたシイタケは煮出して、出汁にすることにし、他は干しシイタケにした。
問題は白いキノコだ。夫が帰宅しこれが何か問うまで、この香りには待っておられない。手で裂くと気持ちよく裂ける。裂くたびに鼻腔をくすぐる香りに誘惑される。
思い切ってバター炒めにした。香りよく、歯ざわり良く、味も良く、もし後でお腹が痛くなっても許されるような、うっとりした気分になる。これがキノコの誘惑だろう。
誘惑され食してからでは遅いのだが、白いキノコを調べてみた。シメジの一種でヒラタケのようだ。ヒラタケは今昔物語集では役人の強欲さを示す材料になり、平家物語では木曾義仲の野卑さを示す場面に使われたりしている。不浄説法した僧侶の変身した姿がヒラタケになった伝説もあった。 古くから日本では親しまれている食材のようだ。修行僧の間ではマツタケよりも珍重されたものらしい。手のひらの形に似ているところから名前がつけられ、免疫能増強、抗ガン、鉄吸収促進、動脈硬化、生活習慣病を予防。整腸、循環器疾患抑制、老廃物を排出、と良いこと尽くめのキノコだ。
我が家に捨てるものの宝以外に、新たに宝物が加わった気分がする。なるほど、
ヒラタケは私の手のヒラに宝物を包み込んでくれる。自然を包み込んでくれたようだ。
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エッセイ(秋)
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