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明石城公園で、菊花展が見られました。豪華な大菊、みごとな懸崖菊、どれもこれも目を見張るような素晴らしさでした。どれもこれも慈しみ育てられたのですね。
そんな中、私は野菊が好きです。友達と野を駆け、摘んだ野菊が大好きです。
同級生でお鮨を食べに行く案内状をつくりました。
写真を撮るのをすっかり忘れ、帰宅後、記念にいただいたお土産を写しておきました。
イクラはこんなにも綺麗なものだったのか。口に入れる前に、キラキラ輝く宝石のような輝きに見惚れてしまった。透き通る球形に私の顔が丸く映っている。カウンターの向こうにいるT君もT君の女将さんも笑顔で映っている。スーパーで売っているイクラしか知らない私は、出されたイクラの素直な輝きが嬉しくてしかたがない。T君に教えられて、生姜に醤油をつけその醤油を鮨に移して口に入れる。イクラがプチプチと爆ぜ甘く広がっていく。「おししい、おいしい」を何度口にしたか。タイに、ハマチ、タコ、イカ、エビ、アジにサバ・・・どれも美味しくてまた「おいしい」と言ってしまう。その度に女将さんが嬉しそうに微笑んでくれる。
思い出もプチプチと爆ぜて行くのだった。
中学校の同級生三人で、明石で鮨屋を営んでいるT君の店へ行った。明石は魚が美味しいと聞く。新鮮なネタはどれもとろけるようで歯ごたえもあり、それは本当に美味しい鮨だった。が、それにも増してT君と女将さんの人柄そのものがかもし出す上等の鮨だ。「お客さんが、店を続けさせてくれた」と謙虚に言うT君の言葉が、より美味しく頷ける。
T君の力なのだろうが、一目でお客さんに愛されている店だと暖簾を潜った時から分かる。店の隅々からそれは立ち昇っている。わずか九席の小さな鮨屋さんだ。「T君よく頑張ったね」「美味しいね」と、嬉しくてまた鮨をほおばる。T君が鮨ネタの説明をしてくれる。とっておきの鮨を食べさせてくれているのだ。女将さんの笑顔と共に喉がとろけていく。
六月に中学校の同窓会があった。学年五十人足らずの小さな寒村の中学校である。私は行方不明者、姉と勘違いで死亡?ともなっていた。それに思い出したくもない村だった。ところが年を重ねると懐かしくなってくる。私が綴る駄文を、いつも輝かせてくれるのが田舎の自然であり、同級生との思い出であった。
「借りてきた猫」(私は余所者と言われていた)のようにおとなしく緊張して同窓会の席についていた。http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/51800246.html
隣の席がN君、向かいがT君。私は名簿を見て始めてT君が鮨屋をしているのを知った。N君は奥さんと一緒に行ったことがあると言う。私も行ってみたいと思った。「来てや、僕の生きているうちに来てや」とT君が言う。笑いが起こった。
魚が美味しくなる頃に行くことにし、行きたいと言いだしっぺの私が案内状を出すことになった。借りてきた猫のような私が、いきなり案内状を出して同行してくれる人があるか心配だったが、同行できない人は丁寧な断わりや近況を知らせる便りをくれた。懐かしい同級生の風が運ばれた。
そうして、T君の鮨屋「明石政旨鮨」へN君とKさんと私の三人で行くことになったのだ。KさんはT君の女将さんとも親交があるらしい。同級生同士みんな何らかの形で親交は続いているのだ。私だけがそっぽをむいていたのかもしれない。同窓会に参加しなければ、どこかで会っていても分からずに通り過ぎていただろう。同級生の鮨屋も知らなかっただろう。が、逢えば半世紀前の顔がある。かけがいのない友達の顔がある。
Kさんが言う「木村さん、お父さんそっくりになってきたね」と・・・・。
「はて? Kさん、私の父を知っているの? はて私が父に似てきた? 」
そうだ! 父は村の子供達を集めて幻燈会や、お話会もしてくれていた。村の子供達はみんな父を知ってくれていたのだ。懐かしいものが込み上げてくる。
嫌いだと思っていた村、父と思想的に合わず追われた村、と思っていた。が、父を知ってくれている人たちがいたのだ。父の話を共有出来る人のいることがどんなにか嬉しかった。
新鮮な鮨の醍醐味はもちろんだが、それだけではない。優しい笑顔があふれ、優しい思い出が流れ、汚れ傷ついていた布が、本当は優しく光る布だった。そんな思いがした。
まさかあれから五十数年後、あの村の中学校の同窓生と、同窓生が営むお店で鮨をほお張っているなど父は思いもしなかっただろう。私以上に、幸せな笑顔で鮨を食べているのを父が喜んでいるのではないだろうか、
「和子、良かったなぁ〜」父のそんな声がした。
あまりの美味しさ楽しさにカメラを持って行きながら、写すのを忘れていた。でもあの味、あの優しい空気の余韻が何時までも私を包んでくれる。帰りにはお土産に松前鮨とたくさんの切り身の西京漬けを持たしてくれ、T君は明石駅まで送ってくれた。
松前鮨は食べごろに合わせてわざわざ作っておいてくれたらしい。西京漬けも優しさが滲み出てくる手作りだ。
有難う。私の同窓生。そして思い出。余韻が栄養となって私をこれからも育ててくれるだろう。「時」はたくましく進む。素晴らしい土台の上に時が流れ人生となる。私は良い人生、時を歩ませてもらったのだ。
* 政旨鮨は選び抜かれたすしダネと磨き込んだ40年の技によって生まれた酢めしとのバランスが絶妙でした。お客さんが応援している店だと直ぐに分かりました。T君は「生きているうちに来てや」と笑っていましたが、そのわけも分かりました。T君は大病もしていたのです、それを奥さんの女将さんが支えた。そんなことも知りました。そしてもうすぐ立ち退きで店を離れるそうです。鮨屋さんは敷居が高く暖簾をくぐったことはわずか。それに鮨屋のおやじさんて、なんだか澄ましていると思っていました。
T君のお店は違いました。また行きたいなぁ〜と思う店でした。
T君長生きしてや。また行くから。 |
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