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昭和五十四年一月、太安万侶の墓が発見された。四十一文字から成る銘文に「太朝臣安萬侶」の名のほか、居住地や位階、死亡年月日なども記されていた。
光仁天皇陵のすぐ近くにあるその場所は、二十一世紀の今、水田と茶畑が広がるばかりである。しかしそこに、いにしえびとの往来を、いにしえびとの命を思い描けば、同じ大和人、日本人であることに私は大きな誇りを感じるのだった。
十月の半ば、歴史の証人が眠っているその茶畑を歩いた。「立冬」も近く、茶畑に霜の朝を迎えるのも、すぐそこまできていたが、息を切らし急坂を登りきると額に汗した。そして汗の滴を落とすかのように、凛々と輝く白さで咲いている、お茶の花を見つけた。下を向き静かに咲いていた。
私は茶の花の無数の黄色い花糸(おしべ)に惹かれた。花糸の数は二百数十本はあろうか。大きな塊りとなり圧倒するばかりのボリュウームで語りかけてくる。
花糸の塊が、長い歴史の息使い、歴史の中に健気に生きていた民の集まり、見えることのない神の一つ一つに見えてきた。そして聞こえてきた。言霊の歌が・・・。 上代歌謡であった。
「臣安萬呂言す。それ、混元既に凝りて、気象未だ效れず。名も無く爲も無し。誰かその形を知らむ。然れども、乾坤初めて分かれて、参神造化の首となり、陰陽ここに開けて、二靈郡品の祖となりき。」(しんやすまろまをす。それ、こんげんすでにこりて、きしょういまだあらはれず。名もなくわざもなし。たれかそのかたちをしらむ。しかれども、けんこんはじめてわかれて、さんしんぞうかのはじめとなり、いんようここにあけて、にれいぐんぴんのおやとなりき。)
「元明天皇の臣下である安万侶がここに奏上いたします。遠い昔、すべてのものの形が定かではなかった宇宙の初めのこと。ある時、天と地が二つに分かれ三柱の神様が出現されました。次いで陰と陽が別になり、男女の二神が現れて万物の生みの親となられたのです」
朗々と歌い上げる格調高い声が茶の花を震わせていく。なんと美しい言霊の語りであろう。私も静かに諳んじてみる。茶畑の緑の風はさわやかに抜けていった。 古事記は「こじき」あるいは「ふることぶみ」と読む。日本民族の古い伝承と歴史の書物です。神も人もいきいきと天地を駆け巡り、心のままに笑い、泣き、怒り、戦い、そして殺し合い、愛し合う。それは現在の私たちと同じなのです。
ここには、人々が大切にしてきた民族の素朴な心や智恵、生命の歴史が込められているのです。先人の言い伝えや、心、知恵の教えを忘れた民族は、滅ぶと言われます。これからもっともっとグローバル化な世界になっていくでしょう。そんなとき自分の国の神話や歴史を何も知らないことは、とても恥ずかしいことだと私は思います。
私は千三百年前にタイムトリップしました。茶の花の中に入りました。
そこには稗田阿礼と仰るそれは見目麗しく聡明な若人が、周りの木々もが静かに聞きほれるような美しい声で、この国の原点を諳んじておりました。太安万侶さまがそれを墨色鮮やかに書き記しておられます。
のぞきこんだ私は「いのち」にふれることに遭遇した思いでした。いのちは海から生まれたとのことです。
そして、その書き留められた行間から、辺りに生々とした気配が動き始めてきたのです。
日本の原典〜古事記物語〜
上巻 第1話 _国生み_ 天地はじめてひらく
この世界のはじまり、宇宙は、天も地も無く、時間も空間もなく、有るのか無いのかわからない、混ざりあっているのか混ざっていないのか、もやもやとした状態で広がっていました。
そんな混沌としたなかに 「た・か・あ・ま・は・ら(高天原)」と言う声が響きました。
すると、光の粒が現れました。高天原の神々の最高神である天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)と、高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)神産巣日神(カミムスヒノカミ)の神様でした。この神様たちは宇宙の心そのものであり、万物を生み出す心であらゆるところに満ち溢れておられ、性別もなく配偶神を持たない独り神さまで、その姿、形はとらえることはできませんでした。 が、地はまだ人間が住む土地として固まらず、若く、水に浮かんでいる脂のようで、海月(くらげ)のようにフワフワ、ユラユラと漂っていました。 その中へ美しい若芽がでてきました。葦が芽を吹くような生命のきざしでした。それが宇摩志阿斯訶備比古遅神(ウマシアシカビヒコジノカミ)で命の素になられました。そして天も地も永遠であるようにと、天之常立神(アメノトコタチノカミ)も現れました。この神様たちも性別のない独り者(単独神)でやはりお姿は見えませんでした。
稗田阿礼さまがそれは芳しい木の葉を震わす、風のような声で私の耳元へささやかれました。「この五柱の神々は、天つ神の中でも特別の神として別天津神(コトアマツカミ)と言います。大宇宙は、こうして男でも女でもなく、このお姿の見えない神様たちによって、見えるものより見えないもので、この世界を動かし、統一されたのです」。
次に国土が永遠に固まるように、揺らがらないように、祈る心から國之常立神(クニノトコタチノカミ)が生まれ、どっしりと大地が完成しました。広い広い果てのない宇宙空間が出来たのです。天と大地の間には豊雲野神(トヨクモノカミ)のフワフワとした星雲も生まれました。この二柱の神さまも単独神でお姿を見せられませんでした。
こうして天地の間に、宇宙のエネルギーが次第にかたまり、生命が湧き上がり、くらげのようにフワフワ漂っていた混沌の間からは、泥土と砂が出来ていきました。そして泥の神は、宇比地邇神(ウヒヂコノカミ)、砂の神は妹の妹須比智邇(イモスヒヂコノカミ)で、神々に男女の性別あらわれました。二柱は次々に、泥土から「いのち」をみずみずしく芽生え始められました。また 角杙神(ツノグヒカミ)と妹の妹活杙神(イモイクグヒカミ)も生まれ、世のすべてが豊穣になるように、また、芽生えた泥や土が散らばらないように、杙をお生みになり柵を作られたました。
「神様の名前は難しいですが、それぞれに意味があるのです。「杙」は地中に打ち込んで支柱や目印にする棒のことですね。神様はそれぞれに言霊をもってお生まれに成っていたのです」 次にいろんなものを生み殖やし、地が満ちるように清新な男根と女陰を象徴する意富斗能地神(オホトノヂノカミ)、妹大斗乃辨神(イモオホトノベノカミ)が現れ、門や戸を生んで星と星の境界を管理出来るようにされました。そして、於母陀流神(オモダルノカミ)も、生命の誕生に驚き、畏敬の念を持たれた妹の妹阿夜訶志古泥(イモアヤカシコネノカミ)も現れ、あらゆるものに命を吹き込み、姿を整え、陰と陽、男根、女根をつかさどり、生産と豊穣をつかさどられていくのです。
そして、結婚を誘う男の、神伊邪那岐神(イザナキノカミ)、妹伊邪那美神(イザナミノカミ)の女神が現れるのです。
「こうして重要なお役目を果たされた十七柱の神々がお現れになって、天地がひらいたのです。それは、百五十億年という気の遠くなるような年月がたどり着いた宇宙の始まりでした。」
「そしていよいよ日本の国生みが、日本人のご先祖となられる神伊邪那岐神、妹伊邪那美神の二柱によって始まります。」 一気にここまで、私は太安万侶さまのお書きになったたものを読み、稗田阿礼さまの鈴のようなお声にうっとりし、そして流れ来る茶畑の香りに、悠久の世界を歩くことになるのです。
<参考文献> 岩波書店:日本思想体系古事記。 小学館 日本古典文学全集〈1〉古事記・上代歌謡。 *この「古事記物語」はあくまで私が子供時代にワクワクと、心おどり読んだ、聞かせてもらった、あの心が基本になっております。本当の古事記を知りたいという方は専門書をお読みになり、ご自分での古事記を見つけて下さい。
国生みを知らずして日本人は何処へ行くのでしょう。そんなことを思います。これから、この日本で育っていく孫たちに聞かせてやりたいと思う「古事記物語」です。史実の間違い、また見解の相違のあることはお許しくださいますように。
これは後に和綴じ本に作成し
孫へプレゼントする楽しみと、実際に古事記のなかの地へ、旅する楽しみができました。雪が溶けると旅にでましょう。「やまとまほろば」に多く出会える楽しみを。 |
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