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ツルマンリョウと杉朽葉
♪ ツルマンリョウの自生
「大波・・・」「小波・・・」二人して縄の両端を持つ。小柄な私は爪先立って相手に合わせるように背伸びをし、腕一杯に力をいれて回す。
縄がつくる円弧の波を次々と越えて行く。もう何時間やっているのだろう。私は上手に跳べず縄を回す役ばかりだ。手が疲れてくるし、背伸びは疲れる。もうベソをかきたくなる。
「もうやめた。私、帰る!!」でも、それを言えば友達を失いそうなので真っ赤になって縄を回し続ける。
住まいの神社と小学校の校庭は隣接している。子供たちはいつまでも放課後を校庭で過ごす。夕焼けが縄跳びをしている私たちのシルエットを映し始めた。
「和子〜、和子〜」
高い石垣の上にある神社の境内から祖母が手招きをしている。その隣に、一つの影があった。
珍しい。「帰る!」。解放されたように、私は大きく縄を放り出して言う。
「あの人だれや。見かけん人やなあ」小さな田舎村だ、どこの誰かは子供にもすぐ分かる。みんなは物珍しさで私より速く一斉に祖母をめざして石段を駆け上った。一番後ろから私も駆けてゆく。
一人の青年が立っていた。青年は突然に子供達に囲まれて戸惑っているようだ。祖母が、「このお方が『ツルマンリョウ』を見たいんやて。和子なら知ってるやろ」。「ツルマンリョウてなんや!」子供達がわいわい騒ぎ出した。
青年は、頭に手をやりながら「降りた駅の案内板に、<天然記念物ツルマンリョウの自生地>と書いてあったので、どんな物かと思って・・・」。申し訳なさそうに、ぼそっと言った。
「知ってるよ!」。
私は、はにかみながらも上気した赤い頬で大きく言った。
「田舎で何も観光がない。寂しいから駅に<ツルマンリョウ>の案内でも出してもらうか」と、つい最近に宮司の父が奔走していたのを知っていた。ヤブコウジを蔓にしたような目立たない植物で、境内の続きにある御神山に自生しており父につれられて二,三回見に行っている。
「これがツルマンリョウ。自生するここが北端で、昭和二十八年に天然記念物に指定されたんや」。「ツルマンリョウ?天然記念物?何や分からんけど、大切なもんやな」。「この上には座ったらあかんな」と思った。私は、友達に苛められたり、悲しいことがあると、山に入り込んでいた。「お母さんがいないんやから、お父さんを怒らせたら庇ってくれる者はおらんやろ。怒らすな」。それがいつもの父の言い癖だ。叱られると、私が一人で山に行っていることを父は知らなかった。そして、山の中の静寂さや風、湧き水を横切る沢ガニ、涙を拭うために座り込んだ位置からしか見えない小さな草花、みんな私の友達だった。
「ついといで。案内したげる。」先頭をきって山に入る。「和ちゃん。足が速いね。」「こいつ、いつも走りっこはベベタコやで」「オマエ!ほんまにツルマンリョウなんて知ってるんか」。疑い深そうに付いてきた友達が言う。「暗らくなったらアカン。見たいんやったら頑張って、はよついといで」。
私は青年の手を引っぱった。「和ちゃんの手は小さいけど温かくて、とても元気やね」「そらそうや。子供は風の子!元気で当たり前や」私は大きく答えた。
ツルマンリョウの前で、ハアハア息を切らして追いついた仲間たちが「なんや、どうちゅうもんやないやんか」。
「なに言うてんの、これは天然記念物やで!」 私はむきになって
「目立たん綺麗でもなんでもないもんやけど、ここが生えてる一番北なんや」。
「ただの葉っぱやけど、何にでも、しょうむないもんなんかは、ないんや」。
私は山の友達がバカにされたような気持になり、大きな声で言い返す。父に教えてもらった説明を大声で言い返した。
その声が山の中に響いた。
青年は「有難う。ありがとう」と、何回も私の頭を撫でお礼を言って、明りの点りだした街に消えていった。
半年ほどして、神社に大きな小包が届いた。小包みの中には、ヨウカン、アラレ、チヨコレート、キャンデイ、カリントウがいっぱい入っていた。
「この間、ツルマンリョウを案内したげた人が、『和子にって』送ってこられたんや」。これといってお八つのない田舎だ。珍しさに私は目を見張った。
「あの青年。悩み事があって家出をしたはったらしい。なんとなく、ツルマンリョウって『どんなもんかな?』と思って、尋ねて来たらしいわ」
「なんや!。わざわざツルマンリョウを見に来たんと違うの。一生懸命説明したげたのに」。ちよっと私は不満だった。
「けどな、元気がなかったけど、ツルマンリョウを見て元気になって家に帰えらはったんやて」「元気な和子の説明に、頑張ろうと思たんやて」。「ふうーん、それでなんか暗い感じのする兄ちゃんやったんやな」。私はませた口ぶりで言いながら、大きなカリントウを一つ口に入れた。
「でも和子。よく一、二回、見に行っただけで、ツルマンリョウの場所が分かったなあ」
「うん!分かってんねん」私は、大きな大きな口をしてもう一つカリントウをゆっくり口に入れた。
*ツルマンリョウはヤブコウジ科に属し、匐枝(ふくし)が地下を浅く、又は地上をはって分岐し、そこから地上茎が頂生して毎年7月中旬黄白色の花が咲き、翌秋、球状形の赤い果実が紅熟する。
♪ 「運動靴」 木村徳太郎 【馬鈴薯の澱粉】ノートより
駆ける 駆ける とっとと駆ける
運動靴の白い靴
太陽の下 街の鋪道(みち)
靴は蒸(む)せって 駆けてゐる。
駆ける 駆ける とっとと駆ける
ぢりぢりと目の眩む鋪道
靴は埃を かまはずに
トラックやバスを 追っかける。
駆ける 駆ける とっとと駆ける
暑さに咽喉(のど)が 燒けつくが
水散車(みずまきぐるま)に 目もくれず
靴はぴよぴよんと よけて行く。
駆ける 駆ける とっとと駆ける
ズックの靴の 夏の靴
靴は體(からだ)を 鍛えてる
夏にも負けず 鍛えてる。
2006.06.28
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