来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

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野菊のような日

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明石城公園で、菊花展が見られました。豪華な大菊、みごとな懸崖菊、どれもこれも目を見張るような素晴らしさでした。どれもこれも慈しみ育てられたのですね。
そんな中、私は野菊が好きです。友達と野を駆け、摘んだ野菊が大好きです。
 
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同級生でお鮨を食べに行く案内状をつくりました。
 
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写真を撮るのをすっかり忘れ、帰宅後、記念にいただいたお土産を写しておきました。
 
 
  野菊ような日 
 
イクラはこんなにも綺麗なものだったのか。口に入れる前に、キラキラ輝く宝石のような輝きに見惚れてしまった。透き通る球形に私の顔が丸く映っている。カウンターの向こうにいるT君もT君の女将さんも笑顔で映っている。スーパーで売っているイクラしか知らない私は、出されたイクラの素直な輝きが嬉しくてしかたがない。T君に教えられて、生姜に醤油をつけその醤油を鮨に移して口に入れる。イクラがプチプチと爆ぜ甘く広がっていく。「おししい、おいしい」を何度口にしたか。タイに、ハマチ、タコ、イカ、エビ、アジにサバ・・・どれも美味しくてまた「おいしい」と言ってしまう。その度に女将さんが嬉しそうに微笑んでくれる。
思い出もプチプチと爆ぜて行くのだった。
中学校の同級生三人で、明石で鮨屋を営んでいるT君の店へ行った。明石は魚が美味しいと聞く。新鮮なネタはどれもとろけるようで歯ごたえもあり、それは本当に美味しい鮨だった。が、それにも増してT君と女将さんの人柄そのものがかもし出す上等の鮨だ。「お客さんが、店を続けさせてくれた」と謙虚に言うT君の言葉が、より美味しく頷ける。
T君の力なのだろうが、一目でお客さんに愛されている店だと暖簾を潜った時から分かる。店の隅々からそれは立ち昇っている。わずか九席の小さな鮨屋さんだ。「T君よく頑張ったね」「美味しいね」と、嬉しくてまた鮨をほおばる。T君が鮨ネタの説明をしてくれる。とっておきの鮨を食べさせてくれているのだ。女将さんの笑顔と共に喉がとろけていく。
 
六月に中学校の同窓会があった。学年五十人足らずの小さな寒村の中学校である。私は行方不明者、姉と勘違いで死亡?ともなっていた。それに思い出したくもない村だった。ところが年を重ねると懐かしくなってくる。私が綴る駄文を、いつも輝かせてくれるのが田舎の自然であり、同級生との思い出であった。
 
「借りてきた猫」(私は余所者と言われていた)のようにおとなしく緊張して同窓会の席についていた。http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/51800246.html
隣の席がN君、向かいがT君。私は名簿を見て始めてT君が鮨屋をしているのを知った。N君は奥さんと一緒に行ったことがあると言う。私も行ってみたいと思った。「来てや、僕の生きているうちに来てや」とT君が言う。笑いが起こった。
魚が美味しくなる頃に行くことにし、行きたいと言いだしっぺの私が案内状を出すことになった。借りてきた猫のような私が、いきなり案内状を出して同行してくれる人があるか心配だったが、同行できない人は丁寧な断わりや近況を知らせる便りをくれた。懐かしい同級生の風が運ばれた。
そうして、T君の鮨屋「明石政旨鮨」へN君とKさんと私の三人で行くことになったのだ。KさんはT君の女将さんとも親交があるらしい。同級生同士みんな何らかの形で親交は続いているのだ。私だけがそっぽをむいていたのかもしれない。同窓会に参加しなければ、どこかで会っていても分からずに通り過ぎていただろう。同級生の鮨屋も知らなかっただろう。が、逢えば半世紀前の顔がある。かけがいのない友達の顔がある。
 Kさんが言う「木村さん、お父さんそっくりになってきたね」と・・・・。
「はて? Kさん、私の父を知っているの? はて私が父に似てきた? 」
そうだ! 父は村の子供達を集めて幻燈会や、お話会もしてくれていた。村の子供達はみんな父を知ってくれていたのだ。懐かしいものが込み上げてくる。
嫌いだと思っていた村、父と思想的に合わず追われた村、と思っていた。が、父を知ってくれている人たちがいたのだ。父の話を共有出来る人のいることがどんなにか嬉しかった。
 
新鮮な鮨の醍醐味はもちろんだが、それだけではない。優しい笑顔があふれ、優しい思い出が流れ、汚れ傷ついていた布が、本当は優しく光る布だった。そんな思いがした。
まさかあれから五十数年後、あの村の中学校の同窓生と、同窓生が営むお店で鮨をほお張っているなど父は思いもしなかっただろう。私以上に、幸せな笑顔で鮨を食べているのを父が喜んでいるのではないだろうか、
「和子、良かったなぁ〜」父のそんな声がした。
 
あまりの美味しさ楽しさにカメラを持って行きながら、写すのを忘れていた。でもあの味、あの優しい空気の余韻が何時までも私を包んでくれる。帰りにはお土産に松前鮨とたくさんの切り身の西京漬けを持たしてくれ、T君は明石駅まで送ってくれた。
松前鮨は食べごろに合わせてわざわざ作っておいてくれたらしい。西京漬けも優しさが滲み出てくる手作りだ。
有難う。私の同窓生。そして思い出。余韻が栄養となって私をこれからも育ててくれるだろう。「時」はたくましく進む。素晴らしい土台の上に時が流れ人生となる。私は良い人生、時を歩ませてもらったのだ。
 
* 政旨鮨は選び抜かれたすしダネと磨き込んだ40年の技によって生まれた酢めしとのバランスが絶妙でした。お客さんが応援している店だと直ぐに分かりました。T君は「生きているうちに来てや」と笑っていましたが、そのわけも分かりました。T君は大病もしていたのです、それを奥さんの女将さんが支えた。そんなことも知りました。そしてもうすぐ立ち退きで店を離れるそうです。鮨屋さんは敷居が高く暖簾をくぐったことはわずか。それに鮨屋のおやじさんて、なんだか澄ましていると思っていました。
T君のお店は違いました。また行きたいなぁ〜と思う店でした。
 T君長生きしてや。また行くから。

ふれあいアート

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皆さん思い存分心の中を楽しんでくださいます。
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参加者の方が「脳いきいきふれあいアート」をこんなに的確にコメントしてくださいました。嬉しい!
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講演会があります。お友達と出席してきます。
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参加者を募集してくださるので、予定表を作りました。
 
 
いきいきふれあいアー<47>
必要とする方に・・・・・・
 会員である「京都<臨床美術>をすすめる会」で講演会があります。私の関わっている教室は「臨床美術」という冠を課していません。<脳いきいきふれあいアート>と呼んでいます。
でも「必要とする方に臨床美術を届けたい」「心ふるわすアートの力」、こんなコピーが踊るチラシに嬉しくなりました。私の目指しているものも「必要とする人と共に一緒にアートを楽しみたい。心ふるわせるふれあいを持ちたい。」なのです。あえて「臨床美術」という登録商標を使わずに一緒に前を向いて歩んで行けたら、届けられることが出来たらと思っています。
 
「脳いきいきふれあいアート」に新しく難聴の方が加わって下さいました。彼とはボードに筆記してのコミュニケーションです。手話は少しは出来ますが、やはり書いたほうが伝わりやすいようです。でもそんなコミュニケーション(作品制作手順)を媒介しなくともひたすら集中してもらえるカリキュラムは無いかと模索しました。以前に石の魅力に触れ、「石のペーパーウエイ」をしたことがあります。今回なにも手順を説明しなくとも、ひたすら石に自分の思い(具象物は描かない。自分の思う色を心を塗り重ねる)を石にぶっけることをしました。子供は石を拾うとそこからいろんな具象を創造し、見事に表現してくれます。が、
私達は手を汚し、顔にまで絵の具をつけて、ひたすら色遊びをしました。
そしてアートに進みました
 
  石は宇宙
1)     好きな石を選ぶ(琵琶湖や田んぼや比良山で小石を拾ってきて用意しました)
1個でなく、数個選んでも良い
2)     選んだ石に艶出しの即効性アクリル画材を塗る
3)     その上に自由に色を塗り、抽象模様を描いていく。失敗と思えばまた油絵のように塗り重ね自分の思いを重ねていく
4)     彩色した心の塊の石に、合うと思う色画用紙を選んでもらう
5)     選んだ色画用紙を土台に、石を置き、和紙やセロハン、色紙を千切り構成していく。
 渦巻きのような和紙で竜安寺の石庭のようにされる方、セロハンをリボンのようにクルクル巻いて飾られる方、台紙を幾重にも重ねられる方、台紙そのものを部屋のように折って石を鎮座させる方・・・・・。
いつもですが、私の創造感性を超える、思いもかけない造形芸術が現れます。 
思います。
いつもこうしていろんな方の思い、感性に触れられることが出来る私が一番臨床美術を届けてもらっているのかもしれません。
 
参加者の方が施設が出している「おしどりだより」に教室のことを書いて下さいました。私が伝えようとしていることをしっかり届けて下さっているのですね。この出会い、ふれあいに感謝。そしてアートに感謝。
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久しぶりに墨絵で野菊を描きました。菊は豪華絢爛のもの、ワビサビのもの、そして野菊のように静かに優しさを与えるものといろいろ。周りに野菊のような方たちがたくさんいらっしゃたことに最近気が付きました。
 
 
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会場での演奏の成功、否は選曲にもかかるところが大きいと思います。聴いてくださる方々の顔を思い浮かべて選曲しました。
 
 
オカリナを吹こう (27)
 11月はあっという間に過ぎてしまいます。いつも定期的にボランティアでオカリナ演奏に寄せていただいている施設が有料でコンサートをされます。
オカリナ演奏で思うのです。それぞれの歌の解釈、背負ってきた環境などで、出てくる音は違うと思います。楽器にもよるでしょうが、ただ吹けて、綺麗な音色を追求するだけのオカリナではないはず。そんなこともあり、今回はオカリナ二部合奏「赤とんぼ」でなく私の独奏にさせてもらいました。
いい加減な演奏は出来ません。
多々の雑用で過ごしていましたが練習に取り組みました。まずプログラム作成(どんな曲を演奏したか、その曲の心を感じるためにも、プログラムを作成し記録として残すことにしています)です。
いつも寄せていただく時、音楽に造詣深いSさんにいろいろ注意されたり励まされたりして私は育ったような気がします。「あんた、だいぶ上手になったなぁ〜」あの励ましがなければ私はオカリナ演奏をやめていたかもしれません。そのSさんが亡くなられたのです(97歳)いつもどの演奏会にも一番前で身を乗り出したり、つまらなさそうに、でも
懸命に聞いておられたSさんがおられなくなり、始めての演奏会が私の出番と重なったのです。演奏依頼は4ヶ月も前に言われおり、「オカリナ演奏を言われているのだけれど何がいい?」などとお聞きしたのを覚えています。
「千の風にのって」を吹こうかと思いましたが、Sさんを慕っておられた方は多い。涙は止めたい、私自身も吹いていて泣くのは駄目と思います。それでSさんの好きな「ソルベーグの歌」を入れました。彼女は生涯独身でキャリァウーマンでした。どうして「ソルベーグの歌」が好きだったのだろう。今頃になってそんなことが気になりました。
「岸壁の母」はお歌の上手なNさんに歌ってもらい、台詞も入れることにしてオカリナ伴奏をいれ、演奏会に花を添えてもらおうと思いました。
「みかんの花咲く丘」は、Kさんに吹きたいです。Kさんは始めて会ったとき、おしゃれで登山や旅行が大好きな素敵な方でした。スタイルもよくモデルさんのようでした。
その方が「みかんの花咲く丘」がとてもお好きで、これを定期的に行くボランティアでいつもリクエストをしてくださるのでしたが、施設はいろんな方の集まり、「あの人の好みばかり吹いて」とか、クレームが出ることもあり最近吹いていませんでした。でも、あんなに綺麗で聡明だったKさんに若年性アルツハイマー症が三年前から出始めました。
脳内の神経細胞がどんどん壊れ、脳が次第に萎縮していき、知能、身体全体の機能も衰えていきます。会うたびに進行されていますがデイサービス施設の職員さんたちの篤い接し方で日常生活を自宅で送っておられます。この職員さんたちの仕事振りにはいつも感心します。(私も同じ職業、この、人を大事にする行動を学んでいます)そんなこともあり、久しぶりに「みかんの花咲く丘」も入れました。Kさんが思い出してくれたらいいなぁ〜。
 
コンドルは飛んでいく
の代表的な曲。 米国の歌手コンビ、サイモン&ガーファンクルによってカバーされ日本やその他の国々に広く知られるようになる。曲は3部構成となっており1部がヤラビと呼ばれるアンデスの寒く乾いた山を連想させるもの悲しい旋律、2部がフォックス・インカイコまたはパサカージェと呼ばれる行進曲調のリズム、3部がワイノと呼ばれる華やかな舞曲となっている。サイモン&ガーファンクルがカバーしたのは、第1部の部分だけでオペレッタの序曲として発表された。序曲であったため原曲には歌詞はなく美しいメロディを持った序曲だけが民族音楽化して残った。(その後いろんな歌詞がつけられるようになった)私はいつも1部と3部を演奏している。*コンドルは南米の最大の飛鳥で、その優雅に舞う姿はアンデスの雄大な自然と共に神話などにも重要な役割を果たしている。
ソルベーグの歌
ノルウェーを代表する作曲家グリークの組曲『ペール・ギュント』のうちの1曲。
物語は身勝手でほら吹きの放蕩児ペール・ギュントが、世界を放浪したはて、老いさらばえ無一文になって帰郷。盲目になりながらも春が来て夏が来て秋が来て冬が来てを繰り返し彼の帰郷をひたすら待ち続けていた若き日の恋人ソルヴェイグは彼を許して迎え入れ、彼は安らかな永遠の眠りについたという物語です。ペール・ギュントの帰りを待ちわびるソルヴェイグが独唱する「ああ……」の旋律は、オカリナで吹いていても身を裂かれるような思いです。
 
童神
童神は沖縄の民謡ヤマトグチで〜天の子守唄〜 です。
「イラヨー」は沖縄民謡で使われるはやし言葉、「思産子」は「私が産んだ子」の意味、「ゆーいりよーや」は「芯のあるよい人」の意味で、ゆったりとした伸びやかな曲は温かい親の情が、 ほのぼのと伝わってきます。吹いていても体が揺れてきて心地よいです。
君にのせて
スタジオジブリ製作のアニメ映画「天空の城ラピュタ」のエンディングテーマとして作曲久石譲、作詞宮崎駿作られた。、学校の音楽の教科書にも載っている歌でいろんな歌手にも歌われています。
北の国から
北海道・富良野を舞台に、黒板家をめぐる親子愛や登場人物の成長、大自然の中での生活を叙情豊かに描かれたテレビドラマでしたね。大作映画並みの時間と予算をかけて制作され名作として人々の心に残っています。さだまさしさんの主題歌の作曲・スキャットもドラマになくてはならないものだったと思います。あの「あ〜〜あ。あああああ〜〜〜」を吹くとき北海道の雄大な景色とキタキツネや登場人物が瞼に映ります。
四季の歌
作詞作曲は荒木とよひさが手がけた楽曲で、詞は四季それぞれを自然現象などで比喩し、人の性格や身近な人を表現した内容の曲ですね。
春夏は楽曲どおり、秋は一高低音を加え、木の葉が舞う姿に、そして冬はゆっくり力強く吹いています。
家路
ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」の編曲作品です。作詞は野上彰。
*家路とは
わが家へ帰る道。「日暮れて家路を急ぐ」
その家の方へ行く道。「「天の川打ち橋渡せ妹が家路止まず通はむ時待たずとも」万葉集。私はこの歌は「遠き山に日は落ちて」のタイトルでキャンプファイヤなどでよく歌いました。
若き蒙古
素朴な土笛に初めて西洋音階を導入し、イリア語で「カチョウの子ども」の意で呼ば
楽器オカリナを考案したのはイタリア人です。日本におけるこの楽器は彫刻家
であり音楽研究家であった明田川孝氏さんがスタートさせ、オカリーナを「音の出
る玩具」から「美しい音質と正確なピッチを持つ楽器」として育て上げました。
(オカリナ老舗メーカー「アケタオカリーナ」)
その時から数えて、今年は82年になり、昨昨年は孝氏の生誕100周年に当たりま
した。アケタオカリーナを誰よりも近くで長きに渡って支えておられた妻のカズ夫人
私は憧れました。食べる物もなく生きることに必死だった時代、オカリーナと言う楽器
がほとんど知られておらず周囲から怪しげに見られた時代でした。ズ夫人は手
広げすぎると逃げてしまいそうなその温もりを決して絶やさないように、オカリーナ
作りを続けておられます。そのお二人の意志を受け継ぎオカリーナに力を注がれ
のが息子さんの明田川荘之さんです。
「若き蒙古」はチベット民謡で荘之さんが編曲されたものです。この曲を吹くと、私は元気が出てくるのです
岸壁の母
引揚船で帰ってくる息子の帰りを待つ母親のおなじみの歌です。この歌が大好きな、施設に通われるSさんに歌ってもらい、台詞は職員のMさんが、オカリナを私でやってみることに。X JAPAN エックスジャパン)の TOSHIさんもこの歌っておられました。彼はこの歌を「なんとなくビートルズを歌ってるっていう雰囲気だけどね。岸壁の母とはね。」なんておっしゃっていました。面白いですね。こんなところから私もロックに興味も持ちました。
みかんの花さく丘
この歌は静岡がモデルなのですが、私は瀬戸内海のみかん畑を思い出します。初恋の人が瀬戸内海の人でした。みかん畑が広がりお船が通る瀬戸内海の情景を浮かべて吹いています。Kさんもきっと思い出が何かあるのでしょうね。オカリナは吹くだけのものでない。歌も歌うだけのものでない。そんなことを思うようになりました。
 
 
 

夕映え

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夕映え
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赤い葉、黄色の葉、虫食いの葉、栞にしましょう
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青い空に紅葉
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老樹は堂々とした夕映えです
 
夕映えのとき
もみじ便りが聞こえ始めた。散歩道の街路樹も色づき始め、そのあざやかさに足を止める。きらめく紅の葉にTさんが重なる。Iさんも、MさんもKさんも・・・(介護保険のデイサービス利用者さんたちだ。)
施設で運動会があった。椅子に腰掛けての綱引きに顔を真っ赤にし黄色い声が炸裂する。60歳後半から100歳に手が届く人たちの集まりだが、元気さ、明るさに陰りはない。服薬の要管理、体能力が衰えている人、老化による物忘れの進んでいる人、認知症そのものの人たちが集っているのだが、どの人も明るい、底抜けに明るい。夕映えのもみじのように輝いている。夕闇が訪れる頃、人生はもっとも華やいだ光に包まれるのだろうか。
日本の平均寿命は男性78.56 歳、女性85.52 歳(男女差は6.96 歳)健康寿命は男性71.9、女性77.2 歳(男女差は5.3 歳)で、1983 年に世界一の長寿国になり現在もそれを維持している。高齢認定者数(65歳以上)の約380万人の内、半分の200万人近くに認知症状が見られると言う。(65歳以上の約8%に認知症の症状が見られる事になる)
しかし長い人生の旅を続けた人たちはみな輝き夕映えのもみじのように赤々と燃えている人生を四季に例えると、誕生が春、死が冬・・・・・で、自然の四季は、繰り返すが人生の四季は、一度きりと言われる。
その一度きりの四季の輝きを肩意地を張らずに今満喫しているのではないだろうか。
 
私は広い広い農地の中を走り、山に囲まれ、その山頂を流れる雲に想像を乗せ、四季の風を体一杯に受けデイサービスへ通勤している。そして思うのだ。環境が人を(四季が)育てるのではないだろうかと。ボランティアでいろんな施設へ訪問をすることも多いが、田舎はどこも良い。人間らしい。爺ちゃん婆ちゃんの大家族のような施設が多い。都会とは少し違う空気を感じる。
田舎の人は生まれたところと育ったところとお嫁に行ったところが同じと言う人も多い。施設の利用者は、それぞれに子供のころからの知り合も多く、同級生の集まりのようで同窓会をしているようにも見える。いろいろとそれぞれの人生を送り、そしてまた子供時代に戻っているみたいだ。「あの人、学校時代、頭良くて男前やった」と、頬を赤らめ耳打ちする八十代のお婆ちゃん。(初恋の人だったのかな)「あの人学校時代美人で走り早かったのに、あない腰曲がって、どんくさいなぁ〜」(学校時代ライバルだったのかなぁ)(そういうあなたも腰曲がっているよ)過去と現在が混ざり、悪口も憧れも飛び交うのだ。
それがなんとも微笑ましい。私は羨ましい。田舎の人はどの人も素朴で明るい。東北の人もそうだ。自然と共に生きている人は強いし明るい気がする。地域の中で一緒に暮らせた幸福感が高齢になって漂っている。一番の幸せはこれではないかと、都会育ちで個々で生き、根無し草のような私にはなんともまばゆく羨ましく映る。
夕日の光に反映し、物の色が照り輝いている眩ゆさに似、キラキラ満ちている。夕映えだ。
 
Tさんが運動会の応援歌を披露してくれた。松ノ木小唄の替え歌だ。「アルコール小唄」で行きましょう!
/菊正ばかりが酒じゃない/白鹿白鶴みなお酒/だけど私が欲しいのは/今夜のあなたの深情け(ふかな酒)/キリンばかりがビールじゃない/アサヒサッポロみなビール/だけど私が欲しいのは/今夜のあなたの口び〜〜〜る/
私は笑い転げた。なんと上手に作ることか。Tさんは認知症だ。
認知症は脳の病気と言うが、どうしてどうして私なんかより頭脳明晰だ(私も替え歌を作るのが好きだが、こんな上手には作れない)
Tさんは若いころ畑を耕し米をつくり、土木工事の手伝いをし(屋根の上を走っていたとか)家事をし育児をしそれは働き手で働くことが好きだったという。そうしないと生活がなりたたないらしい。(農家の人はみなそうだったらしい)、お酒も好きで、お祭りや一年に一度の地域のバス旅行が楽しみで、そのとき、いろんな替え歌で皆を沸かせたらしい。(それをこっそり歌ってもらい私は赤面したが)田舎の人は何事もおおらかでハレとケの区別があり、ドンちゃん騒ぎもなんだか神様の寄り合いのようなそんな気がした。
長い人生の旅を続けた者だけが豊潤な収穫の季節の喜びを知る。夕方の薄暗い頃、かえって物の色が鮮やかに美しく映えるように、Tさんはいま夕映えのときなのだ
運動会の綱引きを、昔と同じように同級生と力を合わせて引っ張っているのだろう。
フレフレー!頑張れ!
 
 どの高齢者も夕映えの輝きを放って欲しい。そして私自身も美しい夕映を映したいものだ。
 
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嬉しいお便りを頂くことがあります。誰かの心に留めていただけ、私にもさらなる楽しみと喜びを与えてくれます。
 
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今年はスイカ、イチジク、紅葉、アジサイ、桜大樹の5枚セットで季節感を入れました。
昨年のポストカードは http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/50942628.htmlです。
 
いきいきふれあいアー<46>
 今年も「脳いきいきふれあいアート」でおじゃましている「デイサービスの家・ふれあいの家」さん
バザーが開かれる季節になりました。新鮮なお野菜や手作り弁当の即売、音楽祭、朗読会などが行われます。恒例の人気バザーで、近辺の人や噂を聞いて早くから開場を待たれる人の波です。収益金は東北への義援金、姉妹施設として新しく出来たデイサービスへの応援金などに使われます。並ぶ品物も雑用に関わるスタッフもすべてボランティアです。
 みんなで楽しい一日を分け合う日となります。
私も雑用や模擬店のお手伝いに汗を流します。それ以外に「脳いきいきアート」としても参加させていただきました。 
 昨年、「脳いきいきアート」で関わり合いが出来、「私達もなにかお手伝いをしているという充実感が持てれば楽しいね」という声掛けに、教室の皆さんが賛同してくださり、臨床美術で(脳いきいきアート)でやったカリキュラムでポストカードをつくろうということになりました。
それがとても好評で、すぐに完売してしまいました。「あの葉書が今年も出品される?」と楽しみにしておられる方がいることも聞きました。今年は教室参加者に入院されている人、葉書つくりには体力が持続できない人などもあり、葉書つくりができる人数が少ないです。が、「葉書作りをしたい気持ちを持っておられる方」「葉書を購入するのを楽しみに待っていてくださる方」、これが揃っているのです。
 昨年は3枚100円、今年は5枚で150円。80組ほど作りました。エレルギーはいったけれど、とても楽しく力を貸すこと出来ました。楽しくみんなでワイワイと共同すること。縁の下の力持ちになること。誰かの力になれること。そういうことが出来ることに感謝です。
 いつも思います。脳いきいきアートはいろんな楽しみを私に運んできてくれます。
人に何かを与える(右脳活性化)と言うことは、力不足で、エネルギーを使い果たし、クタクタになるときがほとんどですが、関ることの喜びと感謝は大きいです。
 

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