来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

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いきいきふれあいアー<61>
      インクで描くフルーツカップル
 ちよっと違う画材で今月は楽しんでみることにしました
 
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ドローイングインクの水性で、鮮やかな発色で乾くと水に濡れても滲まず、ペンや筆で塗って描くインクがあります。挿絵などに良く使われる顔料です。これを使ってみることにしました。
 カリキュラムには「インクでの透明感のある色彩表現を味わい、二枚描いたものを一つの作品に仕立てる面白さの体験」とありました。前々からやってみたかったカリキュラムなのですが、インクが高くつくのです。十二色で六千円ほどになり、それを参加人数分用意するとなると、財布と相談になり、躊躇していました。
 
良い方法を思いつきました。
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 インクはスポイド式で顔料はインク瓶に入っています。顔料を、人数分、市販の醤油挿し(金魚とか、子豚さんがありますね)に入れることにしました。(こういうことを思いつくことが、カリキュラムと離れてしまうことになり間違っているようにも思うのですが、楽しいことを皆に体験して欲しい、その気持ちが大きいので実行してみました。)
また私なりのカリキュラムに変わってしまうことになりますね。
  インクで描くフルーツカップル
1)筆やペンは使わず、インクの入った金魚の醤油挿しの容器で描く。
2)B4のイラストボードを二分の一の大きさにし、二枚にする。
 
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用意した果物から気に入った物を選び、それぞれの色や特徴や重さ、香り、手触り味を観察して楽しむ(いつものように写生をするのではないことを伝える。絵を描くという気負いを除き、遊び感覚を呼び覚ます)
3)果物を2種類描き一枚の作品に仕立てる。
 
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4)2枚のイラストボードの位置は縦でも横でも良い
5)金魚容器に入っているインクを用紙に直接たらし、インクの混色やにじみの変化を楽しむ。(インクの美しさを楽しみ果物の固有色にとらわれない。)
3)果物の大きさにインクを塗り広げる
4)写生ではなくインクの混色を楽しむ。そこに脳活性が起きると思うので用紙に現れる色や形を楽しむ。(但し混ぜすぎると色彩は黒色になってしまうことを伝える)(色を全部混ぜると黒になる。光は白になる)
5)インクが沢山零れ、出すぎたときはテッシュペーパーでふきとるとまたおもしろい造形と色があらわれる。
6)モデルの果物描ければ(形を写生するのでなく果物の大きさが広がれば良い。そこへ割り箸ペンと墨汁で線描を加える。
7)果物の微妙な形の変化を観察し、描きなおしたり線描がずれても良い。何本も線が重なっても、かすれても良いし、線自身のいろんな表情を楽しむ。
8)同じようにして異なる果物を二枚描ければ製本テープでスタンドに仕立てる。
9)二枚にまたがるようにサインをいれ、一枚の作品にして完成。
 
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完成した作品の鑑賞会をしながらお食事です。
雪のちらつく寒い日、蕪の煮物やスープがとても美味しく、楽しいアート体験が、皆さんを余計にいきいきとした気持ちにしたようです。材料が高くつくときも知恵をしぼれば、こんなに楽しく過ごしていただけるのです。自分の知恵に自分で褒めて、私も幸せな時間をいただきました。やっぱりアートはいいですね。そしてみんなでふれあい楽しむのが良いですね。
雪の日の「脳いきいきふれあいアート」は暖炉を囲んでのアート気分でそれは活気で暖かでした。改めて臨床美術で素晴らしいと思います。なかなか「さぁ〜写生をしましょう」ではこれだけいきいきとした絵はアートは制作できないと思います。下手上手ではない、認知症の人も健常者も同じようにほとばしるその人の創作魂が溢れてくるのですね。嬉しいことです。
 
最近はいろんなアート技法が目に留まります。(どんな講習も受講したくなります。なにか臨床美術で使えないかと思ってしまうのです。
オーラソーマを使ったパステルアートと言うのがありました。
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パステルの使い方も色々あるのですね。是非これも「脳いきいきふれあいアート」で使えるレシピを考えましょう。なんだかアートの広がりがとても楽しくなっています。
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臨床美術のアナログ画に使ったら面白い画法だと思いました。
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雄雄しい菊と健気な野菊。菊の花は気品がありますね。
 
 
 
日本の原典〜古事記物語〜 (10)
八雲立つ出雲
 
前回、須佐之男命は八俣の大蛇の尾から出てきたどんなものでも切れる見事な輝きを持つ、十拳剣を自分のものにしないで「無事に退治できたのも天照大御神の守り、父の伊耶那岐命、母の伊耶那美、そしてたくさんの神々の守りがあったから」と感謝の気持ちと、高天原で随分迷惑をかけたお詫びに天照大御神に献上されたのでしたね。あの暴れん坊でどうしょうもなかった須佐之男命が英雄になり、美しい妻も得ることができたのです。駄目だからと捨ててしまわない。再生と復活。そして感謝の気持ち。これが日本古来の精神でしょうか。古事記はそうしたことも伝えてくれているのです。
 古事記は上中下巻の三巻からなります。上巻(神代の巻)は、宇宙の始まりから日本の始まり、そして古代の人々の生活、習慣、智恵など、普遍的なものまでが描かれ中巻(人世)、下巻(天皇記)と進み、本という国家の成り立ちだけなく、神々から天皇を中心とする、人々の喜怒哀楽が凝縮されている一大物語となります。そしてそこには日本人としてあるべき姿、(大和民族の心)が溢れるように綴られいるのです。1300年も前に記さていたとは素晴らしいとしか言いようがありませんね。   
 
ブログでの「古事記物語」は、稗田阿礼さまが平成の現代によみがえって語りかけて下さる、そのうえで古事記の原文を忠実に現代語訳したものではなく、記述にのっとりながら自由に内容をふくらませ、私なりの思いで表現させてもらっています。
歴史を知るということはその中の一滴になれることです。そしてその一滴はどれだけ日本の史実を正確に知り、日本人として進むべき道標を教えてもらえることではないでしょうか。
 古事記はその思いを呼びおこすものだと思います。物語としてだけでなく、歴史の中に入って一緒に楽しみましょう。
 
  八雲立つ出雲 須佐之男命と櫛名田比売
 
 夫婦になられた須佐之男命と櫛名田比売は新婚生活を送るのに新居探しを始めました。須佐之男命は櫛名田比売の育った風光明媚な出雲が大好きになりまし
た。須佐之男命はこの地に永がく住むことに決め、天津神(あまつかみ)である自分達がこれから地祇(くにつかみ)として住むにふさわしい御殿をこの地に建てようと、土地探がしをされます。草や木にも親和感が湧きます、猛々しいかった須佐之男命の顔には、.なごやかな微笑みが絶えず浮かんでいました。傍らには美しい櫛名田比売がしっかりと寄り添っています。まるで威風堂々とし気品のある大輪の菊に寄り添う可憐な野菊のようでした。太陽も、空気も、水も、土も天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)の生命に溢れていました。天照大御神の慈愛を深く感じとても幸せな新居探しでした。

 急に目の前がひらけ、一段と美しい風景が広がりました。須佐之男命と櫛名田比売は思わず足をとめ、その大自然の神々しく美しい姿に見とれました。
「私は、ここに来て、とても心の中がすがすがしくなった。ここに決めよう」須佐之男命が言われ、櫛名田比売も大きく頷かれました。
雲が立ち上がります。それを見て須佐之男命は歌を詠みました。
 
八雲(やくも)立つ
 
出雲八重垣(いずもやえ.がき)
 
妻籠(つまご)みに
 
八重垣(やえがき)作る
 
その八重垣(やえがき)を
 
(深い谷間からは、霧が立ちのぼり、幾重にもかさなる山脈(やまなみ)は遠くかすみ大きなきな樹木の中に調和して御殿が見え、清い谷川の水は、涼しげにせせらぎ、四季それぞれの美しさと、朝夕の素晴らしいさを眺める、ここでの生活を思ってみただけでも満ち足りた喜びが溢れてくる)
と、宮殿をお建てになりました。
  稗田阿礼さまのお声が聞こえます。このお歌は、五・七・五・七・七という和歌の形をとった一番古い歌です。この時から日本人は、生活や風景の中に、神とともに神の子として生活する感激を歌いながら自分の生活を深めることになったのです。見晴らしの良い土地、そこは大地から目に見えないエネルギーが吹き出している神聖な所です。自然と共に暮らしていた古代の人々は、このような場所を直感で感じることができ、そこを聖地として後々代々大切に守っているのです。その場所が神社や鎮守の杜となって日本の各地にたくさん残っています。パワースポットと言われるものかも知れませんね」

そして足名椎神を(櫛名田比売の親=八俣の大蛇で出てきましたね)「あなたは、私の御殿の長老(おさ)になって下さい」と、お呼びになって、みんなで幸せにお暮らしになりました。
 この宮殿で、須佐之男命と櫛名田比売は次々に子供をお生みになられました。その子供に子供が出来、その子供に子供が出来・・・・・・
そして、そのなかの一人があの大国主神(おおくにぬしのみこと)ですね。須佐之男命の子孫になられます。 
 ここで少し神様の復習をしておきたいと思います。
須佐之男命と櫛名田比売との間に生まれた子どもは八島士奴美神(やしまじぬみのかみ)と言い、出雲の土地神となり子孫も繁栄し、末永く幸せに暮らしました。
それとは別に須佐之男命は他に、おおやまつみの娘「かむおほち姫」とも結婚され「大年の神」「宇迦の御魂の神(うかのみたまの神)」を産んでおられます。
少しややこしくなってきます。須佐之男命と櫛名田比売の子どもの、八島士奴美神は、おおやまつみの娘「このはなちる姫」を妻にして「ふはのもぢくぬすぬの神」を産み、「ふはのもぢくぬすぬの神」が、「ひかは姫」を妻にして「ふかふちのみづやれはなの神」を産み、「ふかふちのみづやれはなの神」が「あめのつどへちねの神」を妻にして「おみづぬの神」を産み、「おみづぬの神」が、「ふてみみの神」を妻にして「あめのふゆきぬの神」を産み、「あめのふゆきぬの神」が「さしくにわか姫」を妻にして『大国主の命』を産みました。
たくさんの神様の名前が出てきます。古事記はこの神様の名前に疲れて、読まない人も多いようです。ほんと疲れるかもしれませんね。
 でも妻以外の女性や従兄弟やと、、これって人間界にもよくあることですね。こうやって脈々と子孫が続いているのだと思うと、面白いです。(疲れる人はこの部分は飛ばして下さい。)

 さあ〜〜いよいよ須佐之男命から数えて六代目『大国主の命』(おおくにぬしのみこと)のお話が始まりますよ。

        この
続きは   またふることに云ふ
 
(追記)須佐之男命は出雲の八重垣神社、紀の国(和歌山)の熊野本宮大社、そして祇園祭で有名な京都の八坂神社にお祀りされて、日本中に疫病が蔓延しないように守って下さっています。

 


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いきいきふれあいアー<60>
収穫に感謝して
 
 11月は沢山の収穫の恵みです。勤労感謝の日があります。昔は「新嘗祭」と言い農作物の恵みに感謝するとても大事な式典でした。「新嘗」とはその年収穫された新しい穀物のことを言い、「瑞穂の国」の、国家の重要な儀式だったのです。それが昭和23年に現在の「勤労感謝の日」に制定されました。外国では一年の終わりが10月31日で、ハロウィンのお祭りがあります。死者の霊が家族を訪ねて精霊や魔女が出てくると信じられ子供たちが仮装し、ここにはカボチャのお化けが出てきます。これも勤労に感謝するお祭りではないでしょうか。カボチャはとても優れものです。煮付けにしても、サラダにしても天ぷらにしてもお菓子にしても美味しいし、冬至にはカボチャを食べる風習もあります。これは糖化に時間がかかり、晩秋以降が食べごろになるのと年末まで日持ちする数少ない野菜だからです。うらなりと言って味は落ちますが遅くに(最後までがんばって)実を付けるうらなりカボチャもあります。どれも有難い生り物です。
 感謝の気持ちをこめて11月の「脳いきいきふれあいアート」はカボチャの量感画にしました。勤労や自然の作物に思いを乗せ、アートを楽しもう。我が家で収穫したカボチャを使うことにしました。私が収穫したカボチャです。いっぱいカボチャと会話して、アートを楽しんでもらいました。
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いろんなカボチャが出来ました。捨てた残飯の種子が芽を出し実ったものもあります。
 
 臨床美術でよく描かれる<量感画>は形にとらわれないで(写生ではありません)中から描いていきます。五感をふる活動させるのです。
カボチャを切って種子や果肉を観察、カボチャを味わいカボチャの質感を感じる。そしてカボチャの話題、思い出を楽しむ。
これは制作に入る前の「導入部分」でとても大事なものです。そして中身(核)を
描いていき、表皮をかぶせ制作します。(目に見えている表皮の中に、しっかりと中身も描かれているのです)が、「どうして中身から描くの」と、どうしても輪郭から描こうとする人もいます。
 「どうしたら中(核)から描く面白さを理解してもらえるだろう」これが私の悩みの一つでもありました。
 
 そして思ったのです。「そうだハロウインのカボチャだ」と。

 ハロウインのカボチャは目鼻をくりぬき魔女の顔にします。描いたカボチャに目鼻をを繰り抜けば、本物のカボチャのように中身が見れるわけではないですが、その行為で自分が描き始めた最初の点(核)を見つけられるのではないかと思ったのです。

 「カボチャの量感画」というカリキュラムがあります。臨床美術は正規のカリキュラムにそって指導することになっています。自分でオリジナルのカリキュラムを考え、制作指導するのはいけないことかもしれません。でもアートに「してはいけない、しても良い」という垣根は無いだろうと思いました。臨床美術の心(アートに下手上手はない。相手を認める。そこからその人の良さを導き出す。そして脳活性化の手助けをする)を大切に守れば、叱られることもないかと独自のオリジナルカリキュラムをすることにしました。
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かぼちゃの量感画
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目鼻をくりぬき、ハロウインで遊んでみました。切り抜いたカボチャをメインに構成しました。
 
 
  カボチャの量感画  ハローウイン 
 
1)カボチャの質感を出すためにサンドペーパーに描きます
2)カボチャの中身に感じる色で1点を打ち、そこからカボチャを広げていきます。中身を育てていくのです。
3)その上に表皮を被せていきます。サンドペーパーでのオイルパステルの重ね具合や伸びを楽しむ。
4)モデルのカボチャを見ながら、描いたものをそのカボチャに手で千切るか鋏で切って、形を表現していく。
5)それを好みの台紙に貼り、かつ他の紙などを組み合わせ構成し作品に仕上げる。
5)台紙に貼る前に描けたカボチャに、目鼻をくり抜き、くり抜いた(カボチャの一部)ものを使い、構成して台紙に貼り作品を仕上げる。
6)サインを入れて出来あがり。
7)作品の合同鑑賞会がとても面白くなりました。

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 脳ふれあいアートを実施している、「ふれあいの家、デイサービスの家<おしどり>」では毎年秋にバザーが行われます。なにかお手伝いが出来る喜びを教室の皆んなにも感じてもらいたくて、今まで制作した臨床美術の画法でポストカードを作り、ボランティアで参加してきましたが、ポストカードは自分で絵を描く人が多いのと、最近は葉書を出す人が少ないこともあり、毎年同じような葉書では飽きられるということを感じました。そこで今年は「オリジナル起き上がりこぼし」を作ることにしました。「転げて笑って」の、あの起き上がりこぼしです。
 
 
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皆で大笑いしながら作りました。たくさんできました。
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沢山積んで達磨落としで遊びます。はねられても「笑って、笑って」笑う門には幸せがあります。
 
 ライオンズクラブでやったとき「毛がないのはおもしろくない」と毛髪を足して下さる方がいて、それは面白かったです。そこでそのアイデァをいただき、「笑っておじさん」に毛を足すことにしました。下準備をしていきました。そしてみんなで沢山作りました。値段は1個100円です。大きくしたので重ねてダルマ落しでも遊べます。

こうして11月の「脳いきいきふれあいアート」教室も「笑って笑って」そして量感画もおおいに楽しんでもらえました。

十一月の献立

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今年もシイタケが沢山出来ました。
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肉厚のシイタケは焼いてカボスを絞って。ギンナンは大銀杏から頂きました。渋柿は夜なべに皮を剥き干します
 
十一月の献立  秋に感謝!ありがとう
 
 今年もキノコが沢山採れた。子供のころキノコと言えばマッタケだ。
私は祖母の食事で大きくなった。祖母のおかずは、切り干し大根と油揚げを煮干で煮たもの、きんぴらごぼう、根菜の煮しめ、菜っ葉の炊いたん、胡麻和え、白和え、煮豆、そんなものが多かった。天ぷらも野菜がほとんどだった。たまに煮魚が食卓に乗るが肉はほとんどなかった。
 弁当に貧富の差があった。ほとんどの子が麦ご飯でで真ん中に梅干しが陣取り、日の丸弁当と言われていた。アルマイト弁当の蓋は梅干で白く朽ちていた。お金持ちの子の弁当は白いご飯と卵焼き、ウインナーが入っていた。そんな貧しい田舎の食事だったが、旬を大事にしていた。大事にしていたと言うより旬を食べるのが当たり前でそれが一番安上りだったのだろう。
秋はマッタケがあちらこちらから届けられた。マッタケ以外に黒いキノコや白いキノコもあった。祖母の手伝いでコンロを庭に持ち出しマッタケを焼く。熱いのを我慢して割き醤油に漬ける。手が熱くあまり好きになれない手伝いだった。しかし今マッタケの匂いと醤油の匂いが「匂いの子守唄」のようにしてくる。
 貧乏なおかずと思っていたものがとても贅沢に思えてくる。あそこには工夫して食べ盛りの孫に少しでも多く食べさせようとしてくれた愛情が煮詰まっていた。
高齢者に接する仕事をしていると祖母から習った料理がとても役に立つし、メタボとかにも縁遠い。それに工夫して美味しく食べることが大好きになっている。春は山菜摘みが楽しい。夏は西瓜の皮も食べる。サツマイモの蔓も葉唐辛子の佃煮も芋がら(芋茎)も大好きだ。これはみな祖母からの伝来だ。
ただマッタケだけは余りにも高価で手に入らない。しかし季節を味わいたい。そんなとき「キノコごはん」を炊く。
キノコが今年も沢山出来た。http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/52205642.html
ギンナンを近くの公園で拾ってきた。匂いを我慢して何度も水で攪拌して種を取り出し陰干しにしてある。
 
 今日は贅沢にマッタケ?ごはんだ。
 
 11月のレシピ マッタケ風秋ご飯
 
(材料)
新米 銀杏(無くてもよい)
エリンギ、シイタケ 薄揚げ
マッタケのお吸い物の素
(作り方)
1)エリンギ、シイタケを焼いて焦げ目を付け、マッタケに似せる
2)ギンナンを茹で薄皮をむいておく
3)これらに揚げを加え水の量を少し多い目にして
  マッタケのお吸い物の素を入れて炊く。
4)マッタケの香りが充満して「う〜〜〜お腹がなる」
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少し焦がしてエリンギもシイタケもマッタケに似ました。
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何杯もお代わり!食欲の秋でもあります。
 
偽者のマッタケご飯だが、韓国産のマッタケを使うよりは秋が深いと思う。何より安価で一杯秋を食べられる。
マッタケ?ごはんをおにぎりにして明日は紅葉狩に出かけよう
「あ〜〜〜日本の秋はし・あ・わ・せ」。

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櫛名田比売のように優しく可憐にコスモスが咲いています。この花は強い花でもありますね
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真っ赤なベロのようなケイトウ、真っ黒な種、いろんな花が楽しいですね
五穀の起源。須佐之男命 八俣の大蛇
 神々の知恵と奮闘でまた光が戻りました。天の岩戸を日蝕と重ねる人もいますが日
蝕を題材に物語を記しても、古事記ほどの迫力と面白さは描けないでしょう。古事
記は「凄い」としか言いようがありませんね。そしてこの凄さが日本の原点なので
す。私たちは胸を張って日本人であることに誇りを持ちましょう
 このような騒動になったのも、もとを言えば須佐之男命が原因です。神々
は「乱暴な須佐之男命をどうしたらよいだろう。身についている罪が、髭
や爪に集まるよう祈りそれを切って須佐之男命の望み通りに黄泉の国へ追っ
ぱらおう」と決めました。
「イタタタタタ、ひどい目にあった。私はただ天照大御神にお別れを言いに行っただけなのに…」とぶつぶつ言いお腹も空いて来ました。神様たちも大騒ぎの後でやはり空腹でした。そこで食べ物の神の大気都比売神(おおけつひめのかみ)にご馳走を出してもらうことにしました。須佐之男命も高天原を去る前に「何か食べさせて欲しい」とお願いしました。大気都比売は快く引きうけ、お尻から五色の米を取り出しご飯を炊き、次に山芋を取り出しグチャグチャと咬んでトロロ汁を、鼻からは小豆や栗を出して煮込み、美味しい料理を手早く作りました。ところがそれを見た須佐之男命が「わざと汚い所から出して私に食べさせる気だな」と腹を立て大気都比売を切り殺してしまいます。殺されても死体からはどんどん食物が出てきました。頭からは蚕が、目には稲の種が、耳から粟が鼻からは小豆が、ほと(陰部)からは麦が、お尻からは大豆が生まれました。これを神産巣日命(かみむすびのみこと)が大切に集め、種として土に蒔きました。(私たちの食べている五穀と養蚕の起源です。今、大気都比売は徳島市の神山町上一宮大粟神社に祭られています。余談ですが、昭和の中頃を思い出します。その頃は日本のお母さんは人前でも電車の中でも胸を出し泣く我が子に乳房を含ませていました。それを「原始人みたいで汚く、日本の恥だ」と言う先生がいました。子に乳を含ませる母親を私は恥ずかしいとは思いませんでした。慈愛の場面だと思っていました。思うとあれは須佐之男命が「汚い」と思ったのと同じ心だったのでしょうか。そして今古事記を読み直し、大気都比売はお母さんだと思えてきます)
 神様たちは須佐之男命の狼藉ぶりにとうとう堪忍袋の緒が切れ高天原から追放しました。須佐之男命は逃げるように降臨し、そして思いました。『うけい』で手弱女を得たから私の勝ちだと思ったけれども、あれはとんでもない間違いだった。私が生んだのはマイナスの世界だった。それを姉の天照大御神は勝ったのに、私の幼い心をじっと見つめておられ、何も言わずに、成長して大人の心になるのを待っていて下さったのではないか。全ては私の誤解で美味しいものを食べさせてやろうと食物を出して下れた大宜津比売まで殺してしまった。
そんな事を思うと須佐之男命は元気を失くし、天照大御神の途方もない大きな温い御意(みこころ)が今更のように思われて来るのでした。 
 須佐之男命は、出雲の国の肥の河の上流鳥髪(とりかみ)へ降り立ちました。大きな川が流れていました。人影は見えず小高い山に登って見まわしましたが辺りはまったく静かで人の気配はありません。淋しく風が吹き時おり鳥が高く鳴くのみでした。須佐之男命はお腹のすいたまま高天原を出て来たので、喉は渇くし疲れも出るし足も痛み始めます。水音が聞こえます。痛む足を引きずりながら音に惹かれ近づいていきました。水が石に砕けながら踊るように流れています。力を振り絞り這うようにして水を息もつかずに飲みました。疲れが落ち着いて行きます。草の大地に寝転ぶと、緑の木立ちの上には高く澄んだ青い空があり、白い雲が悠々と流れています。川原には葦が(マコモが)群れ、葉がザワザワと揺れています。その美しい情景に見とれ、マコモの葉ずれに乗っているといろんな事が頭に流れていきました。
稗田阿礼さまが天地が開けるとき「浮く脂。ただよう海月。葦の芽」と、生々とした気配がかすかに動くさまを美しく、形容され朗誦されていましたね。
私にも稗田阿礼さまのあの澄んだお声が聞こえてきました。「あの葦の芽と言うのはマコモだったのです」・・・・
最近、マコモとマコモタケを知りました。そして水辺の葦の芽がツンツン萌えあがるように生命力をもって生まれたあの命の元の、宇摩志阿斯訶備比古遅神ウマシアシカビヒコジノカミ)を思い出しました。ウマシは(美しい)アシカビ(葦黴)ヒコヂ(男)。で、アシカビとはマコモのことだったのですね<夏林人>さんのブログで教えて頂きました。マコモのことは前回の「十月の献立」に投稿しています。)
生命のエネルギーのマコモが茂り、そして須佐之男命も食し、疲れた体をマコモの葉擦りで癒されたのではと、想像するのはどんなにか楽しく嬉しいです。
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マコモの茂み
 須佐之男命はマコモの葉擦りを聞いていると心が落ち着きました。生きる力がなくなったように目を閉じ、大きな淋しさでしたがマコモの葉の大きな風になったのです。太陽は西の山に落ちかかっています。美しい!須佐之男命は自然が、こんなにも美しかったことに始めて気付きました。清しく澄んだ光が透き通って、静かに生命ある光を放って行くように思い、須佐之男命から涙が落ちました。それはさ迷い荒れていた須佐之男命に、忘れていたふるさとの母に抱かれているような懐かしさと安堵感でした。そして、太陽である姉の天照大御神にも、他の神々にも見守られていることをはっきりと須佐之男命は悟ったのです。
 流れに足を浸しました。水の流れは澄み、心を開いた須佐之男命には淋しさも悲しみも静かに流れ消え去って行くようでした。時おり流れてくる木の葉にも親しさが湧き笑みを浮かべます。そんな中珍しい木切れが流れて来ました。掬い取ると 「おお、 これは箸だ」 箸が流れて来ると言うことは川上に人がいるに違いない。須佐之男命は元気百倍、川上ヘ向って歩き出しました。マコモの藪をかき分け川の石を飛び越え、心の中に込み上げてくる人懐かしい気持ちで急ぎ足になりました。しばらく行くと木立の中に一軒の家が見えました。「お尋ね申す 」何度も声をかけますが誰も出て来ません。人がいるみたいなのにどうしてでしょう。須佐之男命は庭へ廻りました。すると美しい少女を中にしてお爺さんとお婆さんが泣いています。不思議に思って「あなたたちは誰なのです。どうしてそんなに泣いているのです」お爺さんが涙を拭いながら「私は、この国を治めている大山津見神(おおやまつみのかみ)の子で、足名椎(あしなづち)です。妻は手名椎(てなづち)と言い、娘は、櫛名田比売(くしなだひめ)と申します」 「何が悲しくて、そんなに泣いているのです」と須佐之男命が聞くと、三人は益々悲しげに声をあげ泣じゃくります。  
 お爺さんが話し始めました。「私達には八人の娘がおりました。その娘たちは、どの娘もとても美しく、清清しい声の心優しい娘ばかりでした。ところが、高志(こし。北陸地方)に八俣の大蛇の化け物が住むようになり、毎年ここに来ては娘を一人ずつ食べて行くのです。もうこの娘が最後になってしまいました。もうすぐやって来ます。櫛名田比売は美しい瞳を潤ませ可愛い小さな口も震わせています。「こんなに可愛らしい娘が化け物に食べられてしまう。それが泣かずにいられましょうか」とお爺さんは声を張り上げオイオイ泣きました。
 須佐之男命は、櫛名田比売の清らかな愛らしい美しさに心打たれ「その八俣の大蛇という化け物は一体どのような姿をしているのです」とお聞きになりました。「目は、熟れたホオズキのように真っ赤で、体は頭が八つ尾も八つに分かれており、そこには苔や桧や杉の木が生え、その大きさは八つの谷と八つの山を渡るほどで、お腹は何時も血が流れ赤くただれています」と体を震わせながら答えます。
櫛名田比売は恐ろしさに今にも気を失いそうです。須佐之男命が凛々しい声で言いました。「櫛名田比売を私の妻に下さい」足名椎が驚き「あなたはどなたです」と不審にそして、その中に凛々しさと神々しさのあるのを感じて聞きました。「私は、高天原を治めている天照大御神の弟で須佐之男命と言います。たった今、高天原からこの土地に降りて来たところです。」足名椎と手名椎は驚き「そのように尊い方とは、大変失礼をいたしました。もちろん娘は喜んで差し上げたいです。」そして櫛名田比売に「そなたの気持ちはどうじゃな」と聞きました。櫛名田比売は八俣の大蛇の恐ろしさを聞いてもびくともしない、逞しく男らしいそれでいてどこかに気品が溢れる須佐之男命をつぶらな瞳で見つめ、頬を赤らめ手をついて「不束者ですが」と答えました。そのしぐさの可愛らしいこと。須佐之男命は大喜びで、声もキビキビと早速に八俣の大蛇退治計画に掛かりました。「あなたたちは、お米を噛み砕いた強い酒(八塩折りの酒)を作って下さい。家の回りに高くしっかりと垣を巡らし、そこに八つの入り口を作り、それぞれに並々と注いだ八塩折の酒樽を置いて下さい」辺りに強い酒の香りが漂いました。「これで準備はオッケイです。あとは私に任せて下さい。櫛名田比売は櫛になって、私の髪の中に隠れ下さい」と櫛名田比売に優しく息を吹きかけると櫛になりました。 須佐之男命はその櫛を愛しそうにそっと自分の髪にさしました。
 やがて生暖かい気持ちの悪い風が吹いてきました。足名椎と手名椎は唇をふるわせて部屋の奥深くに逃げました。須佐之男命は櫛に手を置き、「心配ない」と櫛名田比売の衣をかぶり、顔を伏せ八俣の大蛇を待ちました。遠くから雷鳴の轟きが聞え大地が揺れ木の倒れる音がし、その凄まじさと言ったらありません。山も海も空も大きく唸りをあげ、こだまをかえして響き、火のような真っ赤な光が空中高く上がり、谷深く別の光が右に、左に狂ったように踊ります。それは八つの大きな目でした。 さすがの須佐之男命も息を飲み「うまく酒を飲むか、それとも、まっすぐ私を一飲みするか」と、剣をつかむ手にもびっしりと汗が滲みました。
 その時、天照大御神の気高い暖かさと父の伊耶那岐神に言依(ことよ)せられていた海の世界が思い浮かびました。「そうだ今こそが、私は父なる神の言依に答える時、<神意のごとく為さしめ給え>と深々と祈りました。息を吸いゆっくり吐くと心は落ち着き「神々のすることに間違いない」という安心感が全身に満ちました。 
 飛ばされるほど激しく大地が揺れ、庭の大木が音をたてて倒れ、急に静かになりました。八俣の大蛇の八つの頭が酒の匂いを探しています。そして八つの酒樽を見つけるや、それぞれに「バシャ、バシャ」と首を突っ込み「グワオー」と喉を鳴らし体をうねらせ飲み始めたのです。だんだんと動きが鈍くなり酒樽に首を突っ込んだまま、細長い舌をヒヨロッと出したと思うと、雷のような大鼾で寝てしまいました。 須佐之男命は着ていた櫛名田比売の衣を払い、その下に帯刀していた十拳剣(とつかのつるぎ)で八つの首をばらばらにしました。頭は空中高く跳ねカッと口を開いたままドサリと地に落ました。つぎに胴を切りました。辺りは噴き流れる血の海になりました。止めを刺そうと八つの尾を順番に切り落とし最後の尾を切ろうとしたとき、十拳剣が「カチンッ」と欠けてしまいました。どんなものでも切れる十拳剣です。不思議に思い尾を裂き切り開いてみると、輝く見事な太刀が収まっていました。剣の見事さに驚いた須佐之男命は「こんな立派な剣は、私のような者が持つべきでない。こうして無事に退治できたのも天照大御神の守りがあったからだ」と感謝の気持ちと、高天原で随分迷惑をかけたお詫びに天照大御神に献上することにしました。 
  この続きは   またふることに云ふ 

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