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たくさんソラマメができました。
空を仰ぐソラマメ。花も素敵。味もよし。みんなで描くとソラマメも喜んでいるようでした。
脳いきいきふれあいアート<53>
空を(希望)見てソラマメ
「脳いきいきアート」で、私が一番心がけていることは「季節」。そのため既成のカリキュラムを実施する現場に合うように、手直しをしたりする。
五月、ミツバツツジが庭を美しく埋める施設では「大樹の桜」のカリキュラムの手法をだけをいただき、ミツバツツジに変えたり、新緑の美しさを感じてもらいたいと「新緑のタッピング」などと、オリジナルのカリキュラムにしている。これは亜流とのことだが現場に一番関わって、参加者の動向、感性を知るのは私だという自負もある。
その現場に即した一番の楽しみ方で、参加者も私も一緒に楽しんでアートに触れ「脳いきいき」をしたいと思うのだ。
今年の五月は「春の小野菜」をやりたいと思って、ソラマメを自分で育てていた。人参の葉の面白さを伝えようとしても、葉付の人参が店頭になかったり、ラデェシュ(小さな赤カブ)が欲しいと思っても必ずしも手に入るとは限らない。そこで私は自分で栽培することにしている。
嬉しいことにソラマメが沢山出来た。教室を開講させて下さりお手伝いをしてくれる施設のスタッフに、一年間の予定表を渡している。採りたてを教室に持参すると、若い人はソラマメを知らない。また五月の案内に「春の小野菜」となっていたのを「小野菜てなんですか?小松菜の間違いですか」と聞く。笑いが起こる。
高齢者はソラマメを知っていた。
「脳いきいきアート」は絵を描くだけではない。昔の思い出、体験などを導き出し、そこから絵の苦手な人も、絵など描けないと思っていた人にも、ソラマメの匂いのなかで、他者とふれあい(握手もする、歌も合唱する)脳活性をすることが目的だ。
カリキュラムでは、素材(モデル)を切り分け、中身の色を観察したり、匂いを感じたり食したりして、アートへの導入部分にするのだが、ソラマメの話題で持ち上がり、その導入部分をしなくとも、参加者をすっかりソラマメの世界に誘えた。
私も、ソラマメのことを調べていろいろ話す。
「ソラマメは新石器時代の遺跡からも出土する古代エジプトやギリシア、ローマにおいて主食とされていた豆で、古代文明を支えた世界最古の農作物の一つ。日本には8世紀ごろ渡来した。和名の由来は、サヤが空に向かっているので「空豆」。またはカイコを飼う初夏に食べ、サヤの形が蚕に似ていることから「蚕豆」と。酒処では「天豆」と表示する。」
高齢者は昔の話が大好きだ。乾燥したソラマメを炒って海水浴に行き、塩水にふやかして食べた思い出などで盛り上がる。もうこれで絵を描いたようなものだ。
五月の連休に帰郷した孫とバーベキュウをしたとき、摘み立てのソラマメをサヤごと焼いて食べた、湯気の上がる綺麗な翡翠色。それはそれは美味しかった。 「絵を描いた後、このソラマメをみんなで食べましょうネ」と提案する。もうみなさん早く食べたい、描きたいという気持ちになってきた。 カリキュラム 春の小野菜の水彩画 1) 水彩絵の具の透明感、にじみ、混色を楽しんでもらう。
2) 極薄の墨で和紙に天(希望)を思い好きな線を1本描いてもらう。
3) それにソラマメから感じる色をのせていく。
4) 輪郭を描くのではなく、ソラマメに感じる色をにじませていく。
5) にじんで広がる色、混色する色、春、天、希望などを楽しむ。
6) サヤから豆を出して豆の色も楽しむ。
7) 竹ペン(墨)や水彩色鉛筆でソラマメをよく観察して表面の凸凹や光の当たっている部分など、細部を描き加えてもらう。
8) 描いたソラマメの周りを筆で濡らし、千切り取る。
9) 別に用意した葉書に、春を感じる色を全体に塗る。
10) 塗った葉書に千切り取ったソラマメを構成して貼る。
11) 好きな色の台紙を選び貼る。そのまま春の便りとして葉書として使っても良い。
いつも感心するのだが、「絵なんかよう描かん」と言っていた人が、完成した作品を見て「ほんまにこれ、私が描いたん。上手やなぁ〜」と生き生きしだす。脳いきいきアートには上手下手はない。それでもその人のほとしばるような個性が出る。そして素敵なアートが出現する。携わっていて嬉しい感激の時だ。 認知症の人は自分が絵を描いていたこともすぐ忘れたりもする。しかし手元に残る作品を何度も見直してくれる。そこからまた話題が広がり自信もついてくる。それが分かる。
このアートは凄いと思う。現場に立会い苦しい時も悩むこともある。しかし、それぞれの人に輝きを見いだしたとき、私は携わって良かったと思う。 鑑賞会はスタッフの人が茹でてくれたソラマメを食べながらやる。教室は春と希望で満ちてくる。
教室に携われたことに感謝である。
こちらの言っていることが伝わらない時もある。我慢の時もある。しかしこの「脳いきいきふれあいアート」は私の宝物になってきた。 |
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オカリナを吹こう(30)
吉野山 にて 「故郷」
四月十五日、吉野山の吉水神社で<北朝鮮に拉致された被害者全員を日本に
帰国させるための祈祷会>が行われた。今年も参列させていただきオカリナで「故郷」を吹いてきた。
今年の桜はどこも例年より1週間は開花が遅れているらしい。
暖かい日もあり一気に咲くかと思うと、寒さがぶり返し、また極端な寒さや霰が降ったりと、なんだかやきもきさせ、じらされ疲れる春先だった。
そんな中、一気に桜が咲いたのだ。一気に野山に春が来た。
春愁とか花疲れという言葉もあるが、やはり満開の桜は人を浮き浮きとさせる。昨年は震災で自粛ということもあったが、今年の花を求める吉野の人込みは順序ではなかった。桜の時期に五回ほど吉野山には行っているので、人込みは慣れているつもりだったが、あまりの人、人にしり込みする気分だった。まだ朝ぼらけのなか、吉野駅は桜色よりはるかに人影の黒色で覆われていたのだ。私はバスやケーブルに乗らないで横の山道を取る。
山からはもうぞくぞくと人が降りてくる。山道は前日からの雨で、かなりぬかるんでいる。山道を降りてくる人と、登りの人が声を掛け合うのが普通であろう。しかしそれもない。ひたすら降りることと、登ることに人は懸命になっているようだ。桜を観終わった人、これから観に行く人、まるで満員電車の乗降みたいな気がしてきた。こんな経験は初めてだった。観桜には余韻がつきまといそれが桜の色だと思っていたが、吉水神社に着くまでに私はあまりの人の多さにひるんでしまった。桜より人のほうが多いのではないかとさえ思うほどだ。
しかし、吉野の桜は天上人にもさせてくれる。桜は普通花を見あげる。しかし「1目千本」の桜は、全山の桜を見下ろして見られるのだ。しかも山桜である。一色の桜色でなく、白色に近いもの、ピンクの濃淡、そしてところどころに常緑樹も混ざる。それは美しい絵巻物だ。人が求めくるのも分かる。
ヤ
染井吉野と異なり、山桜はそれ一本では地味な桜だ。しかしそれが山全体を覆いつくすと別の世界になる。そして、歴史が流れ、桜をを守り継がれるこの世界に歴史の霊と気品が溢れ、人はそれを求めて来るのだろうか。早朝、桜の下ではもう宴が開らかれているが、騒ぐことなく静かに桜の生気を頂いている風で、またキヤラクター模様のシーツに一人静かに横たわっている高齢者も見えた。
吉水神社の境内の大きな山桜の下でも祭礼が執り行われた。
例年オカリナで「故郷」を吹かせた頂いている。今年も山桜がハラハラと皆の肩に花びらを落とす。花びらは風に煽られることもなくゆっくりと舞っていく。それを目で追っている時、突然、花びらのささやきが聞こえた。
山村暮鳥の桜の詩を花びらが歌っている錯覚に落ちたのだ。
さくらだといふ
春だといふ 一寸、お待ち どこかに 泣いてる人もあらうに 桜は毎年そこにありさえすれば必ず同じように咲く。しかし観る者には、決して同じ桜ではない。それが胸奥から感じられた。しかしそれが、桜が咲くように人も生きていると言うことだろう。
初めて世界最古の木管楽器の「ディジュリドゥ」の音魂にも触れさせていただいた。地底から大地を揺るがし、響いてくる心臓を鷲掴みするような音色に驚いた。
このディジュリドゥ、石笛、笛の音とともに「古事記」の原文の読み下しが朗唱されたのだ。
日本語の美しさ、言霊が声と音に乗って山桜の間を流れていく。
それは幽玄の世界で、またしても私は立ち尽くしてしまった。
古事記に私も自分なりの解釈を持ち、その素晴らしさを自分なりに自分に還元したいと恐れ多くも、表現するのに悪戦苦闘していた。
しかし、この大小田さくら子先生の「やまとかたり」と名付けらるご自分流の読み方で「古事記」の原文を読み下し朗唱なさる声に宿る力は神に近い。そこに響く、ディジュリドゥと石笛の魂音とでも言えばいいのだろうか、その厳かさに足がガクガクと震えてしまった。
私の古事記の始まりは 「稗田阿礼と仰るそれは見目麗しく聡明な若人が、周りの木々もが静かに聞きほれるような美しい声で、この国の原点を諳んじておられました。」だ。
私のこんな安っぽい思い描きは飛んでいくような気がした。
古事記とは音と響きと言霊、「宙の音の言の葉」ではないか。古事記とはこの音、言の葉に誰もが強く突き動かされる何かを得るものではないかと思えた。
桜に酔うもよし。それも魂であろう。また人はその爛漫の春に酔う陰で、泣いている人のことを思いやる魂もある。そしてその中に日本の言霊、文化の美しさをも知る。
これはすべて「ふるさと(故郷)」なのだ。
そんなことを思いつつ下山する今年の吉野山参拝になった。 例年と異なる体験をいろいろとさせていただいた。
今後オカリナで「故郷」を吹くとき、私にまた違う感慨を持たせることだろう。
そして帰宅した我が家の「庭ざくら」も満開だった。いつになくこの桜が一番の美しさに観えた。 |
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日本の原典〜古事記物語〜
上巻 第1話 _国生み_
「男神の神伊邪那岐神(イザナキノカミ)と、女神の妹伊邪那美神(イザナミノカミ)の二神のお子はどうして駄目だったのでしょう。
私稗田阿礼が謳い上げ安万呂さまが編纂されましたが、決して荒唐無稽なものではないのですよ。
安万呂さまも千三百年の間、この茶畑の下で 「古事記」の夢を見つつ、そして読み解いてもらえることを願い眠っておられます。さぁ〜、私と一緒に考えてみて下さい」
芳しい木の葉を震わす風のような声が、私の耳元をまたしても優しく通り過ぎていきます。物語が面白いと筋だけを追っていた私は少し恥ずかしくなりました。透き通る水のせせらぎのようなそのお声に、心を映してみましょう。
そこは宇宙です。
淤能碁呂島(おのころしま)の聖婚(2)
前回で、まず生まれたのが、おのずから凝って固まった淤能碁呂島
(おのころしま)と名づけられた地球でしたね。
淤能碁呂嶋は、自転(じてん)する島のことです。 月は地球を中心としてめぐり、地球は自転しながら他の星とともに、太陽をめぐります。これを太陽系と言います。この太陽系は、もっと大きな銀河系の中心を中心としてめぐります。大銀河系はさらに大きな宇宙の島を中心としながら、自ら動いて中心に帰っています。
自ら動いて中心に帰一する。この天体の動きは、一分一秒の誤りもなく、今もなお無限創造の道を大宇宙で展開しているのです。
(わたしたちのご先祖は、数十億年も前からすでに地球が自転していることを知っておられたのです。)
その地球に伊耶那岐(いざなぎ)・伊耶那美(いざなみ)の二神が降りてこら
れ、天地を貫く真理を天之御柱(あめのみはしら)とし、その中心真理が、四方八方に展開していく無限次元世界の宇宙を八尋殿(やひろどの)として、真理の法則にしたがって、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)の理想通りに、現象世界を創造することにされたのです。そしてこの中心に帰一しながら、無限に創造していくという真理は天体だけでなく、(十)の陽電子を中心に(一)の陰電子がまわる法則となっています。この法則は、自然の草木、天地一切全てのものにあてはまる法則です。ですから、法則にしたがいこの大きな中心に帰一しながら、無限創造が行われなければならないのです。
「法則を破り大きな中心に帰一することを忘れ、自分個人を中心に考えたり、党や宗派や思想だけで考え、また国 一つを中心にすると、人類も滅ぼしかねないということを、すでに古事記は教えているのです。古事記はただ読み物としてではなく、こう
いうことをも指し示し教えているのですね」
伊耶那岐命と伊耶那美命は「陰(マイナス)の力である女神と、陽(プラス)の力である男神の力を一つに結び合わせて、すばらしい現象世界の国生みをされようとしたのでした。が、現象世界は波動の世界ですから、かならず一方は足りないところ、とは言ってもそれは不足して駄目というものではなく、表現して創造していく空間や時間や場所が出来るということであり、又、一方は一つの世界を創造完成しても、更に次の世を創造したくなってくる意欲が出てくるということです。 二神はこの言霊に導かれ、お互いを褒め称えることをされ一生懸命、国生みをなされました。が、 失敗なされたのは、「いくら頑張って努力しても、陰の力が先になっていますので、ちょうど、服を縫うのに糸を先にし、針をあとにしているようなものですから『骨折り損のくたびれもうけ』と生命をすりへらしてしまう水蛭子(ひるこ)が生まれたのです。そして、せっかく生んだと思うもののみんな、水のあわのように、消えてしまうと言う淡島が生まれることになったのです。 」 木の葉がざわざわと騒ぎだし悲しそうな声がしました。
二神は「失敗の理は何であったのか」神想観(瞑想)をして現象世界から実相世界に行かれ、天之御中主神にお教えを請われました。
「お前達二人は、天之御柱をめぐり、国生みをなす時、これで充分うまくいくと思って仕事をしたのかな」と、お聞きになりました。伊耶那岐命は、「いいえ、陰(マイナス)の力である女性が、陽(プラス)の力である男性の先に立って仕事をすることになったので、宇宙の法則に合わないのではないかと思いました」すると伊耶那美命は「でも二人が力を合わせて仕事をするのですから、少し順序が違っても一生懸命にしたのなら良いのではないでしょうか」すると天之御中主神は「お前達の国生みは、法則をはなれてすることは出来ないのだよ。」「お前達はその答を聞こうと、わざわざ実相世界まで尋ねてこなくとも、心を静め、我の心を捨てて、私の心と波長を合わせれば何時でも私の声を聞くことが出来るし、私の声を聞こうと思わなくともお前たちの魂に本能の心として思わしめ、お前達が、天之御柱をめぐり国生みしようとした時、お前達の心の奥底深く、「宇宙の法則に合わないのではないか」と、ふと無心に思ったあの想いが、私の声だったのだ」「やっぱりそうでしたか」二神様はうなずきました。「国生みと言うのは、ただ一生懸命にやればそれで良いということではない。 すべての人と事と物との中にひそんでいる神の声を聴きながら、宇宙の法則を自分のものとし、創造することが一番大切なことなのです」
天之御中主神の言葉を聞き、このようにわかり切ったような間違いをした二神は悲しくなり「大きな間違いをおこしてしまった私達はもう駄目でしょうか」。と聴きました。「間違いということは、お前達自身が駄目だということではない」
またしても涼やかな声がしました。 「この国は言霊の国です。間違いと言うのは「間が違っている」と言うことなのです。善も悪もどのような人や事や物でも、それ自身には良いも悪いもないのです。それらの(間)がどのように関連してどのように使っていくかと言う、目的と法則が宇宙の法則や理想、(即ち天之御中主神の心)に合っていないということでしょう。国生みの始めに、なぜ失敗のような目に合ったのか考えますに、法則はどのようにも使うことが出来ますが、二神に宇宙の法則ある天之御中主神の心を無視して創造することは出来ないということをお教えになったのですね」「今一つ大切な事は、失敗というのは、こうしたらこうなったという法則を発見出来たことであり、失敗のように見えた時は、どのようにしたら良いかということを、先ず国生みの始めに二神は体験されることになったのです。」
こうして失敗したことは、過ぎた思い出として初心に帰り法則のまま、新しくやり直せば良いということを二神は教えられたのでした。その真理は、共に観、共に感じ、共に歓び、いざない合う『いざ』というのが、二神の意味であり、陰(ー) と陽(+)のある意味だと悟られたのです。
失敗のように見えても「失敗したから駄目だ」と考える事は、神様の御心にそむくことになってしまいま。失敗のように見える、その中にこそ神様は深い創造の喜びを秘めることを教えておられるのです。
この事をはっきりとお知りになった二神は早速、『詔(の)り直(なお)す』ことにしました。
「あなにやし、えをとめを 」「あなにやし、えをとこを」 そうして
淡路島(淡道之穂之狭別)が産声をあげ、二番目に体が一つで顔が四つある四国(伊予の二名島)で、伊予の国(愛媛県=愛比売。お姉さんと言う意味)讃岐の国(香川県=飯依比古。食べ物の霊が依りつき食べ物が沢山ある)阿波の国(徳島県=大宜都比売。穀物の神)土佐の国(高知県=建依別。強い霊が依りつく)そして三番目に三つ子の隠岐ノ島。(天之忍許呂別)四番目にこれもまた体がひとつで顔が四つある筑紫島(九州)で、顔ごとに筑紫国(福岡県=白日別。明るい太陽が照る)豊国(大分県=豊日別。太陽が燦燦と降注ぐ)肥国(長崎県=建日向日豊久士比泥別。太陽に向かい太陽の霊力を尊ぶ)熊曾国(鹿児島県=建日別)。五番目に壱岐の島(天比登都柱 )六番目に対島(天之狭手依比売)七番目に佐渡島。最後に、本州である大倭豊秋津嶋。(秋津とはトンボの古名で、トンボが交尾をしながら飛んでいる姿に似ています。五穀豊穣の意味を表します)
こうして、これらの八つの嶋(日本=大八嶋国)を生み、次に吉備の児島、小豆島、大島、姫島、五島列島、双子の島の日本の国土を産み終えられました。そして次にこの大八嶋国に住む神様を産まれるのです。 それはまた次に。「ふることに伝う」。
芳しい木の葉を震わす風のような声が、またしても、私の耳元を優しく通り過ぎていきました。「今一度、言霊について触れてみましょう。」
(おとめの言魂の一つは『音芽(おとめ)』。です。実相世界や心の世界が音(言葉・波動)となって現象世界に芽(姿.形)をあらわしていくという力です。おとこの言魂の一つは『音古(おとこ)』です現象を現し出す波の原動力をふりむく、何時も天神(あまつかみ)の神意(みこころ)にまつろうとしながら「理(ことわり)」を修めていくことです。
ですから、〈あなにやし、えをとめを )ということは、現象にあらわれている(うつし出されている)美しさ、良さを、喜び、楽しみ、味わい讃歎することです。現象創造の第一は先ずそれが第一声でなげればならないのですね。 〈あなにやし、えをとこを )ということは、この現象の美しさ良さは、まったく天神(あまつかみ)、のおかげであると感謝し、理想は惟神(かんながら)にあらわれることを確認し、日常生活を喜び楽しむことです。そのため(あなにやし、えをとこを)が先行してはまずいのです。現象世界の中に理想があると観てしまうからです。良さがあらわれていないと、自分をなげき、世をのろいますので、ひるこ・あわしまが生まれることになるのですね。 このように、古事記は言霊から生まれた記紀でもあります。それぞれの神様の名前にもそれが(言霊)があります。それはまたいつかお話したいと思います。
涼やかな声と共に、木の葉が一枚、二枚、私の肩に舞っていきました。 * 流された蛭子が流れ着いたという伝説は日本各地に残っている。日本沿岸の地域では、漂着物をえびす神とし、信仰するところが多く、蛭子が恵比寿・戎と、同一視されるようになった。蛭子を祭神とする(蛭子神、蛭子命)神社は多く、西宮神社などがあり、恵比寿を祭神とする神社には恵比寿=事代神とするところが多い。生まれてすぐに流されてしまう蛭子の哀れとの感情が再生の神話を紡いだとも考えられる。Wikipedia より。
* 淡島神社は、古事記のストーリーにぴったり符合するところに位置しており、イザナギノミコトとイザナミノミコトが最初に懐妊し、水子として堕胎してしまったアワシマ(淡島)を祀る神社であると確信できる。 Wikipedia より。
日本の心は素晴らしいですね。
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脳いきいきふれあいアート<52>
色のアラベスク
「臨床美術」の現場を持っていて「、これでいいのだろうか、自分が面白いからやっている、その楽しさを伝えたい」、それだけで良いのだろうかと悩むこともある。毎月2箇所の現場で実施するカリキュラムは、「季節」を重点的にやっているが、ネタ切れを感じるときもある。臨床美術士はカリキュラムを購入できる。たくさんのカリキュラムを購入してやってみるが、私自身が面白く感じないものもある。自分が楽しくないと伝え方に力が入らない。
研修会の日が勤務日と重なり、なかなか参加できないが一度出席してみようと有料の「アートプログラム研修」に行ってみた。子供向けや高齢者向けなどがあるが、(本当は子供相手にやれば楽しいだろうとは思うものの、今のところは介護士という仕事柄もあり高齢者を現場に選んでいる。)
カリキュラムを購入して、自分で解釈をして試作するのと違い、研修はとてもよく分かり楽しかった。これが現場だと感心した。(やはり有料だけのことはある)
教室の一年間のプログラムを先に提出している。次回の教室は「春の小野菜」を考えていたが、世話をしてくれている人が「小野菜てなんですか?。小松菜の間違いですか?」と聞く。仕事場でも、日常でも最近感じるのだが、世代間の感性がどうも違ってきている。そんなことを思う。春の小野菜といえば、蕗の薹、土筆、絹サヤ、タラの芽、ワラビなどの小さい野菜であり、それを葉書に臨床美術で取り組もうと考えていたが、前回にイチゴという具象的なものをやった。具象的になると、どうしても「うまく描けた、描けなかった」と後味の悪さを感じられる人もある。どうしても絵は形から描いて、それにどれだけ近づけたかということに思いがいくらしい。いままで絵(アート)に接することがなかった、あっても絵の時間は模写で上手く描けたか描けなかったかが成績になり、そのため美術の時間が大嫌いだったという人もある。
臨床美術はアートを楽しみ脳活性化を促し、お互いを認め合うことである。自分表現が溢れ出すことである。そのお手伝いをするのが臨床美術と思っている。
次回にやろうとするカリキュラムを何度も試作しないと伝えられない。カリキュラムだけを見ていたのでは、理解が本当は出来ていないこともある。それが研修に参加してよく分かった。
次回の教室は研修でやったCAAメソッドをやることにした。(具象的なものが続かないほうが良いだろう。)
材料費が安く済むということだったが、指定された画材を揃えるのはかなり高くついた。しかし、我流で画材を揃えているより、確かに指定された画材を使うほうが作品のよさが大きく違う。そんなことも感じた。
研修時、アラベスクの説明はなかったが「アラベスク」は壁面装飾などによく見られ幾何学的模様のことだろう。アラベスク美術をいろいろ調べると面白いが、ここでは、ドリッピング技法で偶然的に出来る形を楽しむ。
1) モザイク画、ステンドグラスなどの資料を見てもらう。
2) ゴールドのジエッソを溶き、黒の(スーパーブラックの紙)上にのせ画面を持ち上げ傾けたりしてジエッソが流れていく偶然性の形を楽しむ
3) 出来た画面を回しながらその形を楽しみ、画面にオイルパステルで色を点在させる。
4) 他の色も加え、色をちりばめ、また点や線を加えても良い
5) カリキュラムのゴールドのジエッソで描く以外に、シルバのジエッソーでもやってみた
6)スーパブラックの描画紙を使うことで、ゴールド、オイルパステルの色味が引き立つのだが、高齢者にはシルバーも良いように思った。
7)作品だけで終わらず、これをオリジナルの栞にしてみた。以外に面白いのが出来たので、教室でも、これをやってみよう。
試作をやりながら、教室のみんなの顔を思い浮かべる。みんなの反応が楽しみだ。
自分の楽しみを相手に伝えられ、相手も楽しませる。それが出来ることに幸せを感じる。
カリキュラムを詳しくは投稿できないが、手持ちの画材で、みなさんも「脳いきいきふれあいアート」を自宅でやってみてください。面白いですよ。
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脳いきいきふれあいアート<51>
いちごの水彩画
最近はイチゴの旬を聞くと「冬」と答える人が多いが、イチゴの旬は3月後半から5月前半だと思う。路地ものが無くなり温室栽培がほとんだから、またクリスマスケーキに合わせて12月頃大量に店先に並ぶので、冬と錯覚するのだろう。しかイチゴの最盛期は春からだと思う。冬の寒い中、あの赤さを見るのは元気が出るし、冬の旬にして愛でても良いがやはり春の
イチゴであって欲しい。
高校生時代を奈良県で過ごした。イチゴ生産農家の同級生がいた。(過って奈良はイチゴの生産地だったのだ) 新学期が始まりクラス替えもあり、まだみんなが打ち解けあっていないとき、早朝から家事の朝摘みイチゴ(路地もの)の仕事を手伝ってから学校へくる子がいた。そして規格品からはずれたイチゴを弁当箱にぎっしり詰めて持ってきてくれるのだ。
その日の予習をしてきていないことも、通学の満員電車で気を悪くしたこともそんなことをすべて忘れ、朝露を乗せているイチゴをみんなで頂いた。教室にイチゴの匂いが充満する。それは甘い青春の匂いのようにすがすがしかった。そんなことを思い出す。 同窓会の二次会につきあったカラオケ屋で、アイスクリームを詰めたイチゴが山のように出てきた。「どうしたの」と聞くと、「昔みんなで食べたイチゴ
が懐かしいから」と言う。確かにイチゴは懐かしい青春だった。
イチゴ談義が賑やかになり、なんでも奈良のイチゴの品種が盗まれとか血なまぐさい話題にもなった。
いちご白書、いちご世代という言葉も流行った。学生闘争華やかりしころに、高校生時代を送り、そしていちご世代を子に持つ親たちである。 イチゴの語感にみなそれぞれの思いがある。
利用している近くのスーパーで、なかなか奈良産のイチゴをみつけられなかった。女峰、豊の香、あまおう、そして目玉が飛び出るような高価な、ももいちご等が並んでいた。どれも大粒で、一山いくらで売られ、口の周りを赤く染めお腹がくちるほど食べた昔のイチゴとはほど遠かった。
この春、JA奈良産表記の、あ・す・か・ル・ビーというイチゴを見つけた。なんだか嬉しくなりすぐに買い求めた。 イチゴは私には確かに宝石でもある。
「脳いきいきふれあいアート」では季節感を大事にしている。 3月の教室は「イチゴの水彩画」にした。もちろんモチーフに あすかルビーを使った。
1) 絵は形(輪郭を捉える)から描くことが多いが「脳いきいきアート」ではそれをしない。イチゴを試食してもらう。匂いを感じてもらう、イチゴの思い出を語ってもらう。教室をイチゴ畑に変えてしまう。
2) 一粒づつ手にとり、果肉の色合い、表面のツブツブ、ヘタの色と形、重さ、感触、イチゴは赤いという認識から離れ、眼を閉じて触ったりして、イチゴに自分の色を感じてもらう。また潰すと水分がたくさんでる。イチゴミルクにすると甘い色合いのピンクになるのは誰しも経験している。そんなことを感じてもらい「水彩と言っても今日は水で絵を描きます」と何が起こるのかという興味感を盛り上げる。
3) 画用紙の裏表を水でたっぷりと刷毛で濡らす。
4) 背景になる色を2色選び、これもたっぷりと水を含ませて垂らしこむ(水で描いている感覚)
5) イチゴの形は意識しない。色の滲み、色の交じり合いの美しさを感じてもらい「たらしこみ画法」を経験する。
6) 割り箸ペンで線を引くことによって、水たっぷりの色から浮きあがってくるイチゴの形(線)を楽しむ。
7) 水分が足らない水を加えたりし、種、ヘタも加えていく。
8) 描けたものを離してみてみる。そして強調したいところなどに、より水分を多くし描きたす。
9) みずみずしいイチゴが描ける。絵の具より水を多く使ってイチゴを描いたようになる。
10)サインを入れて出来上がり。
臨床美術士の研修会があった。臨床美術士の資格認定は更新制で現場に携わっていたり、研修会に出ることが必須だ。
そんななか「五感を磨く」ということで研修に落語会があった。落語は大好きである。 http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/50843746.html
見逃すわけには行かない。京都まで出るなら着物で(地下鉄も無料になるし)そして観たいと思っていた安野光雅画伯の洛中洛外展(奈良を描いたものを観たかった)をセットして行ってきた。絵を鑑賞し、着物でゆったりとしたときを過ごせる安息日だ。が、京都は雨にもかかわらず凄い人出だった。駅は京都観光の人とともに、水族館が出来たとかでごったかえしていた。
落語会は疲れから居眠りをしないように一番前の真ん中(高座と目が合う。唾も飛んでくるような席を確保した)
落語は感性を刺激することに非常に役立つと言う。人に表現を伝えるとき、体を使ってパフーマンスすること、顔の表情、言葉の表情、そして想像力を豊かにすることなど、落語はすべてを含む文化であると教えられた。そしてそれは何にも通じることだと言う。まったくそうだと思う。落語は言霊をもって生かすも殺しも出来る芸術なのだろう。臨床美術も表現する、相手に伝えることでは同じだ。これはなににおいても通じることだろう。オカリナを吹くことにも、文章を書くことにも、自分よがりであってもすべて表現することだ。人は表現するということで生きているのではないだろうか。そしてそれが感性ということで出てくるのだろう。
落語会では実際に高座に上がらせてもらい、二人の登場人物の演じわけ(これは目の高さで表現するらしい。声の出し方にもよる)扇子と手ぬぐいでいろんな小道具を演出できることなどを、実演させてもらえた。同じ場で一つの笑いとオチを生んでも、笑わないのは想像力が生まれていないこと、感性が無いともいえることを学んだ。
改めて落語が好きなことが嬉しくなった。臨床美術をやっていて楽しいと思った。
帰りには雨の京都も良いものだと、着物で雨に濡れるのも情緒があると思えるのも、これまた感性の違いであり、感性のなせる業なのかもしれない。 |







