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桐久保さんは更に言葉を続けた。
「今晩の垣内の集会も厄介です。町村合併して、町に垣内の山をとられるより、合併になるまえに村の衆に山を分けて、個人持ちに登記をしょうと言うのです。
山は元入れが五十年、六十年とかかり、伐って売って初めて金になりますが、伐らないと、孫、曽孫の代まで財産として維持され、緑の豊かな山が保たれます」
「そりゃ、その通りです」
うなずく梶野先生に、桐久保さんは更に話を続けた。
「垣内の山を村人の数に分けると、一反ほどの個人持の山から、杉、桧を伐って出しても金額はしれている。伐った後の裸山にも山林税がかかる。それをこらえて何人が保持できますか」
桐久保さんは、今晩の垣内の集会に行かぬ訳を、遠まわしに語っているのだ。
梶野先生には、垣内の山林には関係がなく興味もない。
「一寸、失礼します」
庭の便所小屋に行く振りをして、その場を立った。
その後へ、垣内の歩きの弘の父が姿を見せ
「山を分けることで、籤引きすることになり、旦那さんに来て欲しいと皆んなにことづかりました」
と、桐久保さんを迎えにきた。
「一時の金ほしさに、垣内の将来も考えない馬鹿なこと」 と、他人事のようにつぶやくと
「お前も分けてほしいくちやろ」お父っあんに向って、しぶい顔付きをして言う。
「子供二人かかえて戦災の焼き出されで、村に帰って来てからも苦しい暮らし。分けてもらえるので大変助かると喜んでいます」
桐久保さんが入れた茶をすすりながら、嬉しそうに微笑んでいた。
「言ってくれ。皆んなの決めたことには、異存がないと」
「じゃ、お越しになっていただけませんので?そりゃ困ります」
「こっちが困る。町村合併しても、垣内の山として残す手段(てだて)がある。目先の金にくらんで、先のことも思わぬような話にはのれぬ」
一徹者と、人に評される桐久保さん。声が大きくなり荒げてきた。
声を耳にした奥さんが台所から、前掛けで手を拭きながら土間に顔を出す。
「垣内の人達で決まったこと。籤引きだけでも行ってきなされば」 と、とりなすように言うが、
「目先の金をほしがって、目がくらみよる集会に行くのは嫌だ」
桐久保さんは、奥さんのとりなしにも行きそうでない。
そこへ用足しをして帰って来た梶野先生に、
「お義理で組頭をよびだしに来よって。気分がわるい。元(げん)なおしにいっちょうやりましょ」
碁石を打つ格好をみせて、先生を誘い、長火鉢横に囲碁盤を持ち出した。
梶野先生は強くはないが嫌いでもない。弘の父に
「お父さん、弘君は風呂をもらっていますから、集会が終って帰られるとき、一緒に連れて帰ってください」と、頼んだ。
垣内の集会が終っての帰り、父と一緒に家に帰ることになった弘は、隆の部屋で時間を過ごしていた。
「弘っちゃん。笑い木を知っているか。さわると笑うよ。」
勉強机の右隅の筆立に、七十糎ほどの木の小枝が立ててあった。小枝を人差し指で弾く(はじく)と、木の枝は発条(ばね)しかけみたいにながく振るえて止まらない。
木が笑っているようだ。
弘は息をひそめて耳を近づける。かすかに振動音が聞こえる。なにか小叱を行っているように思えて、ふと母を思った。
「これ怒り木だ。怒っているんだ。」
振動がゆるんだ小枝をふたたび弾いてみる。びいーん、びいーんと、二十秒ほど振動音を立てている。
「これなんの木」
「知らん、植物図鑑にものっていない」
「どこに植えている」
「秘密」
「教えてよ。赤い百合をやる」
「えっ、ほんと」
夏がくると、弘の家の前の雑草地に百合が咲き乱れる。淡紅の笹百合ではなく、また山百合よりも小さく夾竹桃のような赤っ赤な色の百合だ。
北海道の黒百合のように、赤い百合は垣内の狭山の一角だけに咲き、里内には弘の家の雑草地だけにしか咲かない。
珍重している村人は、季節になると、腰を折ってもらいに来る。日頃は他人に無視されている弘の家だが、この時だけはお愛想をうける。
「きっとくれるね。指切りげんまん」
隆が小指を突出すが、弘は手を出さず
「さきにこの木のあるところを教えてくれないと嫌だ」
と、指切りに応じない。
「では、誰にも教えるなよ」
と、隆は念をおす。
弘は「うん」とうなずき、初めて指切りを行なった。
隆は立ちあがると、机の引出しからノートを持ってくると、それをひろげた。
もうせんごけ。てんだいうやく。ひとつしだ。つるまんりょう。ふゆあおい。すずらん。珍しい植物を採集した場所が記されていた。
氏神さまのご本殿の裏山を0.6粁山へ登ると窪地に自生する自然文化財のつるまんりょうの群落から西へ十二米といった具合。
宝物のかくし場所を明かすように話す隆に、目をかがやかせて聞く弘。
「てんだいうやくもやるよ。これを食べると死なないよ」
秦の始皇帝の使者の除福が、日本に来て発見した不老不死の薬草と言われ、山芋の蔓に似たつる草である。
笑い木の場所が判り、珍しいつる草をもらった弘は嬉しそうに
「このつる草を噛んでみよう」
と、不老不死の薬草と伝わるてんだいうやくの乾いた葉を、ひとひら口にほうりこんだ。
集会から帰りに寄る父が見えるまで、山に囲まれた垣内の子供たちは、自然の草木にかかわる話が多かった。
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