来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

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               ☆
「越出あや子」梶野先生があてた。
立ち上がったあや子は、目通りに本をもち、元気な声で
<(三)、農地改革。進はついこの間まで、田畑がずうと昔から自分の家のものであったと思いこんでいた。ところが、この間、祖父からこんなことを聞いた。「うちの田や畑は、進のひいおじいさんのおとうさんの時から、うちのものだったが、くらしにこまって、わたしのおとうさんが、山野さんに売ってしまったのだ。そして、その土地を山野さんにたのんで、小作させてもらっていた。だから、山野さんにお米をおさめるたびに、この土地をかいもどすことができたらと思わないことはなかった。わたしのおとうさんが、四十六で亡くなる時『おまえが大きくなったら、わたしがなくした土地を買い戻してくれ』といったことばをわすれることができない。
山野さんは大地主で、四十町歩の田畑をもっていた。
この村では、山野さんのほかに、土地をもっている家は、五十軒しかなかった。ところが、1945年(昭和二十一年)の農地改革で山野さんは、一町たらずを残して、田畑をみな小作人にわけることになった。そして、土地を持っている家が急に百軒以上となったのだ。
わたしがおとうさんの願いを果たそうとして、いろいろ努力してみても、うまくいかなかったのに、農地改革で、土地が自分のものになったのだ。このときぶつだんにとうみょうをあげて『おとうさん、土地がもどりましたよ』とおがんだよ。自分の土地だと思うと打ちおろすくわにも力がこもる」
日本の田畑はもともと少ないのに、一部の地主が多くの土地をもっつ¥ていて、土地をもたない農民は小作人となって、できた米の半分以上を地主におさめていた。そのうえ、いつなんどき小作地をとりあげられるかもしれなかった。小作人は、地主や金の借りた人には頭が上がらない。それで、村や国の政治は、地主や金持や勢力のある人々の考えできめられることが多かった。戦争がすむと、連合軍はこのようなしくみをああためるために、地主の時を小作人に分けるように政府にいひつけた。そして、このことが国会できめられ農地改革が実行っされたのである>
富み終わって腰をおろす。
教壇から降りて、片手で本を、片手をぽけっとに入れて、梶野先生は、椅子にそりかえるように掛け、
「農家の歴史のうち(一)むかしの農家。(二)明治の農家について、よくわかったですね」と、話し
「農地改革で、喜んだのは誰ですか」と、児童と本を交互に見ながら質問する。
「はあっい」
奥田君がいきよいよく、手をあげる。手をふりながら「はあっい。はあっい」と、七,八人がつづく。あてられた奥田君はきほって、「進のお父さんです」と答えて腰をおろす。
ちがった答えを考えていたのか、奥田くんの答えに、手を上げていた学童たちが自信のなさそうに手をひっこめてしまった。
「そうです。進のお父さんですね」
奥田君の答えに同意して、梶野先生は「ほかに喜んだと思う人は・・・」と、再び質問をする。誰も手をあげない。越出あや子が、ぽそりと手を上げた。奥田君があや子をけげんそうに、にらむ。
「越出あや子」当てられて立った。
「小作人です」と、あや子は答えて、自信のなさそうに先生の顔色を見ながら、腰をおろす。
「そうです。喜んだのは小作人です。勿論、進君のお父うさんも喜びましたが、小作人全部が喜んだのです」
梶野先生の言葉に、あや子のほっとしたような顔。
梶野先生は話をつづける。
「それでは、小作人がなぜ喜んだのですか。喜んだわけの言える人」
越出あや子と、中峰由子が手を上げ、中峰由子があてられる。
「小作人は、地主やお金もちには頭が上がりません。それで、村や国の政治は地主や金持ちや勢力のある人々の考えで決められて、貧乏なものは、苦しくてもしんぼうしていなければならなかったからです」
ちよっと教科書に目をおとし、終わりのほうは読むように答え
「それで、みんなとおなじように、土地を分けられたから、お金持ちも、貧乏人もなくなったから、喜んだのです」息をつぎつぎ答えたした。
「由子さん。うまく答えられました。それに新しい法律では、身分、門地、お金によって差別がなくなりました。これは大変いいことだと思います。それでみなさんも平等ですから、思ったこと、考えたことは遠慮なく、どしどし実行して個人の幸福と言うことを考えねばなりません」
ポケットから手を出して、話しながら教壇に上がり、チョークを持った先生は、
農地問題
小作人
権利
平等
団結
と、黒板に大きく、五,六の項目を記し初めた。
「先生。先生」
誰か、小さい声をあげる。
記する手を休めて「なんです」と、梶野先生がふりかえる。
常日頃、質問や、答えをしたことのない前田朝子が、恥かしげにもぞもぞと立ち上がり
「先生、うちのお父っあんが、垣内の山を分けるのに、おいらを馬鹿にしよって不公平だと、昨日怒って泣いとりましたが、不公平なことは黙って泣いていることはいけないことですか」
思っている事がうまくいえなくって、もどかしそうだ。
「それはどんなことですか」
朝子の考えを引き出すように優しく尋ねる梶野先生。
朝子は、戦災で六年前に村に帰り、農家の離れをかりて、父が垣内の歩き、山稼ぎをして暮らしているが、今度の町村合併で、垣内の山を分けるのに新しく村入りしたものには、等分に分けられないから、不公平だと不服を話しているのだった。
梶野先生は、権利、平等について、話そうとすすめていたのが、前田朝子の発言でとまどった。
「よくわかりました。が、村のことは、先生にもよくわかりません。研究してみて答えますが、人間は誰でも平等ですから、お父うさんの話し方がたりないのかもしれません」
話しながら朝子を見る。
桃色のワンピースは、垢に汚れてよれよれ。髪は家で鋏をいれるのだが、不揃いで長く、額にかぶさり、目がかくれそう。都会でながく暮らして、村にかえった前田さん。子供四人をかかえて、垣内の歩きの賃金に、なれぬ山稼ぎでは仕事もはかどらない。家族の生きていくことの苦しさが、朝子のようすにあらわれている。
それに合わせて、「自転車を買ってもらう」と、医者からの帰りに言った弘のことを、ふっと思い出した。
垣内の山を分けるそのことが、が学童の生活にもひびいてくる。
 生活とお金のつながりが、暮らしに苦しんでいるものほど、切実なのだろう。
お金につながりのあることだけに、大人の間の出来事も、学童の弘、朝子の心にも雨滴のように、しみこんで行ったにちがいない。
 村入りしたその日から、法的には、村の住人としての権利が生ずる。それを村入りした年数で分割するのは不公平なのは明ら。
 学童は、家庭の出来事も、教室に持ち込む。朝子は、社会的身分、政治によって垣内の山を分けることの、不公平を主張しているのだ。だが、垣内できめられた分割方法に、個人の権利を主張したなら、決局どうなるか・・・。
先生はすぐに判断がつかない。
権利。平等。団結。
黒板に記された文字に、目をうつして、朝子の質問に答えないで
「朝子の話は、先生の宿題としてかんがえます。明日は日曜日ですから、農地問題で平等の権利が行なわれない時、団結して交渉することが、保障だれていますので・・・」と、
黒板に記された、団結の文字を、赤いチヨークでぐるりとかこみ、
「団結と言うことについて、宿題を出します」話しながら、カチカチと、チョークの音をたてて書く。
(日曜日の宿題)
◎ 小作人。権利。平等。
の意味を書く。
◎ 団結。と言う言葉をつかって、自由詩をつくる。
書き終わった梶野先生は、教壇の机に両手をつかえ
「個人の自由は保障されていますので、自由がおかされれば、権利は主張せなければなりません。それには同じ考えの人と団結して、行動することが大切です。日本は戦争に敗けて、みんな平等に幸福になるための法律が出来ましたことは、大変幸せなことです」と、
話す。話しのとちゅう、不意に
「先生。おらとこ、誰と団結すればよいのですか」腰掛けたまま前田朝子が、父が不公平だとおこっていることを、ほぐす糸口を感じでもしたのか、鼻をすすりながら言う。
「それは・・・」
梶野先生はとっさに答えず、手を後ろに組んで、教壇から降り、
「日曜日の宿題です。団結の自由詩をつくるためによく考えれば解かってくると思います。
先生が教えるよりも、みんさんがさきに自分で研究することが尊いのです」
学童の机の間を歩きながら話し、前田朝子の横に来て、
「先生、またゆっくり話したる。お父っあんの話、よく聞いてから・・・」と、小さい声で、不服そうな朝子を、得心させるふうに、肩に軽く手で、二,三度うち、窓の外に目をやった。
と、向こうの二年教室をのぞいている大人がいる。教室内の学童が、窓を開けて、こちらを指さしている。学童に指さされて、ふりかえったのは弘のお父っあん。
梶野先生をみとめて、こちらの教室にやって来る。
窓に行き、硝子窓を開けて、
「よく来てくれました。弘君。宿直室です。傷はたいしたことありません」
弘の父に声をかける梶野先生。
米つきバッタのように、頭をさげながら」
「先生。えらい手数かけました」と、教室に弘の父がやってきた。
「平等。権利を静かに自習。先生、ちよっと弘のところまで行って来る」
弘の父を迎えて、宿直室に行く梶野先生。
先生がおらなくなった教室。
「おら、難しゅうてわからん」
奥田君がたまりかねたように、そんなことを言って、教科書を「ぱたん」と、とじて
隆に、にやりと笑いかけた。
なにか、いたずらが、また初まるのだろう。

             














 

 

沢瀉(おもだか)の花

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    沢瀉(おもだか) と  汗


  厳しい残暑が衣服から出ている手を、顔を、容赦なく突き刺して痛い。しかし、張り付くような

粘っこい暑さの中に、時々さらりと身体を通り抜けて行く風がほんの少し秋の近づいていることを

教えてくれる。稲も黄金色の穂を重たく垂れ始めた。8月24日、湖国の早稲(わせ)品種「花越前」

が新米第一号として出荷された。稔りの秋が来たのだ。


  あの時、小さな緑の苗を守るように満々と水が張られ、苗の影と雲と足型がうらうらと 水面(みず

も)に揺れていた。漣(さざなみ)が風と踊っていた。苗の両脇に大きな足型があった。機械ではなく、腰

を踏ん張って手で一本一本と植えられたときに着いたものだろう。

それは、あたかも若苗を守る「母さんの足跡」のように私には思えた。あれ以来、あの長靴? 地下足

袋?の(足型)がどうなったのか、ずっと気になっていたのだ。

  私は、暑さで陽炎が立ち昇っているその田んぼの畦に降りてみた。草いきれがむんと全身を包み

込む。所々、地割れのしている稲と稲の間にはもうあの足跡はなく、大きく育った稲が地面を覆い

被さっていた。ふと稲穂の露がこぼれ落ちたような白い小さい花が目にとまった。初めて見る花で

ある。穂をつけ堂々としている田んぼの周りを優しく揺れている。それは、あの足型の上で風に踊

ってそよそよと動いていた小さな漣を思い起こさせた。

そのとき、遠くの方に人影を見つけた。

「この白い花を貰っても良いですか」と、私は大声をかけた。

私よりはるかに年若く陽に焼けた女性が、スコップを片手に青々としたうねりの中を泳ぐように

寄って来られた。

「花が欲しいの?」

「とても可愛い花なので・・・」と言うと、

「これは田んぼの雑草だから幾らでも持って帰えったらエエよ。根っこから持って帰り」と、スコ

ップで一堀りして下さった。女性の額には小さい汗の粒があった。

炎天下の中で草取りをしておられたのだ。私は仕事の邪魔をしたようで恐縮してしまった。彼女は、

肥料が入っていたのか丈夫そうなビニール袋を探して来て、その白い花を入れて下さった。

田んぼの土も一緒なので袋は重たい。流れる汗を拭うたびにまとわりつく熱い風が、土のヘドロの

匂いを運ぶ。土は、水分や養分やそしてあの足跡の心も含んでいるのだろう。

「雑草だから」と言われたが、花瓶に活けると早苗時の小さい漣が揺れているようで私の顔は自然

にほころんだ。

  図鑑で調べると、その花は「沢瀉(おもだか)」だった。別名、花慈姑(はなくわい)とも言うらしい。

花慈姑の字には、なんだか稲を守る優しさを感じる。小さな花の蕾は、まるであの若い女性の額に乗

っていた汗の粒のように丸く透けてきらきら輝いていた。

  それから数日後の処暑が過ぎたというのにまだまだ暑さの残る日、グループホーム(認知症対応型

共同生活介護)の施設長をしている知人から、納涼祭に招待された。(改正なった介護保険では、社外

からのアドバイザーが必要になり私もメンバーになっていたのだ)。

そのグループホームは田んぼの真ん中にあり、それに魅力を感じて入居される方も多いと聞く。

施設前の広場で行なわれる午後5時からの納涼祭は、まだ陽は高くて日陰がまるでない。私は、

「暑いね。暑いね」をしきりに口にした。

突然、隣に座っておられた少し言葉の不自由な方が、空を指差された。見上げると雲一つない水

色の透明な空が広がっている。スカイブルーとはこんな色を言うのだろうか。水色の高い空は、色

を載せ始めた薄黄緑の田んぼのうねりに、とてもよく似合っていた。暑さばかりを口にする私に、

その人は無言で空の美しさを教えて下さったのだ。

誰かが、「ここは<里の秋>や。私らの<里の秋>や」と言われた。私はオカリナを吹いてみたく

なった。遠慮気味に吹き始めたオカリナに合わせて、皆さんが「故郷」と「里の秋」を合唱して下

さった。私は嬉しくなりいっそう心がこもる。オカリナを吹くことをやめないで続けていて良かった

と思う一瞬である。

やがて少し陽が翳り始めた。隣の人がまた空を指差されるので見上げると、所々に一刷毛したような

薄紫色の雲がたなびき、陽を反射して飛行機雲が赤く筋を引いていた。今までに、これほど綺麗な空

を私は見たことがない。空は高く秋の近いことを教えてくれている。皆んなの顔も、少し残る陽に照

らされて「秋の夕日の照る山紅葉・・・」を思わせた。誰もがにこにこ顔である。

それは茜色に輝く遠くの残照と重なって眩しかった。

テーブルには、職員手作りのお寿司、冷やしソーメン、オードブル、それに枝豆、ビール、フルーツ

といっぱいに並んでいる。万国旗の代わりに入居者の手形を押したものが、四方に吊られ風に揺れて

いる。大きなシオカラトンボまでが飛んできた。納涼祭は盛り上がっていた。

手を叩き身体を揺すったり打ったり、食べ物をポケットにいれたり、それを注意する人やら、その間

を忙しく動き回るオレンジ色のTシャツの職員。食べ物の好い匂い、彩やかな色、華やぐ声が入り混じ

って大賑わいだった。そこへ、一台の軽トラックが農道の脇へ来て止まった。

賑わいをよそ目に、私は「何かしら?」と凝視した。トラックから降りて来た人が、マスクをして

防護服に着替え背中にタンクを背負い、長いノズルで噴霧をし始めた。「農薬?」。「安全性に厳

しい時世に、農薬など撒くかしら?」私は不審に思った。皆は賑わいに気を取れら誰も気がつかない。

風が少しあるのだろう。噴霧されたものが広く向こうへ流れて行く。もし風向きが変わればこちらに

流れてくる。そうなればパニックが起こる。

オレンジ色のTシャツの人数、円卓を囲んでいる人数、付き添いで参加している家族の人数、車椅

子の数・・・それらを確認しながら「移動した方が良いのでは」と知人に目を向けると、彼女は

目配せをして何事も無いように、にこにこ笑っている。しかし、笑ってはいても、あの沢瀉の蕾の

ような小さい透明の汗が彼女の額と首に噴き出ていた。私は浮かしかけた腰を降ろし、風向きの変わ

らないことを「ただ、ただ祈った」。

黄緑色に広がる田んぼの上を、広がりながら流れて行く白い霧。農薬か どうかは分からない。ただ、

昼間の陽射しを避けて涼しくなった時間に噴霧をしているのか、 人それぞれのやり方があるのだろう。

取り越し苦労に終わって、私は心から安堵していた。

納涼祭は無事に終った。皆さんが「またお越しやす」と言ってくださる。知人には、目配せだけを

して別れた。私はまだまだ彼女の足元には及ばない。帰り際に施設の前に広がる、噴霧されていた

田んぼの畦に降りてみた。鮮やかに幾何学模様を緑のグランデーションで描く田んぼは静かだった。

しかし、その畦に沢瀉の花は見かけなかった。



      月と公園          木村徳太郎   「夕暮れ」ノートより

             



              影が揺れてる。
              誰(だれ)だか知らない
              大人が一人。

              睡蓮咲く池、
              月をこっそり
              掬っていたよ。
              毀れて(こわれて)月片(かけら)は
              指のあひから
              こぼれてゐたよ。

              蟲を聴ききき
              僕は見てゐた
              ベンチで一人。



      「東大寺―八角銅燈籠―」

                

              今朝は 秋虹
              透けて、扉
              泣いて 見えます
              菩薩さま。

              ―衣に 爽風
              柔(やわ)い、頬つぺ
              微笑(わら)つて 笛を
              吹きなさる。

              參道 砂利道
              八角銅燈籠
              彫つてあります
              菩薩さま。

              ―母さんみたい
              優しい、お目目
              微笑つて さゝやき
              してなさる。


2006.09.01


♪「弘ちやんは生きている」1〜8はブックマーク(ご挨拶)にまとめて入れました。
 

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