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(12)
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「越出あや子」梶野先生があてた。
立ち上がったあや子は、目通りに本をもち、元気な声で
<(三)、農地改革。進はついこの間まで、田畑がずうと昔から自分の家のものであったと思いこんでいた。ところが、この間、祖父からこんなことを聞いた。「うちの田や畑は、進のひいおじいさんのおとうさんの時から、うちのものだったが、くらしにこまって、わたしのおとうさんが、山野さんに売ってしまったのだ。そして、その土地を山野さんにたのんで、小作させてもらっていた。だから、山野さんにお米をおさめるたびに、この土地をかいもどすことができたらと思わないことはなかった。わたしのおとうさんが、四十六で亡くなる時『おまえが大きくなったら、わたしがなくした土地を買い戻してくれ』といったことばをわすれることができない。
山野さんは大地主で、四十町歩の田畑をもっていた。
この村では、山野さんのほかに、土地をもっている家は、五十軒しかなかった。ところが、1945年(昭和二十一年)の農地改革で山野さんは、一町たらずを残して、田畑をみな小作人にわけることになった。そして、土地を持っている家が急に百軒以上となったのだ。
わたしがおとうさんの願いを果たそうとして、いろいろ努力してみても、うまくいかなかったのに、農地改革で、土地が自分のものになったのだ。このときぶつだんにとうみょうをあげて『おとうさん、土地がもどりましたよ』とおがんだよ。自分の土地だと思うと打ちおろすくわにも力がこもる」
日本の田畑はもともと少ないのに、一部の地主が多くの土地をもっつ¥ていて、土地をもたない農民は小作人となって、できた米の半分以上を地主におさめていた。そのうえ、いつなんどき小作地をとりあげられるかもしれなかった。小作人は、地主や金の借りた人には頭が上がらない。それで、村や国の政治は、地主や金持や勢力のある人々の考えできめられることが多かった。戦争がすむと、連合軍はこのようなしくみをああためるために、地主の時を小作人に分けるように政府にいひつけた。そして、このことが国会できめられ農地改革が実行っされたのである>
富み終わって腰をおろす。
教壇から降りて、片手で本を、片手をぽけっとに入れて、梶野先生は、椅子にそりかえるように掛け、
「農家の歴史のうち(一)むかしの農家。(二)明治の農家について、よくわかったですね」と、話し
「農地改革で、喜んだのは誰ですか」と、児童と本を交互に見ながら質問する。
「はあっい」
奥田君がいきよいよく、手をあげる。手をふりながら「はあっい。はあっい」と、七,八人がつづく。あてられた奥田君はきほって、「進のお父さんです」と答えて腰をおろす。
ちがった答えを考えていたのか、奥田くんの答えに、手を上げていた学童たちが自信のなさそうに手をひっこめてしまった。
「そうです。進のお父さんですね」
奥田君の答えに同意して、梶野先生は「ほかに喜んだと思う人は・・・」と、再び質問をする。誰も手をあげない。越出あや子が、ぽそりと手を上げた。奥田君があや子をけげんそうに、にらむ。
「越出あや子」当てられて立った。
「小作人です」と、あや子は答えて、自信のなさそうに先生の顔色を見ながら、腰をおろす。
「そうです。喜んだのは小作人です。勿論、進君のお父うさんも喜びましたが、小作人全部が喜んだのです」
梶野先生の言葉に、あや子のほっとしたような顔。
梶野先生は話をつづける。
「それでは、小作人がなぜ喜んだのですか。喜んだわけの言える人」
越出あや子と、中峰由子が手を上げ、中峰由子があてられる。
「小作人は、地主やお金もちには頭が上がりません。それで、村や国の政治は地主や金持ちや勢力のある人々の考えで決められて、貧乏なものは、苦しくてもしんぼうしていなければならなかったからです」
ちよっと教科書に目をおとし、終わりのほうは読むように答え
「それで、みんなとおなじように、土地を分けられたから、お金持ちも、貧乏人もなくなったから、喜んだのです」息をつぎつぎ答えたした。
「由子さん。うまく答えられました。それに新しい法律では、身分、門地、お金によって差別がなくなりました。これは大変いいことだと思います。それでみなさんも平等ですから、思ったこと、考えたことは遠慮なく、どしどし実行して個人の幸福と言うことを考えねばなりません」
ポケットから手を出して、話しながら教壇に上がり、チョークを持った先生は、
農地問題
小作人
権利
平等
団結
と、黒板に大きく、五,六の項目を記し初めた。
「先生。先生」
誰か、小さい声をあげる。
記する手を休めて「なんです」と、梶野先生がふりかえる。
常日頃、質問や、答えをしたことのない前田朝子が、恥かしげにもぞもぞと立ち上がり
「先生、うちのお父っあんが、垣内の山を分けるのに、おいらを馬鹿にしよって不公平だと、昨日怒って泣いとりましたが、不公平なことは黙って泣いていることはいけないことですか」
思っている事がうまくいえなくって、もどかしそうだ。
「それはどんなことですか」
朝子の考えを引き出すように優しく尋ねる梶野先生。
朝子は、戦災で六年前に村に帰り、農家の離れをかりて、父が垣内の歩き、山稼ぎをして暮らしているが、今度の町村合併で、垣内の山を分けるのに新しく村入りしたものには、等分に分けられないから、不公平だと不服を話しているのだった。
梶野先生は、権利、平等について、話そうとすすめていたのが、前田朝子の発言でとまどった。
「よくわかりました。が、村のことは、先生にもよくわかりません。研究してみて答えますが、人間は誰でも平等ですから、お父うさんの話し方がたりないのかもしれません」
話しながら朝子を見る。
桃色のワンピースは、垢に汚れてよれよれ。髪は家で鋏をいれるのだが、不揃いで長く、額にかぶさり、目がかくれそう。都会でながく暮らして、村にかえった前田さん。子供四人をかかえて、垣内の歩きの賃金に、なれぬ山稼ぎでは仕事もはかどらない。家族の生きていくことの苦しさが、朝子のようすにあらわれている。
それに合わせて、「自転車を買ってもらう」と、医者からの帰りに言った弘のことを、ふっと思い出した。
垣内の山を分けるそのことが、が学童の生活にもひびいてくる。
生活とお金のつながりが、暮らしに苦しんでいるものほど、切実なのだろう。
お金につながりのあることだけに、大人の間の出来事も、学童の弘、朝子の心にも雨滴のように、しみこんで行ったにちがいない。
村入りしたその日から、法的には、村の住人としての権利が生ずる。それを村入りした年数で分割するのは不公平なのは明ら。
学童は、家庭の出来事も、教室に持ち込む。朝子は、社会的身分、政治によって垣内の山を分けることの、不公平を主張しているのだ。だが、垣内できめられた分割方法に、個人の権利を主張したなら、決局どうなるか・・・。
先生はすぐに判断がつかない。
権利。平等。団結。
黒板に記された文字に、目をうつして、朝子の質問に答えないで
「朝子の話は、先生の宿題としてかんがえます。明日は日曜日ですから、農地問題で平等の権利が行なわれない時、団結して交渉することが、保障だれていますので・・・」と、
黒板に記された、団結の文字を、赤いチヨークでぐるりとかこみ、
「団結と言うことについて、宿題を出します」話しながら、カチカチと、チョークの音をたてて書く。
(日曜日の宿題)
◎ 小作人。権利。平等。
の意味を書く。
◎ 団結。と言う言葉をつかって、自由詩をつくる。
書き終わった梶野先生は、教壇の机に両手をつかえ
「個人の自由は保障されていますので、自由がおかされれば、権利は主張せなければなりません。それには同じ考えの人と団結して、行動することが大切です。日本は戦争に敗けて、みんな平等に幸福になるための法律が出来ましたことは、大変幸せなことです」と、
話す。話しのとちゅう、不意に
「先生。おらとこ、誰と団結すればよいのですか」腰掛けたまま前田朝子が、父が不公平だとおこっていることを、ほぐす糸口を感じでもしたのか、鼻をすすりながら言う。
「それは・・・」
梶野先生はとっさに答えず、手を後ろに組んで、教壇から降り、
「日曜日の宿題です。団結の自由詩をつくるためによく考えれば解かってくると思います。
先生が教えるよりも、みんさんがさきに自分で研究することが尊いのです」
学童の机の間を歩きながら話し、前田朝子の横に来て、
「先生、またゆっくり話したる。お父っあんの話、よく聞いてから・・・」と、小さい声で、不服そうな朝子を、得心させるふうに、肩に軽く手で、二,三度うち、窓の外に目をやった。
と、向こうの二年教室をのぞいている大人がいる。教室内の学童が、窓を開けて、こちらを指さしている。学童に指さされて、ふりかえったのは弘のお父っあん。
梶野先生をみとめて、こちらの教室にやって来る。
窓に行き、硝子窓を開けて、
「よく来てくれました。弘君。宿直室です。傷はたいしたことありません」
弘の父に声をかける梶野先生。
米つきバッタのように、頭をさげながら」
「先生。えらい手数かけました」と、教室に弘の父がやってきた。
「平等。権利を静かに自習。先生、ちよっと弘のところまで行って来る」
弘の父を迎えて、宿直室に行く梶野先生。
先生がおらなくなった教室。
「おら、難しゅうてわからん」
奥田君がたまりかねたように、そんなことを言って、教科書を「ぱたん」と、とじて
隆に、にやりと笑いかけた。
なにか、いたずらが、また初まるのだろう。
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