来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

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弘ちゃんは生きている(31)  木村徳太郎作   未完

歩きながら、先ほどの照れていた隆の様子が嘘のように、隆とあや子が弘のことに話をはずませている。
早春とは言え、山村の夜は暗く、提灯を持った手が冷える。が、内牧川の流れは、溶けた雪の出水で轟は大きいが、川風は冬のように肌を刺さなくなっている。
川渕の山根君の家を訪ねた。ここにも弘は来ていない。
山根君も弘を捜す仲間に加わり、ぶらりん提灯の数が三つになった。
炭谷君の家も訪ねた。が、提灯の数が四つになっただけだ。
あや子の家を訪ねたように、少し離れた女の子の、中峰由子の家にも言葉をかけたが、やはり男の子の弘は尋ね来てはいない。あや子とと同じように仲間に加わって提灯の数が増えただけであった。
弘はどこへ行ったのだろう。
まさか4キロも離れた、荷坂の垣内の友達の家まで行くことはあるまい。
坪本、中西、谷口君と、学級の家はあるが、常日頃の学級生の遊び具合から考えても、そのように見える。
村はずれに来た。提灯の数が十二、三に増しただけで、弘は見つかりそうにない。
村を出て捜すことは、弘のことよりも、児童たちに事故を起こさせるようなものである。
「誰の家にも来ていない。どうしたんだろう」捜す当てがつきた。
梶野先生は、周りの明るい提灯に浮き上がるよう、しばらく立ちどまって思案していたが、
「引き返そう」と、帰り始めた。
提灯が各々の足並みに揺れて引き返し始めると、それに合わせてまた、話し声が弾む。
「弘ちゃん。納屋か、炭小屋へでも、もぐってんのと違うか」
炭谷君が思いついたと言うふうに、大声で言った。
いっとき、話声がとぎれて、立ち止まった提灯もある。
「ほんとだ」。「そうや、そうや」。
いままで、どうして気づかなかったのだろうと、言わぬばかりに、四、五人の相槌を打つ男の子。と、
「違うわ、違うわ。弘ちゃん、お母さんに虐められてばっかり、いやはるから、遠い所に行きはったんやわ」
一人の女の子が、弘の見つからないのを当然のように言う。
それに合わせたように、ほかの女の子たちも口々に声を合わせる。
「遠い所ってどこや」
継母の弘に同情している女の子たちは、「弘が死にに行ったのかもしれない」と、そんな不安なことを、誰の心のなかにも描いているのだが言葉にならないのだ。
女の子たちは黙まってしまう。
暫く話し声がとぎれた。
その静けさを破るように
「弘ちゃーん」と、
堪りかねたように、呼声をあげた男の子があった。
それが、きっかけとなって、みんな思い思いに叫ぶ。
村に引き返す途中で、すっかりその声が揃い、黒くうずくまったような山々に大きくこだまをさせて行った。
子供たちの声に応えるように、こだまではなく、自明垣内に近づいた時、向こうから提灯を下げて、
「弘ちゃーん」と、声を上げてこちらにむかってくる一団があった。
それは自明区の奥田君と、五、六年生の学童たちと弘の父だった。
子供たちの提灯がぶつかり合って、そこだけ昼のように明るく梶野先生と弘の父の二人は、浮き上がったように子供たちに取り囲まれる。
「前田とこから、桐久保の旦那と別れて、弘を捜し来よりましたが、何処にもいよりまへん。みんなが心配して、一緒について来てくれよりましたんや」
感謝の瞳で、連れ立ってきた奥田君たちを一通り見回して、梶野先生と話し始めた。
「そうですか。で、桐久保さんは…・」
梶野先生の問に
「前田のとこへ行かはりましたけど、山の話で少しこじれて、また峰垣さん所に行かれっましたんや。わしも一緒にと思いましたんやが、弘が気になるので、勝手させてもろうて来ました」
梶野先生は、山のことで話がこじれていると言う意味がよく分らない。でも、そんなことには関係がない。弘の父の返事に
「学級の生徒の家の、どこにも行っておりません。お父さんのほうで、心当たりはありませんでしょうか」
「それが…」
梶野先生の問いに困ったと言うふうに、一言口に出しただけで考え込んでしまった、弘の父。
弘の父の考えこんだ淋しげな様子を引き立てるように、梶野先生は、
「みんな、もう一回見まわってみよう」
と、子供たたちに向かって提案してみる。
その提案に、
「どこかの藁小屋で隠れとんのと違うか」と、
子供たちは口々にやかましい。
それを、決定づけるように自明区の奥田君が
「先生、炭小屋も捜してみよう」
と、梶野先生の心を動かせるようにはっきりと言う。
梶野先生は引きずられるように、
「それじゃ、二組に分かれて、山も捜してみよう。一時間たてば、ここでまた落ち合う。それでも見付からなかったら、青年団と消防の人に、お世話をかけよう」
と、子供たちを二組に分けて、山の炭焼き小屋を探してみることに決め、一組は梶野先生。一組は弘の父について行ってもらうように話した。
「しし、出てきよらへんか」
「うちら怖いわ」
「もう帰えろうか」
女の子たちは山の炭焼き小屋を捜すと決まって脅えたように、ひそひそと、思い々に語りあって、そのことを梶野先生に話したそうだが、弘が見つからないいま、はっきりとそんなことを言って断わることも出来ない。
氏神様の森を抜けて、区の山林に向かう梶野先生と奥田君たち。
嶽の山に向かう弘の父と隆たち。
明るい提灯の集団が二つに分かれて、くろくろとうずくまったような山をめざして、再び、弘捜しが始まった。
*しし(いのししのこと)

木枯

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アップル か 林檎 (リンゴ)か 
 
「木枯」  木村徳太郎

木枯の / 歯にしみる / 月の夜。

果実屋の / 林檎よ / 目に痛い。

木枯で / 待ってゐる / バスの路。



 私の好きな詩である。
木枯らしが、コートを通して突き抜けていく。衿を立てて身を縮める。「お〜寒い!」。
でも、木枯しの向こうに「ぽうー」と温かい灯りが点っているよ。

この詩を読んで昭和31年から25年間「週刊新潮」の表紙を飾っていた谷内六郎画伯の絵を思い浮べた。父は貧しい中から遣り繰りをして、その表紙絵が「大好き」と言う私を自転車に乗せ、町の本屋さんへと急ぐ。荷台の枠に捉まり、足をぶらぶらさせながら父の広い背中に頬を寄せる。夏は、懸命にペダルを漕ぐ父の背中に、玉のような汗が浮いてくる。冬は、「寒いから、コートの背中に顔を入れて」と言う。春は、降りしきる桜吹雪と競争をする。秋は、私の手に舞ってきた木の葉を父の頭にそっと乗せてみた。
そして帰り道。私は谷内六郎画伯の絵の世界に入り込んで、おかっぱ頭の女の子やいがぐり頭の男の子と一緒になって遊ぶのだ。
その表紙絵を父は貯めていたはずなのに、いつか処分してしまったのだろうか。父の死後、私の手元に帰って来ることはなかった。
でも、私はこの「木枯」の詩の中に、あの表紙絵の世界を見る。
星も凍て付くような寒い夜。コートの衿をかきあわせながら待つバス停。果物屋さんは裸電球を灯してまだ店を空けている。そこだけが「ぽうー」と灯りが・・・。寂しく暗い冬の夜は、よけいにその灯りが優しく滲んでくる。もうそろそろ「おやすみ」を言う時間なのに、あのおかっぱ頭の女の子がいる。店番のオジサンもいる。裸電球に照らされて、少し遠慮気味に赤い林檎が光っている。一つだけを買ってポケットに入れる。おお、ポケットに灯りがともった。暖かくなったなぁ。
そんな光景が浮かぶのだ。

父が詩を書いていたのは昭和20年以前だから、当時の父は谷内六郎画伯の絵を知らない。しかし、私はこの詩と大好きな谷内六郎画伯の絵の世界と共に、父の世界へ入っていく。
しかし、
一つ解せないことがあるので調べてみた。


馬鈴薯の澱粉ノート(昭和17年6月)

「木枯」
    木枯の / 歯にしみる / 月の夜。

    果実屋(かづつや)の / アップルが / 目に痛い。

    木枯で / 待ってゐる / バスの舗道(みち)。



日本の旗ノート(昭和17年8月)

「木枯」
   木枯の / 歯にしみる / 月の夜。

   果実屋の / 林檎(アップル)よ / 目に痛い。

   木枯で / 待ってゐる / バスの路。


* 林檎にアップルとルビがある。
* (アップルが)が、(アップルよ)に変わる
* (バスの舗道)が。(バスの路)に変わる

楽久我記ノート(昭和18年5月)

「木枯」(改作)
   木枯が / 歯にしみる / 月の夜。

  ――果実屋の / アップルよ / 目に痛い。

   木枯が襟に吹く / 更けた夜。

 ――並木道 / バスを持つ / ビルの壁。


となっている。
原文はアップル。どこで、文頭に掲載した「林檎」になったのだろうか。

        アップルか林檎か
私はアップルに軍配を上げる。「林檎」ではなく「アップル」だ。
私の知っている父は、ハイカラでお洒落な人だった。遠くを夢見て「アップルをほおばっている少年」の面影が似合う人だった。アップルの言葉が似合う人だったと思う。
では、林檎とアップルはどう違うのか?



 [アップル カレー]

ある日、子供たちが私に反旗をひるがした。

我が家の食事は、子供たちに「年寄りくさいおばんざい」と映るらしい。私が祖母育ちのためか。いい

え、家族の健康を考え、そして家計を考えた結果であり、私は努力をしていると自分では自負してい

た。しかしある時、「お母さんはええな〜。自分の好きなおかずばっかり作れて」と小学校6年生の長

女、3年生の長男、幼稚園児の次男までが結託して、「ずるいわ。もっと私らの好きなものを作って欲し

いわ」と言う。「どんなんがええのん」と聞くと「ビフテキ。エビフライ、お肉だけのハンバーグ」…。

食べ盛り、育ち盛りの子供たち。教育費はこの先いくらでも要る。(蓄えもしなければ)。家のローンも

ある。毎日ご馳走ばかりでは家計が持たない。子供たちにグルメな生活などさせる気もない。

だが、「お母さんは、自分の好きなものばかりを作っている」と、口々に言われると単純で気の短い私は

腹が立ってきて、「そんなに言うなら、アンタらで作ってみ。材料から自分らで揃えて好きなものを作っ

たらエエ。どれだけお金が要って、どれだけ手間が掛るかも分るやろし」と突き放した。

そして、「今日の予算は1000円!」「家にある材料は使ってよし!」と、千円札を渡した。そのころ

の子供たちのお年玉は(学年+100円)の相場である。子供たちにすれば1000円は、夢のような大

金でこれだけあれば凄いご馳走が出来ると、長女をリーダに3人は嬉々として近くのスーパーへ買い物に

出発した。私は見送ったものの、幼い子供たちの道中が心配だ。親も子も初めての体験だ。

私は、こっそり後(うしろ)から距離を開け隠れながらついて行った。スーパーの柱に隠れて子供たちを

見、観察する。長男が姉になにか言ってお菓子を籠に入れようとする。姉は少し計算をしている様子だ。

そして棚にそれを返させている。私と一緒の時は、あんなにあっさりと引き下がりはしないのに、長男は

素直に元に戻しているではないか。三人が「ああでもないこうでもない」という風に、品物を籠に入れて

は出し、スーパーの店内を廻っている。「どうだ。わかったか!予算で、買い物をするのは大変やろ。」

と、私はにんまりするものの、子供たちがレジに並んでお金が足らなければ、駆けつけないといけない。

ほとほと「探偵ごっこ」に疲れてしまった。

やがて子供たちは肉とインスタントカレのルウーそして林檎を一個買って来た。

「1000円でいっぱい買えると思ったけど、上手に買えへんな〜。難しかったわ」と、にわか主婦の子

供たちは悟りきったように言う。

予算内で肉を買い、家にあったジャガイモやタマネギ、ニンジンを使ってカレーをつくろうとする計画ら

しい。私は(迷)探偵のような真似をして疲れてしまい、「ついでに料理もアンタらで作らせたるわ」

と威張って言うと子供たちは大喜びをし、姉をコック長としてかいがいしくカレーを作り始めた。私は

ソファに深く座り、コヒー片手にTV観賞。完全に夕餉前の子供と母親の立場が入れ替わった。

ところが、いつになく夫が早く「ただいま」と…。

そして、子供たちと私の状況を見て、「どうして、子供たちに夕食準備をさせるんや。母親失格やない

か」と激怒する。高度成長期のころである。朝、まだ子供たちの寝ているころに出勤し、眠ったころに帰

宅する毎日。まるで母子家庭のような時代だった。育児に参加したくても出来なかったのだろう。母親に

まかせっきりである。そして、たまに早く帰ってみると、ぐうたらに映る母親の光景があり驚いたのだろ

う。私が説明するのを聞くまもなく、まさに一触即発。夫婦喧嘩が始まろうとした。

そのとき、長女が「出来ました〜!『アップルカレー』!どうぞ!」と持ってきた。

私は、手早くレタスなどを盛り付け、夕食はサラダと『アップルカレー』で膳を囲んだ。

私はカレーを口に運びながら、時々夫の顔を盗み見る。夫はカレーが大嫌いなのだ。カレーは、夫が出張

で留守の時か、急いで夕食準備をしないといけない時のメニューだった。

急ぐ時は大鍋にたっぷりとカレー材料を炊き、途中で少しだけ別鍋に取りわけて糸こんにゃくを加え

「肉じゃが」にして夫の分にする。そして残りの方に固形のカレールウを入れ、カレーライスにする。

間違ってカレーのほうに糸こんにゃくを入れたこともあったが・・・。

夫は、苦虫をつぶしたような顔をして食べている。私は可笑しいのと、なんだか気の毒になってきた。

夫のご機嫌をとりがてら、「どうしてこれを、『アップルカレー』と言うのですか?」と改まって子供に

聞いてみた。(私としては林檎より、糸こんにゃくを買ってきて欲しかったのだ)。 

「林檎を摺りおろしてカレーに入れるのを、TV番組で見て美味しそうやったから。アップルは、千円で足

らんようやったら、私の十円を足して買おうと思ったんやけど」。と言う。

夫がいきなり、「『アップルカレー』はとてもうまい!」と大声で言った。

私はますます可笑しくなり、「『林檎カレー』と『アップルカレー』は違うの?」と聞くと、「林檎よ

り、アップルと言うた方が美味しそうやし、上等に聞こえるもん」と・・・。

なるほど、「アップルカレー」のほうが、なんとなく高級感があるような気もする。

それにも増して人に、とくに子供に作ってもらって食べる夕食は、最高に美味しかった。

「『アップルカレー』おいしいね。アップルを隠し味に使うなんて、お母さんより凄いやん」と褒める

と、夫も「うん。お父さんはカレー嫌いやけど、この『アップルカレー』は美味しいわ」と答える。そし

て、「確かに林檎とアップルは違うな〜。アップルは、家族みんなが集まったような感じや」と言う。

私もその時から、「林檎」と「アップル」は確実に違うような気がしてきた。

それ以後、我が家は『アップルカレー』になった。 

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