来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

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弘ちゃんは生きている(40)
「うまく乗れるかい。うしろから持ってやろうか。」
梶野先生は立ててある自転車の荷物台を両手で持って後ろから介添えをする姿勢で言ってみる。
「足がつくから倒れやせん」
荷物台を持った梶野先生にかさねて、
「おら、かまへん。持ってくれやはんのやったら、隆君のを持ったげて」
桐久保さんに自転車を買ってもらった感謝の気持を少しでも隆に向けようとしているのだろう。弘が言う。
その言葉を取るように
「大丈夫です。僕も足がつきます」と隆が言った。
「そうかい。じゃあ乗ってみろ」
梶野先生の言葉に、いつもはにかんでいる弘が、隆より早くハンドルを持ちサドルにまたがると、いきよいよくペダルを踏みはじめた。
ひょろひょろしても倒れずに走っている。倒れ掛かると足を地面につき運動場を二周ほどまわった。
隆も後ろから追うように運動場を回り始めた。
大人用の自転車でなく、足を伸ばせば地面につく子供用の自転車だからすぐ乗れるのだろう。二人の練習を暫くみていた梶野先生は、その時、協議していた桧牧区の人たちが帰り始めたのに気がついた。
行って村人に挨拶しようとも思ったが、梶野先生には関係のない集会なので、そのまま運動場に突っ立っていた。村人の中から桐久保さんと弘の父親が、梶野先生の姿を見つけてこっちにやって来た。
隆と弘の自転車の練習でもみるために運動場に来るのだろうと、
「今日は」
と、梶野先生は気軽に言葉をかけた。桐久保さんが自転車の練習には興味を示さず
「先生。明日の嶽のぼり、学校は昼からどうなっとります?」と訊ねてきた。
校長も話していた通りに、行事表は半日授業になっていたのですぐに
「例年通りです。明日は午前の授業だけです」と、答えた。
答えながら、隆と弘の自転車の練習を愉快に見ていたのが少し不愉快になった。村の風習の行事で、貴重な授業の時間をとられるのが梶野先生には納得が行かないからだ。
嶽登りとは、桧牧区と自明区にまたがっている付近の一番高い海抜七二四米の山である。山頂に小さい祠があり、村人は明神と呼んでいる。その山に、例年4月の十日、村人が昼から登り始めその年の豊作のつつがなきを祈って祭典を行い、御供餅撒(ごくまき)があり、それが終ると村人が持参の重箱につめた煮しめを肴に、日暮れまで大人は酒盛り、子供は寿司や菓子を食べて、山頂で楽しむ。
村人の楽しい行事の嶽登り日は、学校も例年半日授業。村の慣習に、教育の時間をとられるのを割り切れなく思っている梶野先生におかまいなく、
「どうです。先生も登ってみませんか。ご馳走は用意しときます。」
と、桐久保さんが心安く誘う。
「登ってもいいのですが、年度がわりで、仕事がつかえて行けそうに有りません。」
嶽登りについて、思っている不満を話そうとしたが、仕事にかこつけて断わった。
ことわって梶野先生は、今度は自分の方から
「今日の協議の結末はどうなりました」
と、桐久保さんと弘の父親のどちらにとなく聞いてみた。
すぐに弘の父が、
「前田が来よらしまへんので、まとまりまへん。自明区の峰垣さんのものか、桧牧区のものかはっきりしまへん。峰垣さんの出方を見とるしか仕方がないと言う事になりましたんや。」と、結論のない話をする。その話を補うように桐久保さんが
「桧牧区が永年下刈りしとったとこだす。峰垣が慾にからんで、物言いをつけとるとしか思えまへん。どうも、山の境目は、ことが起きてかないまへんわ」と、
桐久保さんは、自分自身を弁護しているみたいに答えた。前田さんが、製材所の矢野さんから受け取った金の半分でも自明区の峰垣さんに渡せば、問題は解決するかもしれないが、桐久保さんが伐れと言った事を口実にして、前田さんが手にして金を金輪際出さぬと言う風に、今日も協議に出てこないところを見ると、解決がむつかしそうだ。
桐久保さんにしても、自分の腹をいためる事は厭なのだろう。それともはっきりしない境目の事だから、あくまで強く桧牧区のものとして押し通す心づもりなのだろうか。
桐久保さんは暫く黙ってしまった。
梶野先生も村の出来事に関心はある。しかし、深入りは避けたい。桐久保さんと同じように黙ってしまった。
隆と弘が、一息つくために三人の前まで来て自転車から降りた。
自転車を止めてスタンドに立てる弘に
「上手に乗れるね」
と、桐久保さんが声をかけた。その桐久保さんに
「旦那はんすんまへんな。高い物を買ってもらいまして」
と弘の父が、桐久保さんに心から礼を言って梶野先生の方へも
「桐久保の旦那はんが、弘のことを思って買ってくれはりましたんや」と、
自分の不始末を忘れてたように明るい声で言った。
「ほう、それは・・・。良かったですね」
弘の自転車は桐久保さんが買ってやったのだと言うことが、これで梶野先生にもはっきりと分かった。
自転車を買って与えるほどの桐久保さんが、山の争い事はまた別なのか、底意地を張っているのか、梶野先生はおかしくなって合槌をうちかねて、
「お父さんは、酒で無駄をなさるから、自転車も買えないのでしょう。これで弘君も、幾分気がまぎれるでしょうね。」と、
弘の父親の酒癖の悪さを遠まわしに言った。
「気をつけまっさ」照れくさそうに頭をかく弘の父に桐久保さんも
「先生の言われるとおりや。オマエさん暮らしに追われながら、酒ばかり呑んで、家のことを考えないのはいけないよ。酒をやめれば暮らしも楽だろうに」と、笑って追い討ちをかけた。
隆と弘がまた自転車の練習を始め出した。それをきっかけに
「それじゃ、先生よろしく」と明日の授業が半日休みになることを念押しして、続けて
「学期末で忙しいでしょうが、お暇な折には一丁やりまひょうな。」
と、手で囲碁を打つ真似をして桐久保さんは、梶野先生に誘いの言葉を残して帰りかけた。
「弘、ええ加減になったら帰るんやで。お父っあんも先に帰るわ」。
運動場を回って自転車を走らせている弘に言葉をかけて、桐久保さんについて弘の父も帰り始めた。
梶野先生も教員室へ戻って行く。
隆と弘は西日にリムを輝かせて、まだまだ楽しそうに練習を続けていた。

節分

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    いろいろな鬼 ( 柊 挿す)
 
          雪が雨に変わった。

          雨音に「ポツポツ コロコロ」

          小さな春の足音を聞く。


          思い出を転がすように

          「ポツポツ コロコロ」

          豆を炒る。


          善しも悪しも

          年の数だけの思い出と

          生きた証の数だけを

          「ポツポツ コロコロ」

          半紙に包む。
 花ひとひら   

 節分の日の夕食は、鰯の丸焼きと炒り大豆ごはん。祖母が上手に頭と骨だけになった鰯の目を柊で射抜く。柊が鰯の目を突き刺さす時、私はおもわず「イタッ!」と目をつむる。体が硬ばる。祖母が「恐がらんでもエエ。鬼が、自分の目をつきとおされると思い、そして柊にチクチクと刺され、鰯の匂いに驚いて近寄ってこんのや」と言う。
「そんなん、幾重にも痛めつけたら鬼が可愛そうやんか」と私は思う。
そのころの私は、父が読み聞かせてくれる浜田広助の、「泣いた赤鬼」の“青鬼”が大好きだった。“赤鬼”は嫌いだった。「自分だけ楽しく遊んで、どうして青鬼を探し出し、一緒に遊ぼうとしないのか」と腹も立てていた。そして、青鬼を思うと幾筋も涙が頬を伝い、父を笑わせた。後年父は、「泣いた赤鬼」の絵本をじいっと眺めながら涙を落としている私を見て、「寂しい境遇の女の子だ」と不憫に思いほんとうは父もまた悲しかったと言う。
父に叱られたり、友達に苛められると私は一人でよく山に入った。足元の小さい花や赤い実、沢を横切るカニ。ときには鳥が優しく又驚かすように鳴く。山の静寂に身を置いていると、なんだか、お話のあの青鬼が近くにいて私を呼んでいるような気がしてくる。私はキョロキョロと木々の間に青鬼を探し始める。が、風が吹くだけで 青鬼の姿などあろうはずはない。でも、そんなことを幻想するだけで私の心は落ち着いていった。青鬼は優しい心の友達のように思えた。


「泣いた赤鬼」
村の子供たちと友達になりたい赤鬼のために、決して鬼は恐ろしいものではないと気づかせるために、青鬼は乱暴を働きそれを赤鬼が退治する。そのお蔭で赤鬼と子供たちは友達になれ、その平穏が続くように青鬼が身を隠すというお話だ。

いまなら理解は出来る。赤鬼もきっと辛かっただろう。楽しく遊ばないと折角青鬼がしてくれた好意が無駄になるのだから・・・。

私は今でも、青鬼が残して行った手紙を読むと涙が出てくる。


「あかおにくん、 にんげんたちとは どこまでも なかよく まじめに つきあって、たのしく くらして いって ください。

ぼくは、しばらく きみには お目に かかりません。このまま きみと つきあいを つづけていけば、 にんげんは、 きみを うたがう ことに なるかもしれません。
うすきみわるく おもわないでも ありません。それでは まことに つまらない。そう かんがえて、ぼくは これから たびに でる ことに しました。

ながい ながい たびに なるかも しれません。 けれども、ぼくは いつでも きみを わすれますまい。どこかで またも あう 日が あるかも しれません。 さようなら、 きみ、 からだを だいじにして ください。
どこまでも きみの ともだち    あおおに 」
(浜田広助 泣いた赤鬼より)

これは、「千の風になって」の歌と重ならないだろうか。
「お墓の前で泣かないで下さい。私は千の風になって、私はあの大きな空をふきわたっています」と・・・。

青鬼は言っている。
「僕はいつでも君を忘れますまい。どこかでまたも逢う日があるかも知れません」と・・・。
そして、「姿や形は見えなくても、いつまでも忘れず 体を大事にして 生きて下さい」。と言う。

青鬼は旅に出てしまった。しかし、きっときっと、風になって赤鬼や子供たちを見守りいつも傍にいるのではないだろうか。
そしてそれは、<青鬼=思い出>ではないだろうか。
私は、青鬼(思い出)に見守られて生きているのだと思う。
私には私の年の数だけの(思い出)がある。それは友達でもあるのだ。
青鬼は言っているではないか。


「私」が青鬼を忘れる事がないかぎり、「どこまでもどこまでもともだち」と・・・。



そして、それとは別に、大人になった私は青鬼以外の鬼も知った。心の中に住む邪な鬼。人間の顔の鬼・・・。しかし、そんな鬼は、「チクチク」と柊(ヒイラギ)に刺されるだろう。そして、「チクチク」と刺す柊自身も、いずれ刺を失い優しい丸葉になって行く。「鬼」も「刺」も消滅して行くのだ。
節分の夜は”青鬼”を捜し、思い出を転がそう。
そして、鬼や刺を、一つづつ消していければ幸せと思う。
夜の帳のなかを、柊の白い花の匂いが広がる。
どこかで青鬼も、この匂いに包まれていることだろう。



炒り大豆ごはん

節分の夜は鰯を焼き、豆を炒る。
炒った豆を 水に放つ。
「ジュー」と香ばしい匂いは小さい春の匂い。



材料
米カップ3・大豆(乾燥)カップ1/2・酒大匙1・塩小匙1/2
作り方
1)米は炊く30分位前に洗ってざるに上げておく。
2)大豆を洗って水気を切って、厚手の鍋(焙烙)で、時々混ぜながら
弱火でほんのり焦げるまで煎る
3)それを水に入れる(この入れたときの音、「ジューッ」は爽やか)
4)水カップ3(先の大豆を放った水も使う)強、塩、酒を合わせ、そこへ、米と煎った大豆を入れ、出汁昆布を乗せて炊飯器で普通に炊く。(これにニンジン、アブラゲ、シイタケなどを入れてもよい。)
5)炊きあがったらしゃもじで混ぜて出来上がり。
6)お茶碗に盛り付け、ゴマをふる
炊飯の水加減は、お好みでお試しください。


        節分     木村徳太郎      夕暮れノートより 

       
           寒いくさめを

           ひとつして

           あの子は 柊

           門に挿す。

           きつと鬼も 来ないでせう

           寒くて鬼も 来ないでせう。


           こうとつめたく

           ひとつなく

           冴えてる鷺の

           しらじらさ。


           まだまだ春は 来ないでせう

           ほんとの春は まだでせう。


           ひそかな寒の

           月の街

           皸(あかぎれ)ぬくめて

           いそいでる。


           帰れば火種も あるでせう

           家には火種も あるでせう。
   


2007.02.01

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