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弘ちゃんは生きている(41)
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今日は嶽登りである。
「私(うち)の弁当も持って行って欲しいわ」
美代が甘えて言う。弘は聞えないふりをして自分の弁当だけを包む。
「一緒に持って行ってやり」。
母が美代の言い分を助けるように言う。
「厭だい。おら、隆さんと一緒にのぼるんだから、女は女と登ればええやん」
弁当を包んだ風呂敷を肩へ斜めにかけながら言う。「持って行ってやりと言うたら
持って行ってやったらええやろ。兄ちゃんのくせに」
弁当を持ってやりそうにない弘に、押し付けがましく母親は声を荒げて再び言った。
「だって・・・」
愚図っていたら、
「持って行ってやらへんのやったら、お前の弁当もおいて行き。食べなんだらええ」
背中の弁当を、母親はひったくりそうな勢いだ。
美代の言うことをいつも聞いて、おらの言い分をちっとも聞いてくれないと不服に思いながらも母親が恐くって、背中にななめにかけた風呂敷を弘はしぶしぶ下ろしかけた。
嶽登りに持って行く酒を、四合瓶につめていた父がそれを見て、
「お父っあんが持っていったろ。お前先に行け」
と、美代の弁当を自分の包みの中へ入れる。
「すまんな。お父う」
母には素直に言葉の出ない弘だが、父には気軽に話せる。
「あんたが甘やかす。そやから弘は私を馬鹿にするんや。」
母は父に皮肉を言って、からみだす。
持って行くのに都合が良いように包みながら、父親は聞かないふりして相手にならない。
「早よう行け」。
と母親に答えず弘をうながす。
父と美代よりも弘は一足先に家を出た。
あや子、由子が歩いていたのを追い越して県道を急いで隆の家に来る。
青年団の人が、五、六人家口にいた。
村の各戸から集められた餅米で搗きあがった小さい御供餅(ごくもち)が一升桶に入って、五つばかり縁側に並べてある。
この御供餅を青年団の人々が嶽の頂上まで担いで登る。
弘の来たのを知って、隆はすぐに出てきた。
「隆君の弁当、おらが一緒に持って行ったろ。」
美代の分を持って行くことを断わって母に叱られた弘だが、桐久保さんに望みの自転車を買ってもらった嬉しさが、なんとなくお世辞をつかわせる。
「おらのは、おらが持っていく」
弁当をくるんだ風呂敷を背中にななめにくくりながら隆はことわる。
登る道は、学校の近くからと、桧牧区と自明区からの三箇所がある。学校の近くから登って行く道を隆と弘は選んだ。
炭谷君が、男子の五、六人とかたまって登って行くのと出会って一緒になる。
杉木立ちの林道を、雑木を拾って杖にして雑談をしながら頂上に向う。
途中、桧牧区の道と自明区の道とみんなが登ってきた道と中腹で合流する。
此処で一休みをして、目の下に小さくなった村の家々の名前をあてあったり、四キロ離れた町を眺めて、休みの時に行った映画館のことなどを話し合った。
弁当を再び肩にして登りかけたとき、自明区の登り道の方から、山根君や奥田君の話し声が聞え、五、六人登ってくる姿が木立ちを透かして目に入った。
「自明区の奴らがきよった。あいつらに越されんように早よいそご」。
炭谷君がみんなをけしかけるように言った。その声に応じるように、まるで鳥が飛び立つように、みんなは慌しく駆け出した。
それに引きづられたように、隆も弘も皆の後ろについてかけ出した。
大将株になって、先頭を走り出した炭谷君が気負った気持をあらわにして、当りの雑草をいたずらに杖でなぎ倒して登って行く。
「あっ!慌てて手拭忘れてきた。」
腰につったタオルを、休憩場所に忘れて来たことを思い出した子供が、先ほどの休んだ所へひきかえしていく。
皆はその子供を、一息ついて待ってやった。
「わぁ〜〜」
と、自明区の山根君や奥田君がタオルを取りに引き返した子をからかっているのか、大きな侮り声が聞えてくる。
杉木立ちを透かして、炭谷君が心配そうに下を見るが杉木立ちの道が曲がっていてちゃんと見えない。
いつもの嶽登りなら、区と区の対抗意識はない。同級生として楽しく雑談をしたりして登るのだが、前田さんが伐ってしまった材木のことで、自明区の峰垣さんと桧牧区の桐久保さんの諍いが子供たちの間にも対抗意識をかきたてていた。
炭谷君が下へ引き返そうとすると、タオルを持って息をはずませながら、先ほどの子が帰って来た。
「一人やと思おて自明区の奴ら、おれをからかいやがんねん。」
と、タオルを腰のバンドにはさみながら口惜しそうに言う。それを受けて
「よし、石投げたろ!」
と、山根君や奥田君が登ってくる下の道に向って土をつかんで炭谷君が投げようとした。
「炭谷君。そんなことしたらあかん。やめとき」
と、隆が止める。
止められて、炭谷君は掴んだ土を残念そうに足元に投げ捨て、何事も無かったようにまた先頭に立って林道を登り始めた。みんなは自明区の子供たちの悪口を言いながら、炭谷君の後ろに続いた。木立ちが透けて登ってくる自明区の山根君たちの姿が時々見える。山根君たちにも桧牧区の隆たちの姿が見えたのだろう。自明区の子供たちが駈け比べのように後ろから桧牧区の子供たちをおって競うように登ってくる。子供たちの間に競争意識がもりあがって、頂上を競うありさまになった。が、それだけで別に諍いにもならずどちらも頂上についた。
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