|
弘ちゃんは生きている(44)
各学級委員が、日の丸の小旗を持って運動場に出てきた。
各学年を整列させ、その前に各担任の先生が立った。
「今日はよその学校もきていますから、行儀良くして笑われないようにしましょう」
平岡先生の注意があって、町村合併の祝賀の旗行列に行くため、六年生の学級委員の松田君が
「するめ」と、発進の号令を全児童に聞えるように大声で掛けた。
松田君は、どもるくせがある。いつの朝例会の時もそうだったが、旗行列で心がたかぶったと見えて、「進め」が「するめ」といっそうはっきりと訛まった。
高学年生たちが、げらげらと笑った。
その笑い声で一年生がとまどって歩き出さない。
その様子に松田君があせって頬を赤くさせ、二度も号令をかけた。やっぱり「するめ」と聞える。
校長の「おまえら」が、学童に深く印象つけられていたのにつながって、普段は気にならなかった松田君の「するめ」を、きづかせたのだろう。
松田君にかわって平岡先生の掛け声で、やっと一年生から歩きはじめた。
宇陀川にそって県道を町にむかってあるきながら、学童たちは「おまえら」と「するめ」のおかしさを話しあって騒がしい。
先生たちも同じように可笑しいのか、笑って叱言がなかった。
祝賀の花火が、町の空をふるわせている。学童は、村が町になった事と、どのような行事が催されるのかと興味心で式場に一刻も早く着きたいと、紙の小旗を振りながら元気に足を運んでいる。
駅前の広場に着く。紅白の幕で飾った急設の舞台がもうけられ、拡声器から音楽が騒がしい。
舞台では昼から演芸があるが、学童は広場を一周して学校に帰るので演芸は見られない。
旗行列で来た学童に、町村合併記念の文字が入っている鉛筆を役場の史員が一本づつ配っている。
鉛筆をもらって、その場から遠く離れないように先生から注意があって、広場の一隅で学童たちは行進の疲れをやすめた。
その間に疲れを知らぬ学童の何人かが、めいめい勝手な遊びを始めた。
桧牧区のあや子、由子、前田朝子が石蹴りを始めた。
そこへ、委員の松田君が、追っかけごっこで奥田君に追われて来た。その時偶然、前田朝子の蹴った石が運悪く松田君の足に当った。
「痛い、気をつけんか」
男の子は女の子にあらっぽい口調でものを言う。松田君もその例にもれない。
「なに言ってるの。あんたから当りに来たんじゃないの」
女の子は男の子にへりくだった口調で言う。が、朝子はこの例に入らない。口調荒くやりかえした。
「なにいっ。もう一度いってみろっ」
松田君が手を振り上げ、朝子に言葉の返しをしょうとする。と、横から
「するめ委員さん。怒らないで、向こうへするめてくださいな」
あや子が松田君へ茶化かして言った。
あや子の言葉に瞬間、松田君は照れて手を引っ込めたが、
「女のくせに生意気な。男をからかうのか」
今度は朝子だけでなく、あや子にもくってかかって、
「石をあてておいてあやまらんのか。こいつ」
と、石蹴りの石を拾うと、朝子の腰に投げた。
「なにするのっ」
朝子はすばやく小石をひらって松田君へ投げ返した。その剣幕に松田君がひるんで、二歩ばかり後ろにさがって、始めに自分が石をなげたことを忘れて
「や〜い。自明区の木を盗んだ、盗人の子」心の片隅にあった、酷い言葉を口にして喚いた。
盗人と言われて、気の強い朝子が泣き出す。泣きながら再び小石を拾って松田君になげた。小石を手で受け払った松田君が、手の甲に傷をした。
「女のくせになにをする」
傍に居た奥田君が朝子を止める。が、「盗人の子」と言われて、いきりたった朝子は止める奥田君の手を振り払らって、松田君に向かって行った。
その激しさに、奥田君はおもわず、力いっぱい朝子をつきとばしてしまった。
朝子は倒れたがすぐに立ちあがり、ヒステリックに泣きじゃくりながら土くれを手に持ち、めくらめっぽうに松田君と奥田君のどちらにも投げ始める。目に土くれが入って奥田君が怒り出した。
嶽登りからこちら、桧牧区の子供を敵視している所へ、区の争いのもとになった前田さんの娘である。心のどこかに軽蔑の念があったのだろう。朝子の頭髪を掴んで、力まかせにひっぱりまわす。
泣きわめき、もがきながら、奥田君に手をかけて逆らう朝子。
負けぬ気でも女は弱い。自明区の子供大将の奥田くんにはかなわない。
たまりかねて、あや子が
「やめてっ。奥田さん」二人の中に止めに入る。
その間に由子が、桧牧区の六年生に喧嘩を知らせたと見えて、炭谷君が駆けつけて、朝子の頭髪をひっぱっている奥田君の後ろにまわり、がんと、力いっぱいなぐった。殴られた奥田君は、朝子の頭髪を離し振り返る。
桧牧区と自明区の大将株と自他共に認められている二人だが、まだ争ったことはない。
他の子供たちが、まわりに集ってきたが、誰も口出しをしない。
桧牧区と自明区の区民の対抗意識が子供にもくすぶっている。
桧牧区の子供は炭谷君の後ろ。自明区の子供は奥田君の後ろに、助っ人のように寄りかたまった。
二つの集団がお互い相手の、憎まれ口をかわしはじめた。
喧嘩が大きくなりそうだ。が、誰かが知らせたのだろう。梶野先生が急いでやって来た。
先生を見て、みんなの気勢いが少し薄れ朝子の泣き声だけがいっそう激しくなる。
「どうした。泣くなっ」
朝子に言い続けて
「まあいい。事情は学校に帰って聞こう。みんな集っている所へもどりなさい」
さすがに先生の言いつけだ。一時はどうなるかと思ったが、そのまま学童たちは平岡先生と、生徒たちが休んでいるところに、じりじりともどり始めた。梶野先生の話を聞き、すぐ全学童を集合させて学校へ戻ることを平岡先生が、皆に伝えた。
学童達は二列に並んで帰り始める。
道中、炭谷くんと奥田君の感情の高ぶりが、自然と桧牧区、自明区の学童の敵対心を煽るとみえて、相手方の陰口がやまない。
平岡先生は気づかないが、梶野先生には心につきささるようによくそれが分かる。
学校に帰り着いた。
道中、耐えていたのか、平岡先生は怒りをあらわにした口調で、運動場に整列した全学童に、
「多くの人がいるところで、喧嘩をして多くの人に迷惑をかけたことになり、本校の恥をさらけだしたようなものです。大変困ったことだと思います」と、旗行進の反省を強く求め、「一年生は、遠い道をよく歩いてくれました。立派だったと嬉しく思います」と、
一年生に向って言葉を和らげて笑ってほめ、全学童を解散下校させて、一日の行事が終わった。
|