来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

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弘ちゃんは生きている(46)木村徳太郎作(未完)
梶野先生が、隆の家を訪問してきた。
宿直の夜貰い風呂や、碁を打ちに行く梶野先生は、桐久保さんの家の様子を良く知っている。桐久保さんが、板の間の長火鉢を間にし来客と話をいているのを見て、黙礼だけをかわして座敷の上がり口に腰を下ろそうとした。
「先生、こちらに上がってくださいな」
梶野先生を見て、桐久保さんの奥さんが台所から出てきて案内した。
梶野先生は靴を脱ぎ座敷にあがる。
山村の農家は、常日頃寝床を敷いたままの所や乱雑の所が多いが、桐久保さん宅は掃除が行き届き、座敷には蒔絵の丸卓が置かれてあった。
奥さんは、部屋の隅の座布団を取り上げて
「ちよっと待って下さい。主人はすぐに用談が終わりますから」と、梶野先生に座布団を渡して、奥さんは茶の用意にでも行くのか台所へ消えた。
一人になった梶野先生の耳に、桐久保さんに金を借りに来ているらしい、来客との話が聞こえてくる。
しばらくして、金の受け渡しが終わったようである。来客が帰って行ったのか
「やあ、待たせました」と、桐久保さんが座敷に入ってきた。
「家庭訪問に廻っているのですが、桐久保さんに村の子供達の事を伺がいたいと思いまして、先にお訪ねしました」
桐久保さんは、村の子供の事と言われて合点がゆかないのか、不審そうな顔で丸卓に出されている菓子をつまんで口にしかけたのをやめ、
「村の子供のことって、どんなことですか?」
と、興味ありげに聞いて今度は茶をとりあげた。
「その前に、隆君のことで担任の私へ仰る要望はありませんか」
梶野先生は、そのほうの話をすませてから村の子供の対抗意識のことを触れたい様子だ。
「べつに有りませんが」
「私もよくお邪魔するのでお家の事もよく分かっており、伺うこともないのですが、隆君は将来大学に行かれますか」
「そこまでは考えていませんが、隆の頭次第です」
桐久保さんは他人事のようにぼかして答え声を出して笑った。が、
「一人息子ですし、親の欲目で出来れば大学へは行かせたと思っています」
桐久保さんはつけ加えて話し出した。
「桐久保さんは経済の心配が無く、それは大丈夫でしょう。それなら、隆君にその心構えを少しでも早く話しをしておかれた方が良いのではありませんか」
村で一、二を争う財産家だ。隆はその家の一人息子なので、とかく甘やかされていると思え、粘り強さに欠けているように梶野先生には思える。隆の悪い面をはっきりとは言えず遠まわしに言ってみた。
「六年生になったところで、まだ中学校も高校もあることですし・・・」
梶野先生の言葉に桐久保さんが反発の様子をみせた。
「実は他の子と同じ事をしていても、隆君は気が向かなければすぐ止めてしまうのです」加えて、経済的に心配のない、お坊ちゃんだから他の児童を見下し、協調性が無く利己的なところがあることを梶野先生は言いたかったのだが、遠慮して話さなかった。
が、桐久保さんは梶野先生の言おうとする思いを受け取り分かったとみえる。
「家ではなるべく、自分ことは自分でやらせ、躾けをやかましく言っているのですが・・・」
と、桐久保さんは思い当たる所があるのか梶野先生に同調しかけてきた。
「一つの物事に意欲を持って根気をつけるために、将来を自覚させるのも良いのじゃありませんか」
話したかったけじめを付けるように梶野先生が言った。
率直に話したのが良かったとみえ、桐久保さんの心がほぐれてきたのか
「私らの子供の頃は親の言いつけは、黙ってやり通すのが良いと躾けられました。戦後は違いますね。親にでも批判して文句を言いますよ」
戦前も戦後も無い。一方に偏るよりも、どちらも考えるべきだと思うが、桐久保さんの戦後のしつけを嘆く思いが、言外に少し匂ってくる。だから、親も強く言えないのだと、自分に都合のよい解釈で理屈と思える持論に触れてきた。梶野先生は、そんな空気を感じた。こんな話をしていると時間がすぐに経つ。
「学校や教師に対して、具体的にお話をお聞かせ願えるようなことはありませんか」
桐久保さんの説をはぐらかせるように、梶野先生は話を変えた。
が、桐久保さんは得心が行かないらしい。
「学校といえば今度の、校長先生、隆も言っていましたが、怖いようですね。近頃の子供は大人を馬鹿にしよりますから、怖い先生のほうが良いですな」
躾けに拘っていると見え、桐久保さんは校長にかこつけて、やっぱり自分の説を続けようとする。
「怖いってどんなことでしょうか」
「よくおまえらときつく言われるそうですね。子供は、頭からおさえて躾けをやってもらわないとあきません。優しいばかりでは、しっかりした人間になれっこありません」
梶野先生は、桐久保さんらしい説だと思った。あわせて、校長の言葉使いを心の中で笑った。
「言葉がきつくっても、子供が心からそう思わない事には、食い違いが出来ておかしいのじゃありませんか」
「いや、子供を躾けて下さる先生の言葉と思いますよ。子供を鍛えようと言う心がしっかりしているから、きつい言葉もで出のです。思いのあらわれと言うものでしょう」
桐久保さんは隆を甘やかせておいて、他人がきつい言葉で子供を躾けることには賛成なのか。梶野先生の思惑を意に解さないとみえて、「おまえら」と話す校長の言葉に感心しているようだ。
「今も平野が来て、金を借りたいと言うことなので、言ってやりましたよ。昔は質素勤勉にして家を治めたものだ。 私の収入は、日に三百円そこそこ。平野は山の木出しをして、日に千円も稼ぐ。そんな者がどうして借金をしなければならなくなるのか、よく考えよといってやりましたよ」
これは、桐久保さんの言い分が筋が立っている。が、躾けに関しての自説を人に得心させるために言っているようにも受け取れる。
日に三百円の収入と言うがそれは、畑作で上がる金で春と秋の二回、山林の間伐の売却金の何十万は、勘定には入っていない。
平野さんに借金を申し込まれるのも財産家で金を持っていると見られているからだ。桐久保さんはそれに気づいていない。
「お貸しになったのですか」
「どうせ返せないと分かっています。それで、田を二反抵当に取って貸しましたよ。五万円貸したのですが、期限が来れば、二反の田が自分の物になります。損はしません。あっはっはは・・・」
桐久保さんは、大声をあげて笑いをやめない。
清廉潔白だと思っていた桐久保さん。貸さないと思っていたのに、先きほど金を貸したのは抵当で、むしろ金が儲かると思う惨いがめつさがそうさせたのだ。
笑って話した桐久保さんに、梶野先生はあきれてしまった。
平野さんの借金は、息子に嫁を取る結納金だと言う。年が来れば嫁をもらう事は分かっていて蓄えておいた金を博打に取られたと言う。その借金を、意見しないで損得の算盤で貸した桐久保さんの、非人情が山持ちの旦那で大らかな道義的な人とみていたのは、どうやら間違っていたと梶野先生は思った。
奥さんが、小皿に盛った、ソーセージとビールを持って来た。桐久保さんは
「お茶代わりです。一つどうぞ」
と、コップをとりあげ、梶野先生に渡してビールをすすめた。
家庭訪問も勤務中だ。薦められて梶野先生はとまどったようすだ。
「先生よろしいでしょう。召し上がりください」
奥さんが横からお愛想を言った。
「先生。仕事中でいけないと言われれば、私が薦めたんだと言いますよ」。
桐久保さんは、先生の行動まで意のままになると思っているのか。それともお世辞なのか、梶野先生が断わるのを押し切って、コップにビールを注いだ。
「ごゆっくりして下さいませ」
梶野先生に、奥さんが再びお愛想を言い、
「無くなれば知らせてください」
桐久保さんに言って台所に下がって行った。
「お茶がわりです」
梶野先生に再び薦め、桐久保さんはコップを持つとビールを一息にのみほし、ソーセージを一切れつまんだ。
「先生。村の子供のことと仰ったが、子供がどうかしたんですか」
ビールを飲むと気持に余裕が出来たとみえて、桐久保さんは心安げに尋ねた。
「隆君のことは、またお話するとしまして、別なことなのですが、最近、桧牧区と自明区の子供たちが、仲たがいをしているふうに思えるのです。それについて何か心あたりが有りませんか」
梶野先生は学童たちのことを聞くといっしょに、自明区の粉川君の母親から聞いた、学級委員の選挙の事を話した。
ビールを飲んでいた和らげな表情が変わって、桐久保さんは緊張した顔つきになって、学級委員選挙の話を聞き終えると
「桧牧区と、自明区のもめごとの始まりは、桧の伐採です。それに嶽登りに神酒のごまかしで喧嘩。前田にも困ったものです。おまけに人を誘って賭博までする」
桐久保さんは、桧牧区と自明区の学童間の感情の対立の全てを良く知っている風だ。
それを聞いて梶野先生は、いつか桐久保さんに言ったことを再び、「前田さんもいけないが、自明区の峰垣さんの立木を伐った、その手違いが原因だから、村の指導的立場の桐久保さんとして、解決への策をどうしてたてないのですか」と、言いたかった。が、言って桐久保さんの心をたかぶらせて、ことが面倒になると困るので言わなかった。
梶野先生が黙ったので、桐久保さんは自説が受け入れられたと思う満足感からなのか、それともビールの酔いの心地良さなのか、腕時計を見て
「次に廻ろうと思いますから、今日はこれで失礼します」
と、立ち上がった梶野先生に
「まあいいじゃありませんか。私ばかり飲んで。先生も少し位ならいいでしょう」
と、しっこくビールをすすめ、のころ少なくなったビールに気づき、台所にいる奥さんの方へ追加を言った。
桐久保さんを意固地にならせないため、梶野先生は少しはよかろうと、差し出されたコップに初めて手をつけて、桐久保さんの意に従ったのである。

落ち椿

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 花落つる音

 庭の藪椿が咲き始めた。藪椿は周りの冬色に染まらず衰えのない緑色の葉と、まるで情念を硬く握り締め耐えているような蕾を持つ。だがその硬い蕾に少しの彩が乗り始めると花の開きは速く、前(さき)に紅の灯かりがほんの少し見えたかと思うや、すぐさま包んでいた萼(がく)は、薄緑の絹衣を艶かしくハラリと脱ぎ捨て、八分咲きの蕾となる。そしてすぐ妖艶な咲き誇りとなり、妖艶の香を残したまま潔く落花するのだ。そして、桜のように一時に散らないから、花期は長く情念の炎が晩春まで燃え続けているように見えるが、花一つ一つの寿命は短い。咲き始めるや、毎日「ポトリ、ポトリ」と落花する。そして情念の残り火をいつまでも燃やすように地面を染めていく。樹木に咲いている時より、落ち椿となり地上で燃えている時のほうが長いのではないだろうか。
暖冬で例年より早く咲き始めた庭の藪椿に、思いがけなく名残雪がかぶさった。春を呼ぶ雪が来て、春の木(椿)の彩を包んでいった。春を呼ぶ紅の灯りが雪のなかでチラチラと灯った。なんと美しい。これほどに名残の雪が似合う花とは思いもよらなかった。素晴らしい季節の手渡しを見せてもらった。淡雪を肩に受け椿の前に立ちつくす。
そして、赤い水滴が「ポトッ」と落ちるように花が木から離れた。しかし、空からひっきりなしに舞い降りてくる大きな雪片に、落下の音は吸い込まれて無音であった。
落花に音はなかった。
 椿の花が落ちる時は、かなり大きな「ボタッ」と言う音がして、いつも私を驚かせていた。私はこの音が怖いのだ。
 子供時代に住んでいた神社の境内に、私一人では、抱きかかえられないほどの大きな藪椿の木があった。花のころ、一面に敷き詰められた紅の花に糸を通し、いくつもいくつも花を夢中で重ねて行き首飾りを作った。紅い花の敷物の真ん中に座り込み、一つ二つと繋ぎ重ねていく。まだ残っている花の蜜を時々嘗めながら繋いで行く。出来た首飾りは、ずっしりとかなり重たく感じた。まだ情念などと言う言葉を知らない少女だったがその重みに妖しげなものを感じたものだ。
そして、あの日も首飾りを作ろうと友達を誘って学校から駆け帰った。背中のランドセルがカタカタとなっていた。そして、藪椿の前に立ったときに私たちは見たのだ。
大きな藪椿の大きな枝に、蛇が絡み付いているのを。
ふと見上げた目と蛇の目が会ったような気がした。もう首飾りところではない。二人して手をひっぱりひきずりあうように逃げ帰った。
そして友達が言った。「蛇は椿の花を食べていたのだ」と・・・。
私の机の上には、前日に作った椿の首飾りが置いてあったが、なんとなくそれまでが、蛇のように動いた気がして、私は夢中でその首飾りを庭に捨てた。
それからはその藪椿の前を通るのが怖くてしかたがなかった。
 椿は「ボタッ」と落ちる。それは静寂を破って蛇が「ボタッ」と木から落ちる音のように聞こえるのだ。怖かった。花まで怖く見えはじめた。紅の花は、幾人もの女の人の無数の赤い口のように見えはじめ恐ろしくなった。
そして、そればかりではない。
神官の父が、村人と反りが合わないのか、父は少し病み始めていたのだろうか。氏子総代たちに「境内の大椿の樹から、夜にモールス信号のようなものが聞える」と言い出したのだ。「その信号を誰か、分かる人はいないだろうか。解読したい」と・・・。
皆、父をあきれ返って見る。そして、「イトちゃん(お嬢ちゃん)も可愛そうやな」と私に哀れみの目をむける。私は父が変になったとは思いたくなかった。きっと宇宙人か何かが本当に信号を送って来ているのだと思った。私はこっそりとその太い藪椿の幹に耳を当ててみた。何も聞えない。ただ椿の葉擦りの音がするだけだった。突然「ポトッ」と静寂を破って音がした。「ポトッ」「ポタッ」「ボトッ」。まわりにこだまして響いて行く音だ。
「蛇が落ちてきた!」「怖い女の人に食べられる!」そんな事が頭をかすめた。私はモールス信号ところではない。一目散に逃げ帰った。家の中に入っても動悸は治まらなかった。
それが落花の音だったのだ。それ以後、藪椿の傍を通らなくなった。首飾りも作らなくなった。
そして私たちは神社を去った。
しかし、いつも思い出すのはあの大きな大きな藪椿の樹だ。父が胃がんを患い、余命僅かと知らされた時、私は何故だかあの藪椿が気になり昔住んでいた神社に足を向けた。
藪椿の樹はなかった。伐られて境内にはなかった。どうしてあんなに立派な樹を伐ってしまったのだろう。私には解せなかった。あれは樹齢何年ぐらい経ていた樹だろうか。古き良きものを排除する時代、そんな風むきだったのだろうか。悲しかった。いまでも思う。あの藪椿が残っていたら、村は観光名所になっていただろうにと・・・。
 そして父は亡くなった。父は草花より樹木に咲く花が好きな人だった。泰山木、馬酔木、梅、花海棠、 沈丁花と、いろいろと自宅の庭に植えていた。しかし、どうしたわけか藪椿はなかった。
我が家の藪椿は、住宅周辺の開発が始まり丘や山が、ある日突然のように潰され、何台ものブルドーザーが唸る日々になった。夫と私は急いで、山の躑躅(つつじ)、藪椿を庭に移植させた。その藪椿が大きくなり、実を零し、芽を出し、いまや十本近くの藪椿が庭に林立している。つらつら椿である。裂割した堅い実は「お花炭」に作り代える。葉はツバキ餅に使う。手水鉢に花を浮かべもする。一年中楽しめる樹である。
が、落花時の「ポタッ」には今でも飛び上がっていた。
しかし名残雪の日、舞い散る雪の中で藪椿の花の落下の音はなかった。
仏を供養するために花をまき散らす散華がある。私はいくつも落椿を拾って家の中に撒いてみた。そしてその真ん中に座ってみた。
子供のころ、恐ろしい女人の紅い口のように思った花は、気さくでお喋り好きなおばちゃんたちのように私に話しかけてきた。
「形を崩さず花が重たいから、音が聞こえるだけ」。「軽い花だって本当は落ちる時、音がしてます」。「花への思いは人に寄っても、同じアンタでも、その時の環境や背景で感じ方は違いまっしゃろ」。「小さくとらわれんと、静かな心で、花の音を聞いてみなはれ」と大きな紅の口は喧しいこと。
「いつも音を伴なう椿の落花に、音なしの<落花の音>があった。」それなら、「ハラハラ散り落ちる<音無しの落花>に<音>を聞く事も出来るかもしれない」と思った。今度耳を澄ませて見ようと思う。落花、散花、どちらにも音(魂)があるはずと思う。


             「一本の道を」         坂村真民

                木や草と人間と
                どこがちがうのだろうか
                みんな同じなのだ
                いっしょうけんめいに
                生きようとしているのをみると
                ときには彼等が
                人間よりも偉いとさえ思われる
                かれらはときがくれば
                花を咲かせ
                実をみのらせ
                じぶんを完成させる
                それにくらべて人間は
                何一つしないで終わるものもいる
                木に学べ
                草に習えと
                わたしはじぶんに言いきかせ
                今日も一本の道を歩いて行く
   書き写しノートより




   「早春」     木村徳太郎「馬鈴薯の澱粉」ノートより
 
               ちらちら 薄陽
               ビルの壁
               街路樹(なみき)の枝の
               小さい芽。

               北向窓の
               残り雪
               しづくの露も
               日に和む。

               ちらちら 薄陽
               僕の手に
               うっすら早春を
               もってくる。

2007.03.17

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