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弘ちゃんは生きている(48)木村徳太郎作(未完)
「桐久保さんがそのように理解のない人とは思えませんが・・・。弘君の欲しがった自転車を買ったりもなさっているじゃないですか」
梶野先生は、弘が自転車を買ってもらったことを知っているので父親の話を否定した。
その時、聞くともなく聞いていたおっ母が
「自転車を買って下さったのは考えあってのこと。そんな人情のある人と違います。桐久保さんがケチなのを知っている人は、働かせてもらうことをいやがっています。誰もきっちり働かないし、仕事が丁寧で気の良いうちの人が安うに使えるから、子供に自転車を買って、親切ごかしにつないでおこうと思っているんです。うちの人はアホやから、それが分からないで、桐久保さんに親切にしてもらっているように思っているだけです」
と、話に割り込んできた。桐久保さんの根性を、みすかしてでもいるように、ずけずけと言う。それほどにも梶野先生は思わないが、桐久保さんの家に行ったときに聞いた平野さんの借金のことを思い合わせると、うなずけないこともなかった。
「それが分からないで、弘まで自転車に乗って喜こんでいる。けがらわしゅうて、自転車をつぶしてやろうかと思いますわ」
桐久保さんへの憎しみが弘の上に飛んできた。あまりのきつさに梶野先生は黙って聞いているだけで返事も出来ない。
続けておっ母は話しかけた。が、そのとき菓子を買い出た弘が帰って来た。
おっ母は、弘から菓子を受け取り菓子鉢に入れ替えようと、食器戸棚の所に行ったので話は中断された。かわりに弘が、
「寿司をこしらえたの」
皿に盛られた巻きすしをみて父親に聞く。聞かれて
「熱い茶をいれますから、召し上がって下さい」と、
父親は出されている寿司に気がついて梶野先生にすすめ
「先生がもってこられたんや。家のもんではない」
と、弘に説明をした。その時、おっ母が菓子をもってきたので、梶野先生は
「お菓子を頂きます。弘君にすしを上げてください」
と、弘に寿司を手渡した。
父親は梶野先生に菓子を薦め、自分も食べながら、土間のはしっこに行った弘のほうに目をやり
「私が、桐久保さんに出入りしてますし、弘も自転車を買ってもらったりして、坊んとも、仲良くしておりますんで、親切な人だと思っているかもしれませんし、子供には深いことが分かりません。こんなことは聞かせたくないのですが」と、桐久保さんに逆からって、正しいと思うことを言うと、桐久保さんは頑固に周囲に持説を主張して、相手をこぼつ。その持説は全てが、山持ちと言われる旦那の体面を保つもので、本当の親切でなく自分を肥やすために、親切でごまかして他人を手なづけるそんなやり方が、桐久保さんだと声をひそめて話し出した。
梶野先生も桐久保さんの家を訪ねた時、平野さんの借金からそのようなことを感じていたので、弘の父親がひねくれて人をみているとも受け取れなかった。
「伐木のことが解決つかないかぎり、これからもいろいろともめるでしょう。学校の水道もその良い例です」
桐久保さんのことから父親は別なことを話し出した。
「水道と、言いますと・・・」
問い返す梶野先生に
「いままでは、何事でも、区の公ごとに金がいるときは、区の山の間伐で金を作りましたが、町村合併で区の山は個人持ちになり、おいそれとは出せないでしょう。何十万もの大金は、桧牧区と自明区を合わせて百軒足らずの村ですから、集りそうにも思えません」
「でも、区民の寄付はとにかく、町の議会で補助金も考えてもらえるでしょうし、よく分かりませんが、出来るのではないでしょうか」
学校経営は校長の仕事。梶野先生は経費のことには関心がない。思っていることをなんとなく言ってみる。
「区民のあいだに、いざこざのない時は寄付金もお付き合いで出すでしょう。だが、今のありさまでは、誰でも金を出すのはいやでしょうから、争いを口実にして、きっと出さないと思います。それに育友会の役員で金持ちの桐久保さんが水道を引くことに力をいれていないし、さっき言いましたように、もうけることには動くが、金を出すことにしぶい性質(たち)ですから、水道のできあがるのは、ちよっと難しいのと違いますか」
「増築校舎も出来たし、学童の衛生、用水、防火等の面からも水道は必要なのですがね」
学童と実際に日々を過ごす梶野先生は、出来上がりが難しいという父親の気軽なあきらめのような気持にはすぐになれなかった。
弘のうちに訪問して来て学童の間の対立は、区民の争いが影響していること、桐久保さんが財産家の立場だけで他人へのおもいやりのない、意固地な人と分かって村の事をいままで以上に知れたことの喜びと共に山村の因循姑息さを味わい複雑な思いになった。
外に出ていた美代が帰って来た。弘が寿司を食べているのを見て、
「兄ちゃん。お寿司を食べてる。私の分はないの」
真珠玉の糸通しをしているおっ母の傍へ行ってぐずりだした。梶野先生は
「美代ちゃん。これをあげよう」
兄弟喧嘩をさせまいと、先手を打って菓子の皿を美代に突き出し
「弘君。美代ちゃんにもあげなさい」
と、おっ母よりもさきに梶野先生は言った。
先生に言われて、弘は残りの寿司を持っていた箸と皿を美代に渡した。
「ゆっくり話が聞けて、学童たちの事が良く分かりました。長い時間おじゃましましたね」
梶野先生は弘の父親に言い、なにかをめぐらすふうに立ち上がった。
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