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弘ちゃんは生きている(50)木村徳太郎作(未完)
桧牧区と自明区の学童の対立感情が、事を起したのだろうが金銭にまで手をつけるのは酷い。山間部の貧しいことに頷けるが、今まで人情がそんな事を起こさせなかった。それだけに感情の対立を見ると、常識では考えられないことに発展して行くのだろうか。
平田先生も梶野先生も、この学校に来て四年。その間にこのような悪質なことは起きなかっただけに、処置の判断に苦しんだ。
田中先生、伊藤先生が弓子たちと戻ってきた。
「鍵は掛っていて異状はありませんでしたよ」
田中先生の報告を聞いて、
「古川君。何処かに落としたんじゃないか。よく捜してそれでも見つからなかったら、もう一度言ってきなさい」
と、弓子に言い
「よく届けてくれました。校長先生にもお話を申し上げて、そのような悪戯が起こらないようにします。今日はお帰りなさい」
と、平田先生は児童たちに下校を促した。
鍵のなくなったことを、先生に知ってもらって心が落ち着いたのか、児童たちは、古川弓子を中にして教員室を出て行った。
児童が去っても、遠藤さんがいるので先生立ちは問題にふれたくなさそうだ。が、遠藤さんが詮索心をおさえることが出来ないと見えて、
「桧牧区の子に、性質の悪いのがいまっせ」
と、事件の続きを話たげに口をきる。が、村人をこじらせるようなことには、口出ししないようにと心がけているのか、先生たちは返事をしなかった。
先生たちが話しにのらないので、遠藤さんも気まづくなったのか、来客用の丸テーブルに置かれていた朝刊を手にとり、
「校長先生、遅いですな」
と、一人ごとのように言い、新聞に目を落としている。
先生たちは、校長先生を待つ遠藤さんがいる上に、盗人事件が出てきて教員室を素直に出、家庭訪問に行けそうにもない。各自の机の上の教材や書類をなんとなくいじっていた。
スクーターのエンジンが、校門のところで止まった。
「みなさん。どうも遅くなりました」
校長が、慌しげに教員室に入ってきた。
「先生。水道の見積書を持って来て、待たせてもらってました」
「それは、ご苦労さん。こちらに来ていただきましょう」
遠藤さんを誘って校長室に行きかけた。と、平田先生が
「ちよっとお話がありますので」
校長のそばに寄り、先ほどの事件のあらましを耳打ちした。聞き終わって、校長室に遠藤さんを案内して待たせて、平田先生から、再び詳しく聞いた校長は、児童間の対立に気付いていないから、
「甘やかすから、ろくでもないものが出る。教師をなめよる。朝礼の時、児童に話をしましょう」
自分が無視されたとでも思い怒っているかのような、口調で荒く言い
「諸君はこれから家庭訪問ですね。よろしく願いますよ」
と、言い残して校長室に戻った。それを機会に
「みなさん、出かけましょう」
そそくさと仕度をして、田中先生が訪問に出かけるためにたちあがった。
梶野先生は、児童間の感情の対立が、区民の事から起きている事を知っている。だから、校長と遠藤さんが話している水道工事に、このさき起きるであろうと思われる障害が気になって、他の先生方のように、気軽に外へ出て行く気持になかなか、なれなかった。
☆
「二十二万五千円とは、費用がかかるものですね」
校長は見積書を見て。平田先生とおなじようなことを言う。
「校長先生。新しい井戸を掘り、郡内で一番の水道施設を持てばそれ位はかかりますよ」
「至方がないか」
いくら金が掛っても自分の腹は痛まない。それだけの金を集める事が、可能か不可能かの問題だが、校長は集められると思っているのかおうように頷く。
「増築校舎も出来て、おまけに郡内一の水道施設校となれば、先生も鼻が高く名誉なことでしょう」
遠藤さんが、校長をおだてるように言う。
「そう。わしの手柄になるなぁ」
と、言いかけて
「いや。生徒がかわいそうと思うからのことで、遠藤君も村の一員として、工事費用を集めるために、努力してもらいたいね」
と、慌てて児童のことに話を持って行った。
「応援しますとも。仕事を貰って不景気が消えて、大助かりですわ」
「この学校に来たうえは、親戚のお前さんに、よい仕事を持っていってやろうと努力している。この気持分かるだろう」
「分かっていますよ。その印に菓子でも買いましょうか」
笑顔で冗談ごとのように言って、立ち上がった遠藤さんは、用務員さんのところへ行き菓子を買って来ることを頼んでいる。
しばらくして、とりどりの高級菓子が二人では食べきれぬほど用務員さんが買って来た。
「お裾分けや」
遠藤さんは菓子を取り混ぜて、一つの紙袋へ詰め用務員さんに渡している。菓子を食べながら、校長先生と遠藤さんの話が続いた。
「今日、教育委員会へ話しに行って、早急にかかれと力付けられてきた。後は経費の問題だが、上手くいくだろうか」
校長の心配気な言いぶりに、
「何を言うてはります。学校のことやおまへんか。すぐ集りますがな。区民一軒の割り当てが千五百円ほど。そのうちには大口も有りますから、一軒千円にもなりまへん。可愛い子供があがっている学校のことですから、誰も反対はしませんよ」
校長が不安げに言ったことを打ち消し
「どうです。育友会長の楠田さんにも来てもらって話をしておけばどうです。よい機会やおまへんか」
と、つけ加えて言った。
「なるほど、育友会員に話すとしても、先に会長に話してご機嫌をとっておいたほうがよろしいですな。電話をしてみましょ」
遠藤さんにハッパをかけられて、校長は教員室へ電話をかけに行った。
かけ終わって校長室に戻ってくると
「すぐ来てくれるらしいわ。飯がまだやが、後回しにして先に来てくれと言うてる。わしも先に来てくれと頼んだ。」
「それは、都合がよろしいわ。ちよっとやりながら話しまひょか」
遠藤さんは手で酒を呑むかっこうをして、校長の返事もまたずにやりと笑って、また用務員さんの所へ行った。
用務員さんは、遠藤さんからお礼をもらったのか、いつもむっつり顔だが学校の用件でもないのに、手早く皿にアラレを盛り、数本のビールをにこにこと愛想良く運んできた。
「コップをもう一つ頼むわ」
校長が用務員さんに催促する。
コップが届くと同時に育友会長の楠田さんが顔を見せた。
「お忙しい所を恐縮です。水道施設の事で、遠藤さんの見積書を会長さんと一緒に、ご相談しょうと思いまして」
楠田さんに椅子を勧めながら校長が言った。それに合わせるように遠藤さんが
「会長さん。お昼はまだやと聞いて、これを取っておきました」
と、お愛想を言って、机の上に置かれているビールを指差した。
「これは、これは。でも、昼から学校で酒を呑んでは、ちよっと悪い気もしますなぁ」
と、言うものの言葉とうらはらに、にっこり笑って椅子に座りなおした。
遠藤さんがビールをコップに注ぐ。
「遠慮なくいただくとしますかな」
楠田さんの声で、校長も遠藤さんも、コップを持ち上げた。
アラレをビールのあてにして、ぐいぅと三人はビールを呑み、水道施設の話が弾む。
アルコールが入ると、人間は打ち解けるものらしい。
「校長さん。楠田さん。この工事は是非、うちにやらせてもらえるようにお願いしますわ。完成すれば、少しは儲かります。お礼はさせてもらいますよ」
三本のビールがほとんど空になっている。遠藤さんの顔がビールのせいで赤い。少し酔っているようだが、水道を引く話だけは、けじめをつけておきたいと見えそんなことを言う。
「大丈夫。まかしておきなさい。校長とお前さんは親類や。おれも同じ村の者に損はさせん」
楠田さんもアルコールが入って、気が大きくなったと見える。育友会の方は自分がどうにでも出来ると言った風に強気だ。
「礼よりも、気分良うに呑みとなったなぁ」
遠藤さんが言ったことを受けて校長が笑いながら言う。
礼とはどんなことをさすのか。水道施設工事で遠藤さんが儲けると、それを校長にも、楠田さんにも分けると言うのだろうか。三人は心が合ったのか話が弾み声高く話している。
「水道を引く現場を一度見ておこう」
楠田さんが、思いついたように言う。
「会長。見なくっとも大丈夫ですよ。私もしっかり見て、大丈夫だと思ったところですから」
校長は水道を引く事が、もう成功したように思い込んでいるのか、現場を見に行こうとする楠田さんを止めてビールを楠田さんのコップに注ぎかけ、ビール瓶が空なのを見て、
「もう終わりか」
と、残念そうに呟いた。その呟きをうけて、
「どうです。校長先生、楠田さん。もう用事も済んだしこの弾みで、町へ飲みに行きましょ。私がおごります」
と、校長と遠藤さんを誘った。
「何処へ行く?」
楠田さんが問い返す。
「まかして下さい。町でも私は顔がききます。」
自慢気に遠藤さんが答える。
「そうか。まかせておこか」
楠田さんは、遠藤さんに合槌を打ち、
「校長さん行きまひょか。水道工事の打ち切り話もここでは決まりまへんな。一杯呑みながら、けじめをつけておきましょう」
と、校長を誘った。
育友会長の誘いなので、校長もことわりかねたのか、
「自動車を呼びましょうか」
と、電話をかけに再び教員室に行く。
かけ終わって、用務員さんに
「一寸、町まで学校の事で打ち合わせに行く。日暮れ、皆が家庭訪問から戻るまでには帰って来る。留守番を頼むわ」
と、ビールを呑んでいたことなど、すつかりけろりと忘れ、真面目な顔で用務員さんに頼んでいる。
それを受けて、遠藤さんが
「おばさん。わしにまかせておき。後で礼はたっぷりするから」
と、校長を助けて横から用務員さんにご機嫌をとる。
電話で呼んだハイヤーが来て、三人は乗り込んだ。
その時、「歩き」で村人の雑用を引き受け、なけなしの賃金を得て生活をしている桧牧区の前田さんが、仕事の帰りか、校門前を通りかけた。
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