来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

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弘ちゃんは生きている(52)木村徳太郎作(未完)
伐採の争いから桧牧区と自明区の敵対感情が目に見えて現れている。
発言がない。私語がそうぞうしいだけだ。感情の対立が総会に持ち込こまれているのだ。
「会長に一任」
西側の自明区から声がとんだ。
会場を見つめていた楠田さんが、その声に救われたように、
「工事請負人は、一任願うとしまして、寄付が個人割り当てか、どちらにするか、お協議願いたいと思います。」
「賛成、賛成」
自明区民が、一勢に叫び盛んに拍手を送った。が、拍手が弱まった時、山田さんが再び立った。
「工事請負人の一任は承認できません。賛成は、明らかに自明区の方が多く、桧牧区の方々は、得心しておられません」
自分の言葉に了解を求めるように近くを見回した。
「そうだ」「そのとおり」
座ったまま大声で数人が答えた。
そのとき、歩きの前田さんが、のっそりと立ち上がった。
「これは初めに仕組まれていたのと違いますか。この前見ましたけど、校長、会長、遠藤さんが、昼から学校で酒を呑んで、おまけに自動車で、町の料理屋へ行きはりました。学校の用事かと思いますが、遠藤さんまで一緒はおかしおます。遠藤さんに工事をさせる打ち合わせを、料理屋でしはったのでしょう。タクシー屋に行き先を聞きましたら、そしたら、九重ヘ三人が行きはりました」
先日の校門前の事を思い浮べているのだろう。目をしょぼつかせて自明区民の方に目をやって言う。
前田さんの育友会場らしからぬ、とんでもない発言に会場の私語が一瞬途切れた。が、石が池に投げられて波紋が広がるように、私語のざわめきがすぐに広がり、玩具箱をぶちまけたかのように会場がどよめき始めた。壇上の楠田さんは、怒りを顔に表して前田さんを睨んでいる。心は恥ずかしいのだろう。
校長は豆鉄砲をくった鳩のように、腕を組んだまま、目が宙に浮いている。
遠藤さんが立ち上がった。
「今の発言は、私が工事をひきうけさせてもらうために、事前に打ち合わせが行なわれていると言うふうにとれます。」
ここまで一息に言って、息を切った。と、その瞬間
「その通りと違いまっか」
前田さんが、また立って半畳をいれた。
「私が、参考のため見積もりはしましたが、工事引き受けの工作の覚えは有りません。それを、本日皆さまに協議していただいているのです。それを個人的な飲食にかこつけて、何事か企んでいると言われる発言は、個人の行いを誹謗される事、はなはだしいと思います」
遠藤さんは、弁解でもなかろうに顔がまっ赤だ。
遠藤さんの言葉で、楠田さんは元気を取り戻したと見える。
「遠藤さんのお話通り、決定ではなく協議をしているのです。誤解のないようお願い致します」
早口で喋った。
騒ぎが少し落ち着くが、誰の発言もなく時間がたつばかりである。暫らくして、過ぎる時間を取り戻すように、
「仰る通り協議でありましょうが、一会員が水道工事について、事前になにか打ち合わせが有ったと言う説が出ました以上、協議を行いましても、疑惑がつきまとってまとまりそうに思えません。そこで提案します。協議は後日に改め、本日は閉会とされてはどうでしょうか」。
山田さんが、最後の決をとるふうに提案をした。
「賛成」「賛成」
桧牧区、自明区からも、数人の掛け声がとんだ。それに引き摺られるように、壇上で顔を強張らせている楠田さんに関係なく、多くの人々が拍手をうったのである。

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  花陽炎

 「花より団子」と言いますが、大好物の桜餅を食べるのも忘れ、私は花の中を飛び回る虫のようになっておりました。あるいは花の海を泳ぐ魚であったのかもしれません。
「処刑場の跡地」「火葬場の跡地」「人が踏み込まない地」。知人からの予備知識はどれも、おどろおどろしたものばかりでした。梶井基次郎の「桜の樹の下には屍体が埋まっている」。坂下安吾の『桜の森の満開の下』では女が鬼になるのです。恐いものみたさの興味もありました。少し恐い気もするので賑やかなオバサマたち五人と、地下鉄「北大路」からタクシーで紅紫色のツツジのちらほら見える山道を越え、さらに金閣寺から八十八ケ所の山の一つを越え、いきなりストンと落ちる台地の集落を通り過ぎ峠を越えました。昔なら人が近づかない秘境でしょうか。
 突然目の前に桜の丘が広がりました。「京の桜の隠れ里。紅しだれの原谷苑」。個人の山のためか、桜の開花情報(花便り)は新聞に載りません。が、年々観桜に訪れる人が増え、「開苑同時に行かないと沢山の人」と聞いていました。その日の入苑料は1200円。料金は桜の咲き具合で当日の朝に決まるそうです。一番乗りの入苑で、朝早い冷たい空気は清々しくほんのり桜色に染まっているようでした。吉野桜と一重の彼岸枝垂桜は終わっていましたが、八重の紅枝垂桜が約4千坪の丘を埋め尽くしていました。壮観です。百数十本の紅枝垂桜が主役となり、黄桜、みどり桜、御室桜、ぼたん桜、普賢象、菊桜などあります。とにかく桜、さくら、サクラ、の濃淡の世界なのです。空が見えないほど桜で埋め尽くされていました。咲いている花を見上げるのではなく、桜の木と木の間を通り抜けられ、まるでもう桜色の綿菓子の中に入り込んだ錯覚を起こさせるのです。息苦しいほどの薄紅色の世界。
 苑内は弁当持込み禁止です。茶店で桜餅を買いました。まだ人影は疎らで、私は<かくれんぼ>をしたくなりました。この桜の中に埋もれてしまって、私は神隠しにあいどこかへ消える。どこへかは分からないけれど消えてしまうのです。そんな夢か現(うつつ)か分からない思いがふとかすめました。地面まで垂れ下がった枝垂桜は、手で触れられます。それはまるで上等のオーガンジイの柔かく垂れ下がるピンクのリボンのようで、そのリボンをかき分け進みます。
 (私の花見の原点は、少女時代に過ごした奈良の山奥の桜にあります。いまのように桜を求めて名所に人が溢れることもなく、山頂に一本だけ咲く山桜。村人が沢山のご馳走を持ちより、桜の木を囲んで宴が始まるのです。神主の父が、祝詞を読み田植えの安全と豊作を祈ります。「桜は、人間より高い所から眺め、人々の幸せを見守っている」そして「桜の木(神様)と一緒に人は踊り騒ぎ自然と共に生きる」。そんな事を教えてもらったような気がいたします。
母親を早く亡くし、私は祖母の作る粗末な食事しか知りません。本来なら父の仕事中は、家で待っているのですが、その日は「おまえも来い」と村の友達が誘ってくれるのです。沢山のご馳走、御寿司は、炒り卵や、ピンク色の桜でんぶで彩った花形をしていました。分厚く甘い卵焼き。海苔巻きには、蒲鉾、牛蒡、三つ葉、椎茸、干瓢、高野豆腐などたくさんの具で太く巻かれ、煮〆、煮豆、それにお餅まで、溢れるようなご馳走が並びます。子供たちは水筒にお茶を入れ、大人たちはお酒を持って集まるのです。
私は三、四日は食事をとらなくっても良いほど、それはもうお腹がはちきれるほどにご馳走を頂き、後は鬼ごっこをしたり童謡を歌ったり、楽しい一日でした。私は嬉しくって誰かれとなく、こましゃくれて話し掛けます。優しい顔をしたお爺さんが、
「嬢ちゃん。桜の花は一人では散らないんだよ。散る時は全部の花が咲き揃ってから一斉に散るんや」
「大人になったらもっと桜の美しさが分かるようになる」。
そんなことを言ったように思います。でも、私は桜の花より大きな卵焼きのほうに、心も甘く奪われていました。それは、ゆらゆらと陽炎が卵焼きを包みこむ桜色の春の一日でした。そんな春の日を思い浮べるのです。)
そろそろと、苑に人が増えて来ました。人々は桜の下で動き回る沢山の蟻のように見えました。そして、私は増えてきた人混みで一緒に行った人たちと逸(はぐ)れてしまいました。しかたなく、一人で床机に腰掛け、枝垂れる桜を手に乗せてみて私は気づきました。桜は満開なのに、地面には花びらが見当らないのです。もちろん、桜吹雪などありません。枝垂れた先の蕾は二つ三つを残したまま。全部は咲ききっていません。最後の、最後の一つが咲けば花は一斉に散ると言うのでしょうか。どれだけ満開に咲き誇っても、すべてが咲かないと散らないのでしょうか。
子供のときの花見で聞いた、あのお爺さんの言っていたことは本当だったようです。
あのときのように足元から、陽炎がゆらゆらと上って行きました。
 これまで沢山の桜を見てきました。ピンクの単色が遠々と続く桜並木。残り少ない花びらに紅の葉を重ねる山桜。柵で囲われた名所の桜。雨の日に一人で眺めた土手の桜。桜色の山。視界が見えなくなる桜吹雪を車で通ったこともあります。一面の花筏を眺めた朝もありました。そんな時、身も心も桜色に染まり、日本人で良かったと幾たび思ったことでしょう。
 しかし私は、桜に、花に、(咲き初め。満開に咲く。散る。)それだけを見ていたのではないかと思います。今、私は枝垂れの先に残る二つ、三つの蕾に、どこまでもどこまでも底深い桜の美しさを見ました。
 長い道中で、タクシーの運転手さんが話していました。この苑は個人の所有で、桜好きの老人が一本一本(特に枝垂桜)を植えながら楽しんでおられたのを、年月を経て数が増えその美しさを
「他人にも見せたい」
と、開苑されたそうです。
「持ち主は普通の田舎のお爺さんですよ」
と、運転手さんはこともなげに言っていました。
 私は桜の花の中の虫となり、魚になり恍惚としていました。これだけの桜を一本一本世話をするお爺さん。寝静まった閉苑後は一人で散策するのでしょうか。空を覆う桜の木々から、わずかに洩れる月の光を受けて、一本一本の桜に話し掛けていくのでしょうか。私は眩暈(めまい)を覚えました。桜の下に眠る美女たちが、美しい桜となって妖しく立ち並ぶのでしょうか。そこに一人のおじいさん。
私の幻想は膨らむばかりでした。そんなことを思って私は妖艶の世界にいました。
 逸れていた知人が、私を見つけてくれました。桜餅を食べることも忘れ、幻想、幻覚に入りこんでいた私を悟られないように、急いで膝の上の桜餅をバッグに押し込みました。
「私、どうも桜に心を奪われていたみたいなの」
「月光を浴びてこの中に立っている私を想像して・・・」。
一斉にオバサマたちがケラケラ笑い出しました。
「春は頭が可笑しくなるから、しっかりしいや」。
どうやら桜に化かされたのは、私一人だけのようでした。
 それにしても、この桜苑の持ち主は、
「願わくば花の下にて春死なむその如月の望月の頃」。
と詠んだ西行のように思えました。顔も知らないお爺さんですが、西行の生まれ代わりではないかと思いました。西行が、現生でせっせと桜を植えているのではないかと・・・。
押し合いで乗った帰りのタクシーで、食べていない桜餅がつぶれました。強い桜の匂いがしました。その強い匂は美女が香りを残し、通り過ぎていったように思えました。子供のときに聞いたお爺さんの桜談義。
「桜の花は一人では散らない」「大人になったら桜の美しさが分かる」。
私は、月夜の妖艶な桜を幻覚し、桜に化かされ、大人を見たのでしょうか。




 ヒキザンノウタ    作曲 吉川孝一 
                    作詞  木村徳太郎

                                   (童芸S17.06月号) 
   
 
             リンリンリンゴ 三ツデス

             ヨイコノホウビニ アゲマセウ

             オイタスルコハ アゲマセン

             __ソウレ

             ヨイコガ一ツ イタダイタ

             アトニ二ツ  アリマスネ


             リンリンリンゴ 二ツデス

             ゲンキナコドモニ アゲマセウ

             ナイタリスルコハ アゲマセン

             __ソウレ

             ヨイコガ一つイタダイタ

             ノコリガ一つアリマスネ


             リンリンリンゴ 一ツデス 

             ベンキョウスルコニ アゲマセウ

             オサライセナイコ アゲマセン

             __ソウレ

             ヨイコガ一ツ イタダイタ

             アトニハリンゴ アリマセン


             リンリンリンゴ アリマセン

             リンゴナクテモ ヨイコニハ

             トウサンカアサン ネエサンガ

             __ソウレ

             タクサンホウビ クダサルネ

             ミンナガソロッテ クダサルネ。


2007.04.25

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