来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

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水彩画作品(57)と自由帳(36)

水彩画作品(57)

今回の作品は、昨年の5月に描きました。

昨年の5月20日付け朝日新聞の「Be on Saturday」に千恵子抄の記事が関係写真とともに掲載されました。、その時の写真が凄く目を惹きましたので、絵にしたくなりました。

その時の新聞を保存し忘れましたが、残雪の峰々は安達太良山、画面下方は阿武隈川上流です。そして新緑に包まれた山の裾に農家が点在しています。

写真は、この絵よりかなり込み入っていましたが、写真から絵を描く時は省略が大事と思って極力簡単化につとめました。それでも絵全体がごちゃごちゃになりました。

この絵も、新緑と鯉幟で爽やかな季節を迎える今の時期と同じ頃のようです。



自由帳(36)

神社、仏閣、城を訪ねて(4)

神社、仏閣、城の探訪が好きですので、今まで機会をみては訪ねてきました。
記憶を辿って実績を並べています。古い記憶には、不正確や誤ったものがありますので、お気付きの時はどうかご容赦ください。
神社、仏閣、城の名前、場所、一口メモの順に書いております。


護国寺(東京)
30数年前に目白に住んでいた当時、時々護国寺に出掛けました。目白駅から目白通りを東に進み、途中不忍通りに入れば直ぐでした。徳川家ゆかりの江戸屈指の大寺です。今も広い境内に堂宇が沢山あります。
大きな本堂の裏には林に囲まれた名士の墓所があり、江戸情緒を忍ぶ絶好の場所です。

雑司が谷鬼子母神(東京)
比較的小さなお社ですが、昔の町並みのような通りを進んでこの鬼子母神へ散歩するには格好のお社でした。
境内には、豊島郡と刻んだ石の道標が残っていました(30数年前の事ですが)。
そして、すすきの穂で作った「みみずく」の民芸品が有名で、凄く可愛いいですよ。

神田明神(東京)
江戸っ子の気風の良さを象徴するような、粋のよいお祭りで全国に知れ渡っていますが、神社は表門のほかはそれ程大きなお社ではなさそうです。でも本殿、拝殿などは彩色が美しいと思います。門前町に目を向ければ多分江戸から続いているような色々な老舗があって興味をそそられますよ。

湯島聖堂(東京)
御茶ノ水駅を出て聖橋をわたれば右側に木に囲まれた一角がありますが、ここが案外盲点の湯島聖堂です。
建物は新しいので見るべきものはありませんが、堂内に入れば驚き間違いなし。
所謂「孔子廟」でしょうか。孔子像はじめその弟子達の像が迎えてくれます。きっと賢くなりますよ。

湯島天神(東京)
神田明神、湯島聖堂と同じ地域にある学問の神様です。天神様は全国津々浦々にあり、人出も絶えず繁盛の神様です。受験合格を祈念した絵馬の数が凄い。さて、恋の成就を願うのも一興です。婦系図の舞台です。
湯島の白梅もあります。境内に踏み入れると、タイムスリップしますよ。

根津神社(東京)
ここは「つつじ」の名所だけあって開花の時期には美しい花で境内が包まれます。徳川家ゆかりの大きな神社です。門、本殿、拝殿など壮麗な建物です。そして、落ち着いた雰囲気が大いに気に入りました。
重要文化財も沢山あるそうです。

余談:神社はお社とかお宮さんとか言いますが、お寺の愛称は?
昔の勉強では国造りから習いましたので、主な神様の名前を覚えました。神様の名前は長く、難しい漢字が並び読みにくいですね。今は神様の名前を言える人が少ないでしょうね。日本は古来「神道」でしたが、その後外来の「仏教」が全国を席捲したようです。もっとも、日本人の多くは外来種だそうです。

転載元転載元: 水彩画作品と自由帳

弘ちゃんは生きている(54)木村徳太郎作(未完)
楠田さん、前田さんの争いも、桧牧区と自明区の感情のもつれの表われだ。
もつれのもとを起した前田さんを罵っている楠田さんの言葉に、そんな意味の言葉が多い。
梶野先生はそれに気づいた。このしこりが子供たちに今後一層悪い影響を与えていくだろうと思うだけに、喧嘩が早く納まって欲しいと前田さんをなだめていた。
朝礼の鈴が鳴った。その鈴で、学校の中に居るのだと気付いたのか、二人の感情の高ぶりが、少し治まって罵り合いがとぎれた。それに、力を得て、
「まあまあ、どちらも落ち着いて腰を下ろして下さい。話せば分かりますよ」
と校長がとりなす。
楠田、前田さんのどちらも目に怒りをこめて、睨みあったまま、校長の言葉に誘われて、平田先生のすすめる椅子に腰を下ろした。どうやら納まりそうだ。
それを見て落ち着いたのか、伊藤、田中の両先生が窓硝子の児童に気付いた。
「みんな、あっちに行きなさい」
と、教師らしい態度に戻って指示している。
児童たちは、喧嘩を見ていたい気がある。残り惜しそうに窓硝子から散った。
校長は、教育の場で喧嘩されたことに、教育者としての恥じらいを覚えて、自負心を取り戻したのか、今までの卑屈な様子でなく、
「授業も始まりますし、子供の見ているところで、争いをされることは、教育上残念なことです。今日はお引取り下さい。子供さんは、受け持ちの教師に迎えに行かせましょう」
と、毅然とした態度で言い、梶野先生に
「前田さんとご一緒にお家に行って、児童を迎えに行って下さい」と、指示をした。
「娘だけやおません。わしを、材木盗人と言いよった。今日はとにかく帰えりますが、その言葉を忘れんとおくれやす」
と、はだけた服装を整えながら、前田さんはまだ気持が納まらないとみえ、楠田さんにでなく、校長に捨て台詞を言う。
授業の鐘が鳴って、先生方は教室に出向かねばならないのだが、落ち着きがなくとまどっている。
そのとまどいを打ち切るように
「それじゃ、前田さんのお家まで行って来ます。その間、児童の自習の指示をお願い致します」と、梶野先生は、平田先生に頼み、
「僕がお供をして朝子さんを連れてきましょう」と、前田さんに申し入れた。
争いが納まり、居づらくなったのか、初めの気丈さが消えて伊藤先生が薦めた茶にも手を出さず、
「迎えに来てもらわんでも結構です。当分休ませます」と、
まだ心にしこりを持っているのだろう。前田さんはそんなことを言って帰りかけた。
児童を休ませると言われて、放ってもおけない。
「いや、迎えに行きます」
机の上を手早く整理して、帰りかけた前田さんの後ろについた。
前田さんと梶野先生が教員室から出て行って、先生方は安堵の表情になり、
「校長先生、お願い致します」
と、教科に必要な荷物を手早くまとめて、受け持ち学級に向かいかけ、
校長が「ご苦労。よろしくお願い致します。そうそう、平田君。今日の放課後、職員会議をやりましょう」
と、平田先生に指示しているのを耳にして、廊下へ出て行った。
先生方がかく学級の教室に行ったのを見て
「楠田さん。とんでもないことになりました」
校長は楠田さんのご機嫌を伺い
「どうぞ、あちらへ」
と、校長室に誘う。楠田、辻さんはそれに従って校長室へ入った。
椅子に腰を下ろすと、辻さんは自分の娘が二百円取られたことや、子供の間で、前田朝子が盗ったとの噂が流れているが、その陰口の張本人が自分の娘のように言われていて、今朝、前田さんに怒鳴られたことから、保護者として、今後の事が心配で楠田さんに相談して、学校に来てもらったことを話しはじめた。
楠田さんは、昨日のことも話したくて、一緒に来たことを付け足して話す。校長先生は、組打ちを見せ付けられただけに、心が責められて真剣な面持ちで聞き終わると、
「教師や、全校児童にも話して、はっきりしないことを噂しないように注意します」
と、辻さんに約束をする。
「水道の話が有りますので・・・」
と、言う楠田さんを後にして、辻さんは一人先に帰った。校長と楠田さんの二人だけになる。重苦しい空気で静寂が漂った。
立木伐木。嶽のぼりの日の争い。そして桧牧区と、自明区の感情の対立。それが尾を引いて、総会もしっくりといかなかった。
「水道を付けるのに、区民間の感情のしこりを、まず打ち消さないと成功しませんな」
と、楠田さんは結論めいたことを言い、この対立対策が「肝心だ」と話し出した。
就任間もなく、区の状況をあまり知らなかった校長は、今更のように学校内で起きる、児童間の争いと、水道工事完了の困難さを感じて憂鬱になった。




 

新緑遊行

新緑遊行
薫風の中を新芽が黄金のように耀いています。エネルギを抱き込んだ丸い新芽が光ります。川の水が光と踊っています。心萌えますね。
奈良室生川の支流で育ちました。新緑のころ、全校生徒が遠足を兼ねて、室生寺、赤目四十八滝、石仏の写生大会に行きました。
次頁に転載させていただいた絵のような風景を描いたように思います。耀く緑のグランデーション。田舎の一本道。五月の光と風をたっぷり吸った室生川。そんなことが彷彿としてきます。そして、あのときの私の描いた絵に、何かが足らなかったことに気がつきました。それは「光」です。目に光を感じとることは出来ていたのでしょうが、画用紙の中に、それを描くのを忘れていたのか、描く度量がなかったのか・・・。
いまその光と、風、水、空、山、全てが描けているような絵に出合いました。次頁の(安達太良山と阿武隈川の春)をごらんください。
あの室生川のせせらぎと煌き、すべてを被う陽光。そして懐かしい水音が聞こえ、風が見えてくるのです。
光の溢れる一本道を、私は車で駈けて行きます。何処へ向かって行くのでしょう。お借りした絵と一緒に私の拙文を・・・・。
(転載許可有難う御座いました)


一筋の光

浅黄色の布地をなびかせ、流れるように新緑の中を車は駆ける。助手席に置いてある色とりどりの布地が、フロントガラスから差し込む一筋の“木漏れ日”に、鮮やかに映えていた。 湖南市のキリスト教会が運営する介護施設へ、音楽ボランティアとして通ってもう二年になる。教会では基金集めに、信者たちの手作り品を並べたバザーが常時開かれる。私は、いつもはボランティアの役目が終わると、急いで帰宅をしていたが、そのとき、バザーに出される袋物の品がふと目にとまった。ミシン目がぎこちなく歪(ゆが)んでいるのだ。私は、思わず手を伸ばして、帰る時間も忘れて糸目を解いていた。そして「家でミシンを掛けて来ますから」と、了解をとってその袋物を持ち帰ったのだ。
 子供のころ、着物の仕立をする祖母のそばで、余り布をもらい、縫い物の真似をするのが好きだった。祖母の仕立てた着物は、着易く型崩れがしないとの評判だった。でも自分や孫の私たちの着物を縫う経済的な余裕はなかったようだ。「こんな着物の似合うエエ娘さんになりや」と、祖母は言いながら、眼鏡越しに優しくほほえむ。私は意味も分からずこっくりうなずき、(もしお伽噺に登場する小人になれたら、<小人の私>にいっぱい服や着物を縫ってあげるのに)と、そんなことを夢見ていた。
やがて成人して洋裁学校に通った。昔の<小人になりたかった夢>をかなえるかのように、季節ごとにせっせと手作りの服で身を飾った。時には、振り向く人もある自信作も生まれた。
結婚後、子供が誕生してからは、「手作り母さん」を目指した。「子供は着せ替え人形と違う」と叱る夫を無視して、汗で手がべたつく夏も、寒さに手がかじかむ冬も、ひたすらミシンを踏んだ。帰宅の遅い夫を待ちながら踏むミシンの音は、ストレスを発散させる特効薬にもなった。それは過って、自分が得られなかった母親像を、自分の中に実演しているかのような満足感があった。親子おそろいの手作り衣服は、外出時によく注目され、私を有頂天にさせた。昭和六十年度の『ジャノメミシンクラフト大賞』にも選ばれた。子供たちは、「お母さんの手は魔法みたい」と目を輝かせてくれる。昔のお伽噺の世界が実現したようで幸せだった。
しかし、あれほど母の手作り服を喜んでいた娘が、「店で買った服の方がよい」「お母さんとはセンスが合わない」と言い出したのだ。私の縫い方は、子供の成長に合わせて、幾度も仮縫をした。子の成長を喜ぶ縫い物だった。私が嬉しいように子供たちもそれを喜んでいると信じていた。しかし、それは私の勝手な思い込みであったようだ。いつしか、ミシンの音は絶えていった。
娘の出産が近づいた平成十三年の秋、一人のミシンセールス嬢が訪れた。彼女は、私が「ミシン好き」だと言うことをひと目で見抜いた。見抜かれた心地良さと、初孫の服が縫える喜びに、私の胸は高鳴った。即座に最高級品のコンピュターミシン三十万円を買った。そのミシンは、絨毯(じゅうたん)のような分厚い布地も、紗のように薄い布地も実になめらかに縫える。早速、私は新生児の孫の服や布団を嬉々として縫った。そんな中で一番やりたかったことは、娘の古着を解き、孫の服にリメイクする楽しさの復活だった。だが、物は溢れている。縫い直す時代ではなかった。娘は「無駄や」と、私の申し出をあっさりと一蹴した。私は、よく考えもしないでミシンを購入した軽率さを悔やみ、夢は再び萎んでいった。ミシンはカバーを掛けられたまま放置され、私の愛着心は、冷たく凍結し、またこのミシンの音は絶えていった。

「家にはどんな布地でも縫える高級ミシンがある」。
私は助手席の布地を「ポンポン」とたたきながら、車を走らせる。縫うことへの情熱に再び光が当たったのだ。差し込んでくる木漏れ日に、私は迷路に迷い込み探しだせなかったものを見つけ出した気持だった。小物袋の糸目を解いたあの日から、私はミシン掛けのボランティアを買って出た。そして「無駄や」と私を悲しませた娘が、「子供の幼稚園の絵本袋を縫って下さい」と、丁寧に頼んできた。我が家に、軽やかなミシンの音が響き始めた。「私の出番」は来たのだ。布地を真っ直ぐに走る縫い目は、まるで一筋の光のように流れて行く。その光は、日ごとに太くなり、幸せをもたらしてくれる。



 キリン(ジラフ)   木村徳太郎 「ドウブツ(動物)序詩」ヨリ 
   

                  キリンノクビニ

                  テフテフガトマル。


                  キリンハオシャレ

                  ネクタイツケテ


                  ダアレモコナイ

                  ツユアルヨアケ


                  サクノワカメヲ

                  コツソリタベタ。


                  タベテ キリンハ

                  メメヲホソメテ

                  ニゲタテフテフヲ

                  スマシテミテル。
(昭和17年、8月)
2007.05.05

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