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弘ちゃんは生きている(57)木村徳太郎・和子作(未完)
一日の授業が終って、玩具箱をぶちまけたように教室内がざわめくが、児童が帰り始めて潮がひいたように静かになる。
梶野先生が校門の前に立って児童を見送っていると、
「先生。あしたが待ちどうしい。今から、家にかえって道具を持ってきて、今日からやりましょう」
と、性急に持ち出す児童もある。
「すぐ死ぬわけでもなし。ぼちぼちやったらええやん」
と、軽口をたたくものもいる。みんなはいつもより生き生きとしているように見えた。
帰宅する児童を見送り、教員室にもどる梶野先生の足取りも軽かった。
「野球の話をしておきましたよ」
五年担当の伊藤先生がそう言って
「嬉んでいました。児童たち」と、付け加えた。
伊藤先生の言葉で、梶野先生は野球のことを一応校長に話しておこうと、一休みもしないで校長室に入っていった。
校長は学校日誌を広げて見ていたが、「やあ、ご苦労さん」
と、梶野先生をねぎらって学校日誌をふせた。
「児童間の対立問題で、昨日、職員会議を開らきましたとき。あや子の家の窓硝子に石を投げたのはテレビで野球を観られない不満がさせたこととは気づきませんでしたが、あれから後、この不満をとるために児童たちの好きな野球をやらせ一つのスポーツに、心をむけさせて児童間の対立を和らげることが出来るかもしれないと、気づきました」
「なるほど」
校長も心をくだいていることなので、笑顔になって感嘆した。
「野球をやりますのに、校庭が少し狭いから、飛んだボールでガラスを割ることもあるでしょうし、野球のため、帰宅が遅くなって父兄から叱言が出、校長にもご迷惑をかけることになるかもしれません。野球をやることを前もってお許しを願っておきます」
「窓ガラスに、たびたびボールが当たることもあるまい。遅くなるのもクラブ活動として、野球部を作ったと言えば問題にもならないだろう。力を入れてやってください」
梶野先生の提案を受け入れて、校長は承諾して、
「まあ、掛けたまえ。聞いてもらいたい事もある」と、言葉を続けた。
梶野先生は、校長の横にあった来賓用の椅子に腰をおろした。
「水道施設を実現させるためにも、みんなの力で、区民の融和にまで持って行けるように心がけてやってくれたまえ」「かしこまりました」。
僻地の小さな学校なので、教科を追うだけでクラブ活動もなく興味を持つものもなく今日まで来た。
それだけに、新しいことを試みようとすると、区民から変わった目で見られる。が、校長も区民の感情対立が、学校経営に障害となっている今、融和策として梶野先生の提案に共鳴したのである。
話し終わって、梶野先生は教員室にもどり、新生(煙草)を一本、ケースから抜いてふかし始めた。
田中先生が番茶の熱いのを入れて黙って置いていった。
校庭の隅にある、一本の吉野桜の花びらの散る美しさを窓ガラスをすかしてみながら、熱い番茶をすすって、梶野先生はあらためて野球をやらせて、児童間の対立を解きほぐすことに思いをめぐらせていた。
☆☆☆
季節も良かった。長い陰鬱な冬から解放されて、海抜三百五十米の山村にも木の芽が吹きだし、若葉の匂いが風に光り薄着になった体は、解きほぐされたように軽い。
そんな若葉の香りが教室にまで入り込んでくる。
そして若葉とともに一人の転入生がやってきた。桐久保さんの炭焼き小屋の世話をする「渡り」の炭焼き親子が村にやってきたのだ。桐久保さんは、桧牧区と自明区の、感情のすれ違いのもとになった、前田さんが、自分の持分として伐採してしまった立木で得た金を、境界線の峰垣さんと示談するように話してみたのだが、前田さんは「桐久保さんが伐採しても良い」といったからだと譲らない。桐久保さんは、このさい歩きの前田さんに今まで雑用を頼んでいたが、それを止めて季節だけに廻ってくる炭焼き職人に、定住することを勧め、桐久保さんの雑用も手伝ってもらうことにしたのだ。それには他にも訳があった。
普段使われていない桐久保さんの炭焼き小屋で、村の若い者たちが集り、掛け賭博をやっているという噂が出ていたのである。桐久保さんはそれが気になり、炭焼き小屋を見回りに行き、偶然に弘を見つけたのだ。炭の火入れが行われていない小屋には、案の定、食べ物の開き容器や、酒の瓶などが転がり、おまけに赤い花札が散らばって、そのなかで弘が眠りこんでいたのである。桐久保さんは自分の小屋の管理が不十分なことに恥じた。そして弘に、小屋の中の散乱ぶりを村人に言いふらさないように口止め、また、弘の父親が自転車を買ってやると約束をしていたのに、金を酒代に使い潰し、おっ母と夫婦喧嘩になって、それが反古にされた弘の悲しみを知り、自転車を買い与えたのである。そしてまた、平野さんが賭博で、息子の結婚資金までを失い、桐久保さんに借金を申し込んできたことで、これではいけないと思ったのであろう。桐久保さんは資産家だ。利息をつけて金を貸せば増す々金は増える。しかし、平野さんに、こんこんと無駄なことをしないで、身の丈にあった生活をするように諌めたものの良心が痛んだ。炭焼き小屋に常時人を住まわることによって賭博も治まるだろう、また、村の山を分けたことによって立木をすぐに金に替える者が結構おり、雑木の炭にする木がたくさん切られ余っていた。それを炭にしてしまおうと思ったのである。このさい炭焼き職人を定住させ、炭焼きの季節だけでなく年中炭を焼き、また資産家としていろいろと雑用のある桐久保さんの手足に使おうと思ったのである。炭焼き小屋を簡単に、世帯者が住めるようにして呼び寄せたのであった。ところが、三年前までは一緒に来ていた母親とおぼしき女の姿は見えず、炭焼き職人と娘だけが移り住んできたのだ。その女児は、隆や弘と同じ、梶野先生の学年に入ってきたが、全国を渡り歩き学校へは、必要日数が行けていないのか、学業がかなり遅れており、年齢は隆や博たちより三才年上だったが六年生として転入してきたのだ。そのためか体も大きく、なにかにつけ大人びたふうにみえた。色の黒い大きなその女児が、梶野先生に連れられ教室に入ってきたときは、学童達は奥田君の家の黒牛が入ってきたのかと思ったほどだ。梶野先生が、女児の父親が炭を焼いていることをと紹介すると教室中に笑いが渦まいた。「炭焼きだから、真っ黒なんだ。黒牛だ」と、はやし立てたのだ。名前は高橋うめといった。皆はそれにも可笑しく笑い出した。
女の学童の名前は、最後に「子」ついているのに「うめ」と言うのが可笑しかったのだろう。が、女児はまるで牛のように無表情につっ立ち、からかわれても恥かしがって顔が赤くなっているのかどうかも分からないほど黒い顔をしていた。
「お頼み申す」ぼそっと言う。それはまるで、ほんとうに牛が「もう〜」と鳴いたようで、教室中は、湧き上がった。が、弘はなぜかその女児に気がひかれた。母親が一緒で無いと言うことは、自分と同じように母親を亡くしたのか、それともどこか別に居るのだろうか。その人は、弘のおっ母のように、きつく恐く自分をいつもじゃけんにするような人なのだろうかなどと、気になったのである。女児は、弘の前の席を与えられ座わったので、弘はその大きな学童の背中を、毎日見るはめになったのである。
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