|
弘ちゃんは生きている(66)
試合当日の朝、弘たちはオレンジ色の揃いのTシャツに短パン、白のハイソックスといういでたちで校庭に集った。短パンはそれぞれの持ち合わせだが、越出あや子の意見で紺色系で統一している。サージ布の短パンが多いなか、隆はニット地の目が覚めるような青色に白の線の入ったパンツである。上着がお揃いなので、各人ばらばらの有り合わせの紺色ズボンだが野球チームの趣は充分あった。梶野先生も同じオレンジ色のTシャツ姿に野球帽を被り、嬉しそうだ。
桐久保さんが手配してくれた農協の軽トラック2台に分乗して弘たちは出発した。
隣村の小学校まで15キロはある。バスが交通手段であるが一日に3便だけのバスでは試合時間に間に合わない。梶野先生は桐久保さんの家へ、いつも通り宿直の日に風呂を貰いに行き囲碁をやりながら、子供たちの野球チームのことを話してみた。学童たちがとてもまとまっていること。男女児や学年の区別なく予想していたより素晴らしい集団に出来上がっていく喜びを話した。それを聞いて桐久保さんも、子供たちの素直さや熱意にほだされ聞いていた。それに引き換え、自分も含め大人たちの意固地さがなさけなかった。
試合会場の大滝小学校まで軽トラックで行く。弘たちは車が珍しい。村の数軒の家にしか車はない。トラックの荷台に乗るようなことも始めてである。そろいのユニホームを着て、青空を見ながら、がたがた揺れる荷台は、弘たちをいやがうえにも、試合前の気持をたかぶらせる。ウメやあや子たちも弁当を持ってトラックに便乗した。普段は貧しい村の主食は麦の入った御飯や粥であったが、この日は特別に白米のおにぎりを、たくさんあや子の母親たちが持たしてくれた。古川由子は飼っている鶏の卵を3日前から溜めておき、にぬき(ゆでたまご)、にして持って来た。それぞれ普段口にしないようなお八つを手提げ袋に入れ、遠足のようにはしゃいでいた。弘たちもあや子たちもこうして男女児一緒に車に乗って行動するようなことは、いままでになかったのでよけいに楽しかった。梶野先生は雲が自分達を追いかけて動いてくるのが面白しろいと、にこにこ笑いながら、トラックの風が運んで来る土道の匂いを深く吸い込んだりしていた。みんな張り切っていた。
9回表、大滝小学校は10点、弘たちは2点である。どう頑張っても力の差は大きかった。
7回目ぐらいから、ピッチャーの奥田君が投げやりに投球し出したのが、みんなにも分かる。
炭谷君は怒った。梶野先生に抗議する。
「好い加減に投げてはります。やっぱり自明区はあきません」と言い出した。
それを聞いたベンチにいる自明区の学童たちが騒ぎ出した。「なんやねん。桧牧区の弘も隆も三振ばっかりやないか」桧牧区の学童がそれを聞いて「「なに〜」と言い出す。
あんなに仲良く団結していると思っていたのに、窮地に立たされると、もろくも元の姿に戻っていた。越出あや子が泣き出した。それにつられ他の女児たちも泣き出した。
ウメはどうすることも出来ない。ただただ悲しかった。9回表に大滝小学校はまた3点入れた。もうどうしょうもない。13対2である。ウメはバッターボッツクスに立とうとする弘にいった。「負けてもエエ。けど。一生懸命、力のある限りやっているところを見せて。奥田君にも見せてやり」と耳打ちした。
弘は足も手もぶるぶる震えた。しかし、ここで投げ出すわけには行かない。投げだしたら、今までみんなが団結してきた事が消えてしまうような気がした。弘はランニングホームランを出した。先に3塁まで進んでいた隆と二人で2点をとった。相手の大滝小学校は慌て出した。もう試合は終ったようなものと思っていたのが、弘の力強さと、湧き上がる大歓声が、ベンチのオレンジユニホームが太陽が落ちてきたように見えたのだ。
奥田君がすくっと立って、「だれや自明区はアカンっていうた奴は、自明区も桧牧区もあるか、おれらは一山の、すぎのこチームや!みとれ。それを証明したる」と奥田君はバットを大きく振った。
奥田君はホームランこそ出なかったが、その形相はまるで弁慶かなにかのようだとあや子たちは思った。いいかげんさなど微じんとしてなかった。其の迫力は他のメンバーにも伝わった。みんなユニホームが絞れるほど汗をかき、パンツまで汗のシミで光っていた。
結局13対5で弘たちは負けた。しかし大滝小学校の先生も選手達も弘達の迫力には脱帽した。丁寧に弘達に頭を下げその結束力の強さを褒めた。梶野先生は「人間窮地に落ちた時は心奥の本性が出てしまうのだろうか。やっぱり子供たちは、本当は一つにはなっていなかったのか」と悲観しかけたのだがそうではなかった。負けても、みんな抱き合って喜んでいる。弘や奥田君、炭谷君、隆や学童たちが肩を組んで泣いているのをみて梶野先生も思わず目頭が熱くなり鼻をすすった。「みんなありがとう」とつぶやく梶野先生をみんなが取り囲んだ。ウメたちも駆け寄って大きな輪になって、そのまわりをスキップしていた。
大滝小学校の先生が「なかなか手ごわい相手ですな。技術よりみんなの結束力に感心しました。大したもんです。まだ歴史の浅い野球チームやとのことですが、なんのなんの。これから、私らも学ばんといかんことを教えてもらいましたわ」と豪快に笑っている。大滝小学校の選手達も大拍手をしてくれた。
そして「なかなか素敵なユニホームですな」とつけたす。ウメたちは「私たちが作ったんです」と胸を張って答えた。
大滝小学校の先生は「私たちは全校児童で、百合の花を採ったり、お茶の実を集めてお金に変えて、ユニホームとかを買っています。そうですか。お金を掛けないでも知恵と心でいいものが出来るんですね。」とこれにも感心している風だった。
「百合の花やお茶の実がお金になる?」ウメは聞き逃さなかった。
ウメは、知恵と心だけでは足らないこともあると、知っていた。お金も大事だと思っていた。だから、その百合やお茶の実がお金になるという言葉に関心を持った。
試合には負けて帰るトラックの上だが、みんなはさっぱりしていた。もうだれも自明区の奥田君、桧牧区の炭谷君とは思っていない。一つの、すぎのこチームだと心底から思っていた。夕焼けがトラックのなかの弘達のユニホームを、ますますオレンジ色にしていた。みんなの顔も夕焼け色にかがやいていた。越出あやこが「あかとんぼ」の歌を歌いだした。みんなも其れにつられて歌いだす。つぎつぎと「赤銅鈴の介」や「森の水車小屋」の歌を歌いだす。賑やかなトラックが2台、土ぼこりをあげて走って行く。野良仕事を終えて帰る村の人たちもそれに手を振っていた。
しかし、弘は気になっていた。今日のウメはなんだか元気が無い。いつもより恐い顔をしている。弘のお母の狐つきと似た顔をしているように思えた。
|