来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

弘ちゃんは生きている(67)
次の日、弘はウメちゃんの家へ試合で汚れたユニホームを持って行った。炭焼き小屋に続く林は木々の匂いで溢れている。クヌギの木に大きなカブトムシが木汁を吸っていた。弘はウメちゃんが喜ぶだろうとお土産に、それを捕まえた。
ウメちゃんはいつものように山水を溜めた清水で洗濯をしている。
「ウメちゃん、ユニホームをみんな洗ってくれるんか。みんなは大助かりやわ。おおきに」
「お礼にカブトムシやる」と、
ウメが喜ぶのを期待して、ワクワクしながら渡そうとすると、ウメちゃんはなんだか慌てて洗っていた洗濯物をかくすようにして「いらん」といって
「ユニホームはそこへ置いといて。洗っておくから」といつものにこにこ顔でなく、なんだか恐い。この顔はおっ母の狐つきのときの顔みたいだと、弘は思った。
「ウメちゃんどうしたん。しんどいんか」弘は心配になり、ウメが隠した洗濯物を覗き込んだ。それには赤い血のシミがついていた。「ウメちゃん、どうしたん?」
弘はひっつこく声をかける。
ウメは、むうーとしながらも仕方なさそうに話し出した。
「あのな。女の人は月に一回生理と言ってこうなるんや。お腹は痛いし、気分も悪いし、しんどいんや。だからうるさく話し掛けんといて。だけど、これは大事なことなんやで。」
弘は驚いた。そう言えばお母が、狐つきになる時はいつも便所に血があった。
ウメちゃんは、お母と同じような大人なのか。ウメちゃんもお母のように意地悪な大人なのか、弘は心配になった。弘は、不安げにウメの顔をのぞきこんだ。そんな弘にウメは話し始めた。
「女の人は子供を生む準備を、ある年になればするんや。越出さんとかみんなはまだそんなことはないやろけど、私は年が多いから、もうその準備をしているんや。これはとても大事なことなんやから恐がらんといて。恐い顔になったり、イライラして意地悪するかもしれんけど、これは大事なことなんや」
「そんなら、うちのお母も時々狐つきみたいになって、おれをいつもより苛めよるけど、あれはその生理とか言うもんのせいか。狐つきとちがうんか」
「そうやで。そんなとき、いつもよりお母さんを大事にしたげんとあかんで。きっとしんどいんやわ。そんで怒らはるんやわ。」
「狐つきなんて言わんと、いつもよりお母さんを大事にしてお手伝いを良くして助けてあげんとあかんで。あんた男の子やろ。よう覚えとき!」
そうウメは言いたいことだけ言って、家の中にさっさと入ってしまった。
少し恥かしそうに、でもしっかりとした足取りで家に入っていった。其の後ろ姿に弘はなんだか神々しさを感じた。そして、自分でみんなのユニホームを洗い出した。
「そうか、お母は狐つきとちがうんや。おれを苛めるために狐つきになっとるんと違うんや。」弘はごしごしユニホームを洗いながら思った。みんなの汗の匂いがする。
弘はなんとなく男と女の違いがわかった様な気がした。そして、男は大事に女を守ってやらんとアカンのだと言う気がしてきた。
溜まっている冷たい山水で顔を洗った。弘はさっぱりした。ウメちゃんの不機嫌なことやお母の狐つきの原因が分かった。原因がわかれば優しくなれそうな気がした。
山から爽やかな風が弘の頬を渡って行った。なんだか弘は少し大人になったような気がして大きく背伸びをした。
  ☆☆☆
 梶野先生は宿直の晩、桐久保さんに風呂を貰いに行くのも忘れ、懸命に紙に数字を書き込み、算盤をはじいていた。
神社の湧き水から水を引っ張ってくるとしたら、どれぐらいの材料がいり、どれぐらいの経費がいるか計算をしているのだ。湧き水から1キロメートルばかりの距離を水を引き飲み水として使えるようにするには、まずパイプがいる。いったん水を溜め、ろ過しなければならない。水を溜める沈殿池から、ろ過池をつくり消毒して浄水池に持って来る。そこから送水ポンプを使って配水池に送り、やっと配水ポンプを使って水道として給水できるのである。最初の貯水池を作るにはセメントもいる。ろ過するには炭や棕櫚もいる。湧き水から貯水池までは圧力をかけないエンビ菅を使う。ろ過したあとは圧力をかけるのでビニールパイプを使う。梶野先生はなんども線をひいたり、算盤をたたいたりして唸っている。梶野先生は頭が痛かった。これはとても大事業だ。はたして子供たちだけで出来るのだろうか。不安だった。
どうしても村人の手を借りねばならないと思う。でも村人達はいがみ合っている。

 教室は最近、しっかりとまとまり活気がある。なににでもみんなは目をキラキラさせる。
先日もウメがみんなの前に立ち、奥田君たちに提案していた。「大人たちがお金をだしてくれないのなら、自分達でお金をつくったらエエと思う」。
奥田君もいつものようにウメをからかうわけでもなく「うんうん」と頷いてウメの話を聞いていた。梶野先生はウメに感心し励まされる。ウメはいつのまにか、越出あや子や女児たちをまとめ、また奥田君たち男児には、しっかり者のお姉さんのように振舞っていた。弘とウメを中にしてみんなで放課後に肩を組んで「頑張ろう」と大きく叫んでいたのをみた。
梶野先生は以前、団結について学童に宿題を出したことがあったが、これが団結の答えだと改めて自分が教えられる気持だった。
ウメは大滝小学校の学童たちが百合の花を売ってお金を得ているという話を聞き漏らしていなかった。大滝小学校の先生に、花を買ってくれる香料会社を教えてもらい、手回し良く手紙をだしていた。返事はまだらしいが、ウメの実行力と賢さに梶野先生は負けておれないと、眠気を吹き飛ばしまた算盤をはじいた。
弘たちも負けてはいられなかった。ウメは渡りの生活で、一カ所に長く落ち着いてはいない。たまたまいまは桐久保さんの手伝いで長期間、村にいるが、またいつ何処かへ行くかもしれない。だのに一生懸命に学童たちの力になろうと頑張っている。みんなはそんなウメをみて、みんなが力をあわせなければいけないと思っている。弘たちも、以前梶野先生が宿題に出した団結のことを思っていた。小さい力でもみんながそれぞれに持っている力を出し合えば、大きな力になること。そしてしっかりしたリーダがいればそれはよけい、何にも負けない大きな力となって動いていく。その力はきっと他にも影響していく。それが団結だと思った。いま僕らは団結して心を一つにして水道をなんとかして作り上げよう。そうすればいがみ合っている大人たちもきっと仲良くするのではないだろうかと思っていた。

伊豆の踊り子

イメージ 1

あぢさゐアジサイ
 雨のアジサイ園を訪れた。案内に『アジサイは、ユキノシタ科ハイドランジア属の落葉低木でハイドランジアとは、ギリシャ語の「水」を表すヒドロと「容器」のアンゲイオンからなる』とある。なるほど、雨にアジサイがよく似合わけだ。
 其の日の雨も、まるで心と言う容器に、雨粒が一片(ひとひら)一花(ひとはな)の水となって溢れるかのように降っていた。

 花のシーズンは少し過ぎている。西洋アジサイ五十品種5000株、日本アジサイ五十品種5000株、計10000本のアジサイが、最盛期には園を埋めつくしていたのだろう。今はその面影だけを残し花を偲ぶようにアジサイ色の雨が静かに降り注ぐ。人影は私たち三人だけだ。それはまるで、広い園内の残り少ないアジサイが、私は水色、私は渋紅色、僕は透明と、それぞれの差す傘の色に姿を変え、雨を受けて園内を歩いているように見える。池のカイツブリがときどき顔を出し、短く鳴いて潜る。こんな雨の中を訪れる女2人、男1人の組み合わせをいぶかしく思い慌てて潜るのか、それとも歓迎の挨拶なのか。潜った後には雨の輪が静かに動く。傘に落ちる雨音までが音なき音の響きとなり、静かにヒドロとアンゲイオンの世界へと吸い込まれていくのだ。
 あの萩原朔太郎の詩は、このような静かな園を詠ったものだろうか。


      「こころ」        萩原朔太郎    純情小曲集より
こころをばなににたとへん
こころろはあぢさゐの花
ももいろに咲く日はあれど
うすむらさきの思ひ出ばかりせんなくて。

こころはまた夕闇の園生
そのふ のふきあげ
音なき音のあゆむひびきに
こころはひとつによりて悲しめども
かなしめどもあるかひなしや
ああこのこころをばなににたとへん。

こころは二人の旅びと
されど道づれのたえて物言ふことなければ
わがこころはいつもかくさびしきなり。
         
ふきあげ=噴水

 静かなあぢさゐの世界である。音なき音の歩みだけが、三つの傘(人)に響いてくる。
アジサイは花色を変えることから「ほら吹き、移り気、あなたは冷たい」そして「高慢、無情」という花言葉を持つ。アジサイのように歩くこの三つの傘は、それぞれどれに当てはまるのだろうか。ふとそんなことを思っていると、『伊豆、伊予、屋久島、墨田、城ヶ島・・・』と地名を冠したアジサイが並ぶのを見て、渋紅色の傘がおっとりと言った。
 「『伊豆?伊豆やったら、伊豆の踊り子』という名前をもつアジサイが欲しいね」と・・・。
私はその感性の鋭さに驚いた。
 少しだけ花先(ほんとうはガク)を、紅に染める小アジサイに、私も「伊豆の踊り子」を重ねた。
『伊豆の踊り子』は川端康成の、淡い恋心を秘めて旅をする青年と、可憐な踊り子の話だ。
私は、アジサイ園を巡る三つの傘(人)に「伊豆の踊り子」の世界を置いてみた。
 <透明の傘>は、その透明さゆえに何色にでも染まる風情の紳士。かつては「伊豆の踊り子」の青年のように、多感な人だったのであろう。
 <渋紅色の傘>は、真っ白なアジサイの「アナベル」が好きと言う。この「アナベル」は色変わりすることなく散り終わりの時も、白いままである。
 <水色の傘>は私。透明傘と渋紅傘の間で
「されど道づれのたえて物言ふことなければ」と揺れている。
そう。三つの傘のアジサイは、あぢさゐ花と言う旅人かもしれない。
  人生は楽しい。雨の日にアジサイ園を尋ね、「伊豆の踊り子」の世界に入りこめる。物語は、踊り子と青年の美しい余韻を残したままに終わる架空の世界であるが、三つの傘の旅人は、その余韻よりもっと素敵でもっと美しいと思う。余韻の続きを自分の足で歩き、歳を重ね、こうして共にアジサイを愛でる事が出来るのだから。
 アジサイは咲く。時がくれば、アジサイは咲く。年を重ねるということは、過去の旅の余韻を包み込み、一緒に旅をする旅人になれることではないだろうか。私は得がたい『旅の道連れ』という名のアジサイを貰らったことになる。そして思うのだ。いつまでも「伊豆の踊り子」に熱い想いを乗せることのできる心を大切にしたい。そういう心をいつまでも持ち続けられる幸せに感謝をしたいと。
 三つの傘は、各人のあぢさゐ色を染め、降りしきる雨の中をまた歩き始める。



 私は、山に咲いているカシワバアジサイの原種のようなノリウツギが好きです。花も好きですが、この花を「サビタ」と呼ぶ語感がなんともいえず好きなのです。
みずうみも熊もサビタの花も神  大石暁座
そのサビタに似たアジサイを、このアジサイ園で見つけました。パンビニア。やはりこの園は、百品種10000本あるのは本当でしょう。



  「真昼」     木村徳太郎   【楽久我記】ノートより

               明るく土に

               花の影絵が

               ちんまりと

               滲んで真昼


2007.07.18

全1ページ

[1]


.
花ひとひら
花ひとひら
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
友だち(7)
  • まんまるネコ
  • こうげつ
  • 吉野の宮司
  • ハマギク
  • ++アイサイ
  • plo*er_*un*yama
友だち一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事