来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

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オクラの花

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  レモン・イエローを、より薄くした色合いで軽やかにオクラの花が,ふんわりふんわりと咲いている。野菜の花はどれもみな美しい。その中でもオクラの花は、楊貴妃かクレオパトラに例えても遜色はなかろう。花は一日花。露と消える美女の儚さだ。しかし花の下には、オクラの鞘がちゃんと控えており、瑞々しいオクラが天を見上げる。落花したものはクルクルと巻き込まれ、まるで卵焼きのようだ。臙脂色の部分は焦げた卵焼きのよう・・・。


焦げた 卵焼き
  茶碗が投げられた。ご飯粒が飛び散った。「三界に家なし」と、いつもなら割れた茶碗を黙って片付け、家を出たりなどはしない。しかし、その時は我慢がならなかった。
大学生の娘を、送りとどけてきたボーイフレンドに、夫が「ちゃらちゃらと娘の後ばかり追いかけて」と非難の言葉を浴びせたのだ。夫は娘が可愛くって仕方が無い。苦学生だった自分とは大違いの、ブランド物で身を包むスマートな青年に、やっかみと大事な娘が騙されているのではないかという気持が、入り混じっていたのかもしれない。私もその裕福な家の青年と、普通のサラリーマン家庭の娘とは、吊り合わないようには思っていた。
しかし、青ざめて帰る青年に同情をし、泣きじゃくる娘を見ると、私は夫に腹が立ち、「人を嘲る事は、己をそして母の私をいやしめる事と同じ。きちんと育てている私への冒涜だ」と・・・。それを言うや、夕飯中の茶碗が飛んで来たのだ。夫は短気である。よく物を飛ばす。
私は「出て行こう」と、娘の手を勢いよくひっぱり家を飛び出した。が、飛び出したものの、家出時の荷物に何が必要なのかも分からない。とりあえず寒さよけに、飛び散った御飯粒の2,3粒ついている膝掛けを椅子から掴みとり、車のエンジンをかけた。
娘を守るのは私しかいない。私の教育法を守るのもまた私しかない。そんな感情が先に立ち飛び出したものの、行き先は無かった。
人気の無いスパーの駐車場で夜を空かした。いつしか泣いていた娘はスヤスヤと寝息をたてている。その可愛い寝顔を見ていると、娘の幸せを願う気持と、愛しい気持で一杯になる。寒気が忍び寄ってくる。しかし、エンジンのかけっぱなしは怖い。時々エンジンを止め「娘を守ってやれるのは私しかいない」と身震いをして、娘に膝掛けを掛け直す。そして、フロントガラスに広がる冬空を睨らみつけて、元気をつけるように「冬の星座」や「冬の夜」の歌を口ずさんだ。
しかし、真っ暗な人気の無い駐車場である。歌声が外に洩れるのも気が引ける。エンジンを切ると寒くって堪らない。置いてきた息子たちの明日の弁当も気にかかりはじめた。
結局私の家出は、たったの半夜で音をあげてしまった。東の空が茜色になると共に車を家に向けた。しらじらと明けて行く景色の草や木々の葉は霜できらめいていた。空気がぴ〜んと張った綺麗な夜明けだった。
夫はすでに出勤していた。そして、台所のテーブルの上に息子たちの弁当箱が二つ並んでいた。恐い物を見るように、そおっと蓋を開けると、焦げた匂いが部屋中に広がった。黒く焦げた卵焼きと、少しの青菜とご飯が弁当箱に収まっていた。カーテン越しに入ってくる朝の光が、それを光らせ焦げた匂いと朝の匂いがした。
私は弁当の作り直しも考えたが、そのまま焦げた卵焼きの入っている弁当を、ナプキンに丁寧に包み息子たちを送り出した。私は息子たちにウインクをし、娘は笑っていた。
  昼に夫から電話が掛って来た。昨夜息子たちから、「お父さんの方が悪い。先に謝ったほうが勝ちだ」と、さんざん喧嘩の収め方を指南されたらしい。私は可笑しかった。が、
「アンタ!卵焼き焦げてて臭かったで」・・・・。

それ以後、「茶碗を投げられたら、真っ黒な卵焼きを出してやるから」と、私は手ぐすねを引いて待っているのだが、茶碗は投げられなくなった。
そして、もう弁当を作ることもなくなった。あの時の青年は、彼に釣り合う良家のお嬢さんと結婚をした。娘も釣り合う青年と結婚をし、二人の子持ちとなり我が子の弁当に卵焼きを焼いている。
私は時々黒い卵焼きを思い出す。人は納まるところに納まるものだ。
私は物を投げなくなった夫のために、柔かい出し巻きを食卓に並べている。オクラの花のように優しい色をした卵焼きである。
朝の光の中で卵の匂いがふんわりと漂う。(オクラの花が開いたような卵焼きである。)





  ”ほうい玉子を産んだ” 木村徳太郎 馬鈴薯の澱粉ノートより 

               ほうい___

               玉子が二つ

               朝陽(ひ)に光る。

               ほうい___

               牛乳みたいに

               ほくほくしてる。


               ほうい___

               今日の配給は

               おばさんとこだ。


               ほうい___

               鶏(とり)はレグホン

               隣組の鶏。


               ほうい___

               登校する子が

               わくわく見てた。


2007.10.03

*別枠で「木村徳太郎」の作品を投稿しています。お時間がありましたら、是非覗いて下さい。
(続けて行きたいと思います)

木村徳太郎

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児童文学に夢を乗せ生きていた一人の人間がいた。


私はその事を忘れないように、ブログに記録を残したい。

http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/4095393.html



木村徳太郎自身の書いた略歴がある(童謡芸術年刊集。昭和十三年版より)

私は 1915年9月4日に生まれた。
私は 1926年小学を卒へた。
私は 1929年中学中退した。
私は 1930年以来家業を励んで来た。
私は 1932年詩人S.F.Wと仲よしになった。
私は 1935年初めて、詩を作った。そして仲よし達から喜んでもらった。
私は 1936年童謡芸術協会の仲間に入れてもらった。
私は 初めて、童謡を試作しだした。
私は 毎日幸福に生活した。童謡芸術の仲間は皆んな嬉しい、いゝ人達ばかりなので。
私は 明るい性質になった。家業も楽しい、いゝ友達も出来た。生活もだ。
私は 生まれた時も、亡くなる時も同じところだろう。

「亡くなるときも同じだろう」。そんな父の願いは、叶わなかった。
「生まれた時も亡くなる時も同じ」人間としての根源的な、その願いを叶えてあげたい。
そして、一人の人間が確かに生きていたことを・・・。



木村徳太郎(1915〜1996)
北原白秋に師事し詩作を志す。
1945年南朝鮮より復員。
以後、小川未明に師事し児童文学を志す(児童文学者協会。多数の作品残す)。
1963年 毎日新聞(全国版)に伝書鳩ものがたりを執筆連載。
やがて、児童文学者協会脱退。
1965年ごろから詩作、児童文学から離れる。
その後、評論、歴史、政治物に転向。

(おもな作品)
童話「三吉と狼」昭和出版。童謡「おかあさん」アルプス社。
評論集「児童文化・文学・保護」梅田出版。人形劇集「狐の裁判」橿原神宮出版部。
少年小説「よみがえる少年たち」近畿図書。評論集「児童文学の周囲」日本社。評論集「ひとのこころの」婦人と平和の会。シリーズ物作品「歴史の光」「おはなし世界歴史」実業の日本社。「日本名作童話」金の星社。「青少年に与える心のよろどころの天皇様」洛風書房。「明治天皇さま」洛風書房。など。



木村徳太郎の作品が、かなり整理出来ました。順次アップをしていきたいと思います。
画像の上にマウスを乗せて下さい。拡大されて読む事が出来ます。

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