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今日の教育界への提案
【 日曜 夕刊 】 昭和四十一年九月二十五日発行 26号
児童文学者の目より見たる 木村徳太郎
日教組の倫理綱領の影響
(イ)“でも先生”の言行為
私の部屋から、二百米ばかり離れて、小学校の運動場と神社の参道がみえる。
ある日のこと。何心なく窓をのぞいていた私は、運道場に隣接した参道の目通り三米ばかりの松の木に、小学校の先生が、ものを打ちつけていらっしゃるのを見た。
私は「なにをしていられるのだろう」と、異様な行為に不審を覚えて暫らく見つめていると、先生の指図で、生徒が三、四人、手に竹箒木をもってきて手渡すと、その竹箒木を松の木に引っかけておられる。
そのようすで、竹箒木を引っかける掛釘を、先生が打ちつけておられたのだと、私は判断がついた。
学校には校舎の片隅やまた物置小屋の横等、いくらでも清掃具の竹箒木の掛釘を打つ事は出来るはず。それを神社の参道の松に掛釘を打たれた事は、運道場の清掃をするのに手近で便利だろうが、あまりの非常識に他人事ながらなんともいえない怒りを覚えて、先生の処に私は駈けつけた。
「一寸お話がしたいのですが」
先生の立場を思って、生徒の前で事を荒立てたくない。平静な口調で申し上げる。
顔はおたがい見知っているが常日頃交際もなく、話もした事もない私の突然の申し出で、先生は不思議な顔色を示されたが、
「君等、あっちに行っといで・・・・・・」と、学童をその場から去るように指示された。子供は正直なもの。まして先生の言いつけだからただちに、その場からいっさんに教室の方へ駈けて行った。
「どんな話でしょう」
「どんな事でもありませんよ。先生、この松の木は生きているんですよ。生きている松の木に釘をうつとは、甚だ非常識な行いではありませんか。まして、この木は神社の参道にあって、言わば家の入り口のようによく見えるところですよ。その入り口も、先生に関係のない言うなれば他人の家の入り口に、無断で掛釘を打たれると言った行いではありませんか。いかが思われます」
子供が去って、私は憤りに煮えくりかえる腹をおさえて、おだやかに先生に申し上げた。
「悪いでしょうか」
独り言を言うような口調で、先生は反問される。不道徳的(私にはそう思える)を、先生は自覚しておられぬようだ。その間の抜けた言動に、これが教育者と言われる学校の先生なのかと、軽蔑の念が燃え上がってくるのを私はおさえる事が出来なかった。
これは、N校へ行かれた先生が実際に行なわれた事である。
これはまた少し前の話になるが、家を出てからある処へ用件を思い出して、ある学校で電話を借りた。通話が終って、教員室を出ようとした時、正面の壁にぺたりと張られた、大きなポスターが目についた。
「反動内閣岸首相は国民の憎悪をうけ、今や崩潰せんとす。平和のため、一日も早く退陣を要求する。安保改定は米帝国主義の傀儡となり、日本の中立を侵し、破壊するものである。村から町から平和を勝ちとるために、改定反対の声をもりあげよう」と、いうような趣旨のものである。
この学校の校長先生を初め、先生方全部が日教組員であるが、常日頃から政治活動をされているような噂は聞いたことがない。それだけに私は変に思った。
このような趣旨のポスターを、教員室の正面に掲示される事は、「教育基本法」の八条の二項に「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、またこれに反対するための政治教育その他政治活動をしてはならない」、とされていることに抵触する。
「こんなポスターを、どうして教員室に張られるのですか」と、その場におられた先生にお聞きしたが、どの先生からも返事がない。
それどころかおたがい不審気に顔を見合わせているばかりで、黙秘権はこの時と言わぬばかりの様子だ。
「校長先生は、おれらないのでしょうか」
「先刻帰えられまして、おられません」
「教頭先生は・・・・・・」
「教頭先生も、用件で出られました」
「そですか、じゃ、私のお伺いする事にどなたもお答え下さらぬなら、明日でもいつでも結構です。校長先生に、私が逢いたいと伝えておいて下さいませんか。連絡あり次第にお伺いします」
と、私は自分の住所を述べ、それだけをお願いして電話借用の礼をいって帰ったのである。(つづく)
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