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雪への手紙(二)
前略
「トンネルをぬけるとそこは雪国だった」。
昭和五十年中ごろに転居して来た琵琶湖の西側は、川端康成の「雪国」の世界のようでした。膝まで雪が積るのです。短靴を持って駅まで夫を送って行きます。夫は、駅で膝までの長靴を脱ぎ、短靴に履き替えて改札をくぐります。トンネルを五つ超えた勤務先には雪などありません。トンネルを一つ、二つと抜けるごとに、雪は薄くなっていくのです。
私の家は小高い丘の上にあり、勾配がきつく雪の積った坂は、タクシーもあがってくれませんでした。陸の孤島になりました。坂の下の県道だって、バスや乗用車がチエーンを響かせて賑やかに走っていました。
正月が過ぎると、雪は本格的に降り始めます。夫や子供たちを送り出すと、しんしんと降る雪を眺め、雪女の集合のように我が家に集ってきます。お茶とお喋りに花を咲かせ、パッチワーク(手芸)に励むのです。私は洋裁が大好きで針と糸を持つことには自信があり、暖炉の側で、融けることなく針を動かすことは楽しいものでした。
もうすぐ二歳の誕生日を迎える次男が、私たち相手に遊びます。テーブルには型紙を作るために、カッターナイフ、定規、鋏などが布地に混ざって置かれていました。
私は、お喋りに気をとられていたのでしょう。次男の大きな泣き声に驚いた時、次男の左手の人差し指から、血が噴きでていました。カッターナイフで切り、血が溢れだしていたのです。
急いで病院へかける雪の上に、次男の指の血が点々と落ちていきました。
次男は三針縫う怪我をしたのです。可哀相に、鉛筆よりまだ細い小さい小さい指が包帯で巻かれました。しかし、可哀相なことは、それだけでは終らなかったのです。
怪我が完治し、1ヶ月近くはたっていたでしょうか。人差し指の第一間接から先が曲がったままです。私は治療をしてもらった地元の病院には行かず、日赤病院へ連れて行きました。「切れた筋をそのままにして(気づかずに)治療を完治した。」「指をもう一度切り開き、筋を伸ばして縫い合わせる」と・・・・・・。
なんと!もう一度指を切り開くというのです。次男の指はメスより小さい指です。京都大学から小児外科専門の医者がこられ、大掛かりな手術になりました。
輸血の用意がされ、ベットに酸素ボンベが運ばれ、どれだけ不安な気持で手術中の赤いランプを睨んだことでしょう。
手術を終えた次男は、ただ「イチャイ。イチャイ」と泣くばかりでした。こんなに痛い目を何度もさせてしまった私の不注意を、どんなにか悔いました。
小学二年生の長女が、留守居の母親役でした。三歳下の長男の面倒をよくみ、そして食事の支度までしてくれていたのです。近所の方は、長女のかいがいしい母親振りに、「ただただ感心するばかり」と言って下さいました。
無事に退院のできた夜、家族五人は重なりあって寝ました。留守番の大役で疲れたのでしょう。すやすや眠る長女の頭を何度も撫でました。甘えたかっただろう長男は、私の腕枕で眠りました。窓には、大きなボタン雪が映っていました。もう春を呼ぶ、「なごり雪」でした。
退院後は通院をします。早朝に家を出ます。通勤のラッシュどきでした。次男は人混に埋もれてしまい、私は空間を確保しようと大きく次男を囲うのですが、押されるばかりでした。そして「非常識な、こんなラッシュどきに、どうして幼児を乗車させるのか」と非難の目を向けられるのです。「出かけるなら、もっと空いた時間にすれば良いのに」と、ラッシュ時の母子が奇異に映ったのでしょう。私はひたすら、「理由(わけ)が合って、この時間に乗車しなければいけないのです。許して下さい」と詫びていました。
診察後の帰路は、のんびり急ぐことなく帰ります。雪の畦道にフキノトウが覗いていました。指に入れていた針金は、抜いてもらえました。「指をしっかりと動かすように」と言われました。私はフキノトウを雪の中から掘り起こします。次男も「ツゥメチャイ。ツゥメチャイ」と言いながら真似をします。二人で見つけ掘り起こしたフキノトウは、浅緑色に輝いていました。
三月になり、次男は二歳の誕生日を迎えました。指は真直ぐにも、曲げもできました。上手に父親の口に、私の口に、姉の口に、兄の口にと、ケーキを入れてくれました。
私は摘んできたフキノトウで味噌汁を作り、娘にフキノトウの香りを教えました。春はもうそこまでやって来ていました。
あの子たちは、あの時のことを覚えているでしょうか。「イチャ(痛い)かったこと」
雪の中から掘り起こしたフキノトウ。小さな手で作った夕食。寂しかった留守番。私が地元の病院を、「ヤブ医者」といったのを「タケノコ病院」と言い換えたこと・・・・・・・。
私は覚えています。そして、あのとき私は教えられたのです。
「場違いと思える人がいても、人にはそれぞれに事情があること。非難をしてはいけない」。「子供の前で『ヤブ医者』などといってはいけない」
そして、雪の中に見つけたフキノトウに、「春を見つけ、春を待つ心。春を喜ぶ心」を教えてもらったのです。
草々
木村徳太郎の作品(童話、論評、随想)を別頁「木村徳太郎=現在『伝書バト物語』『児童文学者の目より見たる』」に掲載しています。ご愛読下さい。
節分 木村徳太郎 詩集「夕暮れノート」より
寒いくさめを
ひとつして
あの子は 柊
門に挿す。
きつと鬼も 来ないでせう
寒くて鬼も 来ないでせう。
こうとつめたく
ひとつなく
冴えてる鷺の
しらじらさ。
まだまだ春は 来ないでせう
ほんとの春は まだでせう。
ひそかな寒の
月の街
皸(あかぎれ)ぬくめて
いそいでる。
帰れば火種も あるでせう
家には火種も あるでせう。
2008.02.03
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