来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

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コブシ咲く

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拳(コブシ)  咲いた

咲いた!さいた!拳(こぶし)が咲いた。拳が咲いたのだ。
 
千切れ雲一つ二つと拳咲く


あ〜拳の花が咲いて行く。私の心に一つ二つと、千切れ雲が咲いて行く。

 小学二年生の私には、引越しがどんなものか理解できなかった。「新しいことが始まるらしい」そんなことにワクワクしていた。新しい事が大好きだ。そして、春休みということも手伝い、イソイソとしていたのだ。

 何が原因だったのだろう。思いだせない。名前も顔も思いだせない。が、私と同じように小柄な男の子が、いつも一番前の席で私の隣に座っていた。みんなより一回り小さい私たちは、何処へ行くにも(二人で一人)のように手をつないでいた。誰もそれを冷やかしたりはしなかった。
喧嘩の始めは何だったのだろう。男の子が言ったのだ。
「おまえなんかどこかへ行ってしまえ」
私は怒りも泣きもしなかった。それが悪戯で言っているのが分かっていたから。それほど仲良しだったのだ。
だのに・・・・・・。

 引越しの朝の大人たちは忙しい。荷作り、荷物運びに忙しい。「かーこ、ちよっと釘を買ってきて」と祖母が言う。金物屋は、住んでいた商店街の二軒向こうだ。私は喜んで引き受けた。大人たちのざわつきが楽しかった。スキップをして買いに行った。そして、店先で相棒のその小さい男の子に会ったのだ。
男の子を見るや、私は鬼の首をとったかのように「『あんたがどこかへ行き』て、言うたから、うちとこ、今から他所へ行くねん」と勝ち誇ったようにいった。男の子の顔は丸かった。その丸い顔一杯になるほどに目が丸くなった。
私は知らなかったのだ。引越しが「別れ」だとは・・・・・・。

 荷物と一緒にガタガタと揺れながら、いつも遊んでいた川が、原っぱが遠くへ消えていく。始めて見る山が現れて、ニコボコリ(砂埃りのまき上げ)が、知っている景色を手品のように消し、新しい景色を出してくる。
そのごろになって、「これは遠足ではない。八木の家にはもう帰れない?」と気が付き始めた。いくら降ろして欲しいと願っても、もうそれは後の祭りだった。
 自分を優位に立たせるための、喧嘩の続きとして私は男の子に言ったのだ。しかし、もう喧嘩のないことを車の揺れが教えてくれた。悲しみと寂しさが、揺れにつれどんどん心にゆさぶり始めていた。
 私はニコボコリに目をこすった。歌っていた初めの元気などなくし、無口になっていった。祖母がそおと抱きしめてくれた。

 新しい住いになる神社は、幹線道路から車の入らない長い参道の奥にあった。村の人たちが荷物を運び入れてくれる。私も手伝った。自分のランドセルや机を運ぶ。姉とお揃いで作ってもらった本箱を運ぶ。私は砂利道(玉砂利)を引きずり、押し黙って運ぶ。
「そんなことをしたらあかんがな」村の誰かが怒鳴った。私はこういうとき、いつもは大きく目を剥き割れんばかりの大声で泣きだすのだが、そのときは泣かなかった。ただその大人を睨みつけ、そしてときどき気づかれないように鼻をすすりあげていた。
 帰りたかった。八木の家に帰りたかった。あの子に「違う」と、言いたかった。しかし、いくつ山を越え、いくつ川を通り越してきたのだろう。私は戻れない知らない世界に立っていたのだ。
 あらかた荷物が運び入れられると、女の人は割烹着を外し、男の人たちは足元の埃をはたく。父も祖母も姉も忙しく動いているばかりで、私のことなど誰もかまってはくれない。私は居場所を失い、ときどき鼻をすすりあげウロウロとしていた。そのときである。
「嬢ちゃん。これあげる」と、ニコニコ顔のお爺さんが、白い花のついた枝を渡してくれた。真ん丸い顔だった。あの男の子のような真ん丸だった。でも目は真ん丸ではなく笑っていた。始めて見るその真っ白の花に私の体はとけこんだ。それが拳だったのだ。

 私は直ぐに田舎の生活に馴染んだ。子供はそうしたものなのか、私がそうした性格なのか、私はすっかり田舎の子になっていた。
 次の春、小学校に鎮魂碑があり、その横に白い花の咲く大木をみつけた。拳だった。野山が珍しく、野山を駆け巡りみんなを追いかける毎日だったが、遊び疲れたあとに、一人でその白い花を見上げる。はっきりと映像にならないが、忘れているものが浮かんでくるようだった。千切れ雲のように浮かんでくる。

 庭のある住いを持ったとき、私は一番に拳を植えた。そして子供たちに「お母さんが死んだらこの木の下に埋めてね」と言っていた。子供たちは、頷きはしても「死」「埋める」ことの意味など分かろうはずもない。しかし、それを言っている私の心の中は、穏やかな千切れ雲のように満足感で満ちていた。
 しかし、拳はなかなか根付かなかった。山の拳を何度も植えた。拳とみると色々買ってくる。園芸用の紅や白のシデコブシは根付いた。遠山に白い塊が千切れ雲のように霞んで咲く、山の拳が欲しかった。何度も挑戦した。五本目ぐらいだったろうか。やっと根付いた。しかし花が咲かない。木はどんどん天をつくように伸びていくのに花が咲かない。葉ばかりが茂る木は、切なく伐ってしまおかとさえ思った。
やっと十数年目に花が咲いた。それは、昔に見たあの拳の花だった。
 拳は健やかにぐんぐん伸び、花時には近隣から見物にくる人もあるほどの、我が家のシンボルになった。
 居を構えたごろは原野のようなところだったのに、家が建て込みはじめた。
大木は隣家に葉を落す。強風の時は倒れて行かないかと気をもむ。家人に拳を伐るように言われた。私は頑として許さない。「拳を伐るのは、私を伐るのと同じ、伐ったら家を出て行く」とまで言った。
 しかし、拳は伐られたのだ。隣家から苦情がきたのだ。私は箒を持って掃除をしに行っていた。が、秋には黄金を散らすように流れる落ち葉は、私には小判であっても、ゴミと映る人もあるのだ。私はこの地に、これからも住んで行かねばならない。伐るしかなかった。
 伐採を頼んだ造園屋さんが、木に上がり「こんな良い物を見させてもらって、なにが不服なんや」と・・・・・・。私は「シー」と指を口にあてる。そんな私をみて職人さんが、拳の上に私も引き上げてくれた。青空が近い。私は千切れ雲になった気分だった。「もういい。心の中で花を咲かせるからもういい」下界の家や人々がちっぽけにみえた。
 その年、娘が伴侶を見つけて離れて行った。私は心のどこかで、自分勝手な青写真をひいていた。娘も拳の下で暮らすものとばかり思っていたのだ。
「ドドドー」切り倒された拳に私は泣いた。
 拳は伐られた時からゴミであり、ゴミ焼却場に行く。後始末を断わり、背を丸くし、自分で「トントン、コッツコッツ」と鉈で木を小さくしていった。花芽がたくさん付いていた。銀毛で覆われたドロップのような塊は、私の涙粒のようだった。私は泣くまいとぐっとこらえる。すすり揚げる鼻腔を上品でふくよかな匂いが抜けて行った。すべてに未練を残すまい。私は大きく鉈を振り下ろしていた。
花芽のついた枝をコップに差しておいた。
 本を広げる静かな夜、音がした。それはハラリと銀のコートを脱ぐ音だった。真っ白な花が現れる音だった。息が止まる美しさの音だった。ビイナスのように、輝く純白のヌードの花が現れた。そのとき、「別れ」は昇華され真っ白な千切れ雲になった。
 あれから何年経つだろう。数年前に、私は拳の若木を見つけていた。大木の拳は秋になると、赤い鞘が木全体を薄紅に染め、椋鳥が毎日木を揺らしていた。赤い鞘の種子は二世を生んでいたのだ。隣家に差し障りのない崖近くに生まれていた。そして健やかにのびのびと、深山で人知れずに大きくなっていく拳のように、真直ぐ天に向って成長していた。
 3メートル近くになっているだろうか。しかし、花はいっこうに付かなかった。伐られた拳も咲き始めに10数年はかかっていた。私は自分の生きている間に、花をみることは不可能かと思っていた。

 拳が咲いた! 拳の花が咲いたのだ。
二〇〇八年四月「清明」の四日に千切れ雲が浮かんでいた。
「拳の下に骨を埋めて」などと、もうそんな、きざなことは言わない。
顔を忘れてしまった男の子、花をくれたお爺さん、遊び疲れてみた拳、遠くの山に浮かんでいた拳、伐られた拳、ヌードの拳、目の前に輝く真っ白な拳。
一つ二つと、千切れ雲が浮かんでいく。
私が現世から消える時、私は千切れ雲になろう。真っ白な拳の雲になろう。

2008.04.13


      雲      木村徳太郎      
         
           朝の雲は

           おしゃれな雲だ。

           空の鏡に 顔うつし

           白いネクタイ 結びます。


           晝の雲は

           のんきな雲だ。

           晝のお日さま 背にうけて

           煙草ふかして 散歩です。


           夜の雲は

           寝坊な雲だ。

           風のお唄を 聞きながら

           更紗の寝床に もぐります。


木村徳太郎の作品(童話、論評、随想)を別頁「木村徳太郎=現在『伝書バト物語』」に掲載しています。ご愛読下さい。 
 

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