来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

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六月の歌(ツバナ)

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 茅花ツバナ流し    
 
 「『茅花(ツバナ)流し』という言葉を見つけた。梅雨前の、湿気を含んだ南風をいうらしい。
 
 私のなかをツバナが流れていく。
 昭和30年代初め、都会から引っ越してきたやせっぽっちの私に「これ食ってみな」と茅萱(チガヤ)の白い、柔らかい穂が差し出された。それは綿菓子のように甘くっておいしかった。ツバナといってチガヤの若い穂だと教えてくれた。
 都会育ちで、自給自足が満足に出来ない我が家だった。欠食児童のようにいつもお腹を空かしていた。遠足の時にそれを採っては食べ、摘んでは食べ先生にしかられ、みんなからあざけるような笑いを誘った。教えてくれたその子だけが笑っていなかった。
 
 土手にチガヤ(ツバナ)の穂綿が、銀白色の布のように流れて行く。『茅花流し』 私には美しくも、切ない響きのことばでもある。
(京都新聞「窓」欄  2003.06.05. )

 
 花盛りがすぎ野辺が濃い緑におおわれるころ、このツバナは白銀の穂をゆらし、そのうねりが、一枚布のようになる。夕焼けに染まると、穂先は炎のように燃える。草刈の終った畦では、穂先だけが緑の海の浮き玉のように転げ、風に走って行く。
それは、

          ピアノ       木村徳太郎  

     ド レ ミ ファ

     まるい 銀玉

      ハコからつんと出る。


     ソ ラ シ ド

     ころころ 銀玉

     ころげて歌になる。


     ド シ ラ ソ ファ

     いくつも銀玉

    お空へ転げて行く。
 
         
銀色の尻尾のような穂が、ド レ ミ ファ と銀玉のように転げていくのだ。

 あの昔、ツバナの白い若穂は、口に含むとチューインガムのようで、甘かった。
「ツバナは、サトウキビと近縁で根に強い甘味を持ち、葉が茂る前の花穂にも甘味があり、江戸時代にはツバナの名で売り歩かれ、当時の甘味(かんみ)となっていた。万葉の時代には「戯奴(わけ)が為 我が手もすまに 春の野に 抜けるツバナそ 召して肥えませ」(貴方の為にツバナを取ってきましたので召し上がって肥えてください)。と、紀女郎(きのつらめ)が大伴家持に歌を贈っている。昔から甘味として利用されていたのだ。また、根茎を陰干しにしたものは茅根(ぼうこん)と呼び、利尿消炎作用があり、黄疸、腎炎、急性肝炎に用いられ、花穂には強い止血作用があり、鼻血、喀血の止血剤となるらしい。葉は屋根の茅葺(かやぶき)の材料となり、穂は火打石で火を起こす際の火付け材としても用いられる。」
とても大活躍の草なのだ。笑われて食べたツバナは、決して間違いではなかったのだ。
 ツバナ(チガヤ)の名の由来は「群生する様から千(1000)の茅(かや)でチガヤになったとする説、赤い花穂から血茅(チガヤ)になった、葉が紅葉するので血茅(チガヤ)になったとする説等、いろいろとある。」
霜の降りた枯れ草の中に、綺麗な赤茶色の葉を見つけることがある。あれがチガヤなのだ。
そして、とても生活に密着した草でもある。
 六月の中頃から各神社に祭られる茅の輪くぐりがある。正月から六月までの半年間の罪穢(つみけがれ)を祓う夏越しの大祓(おおはらえ)で、その茅の輪をくぐると、疫病や罪穢が祓われ邪気を払い、心身ともに清らかになり、あとの半年間を新たな気持ちで迎えることが出来るという。茅の輪の(茅)とは、ススキ、スゲ、チガヤなどの総称で、(輪)には背丈のあるススキや、スゲを使う事が多いがチガヤは立派な仲間である。

 白絹色の穂が緩やかに揺れ、さわさわとなる葉を見ていると、遠くの昔へ、私は運こばれていく。恥かしそうに、ツバナを口に含んだあのころから、私はいったいいくつの邪気を背おってきたことだろう。

ツバナで輪を編み、そのなかへ静かに息をくぐらせた。
ツバナ流しの風が流れた。
 美しく切ない言葉の「ツバナ流し」であるが、「邪気流し」の言葉も加えようと、私は思った。
 

    
       茅花の穂ほのかに白く思い出の
                  粒赤々と混ざりおり
   

2008.06.12
木村徳太郎「ピアノ」の詩は私の父の詩です。私の生まれる前、父は多くの詩作を試みておりました。父の死後見つかりました。私は今それを紐解いております。

木村徳太郎の作品(童話、論評、随想)を別頁「木村徳太郎=現在『伝書バト物語』」 http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/42560326.htmlに掲載しています。ご愛読下さい。 

木村徳太郎

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伝書バト物語(30)マウスを画像上に乗せてください。拡大します。

      ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 
 
郷土の民話
日本読売新聞昭和33年11月24日(月曜日)    木村徳太郎
 
松茸と十円札(奈良) 
 村にサク婆さんと言う、産婆さんがいた。ある夕方、サクさんを迎えにきて「私は伊那佐村との間に住んでいるものだが、妻が難産で苦しんでいる。とりあげに来てくれないか」と、腰をひくくさげて。言う
 サクさんは、村であまり見かけないようすの人だったが、もちまえの親切心から、気軽にその男について出かけた。村をはずれて、伊那佐村にぬける林道にきた。この付近に家があったのかと、サクさんは変に思ったが黙ってついて行った。
 一軒の農家があって、門口で松根油をたいて、数人のものがサクさんを出迎えて待っていた。サクさんはてきぱきと指図をして難産で苦しんでいた、年のころ、二十四,五の女の苦しみをやわらげて、玉のような可愛い男の子を無事にとりあげた。親戚のものや、家人の喜びようはたいへんなものであった。
 ひとやすみして、また家人におくられて、サクさんはつつがなく家に帰って寝た
昨夜の疲れで、今朝は、少し遅く起きたサクさんが、井戸端に出ようとすると家の入り口で松茸の匂いがする。みると、松茸の包みと、祝儀袋がおいてあった。あけてみると、十円札が一枚入っている。
「こりゃ、昨夜の家のものが、とりあげの礼に朝早くから届けたのだろう。が、寝ていたのでおいて行ったものとみえる」サクさんはひとりごとのようにつぶやくと、松茸を台所へ。祝儀袋を神棚へのせた。
 そんあことがあって、二日ほどたった。隣垣内の達産辰さんの娘が、嫁入りのためにもらった、祝いの金包みがどうしても一つたりない。どろぼう事のない、平和な村だけに、「誰がぬすんだのだろうか」としきりに噂が人の口にのぼった。
 その噂に、サクさんは、神棚ら祝儀袋をとって、辰さんの家にでかけた。みせると無学の宇兵衛さんは、祝儀袋のおもて書をしたことがない。が、宇兵衛さんが用いた祝儀袋にちがいがなかった。
サクさんは、先日のとりあげのようすを話して、事情を語った。
 聞いていた村人の一人が、「そりゃ、サク婆さん。きつねがうみよる子をとりあげたんじゃ」と、したり顔に言う。
 伊那佐山へぬける林道へ、サク婆を先頭に、二、三の村人がとりあげに行った家をさがしに出かけてみたが、やはり見つからなかった。まさしくサク婆さんは、きつねの難産をとりあげてやったのにちがいがない。
 その礼に、きつねが、辰さんの家から祝儀袋をぬすんで、サクさんの家に届けたのだろうと、村人の間でうなづき合ったという事だ。 (筆者きむら・とくたろう氏は民話の会々員)
(備考・大門みつゑ、八二歳談。なお、伊那佐村にもおなじような話が伝わっている)

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