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☆お掃除と和子ちゃん ☆ 木村徳太郎作
「高瀬有職商報」 昭和三十一年度 高瀬装束店発行
和子ちゃんは五年生。お宮のお庭をはいています。三年のときから初めて、もう二年もつづきます。
体の弱かった和子ちゃんは、お家から五百米ばかりはなれたお宮に、毎日学校に行くまえにきちんとお掃除に行くようになつてから、たいへん体が丈夫になりました。
今日も、朝のすがすがしいお日さまのひかりを、からだいつぱいにあびて、お掃除をしていると、和子ちゃんの元気な朗らかなようすに、小鳥もつい朗らかになるのでしょう。
「ちっ、ちっ、ちっ」と、楽しそうに、和子ちゃんのお掃除をながめながら鳴いています。
和子ちゃんも、小鳥の鳴声を聞きながら、いつそう心がはずんでくるのでしょうか、もっているほうきが、ひとりでに「ちっ、ちっ、ちっ」とうごくようです。
「あら、和子ちゃん。いつもえらいのね」
おばさんがお詣りにきたのでしょう。いそがしそうにそのように言いながら、せかせかと歩いて、拝殿に行くと鈴を「ちゃらんちゃらん」と、ならし、拍手を「ぱんぱん」とうつと、すぐお詣りをすませてもどってきました。そして、
「ね、和子ちゃんにくらべたなら、うちの澄子はさっぱり駄目ね。体が弱くって病気ばかりして、朝寝坊するものだから、少しも勉強ができやしない」
と、ひとりでかってにぺらぺらしゃべるとまたつづけて
「だって、まだお腹いたで、寝ているんだもの。早くよくなるように神さまにお願いにきたのよ」
と言って、おばさんは、和子ちゃんに話しかけているのか、そのどちらかわからないほど、せかせかとしゃべって、かえって行きました。
和子ちゃんは、おばさんがかえると、おかしくつてひとりでに笑えてきました。
澄子さんのおばさんが、ひとりでかつてに、ぺらぺらとしゃべつて、神さまにかつてなお願いをしてさつさとかえつてしまつたことが、おかしくてならなかつたのです。
神さまも、わらつていらつしゃるように、和子ちゃんには思えました。
その時
「えらい嬉しそうだね」
と、和子ちゃんが、ひとりでわらつていた顔を、やはり嬉しそうに、にこにことみつめながら、越出のおじいさんが、お詣りにきました。
越出のおじいさんは、八十三、村でもゆうふくなお家のおじいさんで、びょうきの人やこまつた人があると、親切に世話をしてあげると言う、心のやさしいおじいさんで、体も丈夫で、歯は一本もぬけていない、朝も早くからいまだに畠の草をとりに行くと言う、けんこうのもちぬしでもありました。
そのようなおじいさんですから、村の人みんなから、たいへんなつかしがられておりました。和子ちゃんも、越出のおじいさんをみるとなんとなくおちついた心がうつります。
「お早うございます。おじいさん」
と、あいさつをしました。
越出のおじいさんは、和子ちゃんのあいさつを聞くと、
「ほう、心も美しいがあいさつもじょうずだね。よしよしほうびにこれをあげよう」
と、言って、ふところから帳面を一冊とり出すと、和子ちゃんに下さいました。学校で使う国語の帳面です。和子ちゃんはどんなに嬉しいと思ったか知れません。越出のおじいさんはきつと、朝早くからお宮の掃除をしている和子ちゃんのために、持ってきて下さつたものにちがいがありません。
越出のおじいさんは、和子ちゃんに帳面を渡しおわると、
「ね、なにがそんなに愉快なの。おじいさんにも教えてよ」
と、さつき和子ちゃんが、ひとりで「くすっ」と笑つていた顔を思い出したのでしょう。
おじいさんは、そんなことをたずねました。
「だつて、おかしいもの」
と、和子ちゃんは答えずに、また「くすっ」と笑いました。
その笑顔に、おじいさんは、いつそう心がひかれたのでしょう。
「ね、おじいさんに教えてよ」
と、越出のおじいさんは、和子ちゃんのそばに近よつて、和子ちゃんのおつむをなでながらやさしい声で、ふたたびたずねました。
それで和子ちゃんは、さつき、澄子さんのおばさんが、お詣りにきて、ひとりでぺらぺらとしゃべつて、ひとりでかつてなことを神さまにお願いして、さつさとかえつてしまつた、そのようすのおかしかつたことを、越出のおじいさんに話しました。
越出のおじいさんは、それを聞くと、
「ふうん。なるほど、そりゃかつてなことだ。和子ちゃんも、元気なのはこうして毎日きつちりと、神さまのお掃除をするから、おじいさんも、このようにながく生きられたのは、神さまのおいいつけを、よくまもつて体を大切にしてきたから。朝寝坊はする、行儀が悪い。それでいて病気になつたとき、神さまにお願いするなんて、そりやかつてなことでおかしいね。あっはっはっ」
と、おじいさんは、白いきれいな歯をのぞかせて、大きな声で笑いました。その笑い声にびつくりしたのでしょう。明るい声で鳴いていた小鳥が、ぱつとにげとびたちました。
和子ちゃんも、おじいさんのあまり大きな笑い声に、つい
「そうだわ、わたしだつて朝早くお宮のお掃除をするから、夜は早く寝て、そして体をたいせつにするから丈夫なんだわ。お掃除をすることは、誰のためでもなかつたのよ。けつきょく自分のためになることだつたんだわ」
と、越出のおじいさんの言葉に、和子ちゃんは、弱かったころのことを思い出して、いまのように丈夫になれたことが、たいへん有りがたく思えて、そのようなことをおじいさんに話してしまいました。
それを聞くと、越出のおじいさんは
「そうとも、そうとも、人によろこばれる良いことをしてほめられて、そして自分が良くなる。こんな有り難いことはない。これがきつと神さまのお教えだろう。どれどれ、おじいさんも神さまに、今日一日けんこうに過ごさせていただく、ごあいさつをして、畠の草とりでもしましょうや」
と、にこにこ笑いながら拝殿で、神さまにごあいさつを終わり、元気なあしどりでかえつて行きました。
小鳥がまた来ました。明るいたのしそうな声で鳴いています。お日さまのすがすがしいひかりが、お宮の森いつぱいにひろがつて、心がしぜんと、ひきしまるような、朝のお宮でこのように元気にお掃除のできることを、和子ちゃんはどんなにか幸福に思いました。おもはず、ほうきをそつとおくと、小さい手を合わせて、
「神さま、ありがとうございます」
と、口のなかで、大きく大きくつぶやきました。それといつしょに
「そうだわ、澄子ちゃんにもいつしょにお掃除をして、体をたいせつにすることを教えてあげよう」
と、心のうちで思いました。
神さまが、素直なかしこい和子ちゃんに、澄子さんが、げんきになれることを、教えてあげるようにおっしゃつたのにちがいがありません。(筆者・児童文学者協会員)
神社宗教強化運動の一助として協力申上度、木村徳太郎先生に特に童話の執筆を御願ひ致しました故、各御神社の社等にて子供さんに御講演下されば幸いと存じます。
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