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♪ ポラーノの広場
「野はらのまんなかの祭のあるとこだろう。あのつめくさの花の番号を数えて行くというのだろう。」
(白いつめくさのあかり)(それに番号を付けて行く)。
宮沢賢治の「ポラーノの広場」の、このつめくさに番号を数えて行くという場面が、子供の頃から私は大好きなのです。
私は、私の庭に大好きな「ポラーノの広場」「つめぐさの灯かり」が欲しくなり庭にクローバを植えました。
狭い庭のなかほどに、直経60cmほどのクローバの小さい野原をつくったのです。
小さくともちゃんと、てんとう虫も蝶々も来ます。そして、シロツメグサが咲きました。
シロツメグサは、ポラーノの広場の、あの「小さな蛾の形の青じろいあかりの集りだよ」と、おなじようなそんな花が咲きました。よく観察すると、花は白磁のように輝き、一つ一つは豆の花のようですが、たしかに灯かりをつけたように真ん中が薄赤い、シロツメグサが有りました。
それは、「蛾の形の青じろいかたまり」でありましたが、艶かしく輝き、その豆のような花のひとひら、ひとひらが、自己主張する灯かりの粒子のように見えました。
私はそのシロツメグサのあかりを、一本二本と摘んで首輪を編んで行きます。
遠い昔、女の子達は、これを繋いで行って縄跳びの縄にしました。冠にしました。冠をおかっぱ頭に乗せると、牧草の匂いが仄かにしました。
私はシロツメグサに灯かりが灯され、其の仄かな匂いの中に、ポラーノの広場を夢見ていたのです。
少し大きくなると、シロツメグサから四葉のクローバを探す女の子になりました。広い野原で競争をして四葉を探しても、なかなか見つけだせませんでした。
幸福(しあわせ)を見つけるのは大変なことなのだと、子供心にも思ったものでした。
夕立のあと、私の庭の小さなクローバの野原は、雨粒の宝石を沢山ため、青々と重たそうに倒れていました。
あまり伸びすぎたクローバーは、風通しがよくありません。一度、牧草刈り(クローバ刈り)をしてみようと思いつきました。
そのまえに、四葉のクローバがないか念のため探してから刈ることにしました。草刈鎌を脇におき、昔懸命に四葉を探したあのときの乙女のように、膝をつきました。
ウワオー!!
有りました。 有りました。 有ったのです。
そして・・・・・・
なんと、3枚の葉の普通のクローバ。その3枚の1枚が、半分に分かれようとした形のもの。そして4枚の葉も、5枚のクローバもあるのです。
私は、新発見をしました。
クローバーが三枚葉から四つ葉になる手順をみつけたのです。
これは「植物学の博士になれて、ノーベル賞をいただけるかもしれないぞ」なんて、目を丸くし、飛び上がってしまいました。ほんと! 心臓がドキドキしました。
牧草刈りなどほったらかし。急いで植物に詳しい知人に電話をしました。
「最近は園芸用で四葉ばかりのクローバが出まわっている。きっとそれと混ざったのだろう」ということでした。 なぁ〜んだ。
私は小さい「ポラーノの広場」を刈るかどうか迷い、草刈鎌を「カチカチ」と鳴らしました。そして、気が付いたのです。納得したのです。
幸せの四葉のクローバとは・・・・。
一枚の葉が二枚に分かれ、二枚の一枚が半分に別れ三枚に。そして三枚、四枚、五枚と分かれていく、
幸せも、きっとこうして生まれていくものではないのでしょうか。
一つの幸せの灯火が、だれかにお裾分けができ、順番に人々に増えて行く。
幸せが人々の心に渡って広がって行く。
一つの小さな幸せでも誰かに繋がり、影響を与え、膨らんで行くのではないでしょうか。
私も、そうして幸せを分けていけるようになりたいと思いました。
私の心に「ポラーノの広場」の灯かりがともりました。
夏の露朝のひととき幸ひかる
2008.08.07(立秋)
木箱の畠 木村徳太郎
つくろよ畠
ととんと
四角な箱を
木の箱を。
出来れば土を
こんもりと
盛ってうえましょ
茄子の苗。
植えれば日向に
出しませう
やがてたわゝと
みのりませう。
ここは住還
道の端
木箱の畠に
茄子も咲く。
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