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ヤブカンゾウの花。別名「物忘れ草」という。でも私は忘れない、思い出は忘れない。
♪ 光る 思い出
夏休みに孫たちが遊びに来た。小学一年生の男児と二歳半の女児である。
蝉の鳴き声ばかりが響き渡る眠ったような老夫婦の庭に、灼熱の太陽をオレンジ色に吸いこんで咲き誇る花のように童らは生き生きと動きまわる。
兄のほうが「おしっこ」と、やにわに庭で放出する。シュウカイドウの大きな葉に「バリバリ」と音が飛んでいく。なにごとも兄の真似をする時期なのだろうか。妹も「ちぃっこ」と屈む。焼けた地面からゆらゆらと陽炎が上って行くようだ。
「おしっこはお便所でしなさい!」娘の大きな叱り声が飛んできた。
孫と私は顔を見合わせ肩をすくめる。そんな私たちにサルスベリの花が、ほほ笑むようにホロホロと零れていく。
小学一年生の私は、ベテイさんの顔の描かれたランドセルをカタカタ鳴らして駆けて帰る。カタカタと鳴る音が好きで、わざと身体を左右に振って駆ける。その音を聞いて乾物屋のおじさんが「お帰り」と顔を出してくれる。乾物屋さんの店先で、鰹節や大きな昆布が削られていく。それを飽きずに眺め、最後の小さくなった欠けらを貰うのだ。履物屋もあった。漬物屋もあった。魚の匂いが近づくと、私の家の近いことを知らせカタカタの音はますます大きくなっていく。
「止まれ!」
突然、隣りの眼鏡屋のおばちゃんが両手を広げて私を止めた。「銀奈良」という屋号で、なんとなくその文字が似合うような眼鏡をおばちゃんは掛けていた。その眼鏡がきらりと光った。「かーこちゃん(私のこと)屋根の上からおしっこしたらあかんやないの。前から不思議やと思って兄ちゃんが覗いてみたら、あんたらがおしっこしてた。『こらっ』て、怒ろうと思うたけど、もし驚いて屋根から落ちたら可哀相やからこらえたと、いうてる」「現場を見つけたからには許せへんで」「ばあちゃんには内緒にしといたるけど、これからはしたらあかんで」と、前よりもっと眼鏡を光らせていった。
しまった。ばれていたのだ。
叔父が八百屋と魚屋をしている二階が、私たちの生活の場だ。階下には三歳下の従兄弟がいた。私たちは大の仲良し、といっても私が従兄弟を子分のよう引き連れて遊ぶのだった。カタカタ鳴らして帰ったランドセルを放り出し、直ぐに商店街を駆け抜けて行く私を後から追いかけてくる。放り出したランドセルからクレヨンが零れる。バラバラになったものを従兄弟が拾い集め、元通りに納めるのに手間取った時には、私の名前を呼びながら泣きじゃくって待っていた。叔父は、そんな私をあまり快く思っていなかったようだ。
おしっこのことがバレてしまったら、居候の私たち家族は追い出されるかもしれない。私は青くなった。
二階へ従兄弟が遊びに上がってくる。遊びに夢中になると階下へ降りて行くのが面倒だ。それに便所は店の一番奥にあり、昼でも薄暗くてなんとなく怖かった。
従兄弟がおしっこをしたいという。私は便所に降りて行かないで、二,三回屋根からしていた。「下まで行かんでもええ。屋根からしたらええ」と私がいう。
怖がる従兄弟の手をひいて、窓から屋根へ出る。屋根瓦の温もりが足裏に伝ってくる。
二人並んでおしっこをした。従兄弟のおしっこは春の明るい陽を受けて遠くまで飛んでいった。私はそれが羨ましくもあり不思議だった。私がいくら力んでおしっこを飛ばそうとしても、それは屋根瓦を伝って行くだけだった。
それがバレテいたのだ。しかし、おばちゃんは本当に内緒にしていてくれた。私は祖母にも叔父にも叱られなかった。
「おしっこはお便所でしなさい!」
私は<前科>があるので孫たちを叱れない。良く飛んだ孫のおしっこの先に蝉の抜け殻があった。濡れて動き出しそうに思えた。蝉の抜け殻を拾って掌にのせてみる。透明のセルローズ色の中で光の粒子が走馬灯のように踊った。
最近の子供たちは、近所の大人に叱られることはあるのだろうか。大人たちも叱ることをするのだろうか。あのとき「銀奈良」のおばちゃんは、しっかりときつく私を叱り、子供であった私を尊重してくれたのだ。約束を守ってくれたのだ。
「有難うおばちゃん! 」
掌の蝉の抜け殻が納得するように少し動いた気がした。
この春偶然にも、私は「銀奈良」という名前を耳にした。小学二年生のときに引越しをして以来訪れることもなく、再び口に上がることもなかった場所だ。
臨床美術士の認定を取るために二ヶ月ほど大学に通った。全国から参加者が集る。そこで「奈良の八木町」から通ってくる人に出会ったのだ。商店街のことを聞いてみた。商店街は現在もあるという。そして「銀奈良」も健在だという。目を丸くして、一気に子供時代を喋る私に彼女がいう。「商店街は昔のように活気はない。寂れているよ。訪問せんほうがええわ。思い出の中に大事に入れておいたほうがええのんと違う」と、私の逸る気持を見透かしたようにいった。
「銀奈良」の眼鏡屋はいまでもあるのだ。あの時の銀奈良の兄ちゃんが、跡を継いでいるのだろうか。いやその子供だろうか。それとも孫だろうか。
彼女がいうように訪ねない方がよいのだろう。口にあがることもなかった「八木町」の名を聞けただけで、私は確かにあの商店街で駆け回っていたことが立証された。それだけで良いのだ。心にふんわりしたものが広がっていく。「八木町」の地名を、二度と口にのせることがあるなどとは思ってもみなかった。
嬉しさが夏の力強い光のように溢れて行く。
「有難うおばちゃん」そして、偶然に出会った八木町の彼女に、私はそうっと頭を下げた。
商店街がいくらさびれても、思い出は私のなかに大きく輝いている。遠くへ放たれたあの光の筋のように光っている。
くわんぞうの陽射しに散ることなき思い
2008.08.13
今回は木村徳太郎の詩を投稿しないで、「木山捷平」さんの詩をお借かりした。
「男の子と女の子」 木山捷平
そら
ええか
一、二、三……
わしと
とみちやん
石崖の鼻にならんで
ふるへながら小便ひつた。
わしの小便と
とみちやんの小便
二本ならんで
芋の葉つぱへばりばり落ちた。
「とみちやん、わしの方がちつとよけい飛んだぞ!」
「そら、あんたのはちつと突き出とるもん」
山も
野も
あかるいあかるい月夜であつた。
「わしととみちゃん」は、私の孫たちのように兄妹なのだろうか。
それとも、飛ばしあいっこをした私と従兄弟のように、仲良し関係なのだろうか。
可愛くてとても楽しい詩である。ほのぼのと温まる詩だと思う。
私は、あの八木町のとき以来、男の子と並んでおしっこをしたことはない。
「あかるいあかるい月夜であつた」
月まで届くほど一度飛ばしてみたいものだ。
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