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夕焼け の 子守唄
庭に木通(アケビ)がたくさん実った。種が多く食べ難いがほのかに甘い上品な味は捨て難く一つ二つと食べてみる。例えると母乳のような味だろうか。
夕日が落ちると、柿はぴかぴかと光り柿右衛門色を放ち夕焼けの化身のようになり、木通は夕焼けあとの紫色の空のように薄紫色を滲ませていく。
そんな暮色の中に立つと遠い遠い昔の子守唄が聞こえてくる。
柿の種類は一千種ほどもあるらしいが、私はどれも「柿」と呼ぶ。背高大小、老若男女みな「人」と呼ぶように柿は「柿」と呼ぶ。だからと言って、柿を粗末にしているわけではない。初めて出合った俳句が「柿食えば鐘がなるなり法隆寺」だったし、柿の名産地(奈良県)で過ごした大の柿好き人間で「柿食えば子守唄なるなり奈良の里」と、秋愁と幾つも食べる柿の実が私を朱に染めていく。
冷たい柿がますます美味しくなってくる立冬だ。
老人施設にボランティア(オカリの演奏)でお邪魔する。秋の日差しを受けて柿の実がたわわに実っている。それを眺めながら「清正じゃんけん」を楽しむ。グ・チョキ・パーの代わりに清正(槍の格好をする)トラ(耳をたて、トラの真似をする)母親(頬に手をやりニッコリ微笑む)で勝負をするのだ。グーはチョキに勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝つ。同じように、トラ退治をした清正は虎に勝ち、虎は母を食べることが出来ので虎が勝ち、清正(子)は母に頭があがらないので負けだ。このジェスチャーでじゃんけんをするのだが、施設の皆さんは「子どものほうが母より強いわ」と異議を唱えられる。
私はおもむろに「いいえ『母は強しと』言うではないですか。昔は母の教えが一番強かったのです。清正はお母さんに頭が上がりません。負けです」と言う。みんなの頭の中に混乱の波が押し寄せているのが分かる。ジェスチャーを覚えないといけないし、強弱(勝ち負け)の困惑が起こっているのだ。意地が悪いようだが、私はこのとき愉快でしようがない。あの時を思い出すのだ。
抜けるような青空をみあげ、竹の先を少し割りそこへ木の枝を挿み込んだものを道具に柿を採る。大きな渋柿である(名前は分からない。「柿」である)上手に採らないと「ドスン」と音高く響き落ち、柿に皹(ひび)が入る。父が柿を採り私が地面に落ちる寸前を両手でキャッチする。タイミングが大事なのだ。
上ばかり見て首を痛くして収穫した柿を米びつの中に入れておく。白い米粒の海原に大きな柿が夕日のように沈んで行く。
やがて、冬の訪れと共にその柿は渋が抜け、薄紙をめくるように薄皮がむけ、上等の羊羹(ようかん)のような果肉が表われる。それはそれは美味しいものだった。冷たい果肉を暖かい炬燵(こたつ)に入って食べるのは、まるで天上の食べ物を食べているような一瞬だった。
柿が柔かくなるのを、こっそりとまだかまだかと米びつを何度も開け、米の中から柿を掘り起して見る。米粒が流れ朱の色が光る美しい米びつだった。立冬に入り、水が冷たく手が切れるように感じ始めると祖母の目を盗んで米びつをのぞく回数が増えていく。柿の管理(米びつ管理)は祖母の仕事であり、食べごろになれば私たちに分けてくれるのだが、待ち切れないのだ。
そんなある日、父が私と同じように米びつをのぞいているのを見つけた。私はそおっと父の傍に寄って行った。父が「シィ〜〜」と指を立て、柿を一つ米の中から掬いだした。そして、薄皮をむき始めたのだ。大きな柿は柿の熟した匂いを広げ、なんとも美味しそうで私は固唾を飲んで父の手元を見ていた。
父が「包丁を持っといで」と言う。私は祖母の怒り顔など浮かばないほどそれは魅力的で父に従った。父と私は二人で柿を食べてしまった。それは、それは美味しかった。
その夜、父が祖母に叱られている。祖母はちゃんと柿の数を数えていたのだ。
父が子供のようにうな垂れて祖母に叱られていた。私は可笑しかった。普段世帯主として家長として、でんと構えている父が小さい子供のように叱られている。
そして「お祖母ちゃんはお父ちゃんより、ほんとはえらいのかな」と、思った。
祖母が、「子供でも我慢しているのになんですか。大人が子供みたいな真似をして」と怒っている。父がきまり悪そうに私をみてウインクをしてくる。その父はなんとも可愛らししく見えた。「子供でも我慢している」と言われた手前「うちも食べた」とは言いそびれてしまった。ただ父が大人しく叱られていた。そして茶目っ気たっぷりに私を見る。
あのとき首をすくめ、祖母(母親)の意見を神妙に聞いていた父を思い出すと、いまでもおかしくなる。
「さ〜〜。清正じゃんけんしましょ」「お母さんは賢く強いんだよ。いざ勝負!」と、私は腕まくりをする。
賢く強い元母と今母たちだ。
「子どもに負けるな」とエールを送りたい。
2008.11.07
「秋愁」とゐふ子守唄柿の色
秋陽 木村徳太郎
土手を行く
僕の背に
おんぶよ
秋陽は子供です
_柿の実が
光つてて
秋陽は
欲しいとぢれました
土手を来て
黄金の田
二人で
見てますお昼です
夕焼け 木村徳太郎
ガソリンの海に
火がついた。
火焔がぼうぼう
あがってた。
いまにも頭へ
落ちそうで。
こはくてこはくて
目を閉じた。
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