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イタドリの花
ふるさと の 献立
イタドリ(すかんぽ)が大好きだ。
土手のすかんぼ/ジャワ更紗/昼は螢がねんねする/僕ら小学一年生/今朝も通って/またもどる/すかんぽすかんぽ/川のふち/夏が来来た/ドレミファソ//「すかんぽの咲く頃。北原白秋作詞・山田耕作作曲」
ウノハナが咲き早苗が揺れだすと、土手には蛍の幼虫を包み泡を付けた深緑色の草、星のような黄色のキンポウゲ、大きく銀穂を出したツバナ、優しさを添えたピンクのカワラナデシコ、ノカンゾウの朱色が夏の近いことを知らせる。土手の風がいろんな色で織られた薄衣(ベール)のように流れていく。そんなベールを突き破って、イタドリが高く伸びている。手折ると「ポン」と音が空に響き、齧ると酸っぱい。
子どもの頃、茎に蛍ではなく蛇が入っていると驚かされた。恐る恐る手折った茎に切り込みを入れ小川につける。反り返り、流れの中で水車のように回った。メダカが足の甲を突いてくる。夕日が沈むまで「ドレミファソ」と遊んだものだ。
そんなイタドリが、食料になると知ったのは随分大人になってからである。
生母の里が吉野だと言うことを探しあて、吉野の地を尋ねたことがある。始めて出合う従兄弟の昇さんと、その連れ合いの艶子さんが出迎えてくれた。遅い山桜が葉桜に変る頃で、零れ行く花びらに赤い葉が重なり寄り添っていた。
私は奈良育ちであっても、大阪からの疎開者だ。育った寒村では、一日の始まりに誰もが茶粥をかき込んでいた。しかし、祖母には「郷に入れば郷に従え」とはいかない。大阪の商家が食べるヒジキや鯖の汁が多く、味付けも薄味で茶粥が食卓に出る事はなかった。
私は昇さん宅で生まれて初めて、茶粥を食べた。粥の副食に艶子さんが前日から煮ておいたと言うイタドリの煮びたしが添えられていた。その煮びたしに私の細胞が踊り出た。私のDNAが噴き出た。通学路の道草で遊んでいたイタドリが、「今朝も通ってまたもどる」そんな思いが満ちて行った。心に、故郷がひたひたと入ってくるようだった。根無し草のように転居を繰返す私だったが、揺ぎない故郷と故郷の味に出会った気がした。
イタドリの調理法を艶子さんに教わった。まるで母と娘のように台所に立つ。柔かい日差しに故郷が流れて行くようだった。
「此処が故郷だと思っていつでも尋ねておいで」そう言ってくれた昇さんは、吉野を訪れたその年の暮れに亡くなった。「来年から年金が入るし、のんびりと自然と過ごしたい」と言っていたのに……。
私は何も知らずに故郷に思いを馳せていた。艶子さんからきた喪中葉書に呆然とした。 艶子さんと私とはなんの繋がり(血縁)もない。たった一度だけ会った人である。遠い吉野の村に、それ以後訪問することはなかった。
私は故郷をやっと手に入れたのに、またも失った気持で過ごしていた。しかし、イタドリはワラビやフキやゼンマイと異なり、路傍や荒地のいたるところに生えていて不器用な私にでも容易く採集出来た。
夫に「そんなものまで食べるとは、よっぽど貧しい村なんや」と言われるとむぅとする。私の故郷を貶されたような気がする。「こんな美味しい物を知らんなんて、もっと貧乏や」と言い返す。あれから私は茶粥も柿の葉寿司も作る。祖母から教えてもらった大阪のバッテラ寿司を、庭の柿の葉が光りだすと包み、重石をする。これは娘の大好物だ。何のことはない。柿は夫の故郷の産物であり、中身の寿司は大阪仕立て。売り物に負けない故郷を全部包んだ柿の葉寿司が出来ていたのだ。
そして、二年前吉野に行く機会が出来た。思い切って艶子さんに葉書を出した。艶子さんは一人で暮らしていた。「年を取ってな〜。手紙を書くのはおっくうやから電話にしたわ」と、あのときと少しも変わらないゆったりとした声が、電話口に流れてきた。
「必ず来るんやで。あんたの故郷やろがな」山桜がひらひらと舞うような声だった。
二人でイタドリを採りに行き、二人で台所に立った。味付けは私がした「うん。免許皆伝やな」艶子さんが嬉しそうに、ころころと笑った。始めて出合ったときから十七年は過ぎていた。艶子さんは腰が曲がっていた。その曲がった腰で、蓬餅を搗き、野菜・漬物・山菜を土産に包み、二キロばかり先のバス停まで送ってくれた。それは故郷の母が、都会にまた戻る娘を見送ってくれるかのようだった。
山桜が見える。コブシの白い花も見える。ミツバツツジが点を描いている。そんな中、猪の仕業か山肌がむき出している。高齢者ばかりの村になったと艶子さんは言う。バス停に向う道は誰とも出会わない。静かな寂しい道だった。でも艶子さんはまるで気にしていないように笑う。二人の足音だけが木霊して、まるで私は母の胎内を歩いているような錯覚を起した。
そしてあれから二年、今春また吉野へ行く機会があり艶子さんを尋ねた。艶子さんは「もう、イタドリをよう採りに行かんようになった」と、ますます腰を曲げて言う。足腰が不自由になっていた。私は一人で荒地に入り、イタドリを採った。そして台所に一人で立ち、イタドリの煮びたしを作った。二人分の膳を調え、昇さんの笑っている仏壇にも供えた。
「艶子さん、ここは私の故郷やからね。」艶子さの頬に涙が流れていく。「泣いたらあかん。味付けが変るやんか」言いつつも、私にも涙の味が加わっていった。
イタドリの煮びたし
(材料)
イタドリ。アブラゲ。調味料
(作り方)
1) さっと熱湯を通し(茹ですぎない。熱湯をかけるだけでも良い)
2 皮をむき一晩流水に晒す。(酸味が抜ける)
(それを炒め物や煮物に使う)
3) アブラゲと拍子木に切ったイタドリを好みの味で煮る。
4) ベーコンなどと炒めても良い。
イタドリのイメージが一掃されるほど美味しいですよ。
イタドリは表皮から糸状のものを採るので「いとどり(糸取)」と呼ばれ、そこからイタドリになったとも、また、根が漢方で痛みとりに使われ「痛みとり」からイタドリ になったとも、漢字の「虎杖」は漢名で「虎」は若い芽にある紅紫色の斑点が虎のまだら模様の皮に似ており「杖」は茎のイメージからとも言われる。 夏から秋にかけて大きめの葉となり白い花が咲く。
白い花は風情があり非常に美しい。ハラハラ零れる花は、舞う花雪を思い起こし、また葡萄のように連なる種は、まるで天使の羽のように遠くへ飛んで行く。故郷へ飛んで行くのだ。
イタドリはちよっぴり酸味ふるさとよ
♪ 春の雁 木村徳太郎
芹 摘めば
黄鈷魚(わたこ)が群れて
とろりこと
陽射も温う
なりました。
おゝ 明日は
螺をつゝいて
母さんを
嬉しがらせて
あげましょうか。
芹 摘めば
岸も静かで
雁が鳴く
空も明るう
なりました。
(注)黄鈷魚は色白く形鮒に似た喉鰾類の魚で琵琶湖に多く産す。
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