来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

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弘ちゃんは生きている  (23)   木村徳太郎 
 
 バケツに水を満たして用務員さんが帰って来た。
「顔を洗ったら、すぐに食事にされますか」洗面器に水を注ぎながら聞いてくる。
「うん」と答えて校長は、
「さっき、教室を貸してくれと言って来よったのはなんじゃった」
寝ている朝早く、垣内の協議に使用させて欲しいと誰かが言って来た事を思い出した。
「休んでいやはりましたんで、逢わずに帰えりはりましたけど、学校が休みやから教室を二、三時間貸して欲しいと言うて来やはりましたんや」
「わしの聞い取るんのは、どんな事で寄りよるのかと言うことじゃ」
濡れた顔を拭きながら校長が問いただす。
山村で区の集会所をもたない区民は、学校をよく集会に使った。
村の出来事は村の出身の用務員さんがよく知っている。
教室の使用は集会所変わりに使うのが慣習になっていて、気にもしないが集る目的を校長は知っておきたいと思う。
「はっきりとは知りまへんが、桧牧区と自明区が山の立ち木のことで争いよりますんで、その対策の協議と違いまっか」
学校のことでなはい。興味なさそうに用務員さんが答える。が、校長は聞き逃せない。
「桧牧区と自明区のもめごとか」言葉に力を入れて念をおして、「そりゃいかん」と、自分に言い聞かせでもするように呟いた。
通学区域の自明区と桧牧区が争っては、児童にまで対抗意識が生まれて拙い事になる。
三月末の卒業式。四月の入学式と新学期。校務がいっぱいある。その上に自明区と桧牧区の争いの影響が振りかかってきてはたまらない。
 先日の弘の家出事件で、時間割を独断で変更した梶野先生の意向をまだ聞いていなかった事を思い出した。それを幸いに、日直で出勤している梶野先生と、村の事を話し合ってみようとタオルを腰にぶらさげ、深呼吸を二つ三つ大きくすませると、校長は朝食のため用務員室へ向かった。
食事を済ませ教員室に出て来た校長は、窓の春日を背に受けて、なにか書類を整理している梶野先生に「君のやり方を悪いとは言わないが、独断で教科時限を変更するのは感心しないね。」とおもむろに話し始める、校長の改まった言い方に梶野先生も少々固苦しく「しかし、生徒一人の生命にかかわる事件ですからね。」梶野先生は責任を問われても、自分の行なった事は正しいと確信するように言う。
「そりゃ分かっている。だがね、あの場合校外のことで、それも家庭の出来事だろう。」そう云われればそうだ。校内のことではない。梶野先生は一寸言葉に詰ったが「校長が時間前に登校して下されば、伺うことが出来たのですよ」
と、校長の遅刻のほうに話の矛先を上手にかえ、おまけに「あの朝は、校務で遅くなられたのじゃないでしょう。」と、校長の口を封じるでもするようにつけ加えた。
 校長は暫く口を出すのをためらっていたが、
「僕は、弘の家出事件で勝手に教科時限を変えたその事は、あまり問題にしていないんだよ。児童を思う君の心は良く分かる。ただ、前途の有る青年教師の君が人の非難を受けたり、上の長に逆らわない方が、君の為だと思うから言っているのだよ」
遅刻を言われて言葉がなく、教科時限の変更の話合を忘れでもしたように、校長はこちらに話の内容があるとばかり、口調も重々しく言う。
梶野先生は若い。思わず「人の非難って?」と、問い返えして校長の話につられた。
思う坪にはまり込んだ梶野先生の様子に、校長は心の余裕が出来た。にやりと笑って、「君のやり方が、共産主義だと村の人が言っている」と思いがけない方へ話を飛踏させた。
そんな噂がどこから出たのだろう。あまりの唐突さに梶野先生は口をつぐんで考え込み黙ってしまった。
黙ったのを幸い、校長は続けて、
「思想的にどうのこうのと言いたくない。自由だからね。が、教師が父兄からそのように言われるのは損だよ。僕も今年で定年退職だ。今度来る校長は、君も知っていると思うが、頑固で有名な隣村の福井君だ。」と一気に自分の退職の事までつけ加えて話しだした。
そんな噂を耳にもしたし定年退職も事実なので、隣村の福井校長が赴任して来ようが来まいが、梶野先生は気にもしない。しかし共産主義と言って、非難されていると言う事には、反発するものを覚えた。
「誰が言っているのです。僕は共産党と付き合いをしたこともないし、主義運動をした覚えもありませんよ。」
「君が共産主義でない事は、僕もよく知っている。が、そんな事を思わせる指導のやり方がいけない。」
「やり方って、僕は共産主義を助長させるような教え方はしていないつもりです。事実があれば具体的に言ってくれませんか。」
校長の顔を真っ面に見つめて、口調強く言った。
その意気込んだ詰問のような話し方に、
「それ、それ、それがいけない。穏やかに話合おうと思っている事でも、そう強く出られると、こちらも感情的になり逆の考えで喋り難くなるものだ」
校長は卑屈な笑いを浮かべて言葉を柔らげた。具体的な事実なんて、何一つない。村人の思い過ごしだ。山間の小学校で、戦後の民主教育を素直に受け入れ指導する。その事が新し過ぎて、村人は戸惑いも見せ共産主義と言うように表現している事が校長にも分かっている。話したかったのはその抽象的な事なのだ。
 梶野先生には思いあたらないが、国語の時間に「農村の解放」の教材で、自分が話したことも、そのように言われる対象の一つになったのだろうか。
民主教育に対する情熱。そう言ったものを冷まさせたくはない。が、山村の学校ではそれが目立って、父兄と災いを引き起こす恐れがある。校長はそれを嗜め話たかったのである。それを上手く思う通りに話せなく、回りくどく校長は弘の事件から話し始めたのだが、違った話になってしまい校長は自分ながら意地の悪いことを言った物だと、少し心が悔いられた。で、「僕は教師として、君のやり方は理解出来るが、父兄の封建的な考えに君の指導がそんな風に見えるのだろう。少し妥協して、古臭くなることだね。あっはっはっ……」
軽くたしなめでもするふうに言い、自分の卑屈さを校長は笑い声でごまかした。
「要は今度来る福井君も頭が固い。君の進歩的な頭ときっと意見の衝突が起こるだろう。折角の君がつまらん事にならなければ良いと老婆心で一寸話してみただけだよ」と、からかっているみたいに言い、
「君、気づかないかい。自明区と桧牧区がくすぶりをあげかけている事を」
と、一方的に喋り自分だけ得心したように話を打ち切って、今度は児童たちの方へ話を転換させた。
その一方的な話し方に梶野先生は不満を覚えたが、弘の家出事件で教科時限を代えた事が、責められそうになかったので、張り詰めていた心もほぐれ、
「この前、泥棒と言われて前田朝子が、教員室へ泣いて来た事があります。どうもそれがそのような表れですかね。」と、自明区の桶谷君と山根君と、桧牧区の朝子の争いを手短に語った。
「ほう、もうやっとるかい。困ったことにならねばよいが」と、予期していた事がすでに起こっていたのかと言うふうに、児童のうえに思いをはせて呟き
「君の事は大人の世界のこと、話し合えば分かる。が、子供はそうは行かない。今後問題をおこさないように、こりゃよく注意することだね」と自分に言い聞かせるようにも梶野先生に言うともなく言葉を投げかけた。陽が高く昇り始めたのだろう、教員室に伸びていた朝影も動き始めていた。

弘ちやんは生きている  (22)   木村徳太郎 
 
 嶽山の上に月が昇りきった。風もなく物音もしない。もう八時にはなるだろうか。ここまで夢中で来たものの、これからの事を考えると弘はどうして良いのか分らない。いまさら山を降りていくのは恥ずかしく思える。
 遠くで狐の鳴き声がした。怖くなってくる。すぐ目の前の廻り七尺ばかりの桧の、大きく広がる枝が弘を小屋ごとぐっと抱きかかえに来そうで気味が悪い。黒い影が不気味である。 弘は当たりを見回した。右手を少し下った窪地に炭焼窯のあるのが目に入った。此処は炭焼き小屋なのだ気が付くと、怖い思いが追いかぶさる目の前の桧から逃げるように炭焼き窯のほうへ近づき奥へと入っていった。窯の入り口に積んである石の隙間から中を覗いてみた。暗らくって何にも見えない。
積んである石を半分ほど崩してみた。月の光がそこへ射しこんで中に莚の敷いてあるのがぼんやりと見えた。炭焼き窯の中で誰かが居たのだろうか。弘は急に救われたように思い、自分の体が潜れるほど、入り口の石を崩すと腰をかがめて中に入っていった。
 今までの外の冷えが嘘のように中は暖かい。炭を出してまだ日がたたないのだろうか。まるで蒸し暑い夏の夜のようなだ。
 提灯の一隊の呼声が風の唸りのように遠くかすかに聞こえている。弘はそれに逆らうようにして、この中で寝ることに決めた。そう決め、改めて中を見回すと不思議なことに莚が敷いてあるばかりでなく、中ほどに蝋燭の燃えかすがいくつも転がり、マッチまでが放り投げ出されている。やはり、誰か人がいたのだ。それも一人ではないようだ。食べ残したらしい缶詰や、酒の瓶までころがっている。欠けた煎餅まで散らかっている。
弘は転がっていた燃え残り五センチばかりの蝋燭に、やはり転がっていたマッチを擦った。ぼうと点った明かりが、影絵のように当たりを滲まで中の様子がはっきりと見えた。そして、奇妙なものがあるのを見つけた。赤い花が印刷された小さいカードのようなものが散らかっている。それは炭焼き窯に似つかぬもののように見えた。弘はそれが何であるかは分からない。しばらく手にとって裏表返して見ていたが、分からないものなのでぽいと投げ出し、崩した入り口の石を中から積み始めた。外からは弘が見えなくなった。
             ☆☆☆
春分の日で、今日は学校が休みだ。昨夜の宿直は池田校長だった。池田校長は校舎の増築で定年退職が一年間延びていたが、校舎がすっかり出来上がる一か月後の四月には、いよいよ定年退職になる。そうと知っているので、あまり校務に力が入らないようだ。学校が休日なのを幸いに九時まで寝ていたが、日直の梶野先生が登校してきたのでやっと起きだした。
 顔を洗おうと井戸端に行ってポンプを繰るが、誘い水が抜けたのか水が上がってこない。
「小使い(用務員)さーん。水〜〜〜」歯ブラシを使っていたので、口中の歯磨粉が飛ばないように含み声を出して呼ぶ。
誘い水を薬缶に汲んで持って来た小使いさんは、手馴れた様子で急いでポンプに水を注ぎ込むがうまく水は上ってこない。
唇まで歯磨粉だらけにして校長は、「やくざなポンプじゃ」
と、不平を言いながら用務員さんに手をかしてポンプを繰るが、やはり水は上がってこない。
「水を汲んできましょう」
口中を歯磨粉で白くして、話し難さを堪えてポンプの傷んだ箇所を調べている校長の為に、用務員さんはバケツをさげて県道に走って行った。
口中の歯磨粉で息苦しくなってきた校長は、薬缶に残っていた水を口飲みにして歯磨粉を口からはき出し、ほとんど完成した増築校舎をながめた。朝陽が新しい瓦に反射していた。その光りを満足げに見ながら用務員さんを待つ。
 校門を出るとすぐに県道。県道にそって内牧の渓流。渓流の向こうは、海抜七二四米の嶽山がそびえている。
三千坪ばかりの敷地の東寄りに、北向きに校門があり校門をくぐると南北に細長く計九十坪の三教室がある。その向いの西側に、一教室、教員室、用務員室、宿直室。そして計六十坪の二教室の増築が終ると、東西の旧校舎を新校舎でつなぎ、雨天の日でも児童が廊下づたいに、どの校舎にでも行けるようになる。
二教室の新校舎はほとんど完成し、あとは窓硝子をはめ廊下の屋根を葺き終わると工事はすっかり終わる。完成すれば、一教室に二学級が入っていたが、一学級づつになり、複式学級が単式学級になる。学童数も今年は増えて全校生百五十名程になる。山村の学校として、よく充実してきたものだと校長は思う。
用務員さんが水を持ってくるのを待ちながら、校長は感慨深げに陽の中に並ぶ校舎をゆっくりと見まわし終わると、中途半端な洗顔に気分が苛立ち校舎にひきかえして、用務員室を裏に出た運動場の西北にある井戸、それ一つに頼っている水の不便さに改めて腹立たしいものを覚えてきた。
 校門の前の県道をはさんで、鮎も釣れる渓流があるのに学校の井戸はどうしたものか、赤茶けた鉄分の多い水しか湧かない。
運動場の向う、いつか弘がムササビを追って木から落ちて傷をした神社の参道、県道から二百米程奥に神社の手水舎がある。そこには、神社の境内から奥に入る御神山から竹樋が引かれいつも清水が溢れていた。児童たちは、よく運動場を横切りその手水舎の湧き水を飲みに行く。手水舎の湧き水が、児童達に水の不便を感じさせず大変役にたっていたが、これは学校の施設ではない。
 校舎が増築と決まったとき、児童たちの全校掃除、昼食の湯茶、飲料水等、一日何Lかの水が必要であることを計算し、新しく井戸を掘って動力の使用で水管施設の予算をどうして父兄会に要求しなかったのだろうかと、校長はいまさらのように口惜しく思い返される。
 校長は顔を洗おうとして水の不便さに改めて気づいたのだ。しかし、四月に退職の今更、とやかく言うのも自分の不覚さをさらけ出すようなものだ。気づかなかったことにして退職する事が良いと思う。


 

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