来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

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弘ちゃんは生きている  (24)   木村徳太郎 
 
「先生っ」
と、丁度今、梶野先生が校長に名前を挙げていた山根君が、教員室の硝子障子を開けて風呂敷包みをさげて「これ食べて下さい」と入ってきた。お彼岸の中日のお萩を重箱に入れて持って来たのだろう。
 梶野先生が用務員さんに皿を借りてきて、小豆がつやつやと光り、重箱に綺麗に並んでいるお萩を丁寧に移し変えた。山根君は空の重箱を受け取り、教員室を出たが入り口で、誰かと出合ったのだろうか、大きな声で言葉を掛け合っている。隆が入れ替わりにやはり風呂敷に包まれた重箱をさげて入って来た。
「よう、桐久保君! なんじゃ」 
山根君の時には声を掛けなかった校長が、椅子から立ち上がり自分から言葉をかけた。そして
「まあ、かけたまえ」と、担任の梶野先生がなんにも言わないのに、にっこり笑って隆に愛想を言い、今度は自分が用務員室に行き、皿を借りてきて、梶野先生がしたと同じく重箱のお萩を丁寧に皿に移し、移しながら
「用務員さん。お茶を一杯たのむわ。」と、お茶の催促をして隆に「今日はなにがあるのじゃ」と、とぼけて聞く。
お彼岸の中日だ。ご先祖に供えるお萩(餡つき餅)を余分に作り先生に食べてもらおうと、学校に持たせて寄越しているのである。そんな風習を校長は良く知っている。知っていながら聞いているのだ。
「彼岸やから作ったんや」と、とぼけて聞かれているとは思わない隆は真面目に答えている。
「良いことじゃ。家に帰ったら校長が礼を言いよったと伝えておくれ」と
顔じゅうをにこにことさせ、嬉しそうに礼を言い、お萩を皿に移し終えた校長は重箱を隆に返した。梶野先生はその間何も言わないでその様子を見ている。隆は担任の梶野先生が一言も喋らなかっいのを物足りなく思ったが重箱を受け取ると、校長の進める椅子には見向きもしないですぐ帰っていった。
 梶野先生は、いつもは素直にものが言えた。が、山村の旦那で育友会の役員の桐久保さんの子供の隆には、見えすいたようにお世辞を言う校長になんとなく反発を感じて、ものを言わなかったのである。
定年退職までつつがなく勤め上げられたのも、心の底で己自身を守ることばかりを考えいつもこうして表面を世間に合わせていたからなのだろうかと、ふと梶野先生は思う。

隆が帰ると、先ほどの隆に見せた笑顔をけろりと忘れたように、校長は
「君、あまり純真にやるのも特によりけりだよ」。
と、愚にも付かない事を言い、用務員さんが運んできたお茶を受け取り、お萩を一つ口に入れ、
「うん。こりゃ甘い。少し家へも貰って帰ろう」
と、用務員さんに竹の皮を持ってこさせ、皿に移したお萩のほとんどをそれに包ませて、帰り支度をするために立ち上がった。そして、
「式場の手配は大丈夫だろうね。」
と、黒板に書かれた予定表に目をやって、梶野先生に二日後の終了式と併行の六年生の卒業式の準備の状態を尋ねた。「手配はすっかり終っています」
「ああ、それなら良いですが、手落ちは困るからね。明日は嶽山会式で、午後は全校生が休みだから、都合によったら午前の授業に食い込んでも良いですから、手違いなく頼みますよ。」と、念を押し教員室を出て行った。
校長が出て行くと梶野先生はうんざりとして、休日の日直を利用して児童の「団結の詩」の整理をして、文集を作ろうとやりかけたいたことを、そのままにして窓辺に椅子を引き寄せ、暖かくなった光を背に受けて校長が言った先刻の話を繰り返し考え始めた。
教師としてどこがいけないのか。思い当たらない。村人が共産主義だと言っていると校長が言うが、そのような考えを持った事もないし行動したことも無い。梶野先生は、不快な思いに満ち両手で頭を抱え込むと椅子にそりかえり、天井をみつめ暫く校長の言葉をかみしめていた。
名前は聞いたことがあるが、顔を知らない隣村の福井校長が赴任して来ると言う言葉だけが頭の中に残った。
校長が言った言葉にすっかり心を取られて、瞑想していた梶野先生は、
「先生、こんにちは」といきなり声をかけられて飛び上げるように驚いた。
「学校で集まりがありますんで、早い目に来ましたんや」弘のお父うだ。
静かに考え事をしている様子の梶野先生を、乱したような気まり悪さに言い訳をするかのようにお父うは言う。
「そうですか。それは、それは……」
弘の父が何用で早い目に来たのか、梶野先生には得心がいかないふうだったが立ち上がって椅子を勧めた。
お父うは勧められても立ったままで、提げて来た風呂敷包みを机の上に置いて解き始める。中から、ボールの紙箱と重箱が出てきた。紙箱を手に取り
「先生、弘の事でえらい心配をかけまして、お礼の申しようもありまへん。早ようこんならんと思いながら、遅うなってしもうて……。これはお粗末なもんやが、着て貰おうと思ってワイシャッを買ってきましたんや。受け取ってくれやす」言葉も丁寧に、真面目な顔付きで箱を差し出した。
「そんなことをしてもらっては困ります。教師としてあたりまえのことをしただけです」梶野先生は紙箱を押し返す。
「そんなこと仰らんと頼みます」お父うは頭を何度も下げて箱を受け取らず引き下がりそうにない。
「気持は嬉しいですが、品物は受け取れません。お父さんが使って下さい」。
梶野先生もしっこく辞退する。
自分の意見をどこまでも通そうとするふうにお父うは、紙箱を机上に置いたままなんにも言わなくなった。梶野先生黙ってしまった。
お父うは、今度は重箱を取り出し「食べてもらおうと思って作ってきましたんや」一段を梶野先生の前に、残りの一段持って
「用務員さんのとこでわしも、お昼がわりにと思って持って来ましたんや」と手早く包んで来た風呂敷を片付ける。
重箱には、白砂糖をたっぷりとかけたお萩が詰まっていた。
時計は十一時半をさしている。
「ご親切に。少し早いですがそれじゃ頂かせてもらいましょう」
用務員さんが先刻置いて行った茶碗から、二つの湯呑みに茶を注ぎいれ、
「どうです。よかったらここで一緒にいただきましょう」と、梶野先生は湯呑みの一つを、お父うに差し出した。
お父うは一緒に食べましょうと言われて嬉しそうだ。「はぁっ」と照れくさそうに言いながらも椅子を机の前にずり寄せてきた。
お昼がわりに砂糖のたっぷりかかったお萩を、梶野先生とお父うが食べ始めた。
学校の先生に、なんとなく近寄り難いものを常日頃感じていた、山稼ぎ人のお父うは、梶野先生の気さくなふるまいに心に触れるものがあったのだろう。なんだか嬉しそうだ。
梶野先生はお萩を口に運びながら、先ほど校長が、自分のことを共産主義者と言ったことを思い出し、その事について村人の気持を訊ねてみるのに、なんだか都合のよい時のように思えた。
「児童のお父うさんに聞くのは変ですが、受持ちとして常日頃の私の教え方はどうでしょうか」と三つ目のお萩を手にして話し掛ける。
とんでもないことを、突然聞かれたと言うふうにお父うはすぐ返事ができそうにもなかったが、
「年は若いがよく気の付く優しい親切な先生と思っとります」
心からそう思っているのだろう。はっきりと言った。
「お褒めですな。安心しました」
嘘や愛想の言えそうにない弘のお父うにそう言われて、梶野先生は心に余裕が出来た。続けて、
「村で私を共産主義者だと言っている人があるように聞くのですが……」
胸につかえていたことを率直に聞いてみた。
「共産党だなんてそんなこと、先生はおいらのようなとこの貧乏人の倅でも、金持ちの息子はんでも、同じように扱ってくれはるから、それでそんなこと言いよるのやおへんか」
「教育に貧乏人も金持ちもないでしょう。そんなことでは、言わんでしょう」
お父う言葉に梶野先生は気負って問いかえした。
「でも、いままでの先生は、山持ちや、金持ちの息子はんには遠慮しとるように見えましたもんな」
桧牧区と自明区と合わせて百五十戸ばかりの貧しい山村だ。因循な村人の心は、それを不服に思いながらも、それが当たり前のように不平がましいことは言わない。
が、お父うは梶野先生の率直な話し振りにつられて、正直に自分の気持を述べる。事実地位のある人や豊かな人に媚びておれば、評判もよく身も安全と言える。代々の先生がその通りで有ったとも思える。
梶野先生の気安さに、お父うは語りやすくなったのだろうか。ふと、机の上に置かれている詩の原稿を見つけ、
「先生は、詩とか言うものを生徒によう書かしよって、家の事ばかりを調べよるような心持がして厭どしたけど、今度の弘のことでそやない。先生は家の者のことまで心配してくれてやはるんやと思うようになりましたんや」
いつか弘の詩で、梶野先生がお父うに酒のことを話し合ったのが心に残っているのだろう。深い考えもなく見当違いなことを話し出した。
が、話し出してお父うは自分の言ったことが、梶野先生に悪く取られりゃしなかっただろうかと思もったのか、少し話がとぎれさせ口を閉じる。
その間の悪さを、誤魔化す様に梶野先生の湯呑みに茶を注ぎ、自分にも注いだ。注ぎ終わって、
「そうそう。先生分かりました。共産主義やなんやと言いよりましたのは、きっと、製材所の矢野やおまへんか?」
お父うはいつかのことを思い出したのだろう。梶野先生が聞いていることに、満足に答えられたというふうに喜びを顔いっぱいに表して言う。
「製材所の矢野さんがどうして、そんなことを仰ったのでしょう」
思いがけない人の名前が出て、校長に言われた事がまた得心が行かなくなってきた。梶野先生のその不審気な様子に、お父うは垣内山で「団結の詩」のことから、矢野さんが山で話したときのことを詳しく話し始めた。
「矢野さんの話から、先生のことを誰かがそんなふうに言いよったのですやろ。つまらん奴は、矢野で先生には落ち度はおまへん」
お父うは結論づけるようにそんなことまでをつけ加えた。
梶野先生は朝からのもやもやした気持が少し救われたような思いになった。
「自分でも思いもしなかったことです。多分噂から話がこんがらがったのでしょう。僕も若い。今後注意しなくっちゃいけません」
と、呟くようにいって、今度は先生が父の湯呑みに茶を注いだ。

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