来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

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六月の歌(淡竹)

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ハチク 献立 
 曇り空の野原からはいろんな匂いがしてくる。梅雨空の湿った空気は、匂いを鋭敏に運んで来るのだろうか。クリーム色の房を揺らして栗の花が匂う。梔子の花の匂い。スイカズラの甘い匂い。
 滋雨をたっぷりと含み重たげな木々を渡ってくる風は、雨の匂いでむせかえる。
この匂いに私は筍の匂いを重ねる。少しえぐみを持ちほのかに甘い匂い。夏を迎える野原の匂いだ。
 孟宗竹の季節が終り、梅雨になると小振りの筍が出始める。ハチクだ。竹薮にゴミが捨てられている。そのゴミのバケツやマットを突き破って筍が天をつく。私は「破竹の勢い」とはこのことを言うのだとばかり思っていた。しかし、「破竹」とは関係がなく、細く縦に割きやすい性質のある竹は、茶筅の材料や簾の材料等に使われるハチクで「淡竹」である。
 その淡竹が小高い丘の住宅地を囲むように群生していた。
梅雨の切れ目は夏の朝陽を誘う。子供たちが蒸せかえる暑さと、蒸せる筍の匂いを背負い一日に1メートルは伸びる細い筍を刀代わりにチャンバラごっこをしながら登校して行く。肩に揺れるランドセルに筍が打ち込まれると、えぐみのある甘い匂いが飛び散る。「遊んでないで早く学校に行かないと駄目よ」と声を掛けたいが、季節に触れられる環境の中で育つ子らが微笑ましく、私はそのまま見送り腕まくりをして竹薮へ急ぐ。
 竹薮は薄暗く、ヤブツバキが艶やかな葉の間から青い小さい実を光らせている。笹の腐葉土にドクダミの花が砕ける波しぶきのようにちっている 。鶯の鳴き声が聞こえる。雪解けの頃、竹薮から笹鳴きが聞こえていた。此処で生まれ育った鶯だろうか。重なり合う笹の葉擦れは静寂さを響かせる。僅かに入り込んで来る陽光に反射した竹が、黄金色に輝いている。ふと「かぐや姫」を思ったりもする。
 「蕨採り」の感覚で「筍採り」と、ポキポキとハチクを折り手提げ袋に放り込んでいく。放り込みながら「今日はどんな筍料理にしょうか」「早く茹でなくっては」「誰と誰に送ろう」「送る箱を手配をしなければ」と思うことが多い。太陽が高く昇るのと競争して心が逸る。ふと横を見ると夫が丁寧にハチクを掘り起している。「孟宗竹でもあるまいし、ハチクは掘らずに採るもの」と思うが、夫は「筍は筍<採り>ではなく、筍<堀り>だ」と反論し、掘り起こした穴を一つ一つ丁寧に埋めている。竹の根を労う配慮らしい。一本でも多く、速く採り集めることに気が急ぐ私はそんな行動に苛立ってもくるが、こういう人も必要かと思う。声高に「環境だ」「自然を守る」とは言わないが、行動に「土」を愛し「竹」を愛し、「与えられた自然の恩恵」に感謝しているように感じられる。ごく普通に、ごく自然体に、ごく当たり前に「自然」を大切にしている姿に感心する。
 庭にブロックを積んで簡単な炉を作り、大鍋に湯をかけ大量のハチクの皮をむく。、筍の匂いが充満する。朝の匂いと少しえぐみを持った甘い匂いが一面に広がっていく。子供の頃、筍の皮剥きや豆の鞘剥きは子供の仕事だった。剥いた竹の皮に麻紐をつけ履物にして遊んだ。皮に梅干を包んでもらいお八つにもなった。一枚一枚と皮が剥ぎ取られていく様に「筍生活」と言う言葉も教わった。遠い昔が匂いに乗ってくる。
 淡竹の時期を「筍外交」と呼び、知人に子供にとハチクを送る。箱詰めにする。箱に収まり易いように向きを、あちらこちらに変え入れたり出したりしていると、最初箱に収まっていたはずの長さが入らなくなったりもする。根も水も断たれた僅かな時間にでも伸びているのだ。
勤め先へも旅行鞄に詰めて持って行く。近所の誰彼にも届ける。友達に会う時には必ずハチクが手土産になった。
竹薮は筍だけでなく、驚くようなビッグな贈り物も私にくれた。
 絵のサークル仲間に、細竹と生染の絹糸でイヤリングを作っている人があった。私がこの竹薮のことを話すと、細い枝が欲しいと我家を尋ねて来、クリーム色の絹糸を玉にして揺れるイヤリングを作ってくれた。後でこの方は人間国宝、黒田辰秋さんの奥様で、玉にした糸は、志村ふくみさんの所から出たあまり糸だと知ったときは、驚きと興奮で竹薮に何度も御辞儀をした。
 そんな有り難い淡竹の群生に、他府県ナンバーの車が列を作るようになり、業者と思える人たちがトラックを乗りつけ、ハチクを採りに来るようになった。勿論それは「筍堀」ではなく、乱暴に刈り集められ踏み荒らされて行った。竹の皮だけが行儀悪く捨てられゴミと一緒に梅雨の雨に朽ちていた。
そして竹薮はだんだんと狭くなって行き、家が建ち始めた。とうとう竹薮は今年なくなった。住宅を囲んでいた南斜面の竹薮は家で埋まり、私は地すべりの心配をしている。
 ハチクを食べない事には旬を口にする喜びと元気が感じられず、梅雨空がどんよりと曇ったままで晴れない気分だ。淡竹の薮を持つ近所の神社に、ハチクをいただきに行った。宮司さんの奥様が言われる。昔は筍が知らない間に掘られ朝の竹薮は、あちこちに穴があいていた。それがいつからか盗られなくなった。朝掘りの筍を食べるのでなく、店頭に並ぶ水煮の筍を食べるようになったせいではないかと言う。変わって猪が堀りおこしに来るらしい。竹薮にも時代の推移があるのだろうか。
梅雨の時期にはよく店頭でハチクを見かけたものだが、最近はあまり見ない。人は、旬の代表のような筍(草冠に旬だ)を食べなくなったのだろうか。
 梅雨の匂いに、はるか遠くを重ねて歩く。「タケノコ盗るな、管理人」の札と共に、竹皮のひっかかった新竹が、雨に打たれ頭を下げている。私には植物学的な事は分からないが、採られない筍が竹になり生い茂り、光の入らない竹薮が増えているようにも思う。
 もはや「筍外交」は遠くになってしまった。雨の匂いに複雑な思いを乗せて歩く。「筍生活」とは、一枚一枚と剥ぎ取れれていく歴史だったのかもしれない。


タケノコ・パン
(材料)
強力粉 400g、ドライイースト 7g、砂糖 20g、塩 7g  
 水 240cc、卵 1個  バター20g 木の芽味噌
(作り方)
 1) 砂糖、塩を半量の水でよく溶かし、強力粉を入れ卵と残りの水を加えよく混ぜる。
 2) 粉と水がなじんできたら、イーストを振り入れ生地をまとめる。粉が一塊になってきたら 台の上に出し、叩きつけ捏ねる。滑らかになるとバターを塗り込みまた混ぜ、さらに滑らかになるまで捏ねる。台の上に叩きつけ、また捏ねパン生地を作る。
 3)その生地に小さい賽の目に切り薄味をつけた筍を加え、捏ねて乾燥しないように布巾を掛けて発酵させる。
 4)食パン型にオイルを塗りこの生地を入れ、再び発酵をさせてオーブンで10分ほど焼く。
 5)いったんオーブンから出し、別につくった「木の芽味噌」を塗る。
 6)もう一度、180度のオーブンにいれ再び焼く。味噌に少し焦げ目がついたら出来上がり。筍のシャキシャキ感が味わえる「オリジナルの筍パン」だ。

   (木の芽味噌の作り方)
 山椒の芽(葉)を細かく刻み、すり鉢で軽く擦り酒を煮きり、砂糖を入れ煮詰め、味噌を入れ味醂を入れて照りを出す。(この木の芽味噌は一年分作っておき冷凍しておくと重宝である)


*淡竹の採りたてはエグミもなく、そのままで食べられる。皮ごと焼いて薄く切り山葵醤油で食べる。かなり「竹」になったものでも食べられる。油炒め。天婦羅。筑前煮。サラダ。混ぜご飯。散らし寿司にと美味しい季節の贈り物だ。極め付きは、一旦冷凍し繊維に添って切り、味を濃い目にして保存しておくと、メンマの代用になる。茹でて糠床に一晩入れた筍の漬物もなかなか乙なものである。


 竹薮が群生していた時は、こうして我が家の副食代の浮く時期でもあった。「筍生活」とは、時代の変容か、それとも我が家の副食代のことだったのだろうか。

   解く荷の笑顔思いて筍伸びる

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