来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

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八月の花(胡瓜)

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思いで 胡瓜 

 乾いた畝にヘチマかと思うような、大きな胡瓜が転がっていた。空へどんどん伸びて行く緑の蔓と黄色の花。それに気をとられ、大きくなっていたのを見落していたのだ。
胡瓜は「黄瓜(きうり)」とも書かれる。いつも食べているものは、緑の未熟な実であり、黄色く熟したこの大きなものが本来のものかもしれない。

高度成長期、働き盛りの夫は満員電車に揺られ、深夜に帰宅する。そして、懐中電灯と割り箸を持って庭へ出る。野菜につく虫退治をするのだ。子供たちはもう寝ている。子供が目を覚ます朝には、すでに出勤していた。そんな母子家庭のような時代だった。
あの頃、休日に子供たちと野菜作りに汗を流すのが、夫の唯一の人間らしさを保つストレス解消法だったのかもしれない。
露を乗せる大きな葉陰から胡瓜をもぎ包丁を入れる。包丁と胡瓜が小気味良く「トントントン」と連弾する。採りたての野菜は、どれも包丁に吸い付くように切れ味が良く、仄かな野菜の匂いに「命」が充満していた。
 そのうち、子供たちも大きくなり夫のストレス解消法も、いつしか鍬はゴルフのパターに持ち替えられ、庭は樹木と花だけになっていった。

五月の連休に、孫と夫で網目のように深く木の根の走る庭を開墾し、二畝の畑を作ってくれた。私が畑のプレゼントを強要したのだ。そこに胡瓜の苗を植え、孫は「お〜ぃらの畑」と胡瓜の成長を楽しみにしていた。しかし次は盆にしか帰郷しない。盆には、胡瓜の収穫は終りに入っている。私は胡瓜の種子を内緒で蒔いておいた。それが上手く育ち帰郷時に収穫でき、孫の植えた胡瓜は、赤茶けた葉がカラカラと風に鳴り、ヘチマのようになって見逃されていたのだ。

 ずっと昔、このように大きくなった胡瓜を食べたことを思い出した。祖母がやっていた調理法を思い出し挑戦してみた。堅い皮をむき、種を出して乱切りにする。胡瓜の浅緑の色と異なり、白いぶ厚い実が出てくる。それを「葛あんかけ煮」にした。
 一口、口に入れるなり夫が「懐かしい味! 」と……。私にも懐かしさが広がっていった。忘れていた胡瓜の味だ。結婚して三十数年は経つと言うのに、この共有する懐かしい味を、二人で口にするのは始めてだった。

朱黄色のずっしりと重い胡瓜が、私たちを<胡瓜の思い出畑>へ運んで行った。

 祖母が黄紅い大きな胡瓜の皮をむいている。種をスプーンで穿り出し、それを薄くスライスして胡瓜もみにする。赤紫蘇や梅干が加わる。麩やワカメ、チリメンジャコが入れば上等だった。夏休みは来る日も来る日も胡瓜の糠漬けと麦ご飯。毎日毎日が胡瓜だけの貧しい昼餉だった。たまに大きな胡瓜が、卵を落とした「葛あんかけ煮」になる。それは大ご馳走だった。お八つも胡瓜だった。井戸に小さい桶が浮かび、そこに胡瓜やトマトが入っていた。それに少しの塩をつけて食べる。胡瓜の青臭い匂い、トマトの甘酸っぱい匂いが鼻を抜けていく。
「胡瓜はもういやや」と思うが、次の日には蝉を追いかけ川遊びに興じ、お腹をすかした昼餉には、そんなことを忘れまた胡瓜を食べていた。(河童も顔負けのおかっぱ頭の少女だったのだ)
夫も胡瓜ばかりを食べていたという。やはり大きな胡瓜を食べ、胡瓜以外に食べ物はなかったらしい。
 お互い始めて聞く共通話に、胡瓜の煮物がほろほろと崩れていく。
二人の知らなかった昔話が、まだまだ沢山あることに嬉しくなった。

 曲がった胡瓜が敬遠され、形の整った規格品の胡瓜ばかりが店頭に並ぶ。また庭で作っていたときも、食べ盛りの子供たちを抱えた食卓に、朱黄色になるまで忘れられる胡瓜が、乗ることはなかった。
 新婚時代、たまたま入った店で夫と並んで腰掛ける私だけに、酢味噌をのせた<蛇腹切り>の胡瓜が出された。怪訝顔の私に「お腹の赤ちゃんへ」という。どうして妊娠していることが分かるのか不思議だった。腰掛けて上半身しか見えないと思っていたが、カウンターの中からは私のお腹の膨らみも見えていたのだ。客に合わせて接し対応する姿勢に、私はプロの姿勢を教えられた。そしてその時、私も主婦のプロになろうと、心したのだ。
 炒めもの、サラダに浅漬け。古漬けは水に晒し絞りショウガ汁をかけ、冷やしておくと暑さが吹き飛ぶ。ピクルス、パスタ、キムチに、キュウリウザクに……。<飾り切り>もいろいろと覚えていった。
小気味良く俎板を鳴らして胡瓜を薄く切って行く。速く薄く「コトコト」と叩く音が、私はプロの主婦技のようで得意げだった。しかし、いつしかその技は<スライサー>(調理器具)にかわり、居眠りしていても同じ厚みの薄切りが、手早く失敗無く出来るようになった。俎板から音も消えていった。

 あの子供時代の胡瓜から何十年という「時」が流れている。畳に落ちる陽影が柔かくなり、少し秋めいた風が流れていく。胡瓜の上へも流れていく。
たかが胡瓜一本であるが、そこに長い時の推移と、時代の移り変わりを見るようだった。
孫の「お〜ぃらの畑」は作物だけでなく、思い出と言う作物も実らせ、残して行ってくれたようだ。


      年月の皺を重ねて胡瓜花


 胡瓜の花は皺が多い花ですね。

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